学位論文要旨



No 212612
著者(漢字) 尾関,健二
著者(英字)
著者(カナ) オゼキ,ケンジ
標題(和) 麹菌遺伝子プロモーターの解析と形質転換法に関する研究
標題(洋)
報告番号 212612
報告番号 乙12612
学位授与日 1995.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12612号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 北本,勝ひこ
内容要旨

 Aspergillus属をはじめとする糸状菌の多くは、醸造産業をはじめ、酵素剤、医薬品の生産にとって非常に重要な菌種である。その中でもA.oryzae、A.niger等は、タンパクの分泌量が多く、異種タンパクの生産の宿主として有用性が認められてきている。本研究は、Aspergillus属で機能するプロモーターを取得し、現在までに異種タンパクの生産が試みられている、強力なプロモーターの一つであるA.oryzaeの-アミラーゼのプロモーター(amyB)との比較を行い、異種タンパクの生産に利用することを目的に行ったものである。

 最初に、A.oryzaeの各種菌体外酵素の内、生命現象には不可欠であるが生産量が少ないと考えられるリボヌクレアーゼ(RNase)T2の遺伝子(rntB)が、どの程度のプロモーター活性を持ち、その発現誘導について興味が持たれた。そこでrntB遺伝子を単離し、その塩基配列を決定したところ、N末端の17アミノ酸のシグナルペプチドだけでなく、C末端の20アミノ酸がプロセシングを受けていることが明らかとなった。また、本遺伝子のプロモーター領域と大腸菌の-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子(uidA)との融合遺伝子を作成し、A.oryzaeを形質転換した。得られた形質転換株の菌体内のGUSの生産量を比較すると、rntBプロモーターはamyBプロモーターより誘導時の1/100、非誘導時の1/4程度と、弱いプロモーター活性であることが明らかとなった(表1)。またGUSの生産量は、RNA等の核酸による誘導は認められず、RNaseTzは菌体外に分泌されているのではなく、菌体内の酵素であると推定した。(第一章)

 組み込み型のベクターの場合は、形質転換株からのベクターDNAの回収が容易ではない。また最近、Aspergillus属の細胞内でプラスミドの自己複製を可能にするDNA断片(Autonomously maintained in Aspergillus;AMA1)が単離され、今後プラスミドベクターとして大いに利用が考えられる。そこで、A.oryzaeとA.nigerのAMA1プラスミドを持つ形質転換株からプラスミドDNAを簡単に回取する方法について検討した。その結果、選択培地で2日間培養した菌体を、糸状菌の細胞壁溶解酵素であるYatalase(宝酒造)を用いてプロトプラスト化した後、DNAを大腸菌から回取することにより、修飾を受けてないAMA1プラスミドが得られることが明らかとなった。(第二章)

 Aspergillus属には、種々の培養条件(液体培養および固体培養、温度、菌令など)で高発現している未知のプロモーターの存在が予想される。そこでAMA1配列とuidA遺伝子を利用して、A.oryzaeとA.nigerの染色体から、GUSを高生産するA.oryzaeの形質転換株から強力なプロモーター活性を持つDNA断片を検索した。その結果、A.nigerからNo.8ANプロモーター、A.oryzaeからNo.9AOプロモーターを取得し、両プロモーター共に各種炭素源、窒素源の培養で、構成的にGUSを高生産した。次に、A.oryzaeのamyBとプロモーター活性を比較すると、A.oryzaeの形質転換株のGUS活性の平均で、液体培養でNo.8ANが3倍、No.9AOが1.6倍生産量が多くなった(表1)。また、No.8ANとamyBプロモーターのノーザン解析で、転写レベルで差があることが認められ、No.8ANプロモーターは、グルコース培養でも高発現するプロモーターであることが明らかとなった。一方、固体培養である麹培養では、amyBよりNo.8ANが6倍、No.9AOが1.5倍程度それぞれGUSの生産量が多くなり(表1)、ホモロジー検索により、本プロモーターが共に新規で、強力なプロモーターであることが明らかとなった。(第三章)

 現在までに報告されているAspergillus属の形質転換方法は、Yatalaseなどの細胞壁溶解酵素でプロトブラスト化した後、DNAを導入しているが、A.nigerの発芽したばかりの胞子に、直接エレクトロポレーションによりDNAを導入できることを明らかにした。形質転換株は、従来のプロトプラスト法よりも早く得られ、形質転換頻度は、インテグレート型のベクターで1.2個/gDNA、プラスミド型で100個/gDNAであった。更に薄い濃度のYatalaseで発芽胞子を前処理することにより、両ベクター共に頻度が2倍程度上昇した。(第四章)

 本研究の宿主-ベクター系は、マーカー遺伝子として、A.nidulansのargBを用いており、宿主のAspergillus属の染色体の挿入位置、およびコピー数については制御するのが困難な系であるので、形質転換株の何株かの平均の比較を行った。A.nigerのNo.8ANプロモーターは、A.oryzaeのrntBプロモーターに比べ、300倍以上強力なプロモーターであることが示唆され(表1)、A.oryzaeのamyBプロモーターに比べても、グルコース存在下の液体培養、麹培養においても明らかにNo.8ANプロモーターの優位性を示している。

