学位論文要旨



No 212587
著者(漢字) 中谷,信一郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカタニ,シンイチロウ
標題(和) X線回折法によるSi(111)表面の×吸着構造の解析
標題(洋)
報告番号 212587
報告番号 乙12587
学位授与日 1995.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12587号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高橋,敏男
 東京大学 教授 菊田,惺志
 東京大学 教授 河津,璋
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 助教授 石川,哲也
内容要旨

 近年シンクロトロン放射光の発展により強力なX線が研究者に供給されるようになり、表面研究の分野でもX線回折の手法が用いられるようになってきた。

 本研究では、表面構造の中でも高い関心を集めている、Si(111)表面上に金属を蒸着することによってできる√3×√3構造をX線回折法で調べた。

 本研究で主にとりあげたのはSi(111)√3×√3-Biの構造とSi(111)√3×√3-Sbの構造である。これらの構造は走査トンネル顕微鏡、X線光電子分光、低速電子線回折等多くの手法で調べられているがその結果は必ずしも一致をみていない。従ってX線回折法であいまいさなく構造を決める必要性の高い系といえる。

 本研究ではまず第一に、表面における回折現象を厳密に扱える動力学的回折理論をDarwinの流儀に従って展開した。この理論は結晶のブラッグ条件からはずれたところで顕著になる表面の効果による「結晶切断ロッド」散乱のみならず、通常のブラッグ反射も正しく記述できるという利点をもっていることを示した。

 この理論を用いれば、表面における構造変化も簡単に計算の中に取り入れることができ、しかも計算式は運動学的回折理論から導かれる結果に簡単な補正因子をかけるだけで得られるという実用上重要な結論に達した。本論文中でのデータ解析はこの理論がもとになっている。

 次に表面X線回折の目的にかなう超高真空槽と検出器回転機構および試料ホルダーを作製した。

 超高真空槽には半円筒状のべリリウムの窓が溶接してあり、X線の散乱角が広くとれるようになっている。この真空槽と検出器回転機構を組み合わせることによって逆格子空間のほとんどすべての領域が測定の対象になり得るようになった。

 また本研究で作製した試料ホルダーは、面内回転機構をもつと同時に、試料の裏面にX線を透過させられる構造にもなっている。このため透過型の配置で表面からのX線回折の実験ができるという、独自のものである。

 以上のような理論と装置の備えをしたうえで、Si(111)√3×√3-BiとSi(111)√3×√3-Sbの構造をX線回折法でしらべた。絶対反射率を正確に扱える動力学的回折理論は吸着原子の被覆率を正しく見積もるのに役だった。また透過型配置で実験ができるため原子の吸着位置をはっきり決めることができた。

 Si(111)√3×√3-Biについては図1のような被覆率1のいわゆるミルクスツール構造と図2のような被覆率1/3のシンプル構造の二つがあるということがわかった。また吸着位置の問題に関しては透過型の測定の結果より、ミルクスツール構造では図1に示してある吸着位置にまちがいはなく、シンプル構造の場合は図2の左側のT4モデルが正しいということがわかった。

図表図1 / 図2

 Si(111)√3×√3-Sbについては被覆率1のミルクスツール構造のみの存在を確認した。吸着位置についてはSi(111)√3×√3-Biと同じであることが透過型配置の測定で明らかになった。

 さらにミルクスツール構造に関しては、下地のSi原子の変位をX線回折のデータ解析とKeating法による理論計算の両面から見積もってみた。その結果、原子座標の変位の向きについて両者の結論は一致した。個々の変位の大きさについてはあわないものもあったが、少数のパラメータの選択だけで答が一意的に決まってしまうKeating法よりは、多くのデータのフィッティングから変位を決めるX線回折の手法の方が信頼性が高いと考えられる。

 最後にミルクスツール型のSi(111)√3×√3-BiとSi(111)√3×√3-Sbに加えてこれまでに我々がデータをとってきたミッシングトップレイヤーを持つSi(111)√3×√3-AgとSi(111)√3×√3-Auの4つの系について00ロッドからの絶対反射率を計算してみた。その結果、同種の構造に対してはきわめて似た形の反射プロファイルが得られ、反射率の強さは吸着金属の重さをよく反映していた。

 このことは将来的には、絶対反射率のロッドプロファイルから多くの結晶表面の構造を系統的に分類できる可能性を示している。

審査要旨

 本論文は、「X線回折法によるSi(111)表面の√3×√3吸着構造の解析」と題し、清浄なSi(111)表面上に金属原子を蒸着することによって形成される√3×√3構造を表面X線回折の手法を用いて研究した結果をまとめたものである。

 Si(111)表面は、種々の金属原子を吸着して√3×√3の超構造を作り易いことで知られている。特にBi,SbといったV族の金属の吸着でできるSi(111)√3×√3-BiやSi(111)√3×√3-Sbの構造は、エピタキシャル成長のコントロールという応用面からの関心も高く、精力的な研究がなされてきた。しかしこれまでに行われてきた低速電子線回折、走査トンネル顕微鏡、X線光電子分光、表面X線回折等による構造解析の結果は必ずしも一致をみておらず、これらの系における金属原子の被覆率や吸着位置に関しては曖昧な点が残されていた。

 本研究の目的は、表面X線回折の手法に新しく動力学的な解析法を導入することと、従来より行われている反射型の実験配置での測定のみならず透過型の実験配置での測定を行うことによって、上記の系の構造を明確に決定することである。

 本論文は5つの章と1つの付録からなっている。

 第1章「はじめに」は序論であり、研究の背景と目的、及び本論文の構成について述べている。

 第2章は「回折理論」と題し、表面における回折現象を厳密に扱える動力学的回折理論をダーウィンの流儀に従って展開している。この理論には、ブラッグ条件からはずれたところで顕著になる表面の効果による散乱と、通常のブラッグ反射を両方とも正しく記述できるという利点があるということを示している。この理論を用いれば、表面における構造変化の影響も簡単に計算の中に取り入れることができ、しかも計算式は運動学的回折理論から導かれる結果に簡単な補正因子を掛けたものに等しいという実用上重要な結論を導いている。本論文中でのデータ解析は、この理論に基づいている。

 第3章は「表面X線回折実験装置」と題し、本研究のために使用した実験装置について述べている。はじめにX線源である放射光実験施設のビームラインについて説明し、続いて表面X線回折の測定のために作製した超高真空槽と試料ホルダーの性能について整理し、最後にX線検出器として用いた1次元位置敏感型比例計数管の特長について検討している。

 第4章は「Si(111)√3×√3吸着構造の解析」と題し、第2章の理論をもとにして√3×√3吸着構造を解析している。Si(111)√3×√3-Biについては、Biの被覆率が1のトライマー構造と被覆率が1/3のシンプル構造の二つがあるということを示している。トライマー構造に関しては、かつで考えられていたBi原子上に再配列したSi原子の存在を否定した。またシンプル構造に関しては、透過型の実験配置で得られたデータを活用して、Bi原子の吸着位置が第2層Si原子の直上であることを明らかにしている。Si(111)√3×√3-Sbについては、Sb原子の被覆率が1のトライマー構造のみの存在を確認して、透過型配置によるデータよりトラィマーの中心が第2層Si原子の直上であることを示している。次にこれらの系において、吸着によっておこるSi原子の変位をキーティング法によって計算し、X線回折の測定から得られた結果との比較検討がされている。その結果両者において変位の向きについては一致がみられたと報告している。最後に、トライマー構造のSi(111)√3×√3-Bi表面とSi(111)√3×√3-Sb表面からのX線の絶対反射率と、これまでに構造がわかっているSi(111)√3×√3-Ag表面とSi(111)√3×√3-Au表面からの絶対反射率を比較している。Si(111)√3×√3-Bi表面とSi(111)√3×√3-Sb表面、Si(111)√3×√3-Ag表面とSi(111)√3×√3-Au表面は互いに似た構造をしているが、反射率の形状も構造の似たものについてはほぼ同じであることが示されている。このことから、将来的には反射率の形状によって種々の結晶表面の構造を系統的に分類できる可能性があると指摘している。

 第5章「まとめ」では、本研究で得られた結果を総括している。

 付録は「Darwin流動力学的回折理論の応用例」と題し、第2章で展開した動力学的回折理論の有効な応用例として、薄い結晶によるブラッグ反射、ブラッグ角が90°に近い場合の反射、及び結晶内のX線の波動場の3つを取り上げて説明している。

 以上を要約すると、本研究は、表面におけるX線回折を扱える動力学的な回折理論を展開し、その理論に基づきSi(111)√3×√3-Bi表面及びSi(111)√3×√3-Sb表面の構造を、金属原子の被覆率や吸着位置についての曖昧さを残さずに決定したものであり、物理工学への貢献が大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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