学位論文要旨



No 212620
著者(漢字) 岡本,真人
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,マコト
標題(和) 不斉イソプロピル化反応を用いる1、24(R)-ジヒドロキシビタミンD3の立体選択的合成法の研究
標題(洋)
報告番号 212620
報告番号 乙12620
学位授与日 1996.01.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12620号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 笹井,宏明
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 1.はじめに

 1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3(1)はビタミンD3の活性本体である1,25-ジヒドロキシビタミンD3の類縁体であり、その構造上の特徴は25位に代わって24位にRの絶対配置の水酸基を有することである。1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3(1)は、現在、開発当初より用いられている合成法に従って、エポキシジエノン体(2)のバーチ還元により得られるトリオール体(3)の分離により単一ジアステレオマーとした後、生合成ルートと同様の経路である光開環、熱異性化を含む方法を用いて合成されている。この合成法は確実な方法ではあるが、大量合成という面からは効率が悪く、24(R)の異性体と24(S)の異性体の分離を必要としない24(R)の水酸基の立体選択的な構築による合成法が望まれている。そこで、ジアルキル亜鉛の不斉付加反応に着目し、キラルな-アミノアルコール存在下にアルデヒド前駆体に対するジイソプロピル亜鉛の不斉イソプロピル化反応を利用した1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3(1)の立体選択的な合成法の研究に着手した。

 

2.飽和ステロイドアルデヒドに対する不斉イソプロピル化反応

 まず、ステロイド骨格を有する飽和アルデヒドに対するキラルな-アミノアルコール配位子の存在下にジイソプロピル亜鉛の付加反応を行った(Table1)。その結果、ジエチル亜鉛の反応で通常に用いられている反応条件(5mol%のキラルな-アミノアルコール配位子を使用)ではジイソプロピル亜鉛による還元反応が優先してしまうために目的物は低収率でしか得られなかったが、キラルな-アミノアルコールを20mol%用いて反応を促進すると好収率(最高80%)で対応する24(R)-ヒドロキシコレステロール類を高立体選択的(最高99.4:0.6)に得ることに成功した。これにより24(R)-ヒドロキシコレステロール類が初めて触媒的な不斉反応により合成された。また、この不斉イソプロピル化反応においては不斉二重識別および不斉増殖反応も確認できた(entry4,5)。

Table1. Reaction of Steroidal Saturated Aldehyde with iPr2Zn
3.,-不飽和ステロイドアルデヒドに対する不斉イソプロピル化反応

 次に、基質をステロイド骨格を有する,-不飽和アルデヒドに代えて研究を進めたところ、飽和アルデヒドの場合と異なり、5mol%のキラルな-アミノアルコール配位子の存在下でもジイソプロピル亜鉛の付加反応は円滑に進行し、対応する24(R)-ヒドロキシコレステロール類が高収率(最高89%)で得られ、立体選択性も最高97.1:2.9と高いものであった。,-不飽和アルデヒド基質は飽和アルデヒド基質に比べて、少量の触媒量でも高い収率で成績体が得られており、本不斉イソプロピル化反応においては,-不飽和ステロイドアルデヒドがより好適な基質であることを示している。また、こうして得られた24(R)-ヒドロキシコレステロール類は1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3に誘導可能なことが既に知られているので、これによりバイオミメティックな1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3の立体選択的な合成法が貫通したことになる。

 

4.CD環アルデヒドに対する不斉イソプロピル化反応

 さらに、上述のステロイドアルデヒドに対する不斉イソプロピル化反応をCD環アルデヒドへと展開した。その結果、ステロイド骨格を有するアルデヒド基質の場合と同様に、飽和のCD環アルデヒドでは比較的良い収率(最高65%)で高立体選択的(最高98.1:1.9)にイソプロピル化体が得られたのに対して、,-不飽和のCD環アルデヒドの場合は高収率(最高95%)かつ高立体選択的(最高96.0:4.0)に対応するイソプロピル化体を得た(Table2)。これにより飽和と,-不飽和のアルデヒドに対する不斉イソプロピル化の反応性の差がより明らかとなった。ここで得られたCD環イソプロピル化体はA環とCD環とのカップリングによる、いわゆる、コンバージェントなビタミンD骨格合成法に用いるCD環前駆体への誘導が可能なので、不斉イソプロピル化反応を活用するコンバージェントな1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3の合成の道が開けた。

Table2. Reaction of CD-Ring Aldehydes with iPr2Zn
5.パラジウムカップリングによる1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3の合成

 最後に、コンバージェントな合成法の一つとして最近報告されたパラジウム触媒を用いるエンイン環化カップリング反応に上るビタミンD骨格構築法(いわゆるTrost法)を用いて、1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3の立体選択的な全合成を試みた。このパラジウム触媒を用いるエンイン環化カップリング反応の精査の過程で、ヨードメチレン体が反応性に富んだ優れた基質になること、および、A環の保護基が反応に大きな影響を与えることを見出した(Table3)。これにより初めて1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3の立体選択的、かつ、コンバージェントな方法による合成が達成された。

Table3. Palladium-Catalyzed Alkylative Enyne Cyclization Reaction
6.おわりに

 以上述べたように、アルデヒド基質に対するジイソプロピル亜鉛の不斉イソプロピル化反応による24位の水酸基の立体選択的な構築を特徴とする1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3の数種の合成ルートを創製した。これにより、現在、乾癬治療薬として上市されている1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3(商標名:ボンアルファ)の、より効率的な製造プロセスが完成した。

審査要旨

 1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3(1)はビタミンD3の活性本体であろ1,25-ジヒドロキシビタミンD3の類縁体で、細胞増殖抑制能および分化誘導作用を活用した慢性皮膚病、角化症の治療薬として上市されているが、24(R)体と24(S)体の分離を必要とするため効率が悪く、24(R)体の立体選択的な構築法が望まれている。本論文は、キラルな配位子を用いたアルデヒド類に対するジアルキル亜鉛の不斉付加反応による1の立体選択的合成法の研究結果を記したものである。

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 まず、ステロイド骨格を有する飽和アルデヒド類(2)に対するキラルな-アミノアルコール配位子存在下でのジイソプロピル亜鉛の付加反応の検討を行った。種々検討の結果、キラルな配位子として(-)-DBNE(20mol%)を用いることにより、対応する24(R)体(3)を高収率(最高で80%)、高立体選択的(最高で24(R)体:24(S)体=99.4:0.6)に得ることに成功した。また、この反応において、不斉増殖反応も認められた。

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 次に、反応基質を対応する,-不飽和アルデヒドに代えて反応を行ったところ、上記の飽和アルデヒドの場合と異なり、5mol%の(-)-DBNEでもイソプロピル化反応は円滑に進行し、対応する24(R)体(例えば4)が高収率、高選択的に得られることを見出した。こうしてえられる24(R)-ヒドロキシコレステロール類は1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3に誘導できることは既に知られている。

 さらに、上記のステロイド骨格を有するアルデヒド類に対する不斉イソプロピル化反応を、ステロイド骨格のCD環のみを持つアルデヒド類に適用した。その結果、ステロイド骨格を有するアルデヒド基質の場合と同様に、飽和のアルデヒド類では比較的良い収率、高選択的に、,-不飽和アルデヒド類では高収率、高選択的に対応するイソプロピル化体を得ることができた。これらの事実は、本不斉イソプロピル化反応においては、,-不飽和アルデヒド類のほうがより好適な基質であることを示唆している。ここで得られたCD環をもつイソプロピル化体は、A環とのカップリングによるコンバージェントなビタミンD骨格合成に用いることが可能であり、不斉イソプロピル化反応を活用する1,24(R)-ジヒドロキシビタミンD3合成の途が開拓されたことになる。事実、上記の反応を使って得られたCD環を有するイソプロピル化体(5)を用い、パラジウム触媒によるエンイン環化カップリング反応(Trost法)によって、1が立体選択的に合成できることを示した。

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 以上本研究は、不斉イソプロピル化反応を用いた24位の立体選択的構築法により、24(R)体と24(S)体の分離を必要としない1,24(R)-ジオヒドロキシビタミンD3の合成法を開拓したものであり、有機合成化学、医薬品化学の進歩に寄与するものとして、博士(薬学)の学位に値するものと認める。

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