内容要旨 | | 緑内障は眼圧上昇により視神経が不可逆性の障害を受け失明に至る重篤な疾患であり,我国の成人失明の主原因を占める.その治療法は薬物や手術での眼圧下降による視神経障害の進行阻止である.眼圧下降薬には点眼薬と内服薬とがあるが,内服薬は全身における副作用があるために点眼薬が第一選択とされる.しかし現在使用されている点眼薬のみでは十分な眼圧下降が得られず,多くの例では手術療法に頼らざるを得ない. これらの事情から新しい緑内障点眼薬の開発が求められてきたが,最近注目されているのがプロスタグランディン(以下PGと略す)関連物質である. 等の点眼により動物眼および人眼において眼圧が下降することが近年報告され,その眼圧下降機序がこれまでの点眼薬とは異なる経ブドウ膜強膜流出路からの房水流出促進と考えられることからPG関連物質が新しいタイプの緑内障治療薬となり得る可能性が示された.しかし現在まで試みられたPG関連物質は結膜充血,頭痛,血漿蛋白の房水への移行を制限し房水の透明性を維持している血液房水柵の破壊を起こす等の副作用のため臨床応用には全て難があった. 上記の問題点を克服することができたPG関連化合物が近年我国で開発されたUF-021点眼薬( ,上野製薬)である.UF-021は一般名isopropyl unoprostone,化学名(+)-isopropyl z-7-[(1R,2R,3R,5S)-3,5-dihydroxy-(3-oxodecyl)-cyclopentyl]hept-5-enoateで図1に示す構造式を有する分子量424.62の物質である.UF-021点眼薬は実験動物において強力な眼圧下降作用を示すとともにPGの有する点眼時の結膜充血等の眼局所における副作用および全身作用が克服されており,臨床的実用化の可能性が示されたPG関連物質である.しかしその動物眼や人眼における眼圧下降機序や血液房水柵への影響および長期点眼における効果維持,安全性は明かにされておらず,また本剤が患者眼において従来の抗緑内障薬に匹敵する効果を有するかも不明であった. 図1 UF-021の構造式 本剤の人眼における眼圧下降機序を検討するため健常成人に単回点眼し,房水産生量ならびに房水流出路に及ぼす影響を調べた.本剤0.12%の点眼により眼圧は有意に下降したが房水産生量,通常流出路からの房水流出率,上強膜静脈圧はいずれも変化しなかった.房水流出路には隅角部を経る経路(通常流出路)と経ブドウ膜強膜流出路の2つの経路がある.また薬剤の眼圧下降機序としては房水産生の減少,通常流出路からの房水流出率(Cconv)亢進,通常流出路の流出先である上強膜静脈圧の下降,経ブドウ膜強膜流出路からの房水流出量(fu)増加のいずれかが考えられる.したがって今回の実験結果から本剤の眼圧下降機序はfuの増加であることが間接的に示された.また単回点眼および4週間の長期連続点眼の血液房水柵透過性ならびに角膜内皮透過性への影響を検討したが,いずれにおいても両者とも影響は認められなかった.各実験を通じて外眼部の刺激症状は他覚的にも自覚的にも認められなかった. 人眼において間接的に示された本剤の眼圧下降機序を直接的に明らかにするため,本剤0.06%を白色家兎に単回点眼し検討した.投与眼において眼圧は有意に下降したが房水産生量は変化しなかった.房水流出路への効果としては家兎においては投与眼においてfuのみならずCconvの増加も認められた.このように家兎眼において人眼と異なる結果が出たのは,両者では隅角部の構造が若干異なり,このため通常流出路の房水流出機構も多少異なるためかと推察された.ただ両者の経ブドウ膜強膜流出路からの房水流出機構は同様と考えらるため,家兎においてfuの増加が認められたことは人眼においてもfuが増加することを示唆するものと考えられた.次に家兎眼の血液房水柵透過性への影響について検討したところ,人眼とは異なり透過性の亢進がみられた.これはウサギの血液房水柵は他の哺乳類に比べ不安定であることが知られており,そのため両者間で異なる結果がでたものと考えられた.今回の家兎での実験において本剤点眼による外眼部の刺激症状は全く認められなかった. 本剤の至適用量設定を目的として緑内障患者を対象とする二重盲検法を用いた無作為割り付け4群比較試験を行なった.休薬期間の後にプラセボ,0.03%,0.06%,0.12%のいずれかを4週間にわたり両眼に1回1滴,1日2回投与し,この4群間における用量依存性について検討した.今回の試験は後期第II相試験の一部として行なわれた.投与開始前の眼圧値から4週間投与後の値を差し引いた眼圧下降度は概ね用量依存的な増加傾向を示した.後期第II相試験全体ではさらに明らかな用量依存性が認められ,有効性からは本剤の至適濃度は0.12%が妥当と考えられた.薬剤投与前後で各群ともに瞳孔径,視力,屈折度,視野,隅角,視神経乳頭は変化せず,また眼局所ならびに全身における副作用は認められなかった.後期第II相試験全体においては全対象例134例中11例14件の副作用を認め,このうち眼局所の副作用が10例13件,全身副作用は軽度の頭重感が1例であり,いずれも無処置で投与続行が可能であった.4群間において副作用発症頻度の用量依存性や有意差は認められず,本剤はいずれの用量においても高い安全性を有すると考えられた.本剤の長期間保存可能な濃度は0.12%が上限とされている.したがって本剤の至適用量は有効性,安全性,製剤規格を考慮し1回1滴,1日2回投与として0.12%が妥当と考えられた. 眼圧には日内変動が存在する.このため眼圧下降薬の有効性を評価するには眼圧測定日の測定点を多数設置する必要がある.緑内障患者に対し1日2回,4週間にわたり本剤0.12%を点眼し,眼圧日内変動を考慮した本剤反復投与の効果を検討するとともに至適用量および用法を確認した.また同時に現在臨床において最も広く使用されている眼圧下降薬である交感神経 -遮断薬のtimolol点眼液0.5%を対照薬として同様の試験を実施し両薬剤の有効性を比較した.投薬最終日の眼圧は両群ともいずれの測定時においても投薬開始前日の眼圧より低くコントロールされていた.さらにUF-021群では投薬最終日の朝の点眼前9時の眼圧,同日12時間後の夜の点眼前21時の眼圧いずれもが投薬開始前日の同時刻の眼圧と比べて十分低くおさえられていたことから,本剤の1日2回点眼により終日眼圧がコントロールされていることが示された.いずれの時刻においても両群の眼圧下降度に有意差はなかった.眼圧下降度について日内変動をみるとUF-021群では終日にわたり安定した眼圧下降度が得られたのに対し,timolol群では午後から夕刻にかけて眼圧下降度が小さくなる傾向がみられた. 以上UF-021点眼液に関する本研究の結論は(1)経ブドウ膜強膜流出路からの房水流出の促進という新しい眼圧下降機序を有し,(2)人眼において血液房水柵透過性,角膜内皮透過性等も含め特に問題となる副作用を認めず,(3)患者眼において十分な眼圧下降を得るためには0.12%が至適濃度であり,(4)timolol点眼液に匹敵する眼圧下降作用を有することである.したがってUF-021点眼液は新ジャンル(代謝型PG関連化合物)の緑内障治療薬として有望であると考えられた. |