学位論文要旨



No 212584
著者(漢字) 相河,聡
著者(英字)
著者(カナ) アイカワ,サトル
標題(和) 高速無線通信の品質向上技術としての誤り訂正方式とその設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 212584
報告番号 乙12584
学位授与日 1995.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12584号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 水町,守志
 東京大学 教授 羽島,光俊
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 助教授 田中,良明
内容要旨

 マルコーニの実験から始まった無線通信はさらに発展し、社会生活を営む上での重要な基盤のひとつとなっている。近年ではデータ通信や画像通信などさまざまなサービスに適応するため、高速・高品質なディジタル変復調方式が用いられるようになった。無線通信の形態は、個人が無線機を保持するアクセス系無線通信と、個々人の信号を多重化して伝送する基幹系無線通信に分類される。本研究で着目する固定無線通信では、基幹系無線通信については旧来からマイクロ波中継が光通信などの有線系システムと相補的に用いられてきた。また、アクセス系としては無線LANなどによるマルチメディア通信の検討が各種機関で研究されている。いずれも数十から数百Mbpsの高速性と符号誤り率10-6以下の高品質性が要求される。

 無線通信における課題には信頼度の向上と周波数の有効利用がある。無線通信では、干渉やフェージングにより伝送路品質が劣化し、誤りが生じる場合がある。信頼度の向上とはこれらの誤りを低減することである。一方、周波数有効利用のために、新周波数帯域の開拓や周波数利用効率の向上が行なわれてきた。周波数利用効率向上のため多値変調を適用する場合、干渉やフェージングに対する耐力が減少し、高品質化技術が必要となる。これらの技術のひとつとして、誤り訂正は不可欠である。

 本論文は高速固定無線通信における種々の劣化要因に対し、品質向上技術としての誤り訂正の方式およびその設計法に関する研究成果をまとめたものである。誤り訂正技術は近年LSI,DSP技術等の進歩に支えられ急速に発展している。本論文の目的は無線チャネルの種々の劣化要因に対し、品質向上のために、いかに優れた誤り訂正技術を確立するかという点にある。このような観点から、特に、高速多値符号化変調技術、符号化率可変誤り訂正技術、ビットインターリーブによる干渉対策技術について検討した。

 第1章では、本研究の背景、目的、概要について述べる。

 第2章では、高速かつ高品質を要求されるディジタル無線通信の概要について述べる。まず、多値変調、誤り訂正、干渉補償、適応等化、ダイバーシティなど個別技術ついて簡単に説明する。次に本研究の主要テーマである誤り訂正技術をディジタル無線中継に適用する場合の種々の問題を取り上げる。誤りは、種々の原因で生じるが、ここでは、装置の不完全性による誤り(残留誤り)を訂正するための技術について述べる。残留誤りの分布特性を測定した結果、ランダム誤り訂正符号が適用可能と推定される。一方、誤り訂正符号を具体的な無線システムに応用する場合、ワード同期の高速化等に問題がある。本論文ではこの点について検討を加え、周波数ダイバーシティにおけるチャネル切り替えに影響を与えないワード同期法を実現した。その他、誤り訂正ブロックを基本とした無線フレームフォーマット、シンドロームによる監視制御などについて詳細に述べる。

 第3章では誤り訂正と多値変調技術を融合し大きな誤り訂正効果を得る符号化変調について述べる。符号化変調では符号間距離をガウス雑音系で発生する誤差に近い変調信号空間上のユークリッド距離で定義し大きな誤り訂正効果を実現するものである。本章では256QAMなどの多値数の多い変調方式に適した符号化変調技術として、冗長成分をロールオフ率の縮小に割り当てるSPORT-QAM(Signal POints Reduced Trellis coded QAM)を提案し、無線伝送路での特性をシミュレーションで明らかにするとともに、小型、低消費電力化の特性をもつ回路構成について述べる。

 まず、従来の符号化変調と比較して同一伝送容量下でより大きな符号化利得を得られるSPORT-QAMについてその原理及び具体的構成法を示す。

 次にその信号間最小自由距離を考察することにより漸近符号化利得を明らかにした。その結果、従来の符号化変調より約2.5dB(符号誤り率:10-4)符号化利得が改善できることを示した。さらにフェージング伝搬路における信号伝送特性を把握するため2波干渉モデルを用いてシグナチャ特性を計算した。その結果フェージングに起因する符号間干渉存在時にも、SPORT-QAMにより耐波形歪み特性も従来に比べ改善することがわかった。

 次に高速多値ビタビ復号回路構成法として回路規模削減と低消費電力化を目的とするバスメモリ分離型ビタビ復号回路、異なる変調多値数の符号化変調に対して同一のマッピング回路を適用できる汎用マッピング、パスメモリ入力を誤り成分のみとすることにより消費電力を低減する低消費電力型パスメモリを提案した。さらに、これらの技術をもとに現実の装置を実現するために、必要なパラメータ設計を行なった後、LSI化のための回路構成法について検討し、高速多値符号化変調装置を実現した。

 第4章ではマルチメディア通信を無線で伝送する場合、サービス毎に最適な誤り訂正を適用する符号化率可変誤り訂正を提案する。これは、サービスを要求条件の異なる音声,画像,データに分類し、最も低いセル廃棄率を必要とするリアルタイム画像について最も誤り訂正効果の大きい誤り訂正を適用し、最も高いセル廃棄率を許容できる音声に最も高い符号化率の誤り訂正を適用し、再送が可能なデータについてはその中間の誤り訂正を適用するものである。

 まず、サービス別符号化率可変誤り訂正の原理及び構成について述べる。次に、無線区間における誤り訂正なしでの符号誤り率とセル廃棄率の関係を示した。また、各サービスの要求するセル廃棄率から、各々に適用する誤り訂正について検討した。さらに、符号化率を考慮した情報伝送効率を定義し、音声,画像,データが共存するモデルについて情報伝送効率を示し、提案する符号化率可変誤り訂正の効果を示した。

 第5章では他方式から干渉を受ける場合の干渉対策としての誤り訂正について述べる。無線通信においては干渉は根本的な問題である。そのひとつとしてマイクロ波無線通信では船舶レーダ等の不要放射による干渉が大きな問題となっている。レーダ波はパルス変調されており、1s程度のバースト誤りを発生する。このような誤りを訂正するため、バースト誤りをランダム化するビットインターリーブ技術の適用を検討する。本方式についてランダム誤りとバースト誤りが同時に発生する場合について効果を解析するとともに実験により特性を明らかにした。

 まず、レーダの特性について述べ、ディジタルマイクロ波通信への干渉の問題を説明した。次に、その対策について検討し、特に不特定多数の船舶レーダを対象にビットインターリーブの適用を提案した。次に4,5,6GHz帯の16QAM変調信号に船舶用レーダが干渉を与えた場合に適用するためのビットインターリーブの構成法を示した。ここで、一般の船舶レーダからの干渉を抑圧する場合には、ビットインターリーブによる遅延が伝送品質に与える影響は問題にならないことを示すとともに、ルートでの適用法の例を示した。更に、理論特性を明らかにし、ビットインターリーブの設計法について検討した。また、ビットインターリーブを適用する場合におけるAGCの設計法についても明かにした。最後に、この効果について、室内実験で確認を行ない、効果としてD/Uが-35dBにおいても誤りは完全に訂正されることを実証した。またこれらの実験結果は理論値とよく一致した。レーダのディジタルマイクロ波通信への干渉は、現在ITU-Rなどでも盛んに議論されている品質劣化の大きな要因であるが、ビットインターリーブはこれを解決するものとして効果は大きい。

 第6章では、前章まで述べた高速無線通信の高品質化技術のひとつとして符号化変調を適用した装置について述べる。また、前章までに述べられていない超マルチキャリア、SDHインタフェースについて詳細に示す。マルチキャリア方式については従来の3マルチキャリアから6ないし12の超マルチキャリを適用することにより波形歪みによる瞬断率を1/10〜1/100程度に抑えることを実験的に示した。SDHインタフェースについてはフレームフォーマットとしてSDH適用性の他、従来のブロック符号をベースとしたシステムと符号化変調をベースとする本システムのインタフェースも考慮して設計した。また、回路についてはマルチキャリア数が異なる方式に同一のLSIを適用できる構成とした。さらに、このインタフェースを実現するためにLSIを設計・試作し、動作を確認した。これらをもとに設計・試作した高品質SPORT-256QAM装置の主要諸元を示し、従来のシステムとの比較をした。また、試作した装置の特性を示し、符号誤り率特性と耐波形歪み特性の改善を確認した。これら装置の実現により、高品質な高速無線通信の可能性を示した。

 最後に、第7章ではまとめとして本研究の主要な成果を要約する。

 本研究の結果、マイクロ波中継や高速無線LANなど数十から数百Mbpsの高速無線通信を符号誤り率10-6以下の高品質に伝送する技術が確立されたことにより、高速高品質無線ディジタル伝送が可能となった。

審査要旨

 本論文は「高速無線通信の品質向上技術としての誤り訂正方式とその設計法に関する研究」と題し、高速固定無線通信における種々の劣化要因に対し、品質向上技術としての誤り訂正の方式およびその設計法に関する研究成果を述べたもので、7章よりなる。

 第1章は「緒論」と題し、本論文の背景、目的、概要などを説明している。

 第2章「高速無線通信技術」では、256QAMを適用したディジタル無線中継装置の不完全性による残留誤り対策としての誤り訂正の設計法を提案している。誤り訂正符号を無線システムに応用する場合、ワード同期の高速化の必要がある。本論文では複数系列のシンドロームを同時に算出する手法により、周波数ダイバーシティにおけるチャネル切り替えに影響を与えないワード同期法を実現した。その他、誤り訂正ブロックを基本とした無線フレームフォーマット、シンドロームによる監視制御法などを提案している。

 第3章「高速多値符号化変調技術」では符号化変調を変調多値数が大きく、変調信号伝送速度も大きい無線中継に適用する場合の方式および回路設計法を提案している。まず、256QAMなどの多値変調方式に適した符号化変調方式として、冗長成分をロールオフ率の縮小に割り当てることにより従来の符号化変調と比較して約2.5dB(符号誤り率:10-4)大きな符号化利得を得られるSPORT-QAM(Signal POints Reduced Trelliscoded QAM)を提案し、その原理及び構成法を示している。さらにフェージング伝搬路における信号伝送特性をシミュレーションにより求め、耐波形歪み特性も改善することを明らかとした。

 次に高速多値ビタビ復号回路構成法として回路規模削減と低消費電力化を目的とするパスメモリ分離型ビタビ復号回路、異なる変調多値数の符号化変調に対して同一の回路を適用できる汎用マッピング、低消費電力型パスメモリを提案し、さらに、これらの技術をもとに装置を実現するためのLSI回路構成法について提案している。

 第4章「高速符号化率可変誤り訂正技術」ではマルチメディア通信を無線で伝送する場合、サービス毎に最適な誤り訂正を適用する符号化率可変誤り訂正方式を提案し、その原理、構成とともに効果を示している。これは、サービスを要求条件の異なる音声,画像,データに分類し、最も高い品質を必要とするリアルタイム画像について最も誤り訂正能力の大きい符号を適用し、最も低い品質を許容できる音声に最も高い符号化率の符号を適用する方式である。評価基準として、符号化率を考慮した情報伝送効率を定義し、音声,画像,データが共存する場合についての情報伝送効率を求め、提案する符号化率可変誤り訂正の効果を示している。

 第5章「ビットインターリーブ型干渉補償技術」ではレーダから干渉を受ける場合の干渉対策としての誤り訂正について述べている。マイクロ波無線通信では船舶レーダ等の不要放射による干渉が大きな問題となる。レーダ波はパルス変調されており、1ms程度のバースト誤りを発生する。このような干渉による誤りを訂正するためビットインターリーブ技術の適用を提案し、ランダム誤りとバースト誤りが同時に発生する場合についてその効果を検討している。まず、4,5,6GHz帯の16QAM変調信号に船舶用レーダが干渉を与えた場合に適用するためのビットインターリーブの構成法を示し、理論特性に基づくビットインターリーブの設計法について検討している。次に、この効果について、室内実験で確認を行ない、D/Uが-35dBにおいても誤りは完全に訂正されることを実証した。

 第6章「高速高品質無線通信の特性」では、前章まで述べた高速無線通信の高品質装置実現法について検討している。まず、超マルチキャリアを適用することにより波形歪みによる瞬断率を抑えることが可能であることを実験的に示している。次いで従来のブロック符号をベースとしたシステムと符号化変調をベースとする提案システムのインタフェースが可能なようにSDHインターフェースを設計している。また、キャリア数が異なる方式に同一のLSIを適用できる回路構成も提案している。さらに、各種LSIを設計・試作し、これらを用いた高品質SPORT-256QAM装置を実現して、従来のシステムとの比較を行い、高品質な高速無線通信の実現の可能性を実証した。

 第7章は「結言」として本研究の主要な成果を要約している。

 以上これを要するに、本論文ではディジタル固定無線通信であるマイクロ波中継や高速無線LANなど数十から数百Mbpsの高速無線通信において、SPORT256QAM符号化変調、サービス別符号化率可変誤り訂正、レーダ干渉補償用ビットインターリーブなど、高速高品質無線ディジタル伝送を可能とする誤り訂正方式とその設計法を提案したものであって、電子工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50966