学位論文要旨



No 212589
著者(漢字) 後藤,裕規
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ヒロキ
標題(和) 鋼の凝固過程における酸化物の生成挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 212589
報告番号 乙12589
学位授与日 1995.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12589号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐野,信雄
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 前田,正史
 東京大学 助教授 月橋,文孝
内容要旨

 鋼中の酸化物は一般に品質上有害であるが,数m以下の微小な酸化物は変態核,析出物の核として有効に利用できることが最近明らかにされている.したがって,酸化物を鋼中に微細に分散化させることは鋼材の材質制御,特に新しい材料開発を行なう上で極めて重要な技術である.酸化物を鋼中に微細に分散させる方法として,綱の凝固時に酸化物を生成させる方法が有効な方法の一つである.しかしながら,鋼の凝固過程における酸化物の生成挙動に関する研究は極めて少なく,また,酸化物の生成挙動そのものについて不明な点が多い.本研究では,連続鋳造鋳片を用いて,凝固過程で生成する酸化物の挙動に関して,酸化物の分散状態および組成を支配する,溶鋼の酸素濃度,鋼の凝固時の冷却速度,凝固前の溶鋼中の一次脱酸生成物,強脱酸元素の影響を明らかにし,鋼の凝固過程における酸化物の晶出,成長,反応挙動を解明することを目的とした.

 最初に凝固過程における酸化物の生成挙動の研究の基礎となる酸化物の粒径分布,および,粒径分布と鋼中酸素濃度の関係をTi脱酸鋼を用いて調査解析し,以下の結果を得た.

 (1)鋼中酸素濃度の上昇とともに,酸化物の個数は増加し,粒径はやや大きくなる.

 (2)酸化物の個数と粒径から推算した酸化物として存在する鋼中の酸素濃度は,分析した鋼中酸素濃度とほぼ一致する.したがって,鋼中の酸素は殆ど酸化物として存在しているものであり,鋼中の酸素濃度は酸化物量で決定される.

 (3)鋳造後の冷却・凝固過程で晶出する酸化物が全体の約70mass%と,多くの割合を占め,これらの酸化物の殆どが10m以下の大きさの微小な酸化物である.また,鋳造前に溶鋼中に存在する酸化物も同様に微小な酸化物である.タンディッシュ内溶鋼の酸素濃度は,Tiと平衡する酸素濃度より高いが,この理由は,浮上分離しにくい10m以下の微小な酸化物が溶鋼中に懸濁しているためである.

 (4)10m以下の微小な酸化物が,酸化物量に占める割合が大きく,鋼中の酸素濃度は,10m以下の微小な酸化物量で決定される.したがって,溶鋼の酸素濃度を制御することによって,微小な酸化物の量を制御することが可能である.

 次に,凝固時の酸化物の生成挙動と鋼の冷却速度の関係を明らかにすることを目的に,Ti脱酸鋼を用いて鋳片および溶鋼の酸化物の粒径分布を調査し,凝固中の酸化物の晶出,成長に関する解析を行ない,以下の結果を得た.

 (1)凝固時の冷却速度によって酸化物の分布が大きく変化し,冷却速度の増加とともに酸化物個数は多くなり,粒径は小さくなる.

 (2)この酸化物の生成挙動は,冷却速度の変化に伴う酸化物の晶出のための過飽和度が支配的であると考えられ,ミクロ偏析と酸化物の拡散成長を考慮して酸化物の晶出,成長を理論解析し,酸化物晶出の駆動力である過飽和度を推算した.その結果,冷却速度が大きい場合は,酸化物が成長するための時間が短く,酸化物を晶出するための過飽和度が大きくなるため,酸化物の晶出頻度が大きくなる.すなわち,冷却速度を変化させることにより,酸化物を晶出するための過飽和度を変化させ,酸化物の大きさ,分布を制御することが可能と考えられる.

 次に,凝固中の酸化物組成に及ぼす冷却速度の影響を解明することを目的に,Ti脱酸鋼の鋳片の酸化物の組成調査と,凝固中の酸化物と粒径の変化に及ぼす冷却速度に関する解析を行ない,酸化物組成を制御する要因を検討し,以下の結果を得た.

 (1)Ti脱酸鋼の酸化物は,Ti2O3を主成分として,Al2O3,MnOを含有し,Ti2O3-Al2O3-MnO系の酸化物である.粒径が約10m以下の酸化物では,冷却速度の減少に伴ってTi2O3濃度が増加し,Al2O3濃度が減少し,より小さな酸化物ほど組成変化に及ぼす冷却速度の影響が顕著である.一方,10m以上の酸化物の組成は冷却速度の影響は殆ど認められないすなわち,酸化物組成の冷却速度依存性は酸化物の大きさによって異なる.

 (2)凝固中の酸化物組成や粒径の変化の解析から,凝固中の酸化物の成長による粒径の増加は,冷却速度が小さいほど,また凝固前の酸化物の粒径が小さいほど大きくなることが分かった.酸化物の組成に関して,凝固後の酸化物の粒径が小さい場合,凝固時の冷却速度が小さく,凝固時間が長くなると,凝固時に成長したTi2O3の割合が大きくなり,酸化物組成の冷却速度依存性が大きくなる.また,凝固後の酸化物の粒径が大きい場合は,凝固時に晶出成長したTi2O3の酸化物全体に対する割合が小さく,冷却速度の依存性が小さくなる.一方,凝固前の溶鋼中の酸化物の粒径が大きいほど凝固時に成長したTi2O3の影響は小さくなる.すなわち,酸化物の組成は鋼の凝固時の冷却速度と凝固前の溶鋼中の酸化物の粒径に支配される.

 次に,微小な酸化物を増加させる方法として,溶解酸素濃度を上昇させることの有効性を確認するために,高酸素Mn脱酸鋼の鋳片内の酸化物分布を調査解析した.また,凝固過程で生成する酸化物挙動に及ぼす一次脱酸生成物の影響を明らかにするために,Alで予備脱酸することにより,Al2O3を含有した一次脱酸生成物を溶鋼中に生成および残留させ,かつ,凝固時の溶解酸素濃度を高く維持したMn脱酸鋼を用いて,凝固過程における酸化物の生成挙動を調査し,凝固過程で生成する酸化物と一次脱酸生成物との関係を検討した.以下の結果を得た.

 (1)溶解酸素濃度が高いMn脱酸鋼の酸化物個数は酸素濃度が低いTi脱酸鋼と比較して大幅に増加しており,その個数は凝固時の冷却速度の増加とともに増加し,平均粒径は小さくなる.

 (2)凝固後の酸化物は,Al2O3-MnO-FeO酸化物とMnO-FeO酸化物に分類でき,これらは,冷却速度と粒径により区分できる. Al2O3-MnO-FeO酸化物は,冷却速度が大きい560K/minの場合には約2m以上,冷却速度が小さい6K/minの場合には約5m以上の大きさであり,両者の個数はほぼ等しく,この酸化物は一次脱酸生成物を核として成長したものである.一方,MnO-FeO酸化物は,冷却速度が大きい560K/minの場合には約2m以下,冷却速度が小さい6K/minの場合には約5m以下の大きさであり,前者の方が後者より個数が多く,この酸化物は凝固中に新たに生成した酸化物である.このように,酸化物組成の粒径および冷却速度依存性を調査解析することにより,一次脱酸生成物を核にして成長する酸化物と凝固中に新たに生成する酸化物を識別することが可能と考えられる.

 (3)一次脱酸生成物を核に凝固中に酸化物が晶出ならびに成長するため,一次脱酸生成物によって,凝固中に晶出,成長する二次脱酸生成物を制御することが可能であると考えられる.

