学位論文要旨



No 212619
著者(漢字) 小沢,昭夫
著者(英字)
著者(カナ) オザワ,アキオ
標題(和) サケ・マス類筋肉の脂肪酸組成に関する研究
標題(洋)
報告番号 212619
報告番号 乙12619
学位授与日 1996.01.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12619号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,勝己
 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京水産大学 教授 渡辺,武
 東京大学 助教授 村上,昌弘
内容要旨

 魚類の脂質を構成する高度不飽和脂肪酸に血清脂質改善作用などの有用性が認められて以来、魚が食品として優れていることが改めて見直されるようになり、食用として消費の拡大が期待されている。魚類筋肉の脂質含量や脂肪酸組成は同一種であっても季節、生息場所、年齢、性別、性的成熟度、餌料などさまざまな要因で変動し、種類による差も大きいとされているが、海産サケ・マス類については脂質組成、特に脂肪酸組成に影響する諸要因を総合的に検討した例はほとんどない。本論文は、サケ・マス類の筋肉脂質組成、特に脂肪酸組成が生育環境ならびに飼料脂質によりどのように影響されるかを解明したもので7章よりなる。

 第1章では、日常食用として多量に供給され、しかも漁獲海域または養殖場所が明らかで食用サイズの成魚が入手できた天然シロザケ、天然マスノスケ、天然カラフトマス、天然および養殖ギンザケ、養殖サクラマスの筋肉脂質の脂肪酸組成を測定し、その特徴を調べた。その結果、5種の主な構成脂肪酸は共通して16:0、18:1n-9、20:5n-3、22:6n-3であり、種によっては16:1n-7、20:1n-9、22:1n-7、22:5n-3が高値のものもあった。次に、ギンザケについて天然魚と養殖魚を比べると、養殖魚は16:1n-7、18:1n-9、20:5n-3、22:5n-3が高く、20:1n-9、22:1n-7、22:6n-3が低値を示した。また、筋肉の部位間で比較すると、天然ギンザケ、養殖ギンザケともに22:6n-3が尾肉で高い傾向がある以外は、背肉、腹肉、尾肉の間にほとんど差は認められなかった。このようにサケ・マス類筋肉の脂肪酸組成は魚種間で大きな違いはなく、部位間でもほとんど差異がないものの、むしろ同一種でも天然魚と養殖魚ではかなり異なることが明らかになった。

 第2章では、生息環境や館の相違が筋肉脂質組成にどのような影響を与えるかを解明する一環として、アラスカ沖で漁獲した降海型ベニザケおよび十和田湖で漁獲した陸封型ベニザケの筋肉脂質の脂質含量、脂質クラス組成および脂肪酸組成を比較した。脂質含量は降海型で1.9±0.6%、陸封型で2.5±0.6%で、両者に大きな差は認められなかった。脂質クラス組成では降海型のトリアシルグリセロールが陸封型に比べて高く、逆にリン脂質は陸封型よりも低値であった。脂肪酸組成では降海型の場合16:0、18:1n-9、20:1n-9、20:5n-3、22:1n-7、22:6n-3が多く、陸封型では16:0、18:1n-9、18:3n-3、20:5n-3、22:6n-3が主成分であった。両型を比べると、降海型の方が多いものは20:1n-9、22:6n-3であり、少ないものは16:1n-7、18:2n-6、18:3n-3、18:4n-3および20:4n-3であった。この結果から、降海型は海水魚型に、陸封型は淡水魚型に近い脂肪酸組成をもつことが明らかとなった。

 第3章では、筋肉の脂質組成が餌飼料の違いによってどの程度左右されるかを検討するため、陸封型ベニザケ(以下、ヒメマスと呼ぶ)の天然魚と養殖魚につき筋肉の脂質組成を測定、比較した。脂質含量では天然魚が養殖魚に比べて若干低く、脂質クラス組成ではトリアシルグリセロール量は養殖魚に多く、リン脂質量は天然魚に高値であった。脂肪酸組成では、天然ヒメマスの主な構成脂肪酸は16:0、18:1n-9、18:3n-3、20:5n-3、22:6n-3で、養殖ヒメマスの方は16:0、18:1n-9、18:2n-6、22:6n-3であった。両者間で比較するとほとんどの脂肪酸に顕著な相違が認められ、16:1n-7、18:3n-3、18:4n-3、20:4n-6、20:5n-3、22:5n-3が天然魚に高く、16:0、18:0、18:1n-9、18:2n-6、20:1n-9、20:2n-6、22:6n-3が養殖魚に高値であった。養殖ヒメマスの分析結果を投与飼料の脂肪酸組成と比べてみると、16:0、16:1n-7、18:1n-7、20:1n-9、20:4n-6、22:5n-3、22:6n-3、24:1n-9についてはほぼ同じレベルになっており、飼料の影響が強く現れることがわかった。

 第4章では、ギンザケの1ヵ月間の飼育実験により、淡水および海水の塩濃度差が筋肉の脂質組成に与える影響を調べた。脂質含量では淡水区、海水区ともに増加し、それぞれ飼育開始時の1.8倍および1.5倍になった。脂質クラス組成ではトリアシルグリセロールが淡水区、海水区ともに増加しており、両区を比べると淡水区が高値であった。一方、リン脂質は逆の傾向を示した。脂肪酸組成について淡水区と海水区を比較した場合、22:6n-3の僅少な差異以外はほとんど差が認められなかった。このように飼育水の塩分濃度差は筋肉の脂肪酸組成に対し少なくとも1ヵ月まではほとんど影響しないことが明らかになった。

 第5章では、ギンザケの4ヵ月間の飼育実験により成長に伴ない筋肉脂質の組成がどのように変化するかを調べた。脂質含量および脂質クラス組成の変動は主としてトリアシルグリセロールの増減に由来するという従来の知見と軌を一にしていた。脂肪酸組成については飼育開始時の主要な脂肪酸は16:0、18:1n-9、20:5n-3および22:6n-3であったが、4ヵ月後も前3者については明瞭な変動傾向は認められなかった。22:6n-3は開始時に23.2%であったが、4ヵ月後には29.1%とかなり増加していた。しかし、この増加は、飼料に比較的多く含まれていた20:5n-3や22:6n-3の体内変換や蓄積に起因する可能性が高い。このように脂肪酸組成に及ぼす成長の影響は軽微なものと推測された。

 第6章では、前章までの研究によりサケ・マス類の筋肉の脂質組成の変動に及ぼす最大要因は餌飼料であることが明らかになったため、どの程度の飼育期間で影響が現われるかを検討した。サフラワー油とイワシ油(主要脂肪酸はそれぞれ18:2n-6と20:5n-3)を含む飼料を2区のギンザケに投与し(サフラワー油区およびイワシ油区)、2ヵ月間飼育した。脂質含量はサフラワー油区およびイワシ油区とも3.3%および3.2%と差は認められず、脂質クラス組成についても両区に顕著な変化は見られなかった。脂肪酸組成についてはサフラワー油区の場合、18:2n-6は飼育1か月後に開始時の約2倍、2か月後には約3倍となり、1か月後にすでに飼料油脂の影響が現われることがわかった。一方、イワシ油区では20:5n-3が1ヵ月後に若干増加し、2か月後には開始時の1.4倍となった。また、飼料中に20:5n-3とともに多く含有されていた22:6n-3は2か月後にはかなり増加していた。このように、飼料脂肪酸の影響は少なくとも2か月後には現われると推定された。さらに、開始時に検出されなかった20:2n-6や微量成分の20:3n-6がサフラワー油区で出現したり、増加したことは飼料から多量に摂取された18:2n-6から体内変換したものと推測され、鎖長延長や不飽和化もかなり早い時期に進行することが示唆された。

 第7章は総括である。

 以上、サケ・マス類の筋肉脂質、特に脂肪酸組成に及ぼす諸要因について検討し、魚種、飼育水の塩濃度差、成長などの差異は大きな影響を与えず、餌飼料の脂肪酸組成の違いが最も強い変動要因で、その影響は1〜2ヵ月以内に現われることを明らかにした。

