本研究は、数値構造解析の分野における従来の最適設計とは異なり,試設計から構造変更を加えて所望の構造応答を得るための,有限要素、境界要素離散化モデルを用いた感度解析に基づく構造シフト・シンセシスの基礎的研究である.最適設計とは重量や剛性を目的関数に採り、制約条件の下で目的関数の最小または最大値を与える設計変数を求めるものである。しかし、目的関数の非線形性が大きい場合には、その解を求めることが困難であり、例え求められたとしても、設計者が予期せぬ設計を余儀なくされることがある。一方、実際の設計においては多面的に検討した結果としての試設計が存在するのが一般的である。 そこで、実用的な設計法として、試設計からの設計変更量を決定するシフト・シンセシスの手法を提案することを本研究の目的とする。 シンセシスはアナリシスと対の言葉で、アナリシスは順問題、シンセシスは逆問題である。逆問題は、一般的には複数の解を有する。本研究では、試設計を重視して複数解のうちで、試設計からの設計変更が最小の解を選ぶことを基本とする。本論文においてはシフト・シンセシスの解法の定式を示し,数値計算例によりその解決の有効性を示す.目標応答の設定としては、等式条件として確定的に与える場合、不等式制約条件として与える場合、等式条件ではあるが構造系に不確定性を持たせる場合など、これらにおける構造シフト・シンセシスの解法を、ラグランジュ乗数法,一般逆行列解法,外接超球法を用いて示す.それぞれの手法によるシフト・シンセシスを有限要素法によるはりの振動性状問題と境界要素法による有孔平板の応力集中問題等に適用して,シフト・シンセシスの実行例を示す.第1章序論の研究の背景・目的に引き続き、第2章以降の内容の要旨を以下に記す。 第2章の設計変更最小の概念による等式制約構造シフト・シンセシスでは目標とする構造応答を等式制約条件で設定する場合において試設計からの設計変更が最小のシフト・シンセシスの解を求める定式を示す.設計変更後の応答は設計変更前における設計変数に関する1階感度を用いて近似する.応答の感度は、まず、数値微分により構造の感度を求め、ついで、摂動法により応答の感度を求める。その具体例として静的弾性問題および線形固有値問題における有限要素法感度解析の場合の定式を記述する.さらに静的弾性問題における境界要素法による感度解析の定式についても導く.このようにして得られた感度を用いて設計変更後の構造応答を1次近似で推定する.汎関数としては,設計変更量の2乗和を目的関数に,応答が目標値に一致する制約条件を付加してラグランジュ関数を設定する.この汎関数を極値化することにより設計変数の2乗和を最小にする設計変数の決定方程式を導く.数値実験により適切な等式制約条件の与え方について検討し、収束の早い設計変数の決定方程式をシフト・シンセシスの定式とする.この定式を用いて,トラックシャーシーの曲げ振動モードや振動数を設定して部材の形状を変更する問題を求める.また境界要素法で解析する場合にもこのシフト・シンセシスの定式が適用できることを,応力制約下での孔形状決定問題において示す. 第3章の不確定構造系の構造シフト・シンセシスでは目標とする構造応答に不確かさが含まれる場合のシフト・シンセシスの定式と数値計算例を示す.不確かさを、確率変数を導入した数学的表現を使って表す.目標応答が不確かな場合の設計変数の不確かさを設計変数の期待値と分散で表し,それらを求める定式を導く.次に目標応答の不確かさを表す入力の与え方について述べる.数値計算例としては,有限要素法では,目標とするはりの振動固有値,固有ベクトルが不確定な場合の構造変更量の不確定量として,期待値,分散を求める.また境界要素法では,負荷が不確定な場合および目標応力が不確定な場合の数値計算例を示す. 第4章の等式・不等式制約構造シフト・シンセシスの一般逆行列解法では不等式制約条件下での構造変更シフト・シンセシスを一般逆行列を用いて行なう定式を示す.はじめに一般逆行列の定義および性質について述べ、次に不等式制約条件を設定してそれを満たす設計変数の一般逆行列による解法を示す.その際,解の唯一性は追求しないこととする.したがって,第4章で述べた定式による解は設計変更最小の解ではない.この方法は、設計変更最小の解を求める場合と遠い単に制約条件を満たす解を求める方法なので、収束計算に依らないことを利点とする.この手法の適用例として、はりの振動固有値の問題を有限要素法で,HIP装置の形状問題を境界要素法で解く.また本定式についての考察を行ない,残される問題点をまとめる. 