学位論文要旨



No 212581
著者(漢字) 須賀,雅夫
著者(英字)
著者(カナ) スガ,マサオ
標題(和) 人体計測にもとづくCAD/CAMの研究
標題(洋)
報告番号 212581
報告番号 乙12581
学位授与日 1995.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12581号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中島,尚正
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 助教授 冨山,哲男
 東京大学 助教授 村上,存
内容要旨

 人体の形状等にもとづいて製作される各種の製品は,従来から手作業によることが多かったが,近年この分野のCAD/CAM(Computer-Aided Design/Computer-Aided Manufacturing)化の試みが活発に行われている。

 本研究では,人体表面の三次元形状を非接触で瞬間的に計測できる装置を開発して,胸像の制作を自動化し,さらに大腿義肢ソケットのCAD/CAMシステムを開発した。

 これらの研究開発経験をまとめ,別に行った全部床義歯のCAD/CAMシステムの基本設計結果もあわせて,得られた知見を一般化および抽象化することにより,人体計測にもとづくCAD/CAMの概念を構築した。

1.胸像自動制作システム

 人物に平行格子パターンを投影し,表面の凹凸によって変形して見える変形格子画像を,投影方向とは異なる方向からフィルムカメラで撮影し,その画像を解析して三角測量の原理により三次元形状データを得る装置を開発した。

 人物の全周囲にわたる形状データを得るために,プロジェクタ7台とカメラ9台を配置し,動作タイミングを制御して,0.14秒以内に画像を凍結することができた。

 算出された形状データは,ワイヤフレーム等の形式で表示し,必要に応じて対話型の修正作業を行って,彫刻機を制御するためのNCデータに変換する。

 ワックス等の素材から胸像の原型をNC切削する彫刻機は,切削時間を短縮することを目的に,3本の刃物を独立に制御する多刃切削方式のミーリング機械を製作した。

 本システムによって切削された胸像原型の例を図1に示す。

図1 本システムによる胸像原型の切削例

 胸像原型は最終的に彫刻家がリタッチと称する手作業の仕上げを施し,シリコンゴム等で雌型をとって,これにプラスチックを注入して胸像を完成した。

2.義肢ソケット製作装置

 上肢又は下肢の切断者が装着する義肢のソケットは,個々の患者の断端形状に適合して製作する必要がある。この分野のCAD/CAMは,下腿義足を対象とした研究が多かったが,本研究では未解決の問題が多い大腿義足を対象に,断端の計測とCAD/CAMによりソケットの陽性モデルを製作するシステムを開発した。

 断端の形状計測は胸像自動制作の場合と同様にパターン投影法により,プロジェクタとCCD撮像カメラ各1台を組にして,これを断端の周囲に4組配置し,4方向から変形格子画像を取得する装置を開発した。断端の物性は断端表面に荷重を加え,荷重値と表面の沈み込み量を計測して,組織の硬軟度を定量的に求める装置を開発した。

 ソケットの形状設計を行う専用CADシステムは,自動設計と対話型設計の機能を有する。自動設計では,計測した断端の自然状態の形状をもとに,組織の硬軟度に応じたコンブレッション値を付与して,四辺形ソケット理論にもとづく望ましいソケット形状を自動生成する。対話型設計では,自動設計で生成された形状を,義肢装具士がさらに適合性を良くするために,対話型操作で部分的に修正する。

 設計されたソケット形状はNCデータに変換し,専用の彫刻機で石膏の素材を切削して陽性モデルを得る。これを義肢装具士が手作業で仕上げ,真空成型等の通法に従ってプラスチック製のソケットを製作した。製作されたソケットの例を図2に示す。

図2 本システムにより製作された大腿義肢ソケットの例

 ソケットに所定の部品を取り付けて義足を完成し,国立身体障害者リハビリテーションセンターで臨床評価を行った。所見は全体的にやや長さが不足しているが,患者の断端形状を計測してソケット形状に反映したので,適合性は良好とのことであった。

3.全部床義歯のCAD/CAMシステム

 義歯のCAD/CAMは,従来から単独歯の修復物について研究が進められ,欧米では商用システムが販売されている。本研究では,従来あまり着手されていない全部床義歯を対象としてCAD/CAMシステムの基本設計を行った。

 現行の手作業による全部床義歯製作の過程を分析し,CAD/CAM化することが可能な機能要素を抽出して,その方式の基本設計を次のように行った。

 (1)組織形態の計測 通法に従って口腔のスナップ印象を採得し,模型(口腔粘膜面形状のレプリカ)を製作して,その形状を光切断法により非接触で計測する。さらに顔面の形状計測を同じ原理で行い,顎骨の形状計測をX線CT装置によって行う。

 (2)義歯形状の設計 計測した模型の形状,顎骨の形状をもとに,既存のノウハウを分析・定式化したアルゴリズムによって形状変換を施し,義歯床の形状を生成する。その後,人工歯を選択して義歯床に形状モデルとして仮想排列し,三次元形状を表示して検討・修正を行い,さらに歯肉の形状を形成する。

 (3)適合等の事前検討 設計した義歯の適合性を事前に検討するため,顎骨運動,顔貌の変化などのシミュレーションを行い,さらに咬合圧力,義歯強度の解析を行う。

 (4)義歯製作 歯列と義歯床主要部を,ミーリング機械によるプラスチックのNC切削で加工し,辺縁部は光硬化性プラスチック等を貼りつけて,患者の口腔内に試適しながら,形状転写により最終形状を形成する。

 CAD/CAMにより製作した義歯は,歯科医師が従来の通法に従って手作業で仕上げる。

4.人体計測にもとづくCAD/CAMの概念構築

 以上の開発,基本設計の経験を一般化し,アパレルや靴等の分野の知見を総合して,図3のような人体計測にもとづくCAD/CAMの一般的な機能と処理の流れを設定した。

 図の中間モデルとは,胸像原型,ソケットの陽性モデル,蝋義歯,靴木型,アパレルの人台など,設計された製品モデルと最終製品の中間に存在する模型の総称で,最終製品への,二次元素材の展開も含めた広義の形状転写に利用される。

 アパレルと靴は素材の可撓性により三次元形状に厳密に従う必要はなく,一次元の数値データを採寸して,これから規範的形状の中間モデルを生成する方法が発達した。これは図3を設定することにより,そのバリエーションとして明瞭に認識された。

図3 人体計測にもとづくCAD/CAMの一般的な機能と処理の流れ

 本研究では,従来は個別に技術開発が行われた分野を横断的かつ一般的にまとめて,人体計測にもとづくCAD/CAMの概念を確立した。これにより各分野の知見を一般化して他に適用し,統一的な広い視野のもとで今後の研究開発を進めることができる。

審査要旨

 本研究は,人体の形状等の計測にもとづいて製作される各種の製品を対象に,そのCAD/CAM(Computer-Aided Design/Computer-Aided Manufacturing)化を論じて,統一的な概念を構築することを最終の目的としている。

 そのため,人体表面の三次元形状を非接触で迅速に計測できる装置を開発して,人物の胸像の制作を自動化し,さらに大腿義肢ソケットの陽性モデルを製作する装置を開発した。また全部床義歯のCAD/CAMシステムの基本設計を行い,これらによって得られた知見を一般化,抽象化することによって人体計測にもとづくCAD/CAMの概念を構築している。

 胸像の自動制作システムでは,人物に平行格子パターンを周囲から投影し,表面の凹凸によって変形して見える変形格子画像を解析して,三角測量の原理により三次元形状データを得る装置を開発した。

 算出された形状データを図形表示し,必要に応じて対話形式で修正を行ってNCデータに変換した後,ワックス等の素材から胸像の原型をミーリング機械で切削する。これに彫刻家が手仕上げを施し,型を取って鋳造等で胸像を完成する方式である。

 義肢ソケットの製作装置は,大腿義足を対象に個々の患者に適合した義肢ソケットの陽性モデルを短時間で製作するためのCAD/CAMシステムである。

 断端の形状計測は胸像自動制作の場合と同様にパターン投影法による。断端の物性計測は断端表面に荷重を加えて変位を計測し,組織の硬軟度を知る装置を開発した。

 ソケットの形状設計を行うために,自動設計と対話型設計の機能を有する専用のCADシステムを開発した。自動設計は計測した断端の形状をもとに,組織の硬軟度に応じたコンプレッション値を付与して,四辺形ソケット理論による望ましいソケット形状を自動生成する。対話型設計は自動設計で生成された形状を,義肢装具士がさらに適合性を良くするために,対話型操作で部分的に修正する方式である。

 設計されたソケット形状はNCデータに変換され,専用の彫刻機で石膏の素材を切削して陽性モデルが得られる。これを義肢装具士が手作業で仕上げ,真空成型等の通法に従ってプラスチック製のソケットを製作している。

 ソケットに所定の部品を取り付けて義足を完成し,国立身体障害者リハビリテーションセンターで臨床評価を行って,良好な適合性であるとの所見が得られている。

 義歯のCAD/CAMシステムについては,従来の研究例が少ない全部床義歯を対象にして基本設計を行った。

 現行の手作業による全部床義歯製作の過程を分析し,CAD/CAM化することが可能な機能要素を抽出して,その方式の基本設計を,組織形態の計測,義歯形状の設計,適合等の事前検討,義歯製作について実施している。

 以上の開発,基本設計で得られた経験を一般化し,アパレルや靴等の分野の知見を総合して,最後に人体計測にもとづくCAD/CAMの一般的な機能と処理の流れを提案している。

 ここでは,胸像原型,ソケットの陽性モデル,蝋義歯,靴木型,アパレルの人台など,設計された製品モデルから二次元素材の展開も含めた広義の形状転写によって最終製品を製作するための模型に対して,中間モデルという概念を提案している。

 またアパレルと靴は素材に可撓性があるため三次元形状に厳密に従う必要はなく,一次元の数値データを採寸して,これから規範的形状の中間モデルを生成する方法が発達したと述べ,提案した一般的な機能と処理の流れの変形であることが明瞭に認識されたと主張している。

 さらにCAD/CAM以前には,義肢ソケットや義歯の製作で,型取りした印象から中間モデルを手作業で直接製作する方法が行われており,従って形状設計の過程はブラックボックス処理で,今後の研究による定式化が必要であると主張している。

 本研究では,従来は個別に技術開発が行われた分野を横断的かつ帰納的にまとめて,人体計測にもとづくCAD/CAMの概念を確立した。これにより種々の類似のCAD/CAM相互間で,また従来の人手による方法との対応が示され,各分野の知見を一般化して他に適用することにより,統一的な広い視野のもとで今後の研究開発を進めうることが明らかになった。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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