1、序論 (±)-(E)-ethyl-2-[(E)-hydroxyimino]-5-nitro-3-hexcnarnide(FK409:図1)は、藤沢薬品において、微生物の代謝産物から見つけられた強い血管拡張作用及び抗血小板作用をあわせもつ化合物である。FK409の血管拡張作用はcGMPの上昇を介して生じることから、FK409の生物活性は、isosorbide dinitrate(ISDN)をはじめとした硝酸薬のそれと同じノカニズムによるものと考えられた。最近、硝酸薬は、それ自身から放出された一酸化窒素(NO)によるguanylate cyclaseの活性化の結果生じるcGMPの上昇をとおして、種々の生物活性を示すことが報告された。これと同様に、FK409の生物活性においてもNOの関与が考えられる。しかしながら、FK409は、硝酸薬と異なり、その構造のなかに-ONO2基をもたず非常にユニークな構造をしている。したがって、FK409の生物活性が硝酸薬のそれと同じく、NOを介して生じているのかを知ることは、その構造ゆえに、また最近活発に報告されているNOの多岐にわたる生物活性ゆえに非常に興味あるところである。 私は、2つの点に焦点をあてこの研究を進めた。1つは、FK409のメカニズム探索である。すなわちFK409の強い生物活性が実際にNOを介して引き起こされているのか、また、そのNOが、いかなるpathwayを経て放出されているのかを確かめた。もう1つは、FK409の虚血性心疾患における経口剤としての可能性の探索でる。FK409をラットの種々のモデルにおいて評価した。対照薬としては、NO-donorであり、経口可能な虚血性心疾患治療薬として現在最も頻繁に用いられているISDNを用い、作用を比較した。 図1.FK409の化学構造2、FK409からのNO放出におけるメカニズム NOの検出法のなかで、最も確実な方法として広く認められている化学発光法を用いて、FK409から放出される気層中のNOを検出した。FK409をphosphate buffer(PB)に溶かすとすぐに、本剤は自発的にNOを放出しはじめた。37℃でのincubation開始8分後、反応容器の気層中のNO濃度は最高レベルに達し、5分以上そのレベルで維持された。また、FK409はPB中で自発的に分解し、それと同時にNOの最終酸化物の1つであるnitriteを溶液中に産生した。37℃で240分間incubationした後、最初に溶かしたFK409の98%が分解していた。FK409の分解及びnitriteの産生は、一次反応に従っていた。一方、ISDNは、PBに溶かし37℃でincubationしても分解せず、自発的にNOを放出することはなかった。 FK409は、ISDNと比べ、in vitroで非常に強い生物活性を示した。ラット摘出大動脈において、FK409は、ISDNより320倍強い血管弛緩作用を示し、ヒト血小板においては、ISDNより100倍以上強い凝集抑制作用を示した。これらの結果を考慮すると、FK409は、自発的に分解しそれにひき続いて放出されるNOを介して、強い生物活性を引き起こすことが理解できる。一方、硝酸薬であるISDNは、水溶液中では自発的にNOを放出できないため、以前報告されたように細胞内の-SH基を利用することでNOを放出し生物活性を示したと推察できる。しかし、自発的にNOを放出できないISDNの生物活性は、FK409のそれに比べて、非常に弱いものであった。 次に、FK409のNO放出経路を知る目的で、D2Oで置換されたPB中でのFK409の1H-NMRシグナルの経時変化を観察した。分解開始30分後、他のプロトンの化学シフトが移動したのに対し、FK409のニトロ基のつけねのプロトンのシグナルは消失していった。このことから、FK409の分解過程には、ニトロ基のつけねのプロトンの引き抜き反応が含まれていることがわかる。また、このプロトンの引き抜き反応が、NO放出の前に起こっているかどうかを確かめるために、FK409の分解及びNO放出速度のpH依存性を調べた。ニトロ基のつけねのプロトンは酸性プロトンであると考えられるため、アルカリ溶液中ではこのプロトンの引き抜き速度が大きくなることが推察された。実験の結果、pHが高くなるにつれて、FK409の分解速度はもとよりNO放出速度までもが大きくなっていった。この実験では、NOとラジカルである2-(4-carboxyphenyl)-4,4,5,5-tetramethylimidazoline-1-oxyl-3-oxide(C-PTIO)を反応させ、このC-PTIOのESRシグナルの減少率からFK409が放出したNOの濃度を計算した。また、pHを変化させていった時のFK409の分解速度とNO放出速度とは、非常によく相関していた。これらのことから、FK409の分解及びNO放出反応は、ニトロ基のつけねのプロトンの引き抜きによって進行し、このプロトンの引き抜き反応が、FK409のNO放出過程の律速段階であると考えられる。 3、虚血性心疾患におけるFK409の経口剤としての可能性(1)経口吸収性 病態モデルでの評価に先立ち、FK409のラットでの経口吸収性を知る目的で、FK409の経口投与後の24時間蓄尿中におけるNOの最終酸化物であるnitrite及びnitrate(NOx)の量を決定した。FK409は、24時間蓄尿中に(NOxとして51.7%が回収された。一方、対照薬であるISDNは110.1%がNOxとして尿中に回収された。ISDNはその構造中に2つの-ONO2基を持っているので、1分子のFK409から1分子のNOが放出されると仮定すると、FK409とISDNの経口吸収性はほぼ同等であるといえる。 (2)ラット血栓モデルにおける効果 虚血性心疾患においては、活性化された血小板の関与が大きいといわれている。したがって、血小板の作用を抑えることは、虚血性心疾患の治療においては、重要な要因となっている。FK409はISDNと比較し、in vitroにおけるラット血小板の凝集を非常に強く抑制した。また、in vivo実験として用いたラット体外循環モデルにおいても、FK409は60分前経口投与で1mg/kgから有意にA-Vシャント内での血栓形成を抑制した。一方、ISDNは32mg/kgでも有意な血栓形成抑制作用を示さなかった。これらの抗血小板作用におけるFK409とISDNの効力の差は、ラットのplasma中におけるnitriteの産生速度の差をよく反映していた。 (3)ラット狭心症モデルにおける効果 in vitro実験として用いたイヌ摘出冠動脈において、FK409はISDNに比べ、80倍強い血管弛緩作用を示した。次に、ラット狭心症モデルとして2種類の薬物誘発冠スパズムモデルを用い、心電図変化を指標にして薬効評価をおこなった。麻酔ラットのメタコリン誘発冠スパズムモデルにおいて、FK409は、十二指腸内投与で0.1mg/kg以上で有意にメタコリンによる冠スパズムを抑制した。一方、ISDNは3.2mg/kgにおいて、FK409の0.1mg/kgと同程度の抗スパズム作用を示したが、同時に有意な降圧作用も現れ、FK409のような冠血管特異的な作用を示さなかった。また、Arg-バソプレッシン誘発冠スパズムモデルにおいても、FK409は60分前経口投与により、用量依存的にかつ32mg/kgで有意にArg-バソブレッシンによる冠スパズムを抑制し、優れた抗狭心症作用を示した。一方、ISDNは32mg/kgで抗狭心症作用を示さなかった。 (4)ラット心筋梗塞モデルにおける効果 冠動脈の60分虚血-60分再灌流によるラット心筋梗塞モデルを作製した。FK409は虚血30分前経口投与により、用量依存的にかつ32mg/kgで有意に心筋梗塞サイズを縮小した。一方、ISDNは32mg/kgで心筋梗塞サイズの縮小を示さなかった。 (5)plasma中cGMP濃度に及ぼす効果 FK409は経口投与5分後に、用量依存的にかつ32mg/kgで有意にplasma中cGMP濃度を上昇させた。一方、ISDNは32mg/kgでplasma中cGMP濃度になんら変化を与えなっかた。現在まで、既存のNO-donorがplasma中cGMP濃度を上昇させたという報告はなく、FK409は、plasma中cGMP濃度を上昇させた世界で初めてのNO-donorである。また、FK409の心筋保護作用を示す用量は、plasma中cGMP濃度を上昇させる用量とよく一致していた。 4、まとめ (1)FK409は、ISDNと異なり、溶液中で自発的にNOを放出した。また、そのNO放出はpH依存的であり、アルカリによりに加速された。 (2)FK409の強い生物活性は、この化合物自身から自発的に放出されたNOによることが、ISDNとの比較により明かになった。 (3)FK409は、ラットで優れた経口吸収性を示し、経口投与後、種々のラット病態モデルにおいて、強い抗血小板作用、抗冠スパズム作用及び抗心筋梗塞作用を示した。 (4)FK409のこれらの病態モデルにおける作用は、虚血性心疾患の経口治療薬として世界で最も頻繁に用いられているISDNの作用に比べ明かに強いものであった。このことは、FK409が優れた虚血性心疾患の経口治療薬になりえるということを示唆している。 (5)FK409は、世界で初めてplasma中cGMP濃度を上昇させたNO-donorであり、plasma中cGMP濃度の上昇に要した用量と心筋保護作用の発現に要した用量とがよく一致していた。したがって、plasma中cGMP濃度の定量は、NO-donorの心筋保護効果の評価のための代用として用いることができると考えられる。 |