第5章の設計変更最小の概念による等式・不等式制約一般逆行列解法では等式制約のときの概念と同様、設計変更最小の概念による不等式制約条件下での構造変更シフト・シンセシスの一般逆行列解決の定式を導く.本定式は等式制約だけの場合にもまた不等式と等式が混在している場合でも一貫して取り扱える.簡単な数学的モデルでの数値実験により本定式の汎用性を示す.その結果,本定式は第4章に述べた定式における問題点を回避できることを明らかにする.第2章から第4章までの計算例では応答の限界値や目標値の値そのものをを指定して構造変更を行なっているが,例えば,構造応答の相対関係を指定する場合にもこの手法は対応できることを定式と数値実験により示す. 第6章の外接超球法による最適設計では,不等式制約条件下の設計変更最小の構造シフト・シンセシスの解を超球と超平面の概念を使って解く方法を述べる.目的関数を設計変更量の2乗和と考えればこれは超球に,制約条件は超平面で構成される超空間になる.本方法は,超空間内にある最小の超球を求める探索方法である.また,目的関数が超球でない場合でも超球に変換することによりこの方法は制約条件つき最小化問題にも応用できる. さらに,これと類似の方法として超楕円と超平面で構成される超空間の関係を使った探索方法も可能であることを述べる.外接超球法による探索方法の数値計算例としてははりの線形固有値問題による断面2次モーメント変更による固有値最大化問題,断面積変更による重量最小化問題を扱う。 第7章の許容領域の存在・非存在判別法では,許容領域が存在しない場合を判別する方法について述べる.非線形最適化問題を解くにあたり,制約条件が適切に与えれてていることが前提である。制約条件が不適切なために許容領域が存在しない場合,最適化を図っても解が求めらない。このような無駄な計算を行なうことを避けるための判別である.この判別法は,与えた不等式制約条件にスラック変数を付加しておきかえた等式制約条件の下で、解の存在条件式が成立しなければ許容領域が存在しない、との判断規準によるものである.言い替えれば、これは解の存在条件式の誤差ノルムを目的関数にし、スラック変数は非零との制約条件付き非線形最適化問題となる.この目的関数がの最小値が非零となれば、許容領域が存在しないことになる。本来の最適化を行なう前に,この誤差ノルムを目的関数とする最適化を行い,その結果を判断規準にする判別法である. それぞれの章の関係について述べる。 構造シフト・シンセシスの研究の柱は、第5章である。この章では、確定的な構造系についての等式、不等式制約条件下の構造シフト・シンセシスの手法につて、一般逆行列を用いて示した。第2章では、等式制約だけの場合をラグランジュ乗数法を用いて示したが、ほとんどの等式制約問題はこの方法で、解くことができる。しかし、複数の制約条件のうちに同値のものが含まれる一般的な場合にも有効な解法として、第5章の一般逆行列解法を提案した。第4章は、等式・不等式制約条件の場合の繰り返し計算に依らない一般逆行列解法ではあるが、制約条件が設計変数よりも多い場合には対応できないという問題点があった。これを克服した一般逆行列解決が第5章の方法である。第3章の不確定構造系の構造シフト・シンセシスで述べた手法は、設計変更量の期待値では設計変更最小の解を求めたが、構造系に不確かさが含まれたときのロバスト設計ではない。本章の研究はロバスト設計の初期的検討として位置づけた。第6章の外接超球法は設計変数が多く、アクティブ制約条件が少ない場合には有効な方法として示した。また、目的関数が設計変数のノルム2乗以外の場合の最適化問題にも適用できる方法として提案した。第7章の許容領域の存在・非存在判別法は、構造シフト・シンセシスを行なう前に必要な処理としてとして位置付けた。また、許容領域の判別の結果、許容領域が存在しないと判断された場合には、制約条件の境界値を修正して許容領域を存在させる方法を今後の研究とする。 以上,構造シフト・シンセシスの実用性に鑑み,試設計から設計変更最小の概念による構造変更を求める定式と手法を述べた.実際の設計において多用される構造シフト・シンセシスの概念を明らかにしたこと,および構造シフト・シンセシス問題での定式化を行なったこと、それらの定式に基づき、有限要素法および境界要素法による数値計算例で、手法の有効性を示したことが本研究の意義と考える.解析対象が異なる場合でも,また,構造力学以外の、熱、電磁場問題等における設計にもシフト・シンセシスの概念は生かされるものと期待できる. |