審査要旨

 魚類の脂質を構成する高度不飽和脂肪酸に血清脂質改善作用などの有用性が認められて以来、魚が食品として優れていることが改めて見直されている。魚類筋肉の脂質含量や脂肪酸組成は同一種であっても、季節、生息場所、年令、性別、性的成熟度、餌料などさまざまな要因で変動し、種類による差も大きいとされているが、海産サケ・マス類については脂質組成、特に脂肪酸組成に影響する諸要因を総合的に明らかにした例はほとんどない。本論文はこの点を検討したもので、7章より成る。

 第1章では漁獲海域または養殖場所が明らかで食用サイズの成魚が入手できた天然シロザケ、天然マスノスケ、天然カラフトマス、天然および養殖ギンザケ、養殖サクラマスの筋肉脂質の脂肪酸組成を測定し、その特徴を調べている。その結果、5種の主な構成脂肪酸は共通して16:0、18:1n-9、20:5n-3、22:6n-3であり、種によっては16:1n-7、20:1n-9、22:1n-7、22:5n-3が高値のものもあった。次にギンザケについて天然魚と養殖魚を比べると、養殖魚は16:1n-7、18:1n-9、20:5n-3、22:5n-3が高く、20:1n-9、22:1n-7、22:6n-3が低値を示した。このようにサケ・マス類筋肉の脂肪酸組成は魚種間で大きな違いはなく、同一種でも天然魚と養殖魚ではかなり異なることを明らかにしている。

 第2章では降海型および陸封型ベニザケの脂肪酸組成を比較している。降海型は16:0、18:1n-9、20:1n-9、20:5n-3、22:1n-7、22:6n-3が多く、陸封型は16:0、18:1n-9、18:3n-3、20:5n-3、22:6n-3が主成分であり、それぞれ海水魚型および淡水魚型に近い脂肪酸組成をもつことを明らかにしている。

 第3章では筋肉の脂質組成が餌飼料の違いによってどの程度左右されるかを検討するため、陸封型ベニザケ(ヒメマス)の天然魚と養殖魚につき筋肉の脂質組成を測定、比較した。その結果、両者間でほとんどの脂肪酸に顕著な相違を認めた。また、養殖魚の分析結果を投与飼料の脂肪酸組成と比べてみると、16:0、16:1n-7、18:1n-7、20:1n-9、20:4n-6、22:5n-3、22:6n-3、24:1n-9についてはほゞ同じレベルになっており、飼料の影響が強く現われることを示した。

 第4章では淡水および海水中におけるギンザケの1ヵ月間の飼育実験により、生息環境水の塩濃度差が筋肉の脂質組成に与える影響を調べたところ、脂肪酸組成については22:6n-3の僅少な差以外はほとんど差異を検出しなかった。また、第5章ではギンザケの4ヵ月間の飼育実験により成長に伴い筋肉脂質の組成がどのように変化するかを調べ、成長の影響は軽微なものと推測している。

 第6章では、前章までの実験によりサケ・マス類の筋肉の脂肪酸組成の変動に及ぼす最大要因は餌飼料であることが明らかになったのを踏まえ、どの程度の飼育期間で影響が現われるかを検討している。サフラワー油とイワシ油(主要脂肪酸はそれぞれ18:2n-6と20:5n-3)を含む飼料を2区のギンザケに投与し(サフラワー油区およびイワシ油区)、2ヵ月間飼育した。サフラワー油区の場合18:2n-6は飼育1ヵ月後に開始時の約2倍、2ヵ月後には約3倍となり、1ヵ月後にすでに飼料油脂の影響が現われることがわかった。一方、イワシ油区では20:5n-3が1ヵ月後に若干増加し、2ヵ月後には開始時の1.4倍となった。このように飼料脂肪酸の影響は少なくとも2ヵ月後には現われると結論している。第7章は総括である。

 以上本論文は、サケ・マス類の筋肉脂質、特に脂肪酸組成に及ぼす諸要因について検討し、魚種、環境水の塩濃度差、成長などは大きな影響を与えず、餌飼料の脂肪酸組成の違いが最も強い変動要因で、その影響は1〜2ヵ月以内に現われることを明らかにした。これらの知見は養殖サケ・マス類の肉質改善に直接役立つものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

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