本研究は、interleukin-6(IL-6)、IL-11、leukemia inhibitory factor、oncostatin M、ciliary neurotrophic factorの受容体にシグナル伝達分子として共有されるgp130のヒト造血機構における役割を明らかにするために、IL-6/可溶性IL-6受容体複合体(IL-6/sIL-6R)を用いてヒト臍帯血中のCD34陽性細胞上のgp130を活性化し、その効果をクローン培養法及び液体培養法により解析したものである。この研究により得られた主な結果は以下のようなものである。 1.従来ヒト赤血球造血にはエリスロポエチン(EPO)が必須と考えられてきた。しかし、本研究において、(1)ヒト臍帯血CD34陽性細胞をIL-6、sIL-6R、stem cell factor(SCF)存在下で無血清液体培養したところ、glycophorin A陽性、hemoglobin 陽性の赤芽球及び成熟赤血球が多数産生されたこと、(2)無血清クローン培養においても赤芽球系コロニーが多数形成されたこと、(3)上記の赤血球産生及び赤芽球系コロニー形成は抗ヒトgp130抗体、抗ヒトIL-6R抗体の添加により完全に抑制されたが、抗ヒトEPO抗体の添加では全く影響を受けなかったことより、gp130シグナルはc-Kitシグナル存在下でEPO非依存性にヒト赤血球造血を誘導することが示された。また、ヒト血清中に相当量のIL-6、sIL-6R、SCFが存在することは、本研究で示されたIL-6/sIL-6R、SCFによる赤血球造血はin vivoにおいても生理的機能を担っている可能性を示唆するが、gp130欠損マウスで赤血球造血の障害が認められるとの最近の報告はこの可能性を支持すると考えられる。 2.ヒト臍帯血CD34陽性細胞をIL-6、sIL-6R、SCF存在下でクローン培養すると、多数のコロニー形成が認められ、中でも混合コロニー及び芽球コロニーの比率が高かった。また、このコロニー形成は抗ヒトgp130抗体により抑制された。これらのことは、gp130シグナルはc-Kitシグナル存在下で未分化なヒト造血前駆細胞の増殖分化をも刺激することを示すとともに、IL-6/sIL-6R、SCFによる未分化なヒト造血前駆細胞のex vivo増幅の可能性を示唆するものと考えられた。 3.前述の結果に基き、ヒト臍帯血CD34陽性細胞をIL-6、sIL-6R、SCF存在下で液体培養したところ、コロニー形成細胞、特に混合コロニー形成細胞が著明に増幅された。その増幅率は従来のex vivo増幅法と比較して明らかに高く、本研究において確立されたIL-6、sIL-6R、SCFを用いた培養法は、ヒト造血幹細胞/前駆細胞のex vivo増幅の臨床応用に新たな道を開くものと考えられた。 以上、本論文は、gp130シグナルはc-Kitシグナル存在下でEPO非依存性にヒト赤血球造血を誘導すること、及び未分化な造血前駆細胞の増殖分化を刺激することを示した。本研究は、これまでほとんど解明されていなかったヒト造血機構におけるgp130の役割を明らかにするとともに、ヒト造血幹細胞/前駆細胞のex vivo増幅の臨床応用に重要な貢献をもたらすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |