上皮性成長因子(EGF)の細胞増殖刺激作用は、受容体量の減少、いわゆるダウンレギュレーションによって抑制的に調節されている。これはEGF-受容体複合体がエンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれ、細胞表面の受容体数が減少することによると考えられている。また他の抑制的制御として、受容体の結合親和性の低下による、脱感作という現象も知られている。これは受容体細胞内ドメインのリン酸化により引き起こされるとの報告が成されているがそのメカニズムの確立には至っていない。他方、これらの報告とは別に強制的な細胞内Ca2+濃度の上昇による、受容体へのEGF結合量の減少が見いだされている。これはEGFによる増殖刺激の抑制機序としてCa2+依存的機構が存在することを示唆している。 Ca2+依存的な生体内での現象の一つとして、トランスグルタミナーゼ(TGase)という酵素によるタンパク質の分子間・分子内重合やタンパク質への一級アミンの取り込みが挙げられる。このTGaseの活性は、肝再生等の肝細胞増殖時に上昇することが知られているが、その意義は不明である。しかしながら、EGFが肝再生の重要な誘導因子であることから、上記の知見は、TGaseがEGFの増殖シグナルに何らかの関与を有する可能性を提示している。また肝細胞の増殖はTGaseにより抑制的に制御されているとの報告もあり、EGFの増殖シグナルがこの酵素により同様な負の調節を受けていることが示唆される。実際、ある種の細胞をフォルボールエステルで処理するとTGase活性の上昇とEGF結合の減少が観察される。従って、TGaseがEGF受容体のCa2+依存的脱感作への関与を通して肝細胞の増殖を抑制的に制御している可能性が考えられる。 本研究ではこの可能性を検証するため、1)培養肝細胞におけるEGF刺激後の受容体の脱感作とTGase活性の変化の観察 2)肝細胞膜を用いたin vitroのCa2+依存的EGF受容体脱感作モデルの作成 3)このモデルと精製タンパク質を用いたTGase関与の脱感作機序の検討及び4)培養肝細胞におけるTG活性の阻害が及ぼすEGF受容体の結合親和性とEGF増殖シグナルへの影響について検討した。 肝細胞表面におけるEGF受容体は17nMのEGF添加直後から減少を示し、対照群の約40%まで低下した。これは速やかに増加方向へと転換したが、その後の受容体数の回復は非常に緩慢なものであった。一方、Ca2+イオノフォアにより細胞内Ca2+濃度を上昇させた後、EGF結合を観察したところ、それは明らかな減少を示した。これらの変化をScatchard解析で調べた結果、EGF添加30分後においては、受容体の低親和性および高親和性結合部位のBMAXの減少が、EGF添加6時間後においては、低親和性結合部位は回復していたが、高親和性結合部位の消失が認められた。後者の現象はCa2+イオノフォア処理により再現できることから、EGF刺激6時間後の受容体脱感作はCa2+依存的な機序を有することが示唆された。EGF刺激後の肝細胞内TGase活性の経時的変化を測定したところ、刺激後5-6時間をピークとする細胞質TGase活性の上昇が観察され、この上昇は、タンパク質合成阻害剤のシクロヘキシミドで完全に抑制された。またEGFによるTGaseへの35S-メチオニンの取り込み上昇及びTGaseのmRNA発現量増加が観察された。以上の結果は、EGFがTGaseのde novo合成を促進することを示している。 EGF刺激により増加した細胞質TGaseは、細胞膜の受容体に作用し、その結合親和性を低下させるとの仮説を立てることができる。実際、EGF刺激後の細胞膜画分におけるTGase活性は細胞質におけるそれよりわずかに遅れて上昇した。実際に細胞内でTGase関与の反応が惹起されると、TGaseの標的タンパク質に外から添加したプトレシン等の一級アミンが取り込まれる。この現象を利用して細胞内でのTGase関与反応を観察したところ、膜TGaseの経時的変化とparallelであった。これはEGFにより増加したTGaseが細胞膜において何らかのタンパク質重合反応を触媒していることを意味している。一方、細胞内Ca2+濃度の上昇による脱感作は、既に局在している膜TGaseを強制的に活性化する結果惹起されるものと予想される。実際、分離肝細胞膜をCa2+で前処理すると、EGF結合量の減少が惹起され、この時、Scatchard解析を行ったところ、高親和性結合部位の消失が観察された。そこでCa2+前処理の肝細胞膜はCa2+依存的EGF受容体の脱感作の良いモデルになるものと考え、この系を用いてそのメカニズムを調べた。 