近年シンクロトロン放射光の発展により強力なX線が研究者に供給されるようになり、表面研究の分野でもX線回折の手法が用いられるようになってきた。 本研究では、表面構造の中でも高い関心を集めている、Si(111)表面上に金属を蒸着することによってできる√3×√3構造をX線回折法で調べた。 本研究で主にとりあげたのはSi(111)√3×√3-Biの構造とSi(111)√3×√3-Sbの構造である。これらの構造は走査トンネル顕微鏡、X線光電子分光、低速電子線回折等多くの手法で調べられているがその結果は必ずしも一致をみていない。従ってX線回折法であいまいさなく構造を決める必要性の高い系といえる。 本研究ではまず第一に、表面における回折現象を厳密に扱える動力学的回折理論をDarwinの流儀に従って展開した。この理論は結晶のブラッグ条件からはずれたところで顕著になる表面の効果による「結晶切断ロッド」散乱のみならず、通常のブラッグ反射も正しく記述できるという利点をもっていることを示した。 この理論を用いれば、表面における構造変化も簡単に計算の中に取り入れることができ、しかも計算式は運動学的回折理論から導かれる結果に簡単な補正因子をかけるだけで得られるという実用上重要な結論に達した。本論文中でのデータ解析はこの理論がもとになっている。 次に表面X線回折の目的にかなう超高真空槽と検出器回転機構および試料ホルダーを作製した。 超高真空槽には半円筒状のべリリウムの窓が溶接してあり、X線の散乱角が広くとれるようになっている。この真空槽と検出器回転機構を組み合わせることによって逆格子空間のほとんどすべての領域が測定の対象になり得るようになった。 また本研究で作製した試料ホルダーは、面内回転機構をもつと同時に、試料の裏面にX線を透過させられる構造にもなっている。このため透過型の配置で表面からのX線回折の実験ができるという、独自のものである。 以上のような理論と装置の備えをしたうえで、Si(111)√3×√3-BiとSi(111)√3×√3-Sbの構造をX線回折法でしらべた。絶対反射率を正確に扱える動力学的回折理論は吸着原子の被覆率を正しく見積もるのに役だった。また透過型配置で実験ができるため原子の吸着位置をはっきり決めることができた。 Si(111)√3×√3-Biについては図1のような被覆率1のいわゆるミルクスツール構造と図2のような被覆率1/3のシンプル構造の二つがあるということがわかった。また吸着位置の問題に関しては透過型の測定の結果より、ミルクスツール構造では図1に示してある吸着位置にまちがいはなく、シンプル構造の場合は図2の左側のT4モデルが正しいということがわかった。 図表図1 / 図2 Si(111)√3×√3-Sbについては被覆率1のミルクスツール構造のみの存在を確認した。吸着位置についてはSi(111)√3×√3-Biと同じであることが透過型配置の測定で明らかになった。 さらにミルクスツール構造に関しては、下地のSi原子の変位をX線回折のデータ解析とKeating法による理論計算の両面から見積もってみた。その結果、原子座標の変位の向きについて両者の結論は一致した。個々の変位の大きさについてはあわないものもあったが、少数のパラメータの選択だけで答が一意的に決まってしまうKeating法よりは、多くのデータのフィッティングから変位を決めるX線回折の手法の方が信頼性が高いと考えられる。 最後にミルクスツール型のSi(111)√3×√3-BiとSi(111)√3×√3-Sbに加えてこれまでに我々がデータをとってきたミッシングトップレイヤーを持つSi(111)√3×√3-AgとSi(111)√3×√3-Auの4つの系について00ロッドからの絶対反射率を計算してみた。その結果、同種の構造に対してはきわめて似た形の反射プロファイルが得られ、反射率の強さは吸着金属の重さをよく反映していた。 このことは将来的には、絶対反射率のロッドプロファイルから多くの結晶表面の構造を系統的に分類できる可能性を示している。 |