表1 A.oryzae形質転換株における各種プロモーター活性の比較

 また、既存の強力なプロモーターは、特許の問題があり、実生産にはかなりの制約が生じるが、本プロモーターに関しては、実生産の利用が可能となる。一方、AMA1ベクターについては、本研究のプロモーターの検索等とAMA1ベクターを利用したAspergillus属の有用遺伝子のショットガンクローニングにと、今後利用分野が広まり、今回A.nigerから強力なプロモーターが取得できた。しかし、その他のAspergillus属にもまだまだ強力な未知のプロモーター、およびエンハンサーの存在が予想され、このような新たなプロモーターの取得などの研究も今後考えられる。更に、新しい形質転換法については、プロトプラスト化の最適条件を決める必要もなく、形質転換株が早く取得でき、簡便な方法であると考えられ、これら一連の本研究が異種タンパク生産の応用面だけでなく、Aspergillus属の基礎的な分子育種全般に渡り、新しい展開をもたらすものと考えられる。

審査要旨

 麹菌は清酒、焼酎、味噌、醤油などの醸造に古くから使用されている産業上重要な微生物である。その中でも、Aspergillus oryzaeやAspegillus awamori等は蛋白質を多量に分泌する能力があり、近年、異種蛋白質生産のための宿主として注目を集めている。本研究は、麹菌から強力なプロモーターの取得と、麹菌の効率的な形質転換法の開発に関するものであり、4章よりなっている。

 第1章では、A.oryzaeからリボヌクレアーゼT2遺伝子(mtB)を単離し、その塩基配列を決定するとともに、そのプロモーター部位の機能解析について述べている。mtB遺伝子は4個のイントロンを持ち、遺伝子産物のN末端には17アミノ酸からなるシグナル配列が、C末端には成熟酵素には認められない20アミノ酸が付加していることを明らかにした。また、本遺伝子のプロモーター領域と大腸菌の-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子との融合遺伝子を作製し、A.oryzaeを形質転換し、形質転換株のGUS活性を詳細に検討した。RNA等の核酸による誘導は認められず、また、澱粉などによる誘導時及び非誘導時の-アミラーゼ遺伝子(amyB)のプロモーターと比較するとそれぞれ100分の1、4分の1とプロモーター活性としてはそれほど強くないものであった。これらの結果とその他の知見からリポヌクレアーゼT2が細胞外へ分泌されるのではなく、液胞へ局在する酵素ではないかと推察している。

 第2章では、Aspergillus属の細胞内でプラスミドの自己複製を可能にするAspergillus nidulans由来のDNA断片(Autonomously maintained in Aspergillus;AMA1)をもつプラスミドを作製し、A.oryzae、およびA.nigerの形質転換株から目的とするプラスミドを大腸菌に回収する方法について述べている。麹菌などの糸状菌では、導入されたプラスミドは通常、染色体に組み込まれるため、その形質転換株の取得頻度は数個/gDNAであるが、AMA1配列をもつプラスミドでは、数百個/gDNAと高い効率を示すことが確認された。また、従来のプラスミドでは染色体に組込まれるためその回収は困難であるが、AMA1配列をもつプラスミドを用いる方法により形質転換株からのプラスミドの回収が可能であることが示されている。

 第3章では、上記のAMA1配列とGUS遺伝子を持つプロモーター検索ベクターを作製し、A.oryzaeで発現する強力なプロモーターをスクリーニングした結果について述べている。A.nigerからNo.8AN、A.oryzaeからNo.9AOと命名した強力なプロモーター活性をもつDNA断片を単離し、その特性をGUS活性を指標として検討した。A.niger由来のNo.8ANは4.oryzaeの-アミラーゼ遺伝子(amyB)プロモーターの誘導条件下の値と比較して、約3倍の活性を示した。転写されるmRNA量をノーザンブロットにより解析し、これらの結果が、確かに転写レベルでの活性上昇であることを確認している。また、プロモーター部位の塩基配列の決定からNo.8ANは多数のCTの繰り返しを含む特徴的な配列をもつことを明らかにした。

 第4章では、Aspergillus属の新しい形質転換法としてエレクトロボーレーション法について検討した結果について述べている。A.nigerの発芽直後の胞子を用いることにより、プロトプラスト化という煩雑な操作をすることなく効率よく形質転換することが可能であることを明らかにした。形質転換株は、従来のプロトプラスト法よりも早く、かつ高い効率で取得できることを示した。更に、低濃度の細胞壁溶解酵素(Yatalase)で発芽胞子を前処理することにより、形質転換効率が2倍程度上昇することを認めている。

 以上、本研究は麹菌(A.oryzae、A.niger)による異種蛋白質生産のために使用される強力なプロモーターの検索と、これら麹菌の効率的な形質転換法の開発に関するもので、麹菌の分子生物学的育種にも新しい展開をもたらすものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53932