イムノブロッティングによって、Ca2+前処理膜の EGF受容体を検出したところ、未処理膜のそれと変わりはなく、EGF結合の減少が受容体の分解によるものではないことが確認された。また、Ba2+、Mn2+またはMg2+による膜の前処理はEGF結合に影響しなかった。さらにCa2+前処理によってトランスフェリン、インスリンおよび-受容体のリガンドであるジヒドロアルプレノロールの結合は顕著に変化しなかった。以上の結果より、EGF受容体における変化は比較的Ca2+に特異的であるものと思われた。 Ca2+前処理によるEGF結合減少へのTGase関与を検討するため、TGaseの基質阻害剤のモノダンシルカダベリン及び不可逆的TGase阻害剤のヨードアセトアミドの影響を調べたところ、これらのTGase阻害剤によって、Ca2+誘導のEGF結合減少は明らかに阻害された。そこで次に、ヨードアセトアミドで内因性のTGaseを不活化した膜に、Ca2+存在下で精製TGaseを処理し、EGF結合実験を行った。その結果、TGase不活化膜ではCa2+で前処理を行ってもEGF結合の減少は誘導されなかったが、精製TGaseの共存下では明らかにEGF結合が減少した。次に、このような条件下での、TGaseの基質タンパク質を14C-プトレシンの膜タンパク質への取り込みを指標に解析した。Ca2+処理により、主に35kDa、43kDaおよび90kDaの3つのタンパク質がTGaseの基質になっていることが示された。一方、TGase不活化膜では、Ca2+処理によるプトレシンの取り込みは認められなかったが、精製TGaseの共存下では43kDaのタンパク質にのみ、その取り込みが観察された。以上の結果はEGF結合の減少にはこの43kDaのタンパク質のTGaseによる修飾が重要であることを示唆している。 EGF受容体はアクチンフィラメントに結合しており、またアクチンはTGaseの良い基質となることが知られているため、43kDaのタンパク質の候補として挙げられる。実際、ヨードアセトアミド処理膜において、14C-プトレシンが取り込まれたタンパク質は、抗アクチン抗体によって染色されるタンパク質及びウサギ骨格筋アクチンと同じ分子量を有していた。またEGFと精製EGF受容体の結合に及ぼすTGase処理アクチンの影響について調べたところ、TGase処理アクチンは、濃度依存的なEGF結合の減少を惹起した。次にTGase処理アクチンとEGF受容体を混和後、抗EGF受容体抗体で免疫沈降を行ったところ、TGase処理アクチンはEGF受容体と共沈したが、不活化TGaseで処理したアクチンは共沈されなかった。これはTGase処理アクチンがEGF受容体と会合し、その結合親和性を低下させていることを示唆している。 実際の細胞におけるEGF刺激後のTGase活性の上昇の役割を調べる目的で、TGaseの触媒活性部位をコードするmRNAに対するアンチセンスにより、TGase生合成を阻害した。培養肝細胞を16時間アンチセンスで処理後、EGFで刺激し、TGase活性と細胞周期の測定を行った。その結果、アンチセンスはEGFによって誘導されるTGase活性の上昇を阻害し、さらにEGFによるS期の細胞の割合増加をより亢進させた。一方、センスはいずれの場合も影響を与えなかった。この結果はTGaseによるEGF受容体の脱感作が阻害された結果、増殖シグナルが亢進された可能性を提示している。そこでScatchard解析によりこの点を検討したところ、アンチセンスはEGF誘導の高親和性結合部位の消失を完全に抑制していた。以上の結果は、EGFによって誘導されるTGaseは受容体の脱感作機構に関与し、その増殖シグナルを抑制的に制御していることを示唆している 本研究によって、以下のことが初めて明らかになった。1)成熟肝細胞において、EGFがTGaseのde novo合成を促進する。2)TGaseによる修飾を受けたアクチンは、EGF受容体の結合親和性を低下させる。3)アンチセンスによるTGase活性阻害は、EGF受容体の高親和性結合部位の消失の抑制及び増殖シグナルの亢進に至る。以上の結果を総括し、本研究では以下の仮説を提出する。EGFの刺激により、TGaseの生合成が誘導され、TGaseは細胞膜へ移動し、アクチンを修飾する。このアクチンがEGF受容体に会合する結果、その結合親和性が低下し、受容体の脱感作が引き起こされる。その結果、EGFの増殖シグナルは抑制的な制御を受ける。 本研究の知見は、肝細胞増殖時におけるTGase活性上昇の意義及びTGaseによる肝細胞増殖の抑制的制御機序を説明する上で極めて有意義であると言える。 |