 次に,脱酸力が強い元素を用いて,一次脱酸生成物を溶鋼中に分散させ,この酸化物を核に二次脱酸生成物を晶出し,鋼の凝固速度への影響が小さい酸化物の個数分布を得ることを目的とし,以下の結果を得た.

 (1)Ti脱酸鋼に強脱酸元素のCaを添加したTi-Ca脱酸鋼の酸化物はCaO,Ti2O3,Al2O3,SiO2からなる複合酸化物であり,冷却速度が小さい部位の個数の減少がTi脱酸鋼より小さい.Ti-Ca脱酸鋼の酸化物の分布および組成はTi脱酸鋼と比較して,冷却速度の影響が小さく,均一である.

 (2)Ti-Ca脱酸鋼では,一次脱酸生成物が溶鋼中に均一に分散し,かつ,二次脱酸生成物の生成量が少ないために,冷却速度の影響が小さく鋳片内に酸化物が均一に分散する.

 (3)鋳片内に均一に分散させる脱酸剤として,Caが適している.

 最後に,凝固中の酸化物と溶鋼の反応挙動を解明することを目的として,連続鋳造鋳片におけるCaOを含有した酸化物の組成,個数,粒径の調査を行ない,酸化物中のS濃度に及ぼす酸化物組成の影響や酸化物の分散挙動を検討し,以下の結果を得た.

 (1)低Al鋼(Al=0.005mass%)では,CaO-SiO2系とCaO-SiO2-Al2O3系の酸化物が観察され,CaO-SiO2-Al2O3系の酸化物の方がCaO-SiO2系酸化物より酸化物中のS濃度が高く,酸化物組成によって酸化物中のS濃度が変化している.一方,高Al鋼(Al=0.031mass%)では,CaO-Al2O3系の酸化物が観察され,酸化物中にSが含有されている.これらの酸化物のサルファイドキャパシティーと液相率を推算すると,サルファイドキャパシティーが高く,液相率が高い酸化物の方が,酸化物中のS濃度が高くなる.

 (2)酸化物をサルファイドキャパシティーの高い組成に制御することにより,凝固中に酸化物による脱硫反応が進行し,特に偏析の程度が大きい鋳片中心部では,酸化物にSが吸収される.

 (3)凝固過程における酸化物による脱硫反応の促進が重要であり,極低硫鋼においてMnSの生成抑制は,酸化物の微細分散化と組成制御により可能となる.

 以上のとおり,鋼材の材質制御に新しい方向を見いだすことを目的に,連続鋳造鋳片の凝固時における酸化物の生成挙勤に関する研究を行ない,これらの結果から,凝固プロセスが従来の鋳片の形状を形成するだけではなく,酸化物の生成による材質制御に有効であることの意義を見いだした.

審査要旨

 本研究は鋼材の材質制御の一手段として連続鋳造時の速やかな冷却時に生成する微細な酸化物介在物を利用する、いわゆるオキサイドメタラジーに関わるものである。すなわち酸化物の鋳片内分布及びその組成に及ぼす冷却速度の影響を含め、凝固時に生成する介在物の挙動を詳細に検討している。

 本論文は序論と結論を含め第1章から第8章で構成されている。

 第1章はそれ自体が優れたレビューであり、鋼材中に観察される各種介在物の起源及び鋼質に及ぼす影響について概説し、さらに凝固中に生成する介在物に関する従来の研究について詳しく紹介している。その上で、従来より有害視されていた介在物を微細化して、材質制御に有効に利用することの意義を強調している。その手段としては連続鋳造時の速やかな冷却を利用するのが適切であると述べている。

 第2章から第4章まではチタン脱酸を例にしており、そのうち第2章では酸化物の粒径分布と鋼中酸素濃度の関係を調査した。それによれば鋼中酸素はすべて酸化物として存在し、その70%は凝固中に生成する。介在物のほとんどは10m以下の微細なもので、残りの介在物は凝固以前から存在したもので、同様に微細である。この事実から溶鋼中酸素量を制御することにより、微細な介在物量を制御できると結論している。

 第3章では冷却速度の介在物分布に及ぼす影響について調査し、冷却速度の増加とともに酸化物の個数は増大し、粒径は小さくなることを観察した。酸化物晶出、成長を理論解析し、晶出の駆動力としての過飽和度と凝固時間との関係により、この現象を説明している。この結果、冷却速度を粒径分布の制御因子とする可能性を示した。

 第4章では第3章と同様に、介在物組成に及ぼす冷却速度の影響について調査した。チタン脱酸の生成物はTi2O3を主成分としたTi2O3-Al2O3-MnOの複合酸化物であり、約10m以下の介在物では冷却速度が小さくなるにつれ凝固中にTi2O3含有量が増加しAl2O3が減少するが、10m以上の介在物では冷却速度と組成の相関はほとんど認められなかった。凝固時の介在物の成長について、粒径が小さく冷却速度が小さいものほど成長時にTi2O3含有量が増大し、粒径の大きなものは凝固時の成長による組成変動は小さいと計算している。この結果から、第3章と同様に、冷却速度と凝固以前の介在物の粒径によってその組成を制御できるとしている。

 第5章では微小介在物量を増加するためには、溶鋼酸素量を増加するのがよいとした第2章の結論に従い、高酸素マンガン脱酸鋼をさらにアルミニウムで軽度に脱酸した鋼を試料として、Al2O3を含有した一次脱酸生成物を残留させた条件下で、高酸素濃度の溶鋼が凝固する際に生成する介在物の挙動について調査した。その結果、予測通り、介在物の個数は大幅に増加し、冷却速度の増大とともに微細化することを確認した。また、一次脱酸生成物が成長した2〜5m以上のAl2O3-MnO-FeO酸化物(この場合冷却速度の影響は小さい)とそれよりも小さく凝固中に新たに晶出した二次脱酸生成物である微細なMnO-FeO酸化物が認められ、前者の方が後者よりも数が多いことがわかった。このことから、一次脱酸生成物によって凝固後の全脱酸生成物の構成を制御する可能性を見出した。

 第6章ではチタン脱酸鋼をさらにカルシウムで強脱酸して、溶解酸素量を減らし、残留一次脱酸生成物量を増加させ、冷却速度の影響の少ない酸化物の個数分布を得ることを目的とした。脱酸生成物としてCaO-Ti2O3-Al2O3-SiO2の複合酸化物が得られ、チタン単独脱酸に比べ、冷却速度の酸化物分布、組成に及ぼす影響が小さく、二次脱酸生成物量が少ないために鋳片内に酸化物が均一に分散していることがわかった。

 第7章は第6章のカルシウム脱酸生成物と凝固時の溶鋼中硫黄との反応を調査し、中心偏析部に有害なMnSが生成するのを抑制する方法として利用することを検討した。その結果、アルミニウム強脱酸した際に観察されるCaO-Al2O3系介在物の方が弱脱酸した場合のCaO-SiO2またはCaO-SiO2-Al2O3系のものよりも硫化物を多量に含み、硫黄含有量は介在物の液相の割合及び液相部分のサルファイドキャパシティの実測値とよい相関があった。このように酸化物による脱硫反応により、極低硫鋼の鋳片中心部におけるMnSの生成が抑制できるとしている。

 第8章は本研究の総括であり、連続鋳造鋳片の凝固時における酸化物の晶出、成長、反応挙動の研究結果から、凝固プロセスが鋳片の形状を決めるだけではなく、材質の制御に有効であると結論し、これを利用した今後の技術開発について展望している。

 以上、酸化物による材質制御技術開発を目的とした本研究は、工業的には今後の新機能鋼の開発、学術的には鉄鋼製錬学と鉄鋼材料学を融合する上に大きな寄与をしている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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