学位論文要旨



No 212600
著者(漢字) 隋,星衛
著者(英字)
著者(カナ) スイ,シンエイ
標題(和) ヒト造血におけるgp130シグナルの役割
標題(洋) Role of gp130 Signaling on Human Hemopoiesis
報告番号 212600
報告番号 乙12600
学位授与日 1995.12.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12600号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 黒木,登志夫
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨

 gp130は、分子量130Kdの膜型糖蛋白であり、interleukin-6(IL-6)の結合部であるIL-6受容体サブユニットとともにIL-6受容体を構成し、IL-6のシグナル伝達を担っている。また、IL-6のみならず、IL-11、lenkemia inhibitory factor(LIF)、oncostatin M(OSM)、ciliary neurotrophic factor(CNTF)のシグナルもgp130を介して伝達されている。このgp130は様々な細胞や組織に広範囲に発現しているが、その生理学的役割については充分解明が進んでいるとは言えない。最近、gp130はIL-6と結合した可溶性IL-6R(sIL-6R)とも邂逅することができ、有効なシグナルを伝達することが細胞株を用いた研究により明らかにされている。このことは、gp130は発現しているがIL-6Rを発現していない細胞に対してもIL-6とsIL-6Rを用いて刺激できることを示唆している。今回我々は、ヒト造血系におけるgp130の果たす役割を検討するために、臍帯血単核球より純化したヒトCD34陽性細胞において、sIL-6RとIL-6の複合体(sIL-6R/IL-6)を用いてgp130シグナルを活性化し、その効果をクローン培養法および液体培養法により解析した。

研究方法

 標的細胞にはインフォームドコンセントが母親から得られ、正常分娩にて出産した臍帯血より分離したヒトCD34陽性細胞を用いた。ヒトCD34陽性細胞の分離には磁気ビーズ(Dynabeads M-450 CD34とDETACHaBEADS CD34)を使用した。クローン培養、液体培養ともに有血清と無血清の条件下で、ヒトsIL-6RとIL-6を種々のサイトカインと組み合わせて行った。クローン培養では、5×102個/mlのCD34陽性細胞をメチルセルロース法にて培養し、14日目にコロニー数の算定及びコロニー構成細胞の解析を行った。液体培養では2x103個/mlのCD34陽性細胞で培養を開始し、1週ごとに培養液を半量ずつ交換し3週目まで培養を継続した。1週ごとに培養液中の細胞数の算定、May-Grunwald-Giemsa染色法とalkaline phosphatase antialkaline phosphatase(APAAP)法による免疫染色法を用いた形態学的解析、フローサイトメトリーによる解析を行った。培養細胞中の赤血球系細胞の数は、APAAP法にてglycophorin A陽性の細胞数で算出した。また、1週ごとに1×104個/mlの培養細胞をstem cell factor(SCF)、IL-3、IL-6、erythropoietin(EPO)、granulocyte colony-stimulating factor(G-CSF)を含むメチルセルロースで再培養し、培養細胞中に含まれる造血幹細胞/前駆細胞の数を検討した。gp130を介するシグナル伝達の阻害実験はgp130に対するモノクローナル抗体(GPX7、GPX22、GPZ35)、IL-6Rに対するモノクローナル抗体(PM1)、EPOに対する抗体を用いて検討した。

