学位論文要旨



No 212583
著者(漢字) 浅井,圭介
著者(英字)
著者(カナ) アサイ,ケイスケ
標題(和) 遷音速底面圧力に対するジェット温度効果の研究
標題(洋)
報告番号 212583
報告番号 乙12583
学位授与日 1995.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12583号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 佐藤,淳造
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 渡辺,紀徳
内容要旨

 ジェットエンジンが噴き出す燃焼ガスは1000度を越える高温であり、機体まわりの流れと熱的、空力的に複雑な干渉を起こす。ジェット温度の影響は様々な空力現象で顕著に現われるが、なかでも遷音速で飛行する飛翔体の後部胴体に働く圧力抵抗、すなわち遷音速後胴抵抗はジェット温度に極めて敏感であることが知られている。例えば、高速航空機やスペースシャトルの飛行試験で、後胴抵抗(又は底面抵抗)の実測値が風洞試験の予測値と大きく食い違ったことが報告されている。これは、風洞試験ではジェットの模擬に圧縮空気が使用され、ジェット温度の効果が無視されたことに起因すると考えられている。

 後胴流れに対するジェット温度の影響については、これまで米国のNASAとAEDCを中心に膨大な実験的研究が行われてきた。その結果、ジェット温度の影響は(1)プルーム形状に対する比熱比の効果と(2)エントレインメントに対する温度比、速度比などの効果に分類できると考えられている。しかし、これらの効果を支配する相似則そのものは未だに完全には解明されていない。相似則の研究が進まない原因は、ジェットの干渉現象に関係する相似パラメータの数の多さにある。風洞試験で高温ジェット排気を模擬する方法として、これまでに過酸化水素法やエチレン燃焼法が実用化されているが、これらの方法では、温度比、速度比、比熱比などの相似パラメータの影響を分離して調べることはできない。

 そこで、本研究では、従来とは全く異なるアプローチでこの問題に取り組む。ここで用いる方法は、気流温度が窒素の液化温度に近い「低温風洞」の特長を利用したものである。ジェット干渉の基本法則に基づけば、高温ジェットを模擬するのにジェットの絶対温度を実際の値に合わせることは本質的ではない。重要なことは一般流に対するジェット温度の相対値(比)を再現することである。これは、低湿風洞の極低温気流中では、常温近傍のガスを用いて高温ジェットを模擬できることを意味している。

 低温試験法は従来の高温ジェット試験法に比較して多くの特長を有している。まず、ガスを高温に加熱する必要がないので、模型の構造を著しく簡素化することができる。また、常温風洞と異なり、実機レイノルズ数における試験が容易に行えるので、熱伝達に係わる現象の正確な模擬が可能になる。しかし、低温風洞の持つこのような可能性は過去の研究では全く注目されていなかった。そこで、本研究では。遷音速後胴流れの問題に着手する前に、理論解析と実証試験により低温試験法の有効性を検証した。

 まず、第2章では、実在気体の効果を考慮した簡単な計算によって低温試験法の高温ジェット模擬能力を理論的に考察した。ジェット干渉に係わる12個の相似パラメータの値、等エントロピー流れ、垂直衝撃波におけるジェットガスの圧力や温度の変化を計算し、ジェットエンジンの実飛行状態の値と比較した。その結果、適度に加熱した窒素とメタンの混合ガスを用いることによって、低温風洞でターボジェットエンジンの燃焼ガスと完全に相似な流れを模擬できることを明らかにした。また、液化が生じない試験温度範囲であれば、メタンの混入による低温風洞気流の汚染の影響は無視できることを確認した。

 次に、第3章では、航技研0.1m遷音速低温風洞を用いて低温試験法の模擬能力を実験的に検証した。供試体としては大きな底面を持つ軸対称ノズル模型を用い、底面圧力に対するジェット温度の影響を調べた。その結果、風洞気流とジェットガスの温度比を一定に保つかぎり、絶対温度の違いは底面圧力の測定値に影響しないことを証明した。また、低温風洞において適度に加熱した窒素とメタンの混合ガスを用いた高温ジェット模擬試験を行い、得られたデータがエチレン燃焼法による風洞実験や実機の飛行試験の結果と傾向的に良く一致することを確認した。

 以上の結果、低温試験法が高温ジェット模擬試験法として十分に実効性を有することが実証された。そこで、第4章では、低温風洞の模擬能力を遷音速後胴抵抗に対するジェット温度効果の問題に適用した。供試体としては実証試験と同じ軸対称ノズル模型を用い。底面圧力(底面抵抗)に対する各種相似パラメータの影響を系統的に調べた。ジェットガスには、窒素とメタン、アルゴン、ヘリウムのいずれかの混合ガスを使用した。ガスの組成と温度、圧力を独立に変化させることにより、ジェット温度比、比熱比、ガス定数の広い範囲をカバーするデータを取得した。

 一連の実験のうち、まず、窒素ガスを用いた実験の結果から、ジェット温度比の上昇に伴って底面圧力が増加することが明らかになった。次に、窒素/アルゴン、窒素/ヘリウムを用いた実験の結果から、底面圧力に対するガス定数の効果はジェッド温度と効果と等価であることがわかった。これらの実験ではジェットの圧力比と比熱比が一定に保たれている(プルーム形状が一定に保たれている)。すなわち。エントレインメントの効果がジェット温度とガス定数の積の関数であると結論される。この結果は過去にAEDCのPetersが提案した仮説を実験的に証明するものである。

 以上の結果をベースにして、エントレインメント効果を支配する相似パラメータの同定を試みた。プルーム形状の変化を考慮するため、ノズル圧力比と比熱比の値から計算されるブルーム最大径d1/deを相関パラメータとして導入した。そして、d1/deを一定に保ったときの底面圧力のデータをジェット温度とガス定数の積RTの関数となる各種のパラメータに対してプロットした。その結果、ジェットと一様流の質量流束の比jVj/oVoを用いると、全てのデータの相関がきれいに取れることが明らかになった。

 ジェット温度が上昇するとプルーム直径は増加し質量流束は減少する。前者は底面圧力を減少する作用を持ち、後者は底面圧力を増加する作用を持つ。プルーム直径の効果は支持スティングが底面圧力に及ぼす影響に類似している。一方、ジェットの吸引作用は質量流束の大きさに依存する。すなわち、これらの観測結果は、底面圧力に対するジェット温度の効果をプルーム形状とエントレインメントという2つ作用に分類することが、物理的にも妥当であることを示している。

 低温試験法で得られた相似則は、高温ジェットを模擬するのに必ずしも実際の温度比を再現する必要がないことを示唆している。質量流束は積RTの関数であるから、ジェット温度の影響はガス定数(分子量)の変化で模擬できる。同様に、比熱比の不一致の影響はジェット圧力比の変化で補正できる。この原理の有効性を確認するため、低温風洞で用いた模型を常温の0.18m遷音速大気圧風洞において試験した。ジェットガスには常温の窒素とヘリウムの混合ガスを用い、混合比を0から100%まで変えた。常温風洞と低温風洞で取得した底面圧力のデータをd1/dejVj/oVoの2つのパラメータで整理したところ、両者はほぼ一致することがわかった。この結果は、常温風洞で分子量の小さい常温ガスを用いることによって、底面圧力に対するジェット温度の効果を模擬できることを示している。

 本研究で実証されたように、低温試験法はジェット温度効果に係わる相似則を解明する非常に優れた実験手段である。大型の低温風洞に本試験法を使用すれば、実機の飛行状態の完全なシミュレーションが可能になる。また、低温試験法を用いて導出した相似則を適用すると、常温風洞試験の結果からジェット温度の効果を予測することも可能である。低温試験法の応用範囲は風洞試験だけに限らない。同じ原理は、垂直離着陸機と地面との干渉試験、排気ノズルの静的試験、冷却タービンの性能試験などの空力現象にも適応できると考えられる。

