学位論文要旨



No 212602
著者(漢字) 長尾,精文
著者(英字)
著者(カナ) ナガオ,アキノリ
標題(和) ヒノキおよびスギの花芽形成制御における光、温度要因の解析とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212602
報告番号 乙12602
学位授与日 1995.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12602号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,惠彦
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 助教授 井出,雄二
 東京大学 助教授 丹下,健
内容要旨

 わが国の林業上きわめて重要な造林樹種あるヒノキおよびスギの花芽形成特性を、環境要因との関連において解明することは、その応用的価値からしてきわめて重要である。したがって、本研究は生物環境調節施設を使用し、幼齢期におけるヒノキおよびスギの花芽形成の制御の特性を、花芽形成における光・温度要因の関与の解析によって解明し、それを応用した花芽形成の人為的制御技術の開発を行うことを目的として、実験的研究を試みた。

 ヒノキ・スギの両樹種の苗木における花芽形成の誘導を実験的に行う方法を確立するために、まず日長処理およびGA処理の効果を予備的に検討し、両樹種の幼齢期における花芽形成の一般的な特性を明らかにした。ヒノキの花芽形成は自然日長が長い時期に17時間の補光処理によって、雌雄花のいずれも分化が促進される。その効果は強光高温下で大きく、低温弱光下で小さかった。スギの花芽形成に対し、あらゆる日長処理は、幼齢期のスギの花芽形成には無効であった。しかし、GA処理をすると花芽形成が促進され、雄花は18時間日長で分化しやすく、8時間日長では分化しにくい。雌花は8時間日長で分化しやすく、18時間日長では分化しにくいことが明らかになった。

 幼齢期のヒノキは長日条件によって花芽形成を生じ、日長条件の変化によって人為的に制御できる可能性がある。そこで、幼齢期のヒノキの花芽形成における光・温度要因の関与を解析し明らかにするために以下の実験を試みた。ヒノキの雌雄花の分化には日長依存性が認められ、雄花の限界日長は14時間、雌花は13時間であった。また限界暗期は雄花で4.5時間、雌花では7時間であると推定された。ヒノキの花芽形成は光強度に依存し、雄花の分化には12kLUXを、雌花は21kluxを必要とした。このように花性によって光の要求度が異なることはきわめて特異な特性である。ヒノキの花芽形成に対する光中断の効果は、雄花は14時間主明期後の暗期の中央で500Luxの白色光で光中断をすると分化するが、雌花は10時間主明期でも分化した。12時間主明期後の光中断を光質を変えて与えると、赤色光では雌雄花のいずれも分化する。しかし、遠赤色光では雌雄花のいずれも分化しないことから、ヒノキの花芽形成にはフィトクロムの関与が示唆された。16時間強光日長下で異なる温度条件を与えると、30〜25℃の高温で雌雄花の分化量が多く、20〜15℃の低温で少ないことがわかった。また光合成に関係のない夜温を変えると、夜温が高いほど分化量が多くなり、温度は日長と同様に花芽形成を誘導するシグナル的な役目を持つものと考えられる。

 ガラス室および自然光下において、ヒノキの花芽形成反応に対する日長、補光および光中断の効果を2年生苗木および8年生幼齢木を用い明らかにし、実用化技術に向けて応用可能性を調べた。

 自然日長後に続く暗期の中央で3段階に光の強さを変えて与えると、花芽形成が促進された。その効果は光強度が強い方が効果的であることがわかった。また光中断の最適処理時期は、自然日長が長く、気温の高い8月処理が最も効果的であった。さらに自然日長が長く、気温の高い時期に、同じ時間でも処理回数を多く与えると、効果もさらに大きくなることがわかった。8年生の幼齢木に対し、自然日長後の暗期の光中断処理によって、雌雄花の分化が著しく促進された。さらに処理回数を多くすると、より効果的であった。

 これらの結果を応用したヒノキの種子生産管理のための花芽形成制御を行う場合、補光や光中断処理は弱光によって効果が期待できる。特に花芽形成の困難なクローンや系統に対し、補光および光中断処理とGA処理を併用することにより確実に花芽形成をさせることが可能であると考えられる。