結果と考察(1)gp130のヒト赤血球造血に対する作用

 ヒトCD34陽性細胞をsIL-6R、IL-6、SCF存在下で液体培養すると、培養細胞数は著明に増加した。血清を含む液体培養では培養細胞数は培養1、2、3週間でそれぞれ30倍、650倍、900倍に増幅し、無血清培養では増幅率は更に著明となり、培養3週間で2,100倍となった。興味深いことに、有血清、無血清いずれの培養においても、EPO非存在下にもかかわらず増幅した培養細胞中にはAPAAP法にてglycophorin A陽性、hemoglobin 陽性の赤芽球及び成熟した赤血球が多数存在した。赤血球系細胞数の増幅率も無血清培養でより明らかで、これはEPO単独、あるいはEPO、sIL-6R、IL-6の3者投与群に比べ、培養3週目では、それぞれ150倍、50倍の増幅率であった。この赤血球産生はsIL-6R、IL-6、SCFの3者の共存のほうがsIL-6R、IL-6、IL-3の組み合わせよりも歴然と有意に認められた。無血清の条件下ではsIL-6R/IL-6をGM-CSF、G-CSF、M-CSF、PDGF、FGF、IL-1、IL-10、TNF、TGF、IL-6 family(LIF、IL-11、CNTF、OSM)と組み合わせでは赤血球産生は全く認められなかった。メチルセルロース培養では、SCF、sIL-6R、IL-6の3者の刺激により、血清の有無に関わらず、ヒトCD34陽性細胞より成熟した赤血球系細胞を多数含む赤芽球バースト、混合コロニーが多数形成された。また、骨髄単核球を同様にsIL-6R、IL-6、SCFで培養すると、赤芽球バーストばかりでなく赤芽球コロニーも形成された。以上の結果より、sIL-6R/IL-6はSCF存在下で赤芽球バースト形成細胞(BFU-E:burst forming unit-erythroid)、赤芽球コロニー形成細胞(CFU-E:colony forming unit-erythroid)等の赤芽球系造血前駆細胞の増殖・分化を刺激し、赤血球の成熟を支持すると考えられる。モノクローナル抗体を用いた阻害実験では、抗gp130抗体、抗IL-6R抗体は液体培養における赤血球系細胞の産生、メチルセルロース培養における赤血球系コロニーや赤血球系混合コロニーの形成を完全に抑制したが、抗EPO抗体は全く影響を及ぼさなかった。一方、EPO単独あるいはEPO+SCFによる赤血球系細胞の産生は抗EPO抗体により完全に抑制されたが、抗gp130抗体、抗IL-6R抗体は何の影響も示さなかった。このことは、SCF存在下でのsIL-6R/IL-6による赤血球造血はEPOとは全く無関係でありgp130を介することを示す。

 今回の実験結果より、ヒト赤血球造血には、EPOによる造血以外に、sIL-6R/IL-6によるgp130シグナルとSCFによるc-Kitシグナルを介する機構があることが明らかとなった。ヒト血清中には相当量のIL-6、sIL-6R、SCFが存在すること、またgp130欠損マウスでは赤血球造血が障害されることが報告されていることより、sIL-6R/IL-6とSCFによる赤血球産生機構はin vivoにおいても生理的機能を担っている可能性が示唆される。

(2)gp130シグナルとc-Kitシグナルを介する造血幹細胞/前駆細胞のex vivo増幅

 前述のようにヒトCD34陽性細胞をsIL-6R、IL-6、SCF存在下でメチルセルロース培養すると、血清の有無に関わらず多数のコロニー形成が認められ、特に混合コロニー及び芽球コロニーの比率が非常に高かった。このことはsIL-6R、IL-6、SCFにより、未分化造血前駆細胞の増殖を著明に刺激できることを示している。そこで、IL-6、sIL-6R、SCFによるヒト造血幹細胞/前駆細胞のex vivo増殖について検討した。sIL-6R、IL-6、SCFを含む液体培養でCD34陽性細胞を培養すると、1、2、3週間で全コロニー形成細胞数はそれぞれ有血清培養では44倍、61倍、33倍に増幅し、増幅したコロニー形成細胞には顆粒球・マクロファージコロニー形成細胞、赤芽球バースト形成細胞、巨核球コロニー形成細胞、混合コロニー形成細胞、芽球コロニー形成細胞等全てのタイプのコロニー形成細胞が含まれていた。特に混合コロニー形成細胞の増幅は著しく、SCF、IL-3、IL-6による増幅率は培養2週間で30倍であるに比べ、sIL-6R、IL-6、SCFによる増幅率は80倍であった。モノクロナール抗体による阻害実験では、抗gp130抗体、抗IL-6R抗体は造血幹細胞/前駆細胞の増幅を完全に抑制した。以上の結果より、sIL-6R/IL-6によるgp130を介するシグナルはSCFによるc-Kitを介するシグナルとsynergisticに作用し造血幹細胞/前駆細胞を増幅すると考えられる。このことはヒト造血幹細胞のex vivo増幅に新たな道を開くものと考えられる。

結論

 (1)ヒト赤血球造血には、EPOを介する造血以外に、sIL-6R/IL-6によるgp130シグナルとSCFによるc-Kitシグナルを介する機構が存在する。

 (2)sIL-6R/IL-6によるgp130シグナルとSCFによるc-Kitシグナルはsynergisticに作用し、ヒト造血幹細胞/前駆細胞を増幅する。

審査要旨

 本研究は、interleukin-6(IL-6)、IL-11、leukemia inhibitory factor、oncostatin M、ciliary neurotrophic factorの受容体にシグナル伝達分子として共有されるgp130のヒト造血機構における役割を明らかにするために、IL-6/可溶性IL-6受容体複合体(IL-6/sIL-6R)を用いてヒト臍帯血中のCD34陽性細胞上のgp130を活性化し、その効果をクローン培養法及び液体培養法により解析したものである。この研究により得られた主な結果は以下のようなものである。

 1.従来ヒト赤血球造血にはエリスロポエチン(EPO)が必須と考えられてきた。しかし、本研究において、(1)ヒト臍帯血CD34陽性細胞をIL-6、sIL-6R、stem cell factor(SCF)存在下で無血清液体培養したところ、glycophorin A陽性、hemoglobin 陽性の赤芽球及び成熟赤血球が多数産生されたこと、(2)無血清クローン培養においても赤芽球系コロニーが多数形成されたこと、(3)上記の赤血球産生及び赤芽球系コロニー形成は抗ヒトgp130抗体、抗ヒトIL-6R抗体の添加により完全に抑制されたが、抗ヒトEPO抗体の添加では全く影響を受けなかったことより、gp130シグナルはc-Kitシグナル存在下でEPO非依存性にヒト赤血球造血を誘導することが示された。また、ヒト血清中に相当量のIL-6、sIL-6R、SCFが存在することは、本研究で示されたIL-6/sIL-6R、SCFによる赤血球造血はin vivoにおいても生理的機能を担っている可能性を示唆するが、gp130欠損マウスで赤血球造血の障害が認められるとの最近の報告はこの可能性を支持すると考えられる。

 2.ヒト臍帯血CD34陽性細胞をIL-6、sIL-6R、SCF存在下でクローン培養すると、多数のコロニー形成が認められ、中でも混合コロニー及び芽球コロニーの比率が高かった。また、このコロニー形成は抗ヒトgp130抗体により抑制された。これらのことは、gp130シグナルはc-Kitシグナル存在下で未分化なヒト造血前駆細胞の増殖分化をも刺激することを示すとともに、IL-6/sIL-6R、SCFによる未分化なヒト造血前駆細胞のex vivo増幅の可能性を示唆するものと考えられた。

 3.前述の結果に基き、ヒト臍帯血CD34陽性細胞をIL-6、sIL-6R、SCF存在下で液体培養したところ、コロニー形成細胞、特に混合コロニー形成細胞が著明に増幅された。その増幅率は従来のex vivo増幅法と比較して明らかに高く、本研究において確立されたIL-6、sIL-6R、SCFを用いた培養法は、ヒト造血幹細胞/前駆細胞のex vivo増幅の臨床応用に新たな道を開くものと考えられた。

 以上、本論文は、gp130シグナルはc-Kitシグナル存在下でEPO非依存性にヒト赤血球造血を誘導すること、及び未分化な造血前駆細胞の増殖分化を刺激することを示した。本研究は、これまでほとんど解明されていなかったヒト造血機構におけるgp130の役割を明らかにするとともに、ヒト造血幹細胞/前駆細胞のex vivo増幅の臨床応用に重要な貢献をもたらすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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