審査要旨

 工学士 浅井圭介 提出の論文は「遷音速底面圧力に対するジェット温度効果の研究」と題し、本文5章及び付録7項から成っている。

 ジェットエンジンが噴き出す燃焼ガスは1000°Cを超える高温であり、機体まわりの流れと熱的、空力的に複雑な干渉を起こす。ジェット温度の影響は種々の空力現象で顕著に現れるが、特に遷音速の飛行体の後部胴体に働く圧力抵抗、すなわち遷音速後胴抵抗はジェット温度に極めて敏感であることが知られており、実機設計の際にこの効果を考慮することが必要である。

 後胴流れに対するジェット温度の影響については、従来より膨大な実験的研究が行われており、その結果、ジェット温度の効果は、(1)プルーム形状に対する比熱比の効果と、(2)エントレインメントに対する温度比、速度比などの効果に分類できる。しかし、これらの効果を支配する相似則は、そのパラメータの多さにより、未だ完全には解明されていない。このため、従来の風洞実験で用いられてきた過酸化水素法やエチレン燃焼法等では温度比、速度比、比熱比などの相似パラメータの影響を分離して調べることはできない。

 このような現状に鑑み、著者は従来とは全く異なるアプローチをとることとし、気流温度が窒素の液化温度に近い「低温風洞」の特長を用いて、新しい試験法を提案している。この方法によれば、周囲気体はジェットガスに比べて低温になっているので、ガスを高温に加熱する必要がなく、模型の構造を著しく簡単化することができ、かつ、常温風洞と異なり、実機レイノルズ数における試験が容易に行えることから、熱伝達に関する現象の正確な模擬が可能となる。

 第1章は序論で、後胴流れに対するジェット温度の影響に関する従来の研究の問題点と、風洞実験においてジェットを模擬する試験法についての状況を概観し、それらに対して著者の提案する方法の比較を行うことにより、本論文の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、実在気体の効果を考慮した簡単な計算によって、低温試験法によって高温ジェットを模擬できる能力を理論的に考察している。この結果、適度に加熱した窒素とメタンの混合ガスを用いることによって、低温風洞内でターボジェットの燃焼ガスと完全に相似な流れを模擬できることを明かにしている。

 第3章では、科学技術庁航空宇宙技術研究所0.1m遷音速低温風洞を用いて低温試験法の模擬能力を実験的に検証している。その結果、風洞気流とジェットガスの温度比を一定に保つ限り、絶対温度の違いは底面圧力の測定値に影響しないことを証明し、また、第2章で述べた試験法で得られたデータは他の信頼できる試験法による結果や実機の飛行試験の結果と定性的に良く一致することを示している。

 第4章では、前章までの結果をふまえて、後胴底面圧力、ひいては底面抵抗に対する各種パラメータの影響を系統的にしらべ、ジェットガスの組成、温度、圧力を独立に変化させることにより、ジェット温度比、比熱比、ガス定数の広い範囲をカバーし得るデータを取得している。ジェット気流のエントレインメントの効果はジェット温度とガス定数の積の関数であり、また、プルーム形状に影響を及ばすパラメータの同定を行った結果から、底面圧力に対するジェット温度の効果をプルーム形状とエントレインメントの効果の2つに分類することが物理的にも妥当であることを示している。

 第5章は結論で、上記各章における考察の総括を行っている。

 付録Aでは実在気体の熱物性値データ、付録Bでは低温風洞の平衡運転状態の推算、付録Cではターボジェットエンジンの燃焼計算、付録Dでは過酸化水素法の燃焼計算、付録Eではエチレン燃焼法の燃焼計算、付録Fでは熱式質量流量計の較正試験、付録Gでは0.1m遷音速低温風洞における風洞気流汚染の評価を示すことにより、本文の補助としている。

 以上要するに、本論文は後胴流れに対するジェット温度の影響に関する相似則を低温風洞を用いて見い出す新しい方法を提案したものであり、その成果は流体力学および熱工学上新しい知見をもたらし、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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