 GA処理によって誘導されるスギの花芽形成反応が、環境条件によっていかに制御されているかを明確にし、花芽形成における量と質の両面から人為的に制御を行い、着花促進技術の基礎的な知見を得るために実験を試みた。スギの雄花の分化には最低10klux、雌花の分化には5kluxの光強度を必要とした。スギの雌雄花をバランス良く着生させるための、温度と日長は、25℃で14時間強光日長であった。また雄花は長日長で、雌花は短日長で分化しやすくなることがわかった。花芽形成に対する温度の影響は、高温条件(28〜30℃)では雄花が、低温(20〜15℃)では雌花の分化が促進されることも明らかになった。さらに光質によっても影響を受け、赤色光下では雌花が分化しやすく、雄花は分化しにくい。青および遠赤色光下ではその逆の反応が確認されフィトクロムの関与が考えられた。これまでの実験によって、スギの花芽形成は温度と日長が相乗的に関与しているが、温度と日長の相互作用は温度が主要因で、日長が副次的に作用するものと考えられる。以上のことから、GA処理によって誘導される幼齢期のスギ花芽形成量、花性分化は与えるGAの濃度、時期、補光による日長制御を組み合わせることによって、任意に制御できることるが明らかになった。これらの実験結果をもとに、ヒノキおよびスギの花芽形成制御における光・温度要因の解析とその応用技術を論じた。

審査要旨

 本論文は、わが国の林業上最も重要な造林樹種であるヒノキとスギに関して、花芽形成に影響を及ぼす環境要因を解析し、採種園等での安定的種子生産に寄与する花芽形成制御技術を開発することを目的として行われたものである。本論文の概要は以下の通りである。

 ヒノキ幼木は、ジベレリン等のホルモン処理をするか、根切りや環状剥皮などによってストレスを与えない限り、自然条件下では花芽が形成されにくい特性を持っている。本論文では、日長条件等を変えるだけで、2年生ヒノキ苗に花芽形成を誘導できることを、人工気象室を用いた実験によって明らかにし、幼齢期のヒノキで花芽形成が見られないのは、花芽形成の誘導に必要な日長条件が自然条件では得られないためであることを示唆した。本論文で用いた材料では、雄花の形成には、12klux以上の光強度で14時間以上の長日長条件が、雌花の形成には、21klux以上の光強度で13時間以上の長日長条件が、それぞれ必要であることを示した。また、12時間日長でも、暗期中に光中断処理を行うと花芽形成が起こることを示した。さらに、光中断処理を白色光で行うと雌花だけが形成され、赤色光では雄花と雌花が形成され、遠赤色光ではいずれも形成されないなど、暗期中の光中断処理に用いる光の質によって、花芽形成量やその性比が異なることを明らかにした。とくに、赤色光による促進効果および遠赤色光による抑制効果が花芽形成でみられたことは、フィトクロムの関与を示唆する結果である。

 ついで、8〜9年生ヒノキ林分を用いた暗期中の光中断処理実験によって、自然日長条件下に生育するヒノキについても、花芽形成を促進できることを明らかにした。本論文で供試した林分ては、8月に、暗期の中央で、強い光で、回数多く光中断処理を行った場合に、花芽形成が最も促進された。この結果は、実際の採種園での花芽形成制御技術の開発につながる知見として、応用上の価値が非常に高い。

 ヒノキと同様に、幼齢期には花芽が形成されにくい特性をもつスギの場合は、ヒノキと異なり、ジベレリンを与えない限り、日長条件等の環境条件を変えても、幼齢期には花芽形成が起こらないことを人工気象室を用いた実験によって示した。さらに、ジベレリンを与えた場合の花芽形成においては、その形成量や性比が、光強度、日長、光質、温度等の環境条件の影響を受けることを明らかにした。本論文で用いた材料では、雄花の形成には10klux以上の、雌花の形成には5klux以上の光強度が必要なこと、高温条件(30℃)では雄花が、低温条件(15℃)では雌花が形成されやすいこと、暗期中に光中断処埋を行うことによって、雄花の形成が促進され、雌花の形成は抑制される傾向にあること、光中断処埋を行う光の質によって形成される花芽の性比が異なることを示した。また、自然光の人工気象室を用いた1年生スギ苗を用いた実験で、与えるジベレリンの濃度や与える季節、生育温度によって花芽形成量やその性比が異なることを示した。以上の結果は、スギについても、採種園での花芽形成を人為的に制御できることを示唆するものである。

 以上のように、林木に対して、光強度、日長、光質などの環境条件が花芽形成に影響を及ぼすことが明らかにされたのは、本論文が初めてであり、樹木生理学上極めて価値の高い知見である。また、これまで、その年の気象条件によって変動が著しかった採種園での種子生産を、補光や光中断等の処理を行うことによって、花芽形成量やその性比を人為的に制御できる可能性を示すものであり、種子の安定生産技術の開発等、応用上も極めて価値の高い知見と言える。

 以上要するに本論文は、ヒノキとスギの花芽形成と環境条件の関係を明らかにし、その特性を応用した両種の花芽形成制御の新しい手法を提起したものであり、その学術上、応用上貢献するところが大きい。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク