学位論文要旨



No 212622
著者(漢字) 諏合,伸
著者(英字)
著者(カナ) スゴウ,シン
標題(和) 培養血管内皮細胞と平滑筋細胞におけるアドレノメデュリンの産生分泌調節機構
標題(洋)
報告番号 212622
報告番号 乙12622
学位授与日 1996.01.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12622号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 助教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 久保,健雄
内容要旨

 血管のトーヌスは神経性,体液性および自己調節系の複雑な機構による調節を受けている。自己調節系の因子としては、エンドセリン,プロスタサイクリン,C-型ナトリウム利尿ペプチドおよび内皮由来弛緩因子等の局所性の液性調節因子が知られている。最近、血小板におけるcAMP産生の促進作用を指標に、ヒト褐色細胞腫からアドレノメデュリン(AM)が単離された。ヒトAMは52アミノ酸からなるC末端アミド、分子内にジスルフィド結合による環状構造を持つペプチドである。AMは、calcitonin gene-related peptide(CGRP)と相同性が低いものの、構造の類似性からCGRPファミリーの1つとして分類されている。その受容体は、血管内皮細胞(EC)や血管平滑筋細胞(VSMC)に存在することが明らかにされている。一方、AMの生理作用としては、心臓で収縮期圧を低下させること、血管に対して拡張作用を示し、血圧を下げる(主として末梢の血管抵抗を減少させる作用)こと、ナトリウム,カリウム利尿作用を有すること等が明らかとなりつつある。更に、AMは血流中を循環し、その血中濃度は健常者において3-4 fmol/mlであるが、高血圧症,腎不全,心不全患者においては、有意に高値を示すことも明らかになっている。以上の事から、AMは血圧や体液量の調節に関与するペプチドであると考えられている。しかし、血中AMの起源は、未だ明らかとなっていない。そこで、血中AMの起源となる細胞を同定し、産生・分泌とその調節機構を明らかにするため、先ず種々の細胞の培養液におけるAM免疫活性物質(ir-AM)の検索を行った。その過程で、ラットECの培養液中にir-AMが検出されることを見いだし、その分泌について検討した。

 培養ECにおけるAM分泌の経時変動,種々の培養ECにおけるAMの分泌,分泌されたir-AMの同定およびECにおけるAM遺伝子の発現の4項目を検討した。なお、ir-AMは、ヒト,ブタ,ウシ,ラットのAMを共通に認識する抗体を用い、radioimmunoassay法にて測定した。培養ラットECにおけるAM分泌の経時変動を48時間にわたって調べたところ、ir-AMの分泌速度は一定で、2.5 fmol/105 cells/hであった。その分泌速度は、エンドセリン-1(ECの産生する主要なペプチド)分泌速度の61%にも及んだ。一方、細胞内のir-AM量は、ほぼ一定で、24時間incubation後において培養液中の含有量の約2%であった。また、表1.の様に、異なる血管由来のヒト,ブタ,ウシの培養細胞においても、程度の差はあるが、ir-AMの分泌が見られた。この事から、培養ECは細胞内にAMを貯留せず、構成的にAMを分泌することが明らかとなった。また、生体内のECは、血管の種類に関係なくAMを分泌すると考えられた。次に、分泌されるir-AMを分析し、その生物活性を調べた。ラットEC培養液中のir-AMをゲル濾過および逆相HPLC法にて分析したところ、いずれの方法においても、ir-AMはラットAMに相当する位置に溶出した。また、ir-AMはVSMCにおけるcAMP産生を促進し、その効果は合成ラットAMの効果に匹敵した。この事から、培養液中のir-AMは生物活性を有するAM自身であることが明らかとなった。更に、ノーザンブロット法にてラット組織および培養ECにおける遺伝子発現を分析したところ、培養ECにAM mRNAの発現が見られた。その発現量は副腎(主要なAM産生組織)に比べ20-40倍と極めて多かった。また、胸部大動脈にもAM mRNAの発現が認められた。この事から、ECは極めてactiveにAM遺伝子を発現していること、および大動脈にAM遺伝子が発現されていることが明らかとなった。

表1. 種々の哺乳類の培養血管内皮細胞におけるアドレノメデュリン免疫活性物質の分泌とエンドセリン免疫活性物質の分泌

 AM産生細胞の検索の結果、内皮細胞に続き、VSMCの培養液中にもir-AMが検出されたため、この分泌についてもECと同様に検討した。外植片法や酵素消化法で調製したラットおよびウシ由来のVSMCにおけるir-AM分泌を調べたところ、図1.の様に、どの細胞株もAMを分泌することが確認された。最も分泌量の多い細胞株は、外植片法で調製したラットVSMCであり、その24時間当たりの量はラットEC分泌量の約1/6であった。また、ir-AM分泌速度は、incubation12時間後までは0.6fmol/105 cells/hであり、その後徐々に低下する傾向にあった。一方、細胞内ir-AMの含有量は48時間を通じてほぼ一定で、incubation24時間後におけるその量は、培養液中の含有量の2.4%であった。これらの事から、培養VSMCも構成的にAMを分泌することが明らかとなった。次に、培養液中に分泌されるir-AMをゲル濾法および逆相HPLC法にて分析し、また生物活性を調べた。その結果、ir-AMの溶出時間はAMの時間と一致すること、VSMCにおけるcAMP産生は ir-AMにより促進されることが確認された。更に、AM遺伝子の発現をノーザンプロット法にて分析したところ、培養VSMCにAM mRNAの発現が見られ、その量は副腎と比較して3-4倍であった。この事から、培養液中のir-AMは生物活性を有するAM自身であること、およびAM遺伝子はVSMCでもactiveに発現されていることが明らかとなった。

図1. 種々の培養血管平滑筋細胞におけるアドレノメデュリン免疫活性物質の分泌VSMC-1,2は外植片法により、その他は酵素消化法により調製した.各クローズドボックスおよびバーは平均値±SEM(n=4)を表す.ir-AM:immunoreactive adrenomedullin.

 次に、血管壁におけるAMの生理的機能を明確にするためには、そのAM産生・分泌の調節機構を解明することが重要であると考え、その第一歩として、どのような生理活性物質が培養血管系細胞におけるAMの産生・分泌へ影響を与えるのか検討した。46種類のサイトカイン,増殖因子,血管作動性ペプチド等のAM産生に与える効果を検討したところ、培養ECにおけるAM産生に影響を与える物質は、数種類見いだされた。tumor necrosis factor-(TNF-)が、AM産生を最も増強(無刺激の3.3倍)し、interleukin-1(IL-1),lipoploysaccharide(LPS)もその産生を促進した。逆に、trans-forming growth factor-(TGF-)はAM産生を無刺激の50%にまで抑制した。これらの影響の与え方は、エンドセリン-1産生の場合とは異っていた。一方、培養VSMCにおけるAM産生は、サイトカイン,増殖因子,血管作動性ペプチド,カテコールアミン等,23種類の物質の作用で変動した。この事から、VSMCにおけるAMの産生はECよりも多数の物質で調節されることが明らかとなった。表2.の様に、TNF類,IL-1類,LPSが著しくAM産生を促進し、逆にforskolin,thrombinは顕著にその産生を抑制した。更に、これらの物質の詳細な検討を行った。TNF類,IL-1類,LPSは、用量依存的にAM遺伝子転写および分泌量を増加(無刺激の5-6倍)させ、ED50値は、IL-1類が0.2-0.5ng/mlで、TNF類およびLPSは1-3ng/mlであった。この事から、IL-1類が最も強力な促進物質であることが明らかとなった。また、これら3物質による刺激時のAM遺伝子転写および分泌の経時変動を調べたところ、3者いずれも異なった変動様式であった。更に、3物質の組み合わせは 相加的にAM産生を増加させた。この事から、TNF類,IL-1類,LPSは、それぞれ異なる経路を介してAM産生・分泌を促進すると考えられた。一方、AM産生を著しく抑制するforskolin,thrombinについても検討したが、それらの物質は用量依存的にAM産生を抑制した。forskolin(8-bromo-cAMPもAM産生を抑制する)がAM産生を抑制することから、AM産生は細胞内cAMP濃度の上昇によりdown-regulationされることが示唆された。

表 2.培養ラット血管平滑筋細胞のアドレノメデュリン産生に対する種々のサイトカイン、増殖因子、LPSの影響

 以上から、培養ECは極めてactiveにAMを産生・分泌すること、および培養VSMCもactiveにAMを産生・分泌することが明らかとなった。この事実およびintactな胸部大動脈においてAM遺伝子の発現がみられることから、血中AMの起源は、ECやVSMCが分泌するAMであると推察された。VSMCにはアデニル酸シクラーゼと共役したAM受容体が存在することから、ECが分泌するAMは、内皮-平滑筋細胞の局所性メディエーター、特に内皮由来弛緩因子の1つとして、更に、VSMCの分泌するAMはオートクラインあるいはパラクライン的に作用するメディエーターとして血管の収縮・弛緩を調節している可能性が示唆された。また、多数の生理活性物質が培養ECおよびVSMCにおけるAM産生・分泌を変動させることも明らかとなった。この事から、血管壁におけるAMの産生・分泌は、複雑な調節機構により制御されていると推察された。更に、AM産生はIL-1類,TNF類,LPSで著しく促進されることから、エンドトキシンショック時にAMは血管壁で多量産生され、酸化窒素等と共に血圧の低下に関与している可能性が示唆された。

審査要旨

 血圧は、体液性因子,自己調節系因子,神経性因子により複雑な調節を受けている。自己調節系因子としては、これまでエンドセリンー1,ブロスタサイクリン,一酸化窒素などが知られている。アドレノメデュリンは、最近褐色細胞腫組織より単離された降圧作用あるいは血管拡張作用を有するペプチドで、副腎,肺,心房などの正常組織において生合成されていることが、明らかにされている。また、このペプチドは血流中を循環し、高血圧症,心不全や腎不全患者でその血漿中の濃度が有意に高値であることが示された。これらの事実から、アドレノメデュリンは循環ホルモンの一種であろうと想像されている。しかしながら、血中アドレノメデュリンの由来は未だに明らかでない。本研究は、血中アドレノメデュリンの起源となる細胞を同定することを第一の目的としたもので、申請者は、培養血管内皮細胞と培養平滑筋細胞がactiveにアドレノメデュリンを産生分泌していることを発見し、血中アドレノメデュリンは血管系細胞に由来している可能性を示した。また、アドレノメデュリンは自己調節系の因子として血管壁で機能していると想定した。

 先ず、6種類の由来の異なる培養血管内皮細胞株においてアドレノメデュリンが分泌されていること、特にラットの細胞株におけるその産生量はエンドセリンー1の量に匹敵することを示した。また、クロマトグラフィーにより培養液中のアドレノメデュリン様免疫活性物質を分析すると共に、この免疫活性物質が血管平滑筋細胞のcAMP産生において増加作用を有することから、分泌物はnativeなアドレノメデュリンであると同定した。一方、ノーザンプロット分析により、培養血管内皮細胞におけるアドレノメデュリンmRNA量が、このペプチドの主要な産生組織である副腎の量と比較して20倍以上であることを明らかにし、内皮細胞は、極めてactiveにアドレノメデュリン遺伝子を発現していることを見出した。さらに、摘出したintactな大動脈においてもアドレノメデュリン遺伝子が発現されていることを明らかにした。これらの事実をもとに、血中アドレノメデュリンの起源となる細胞の一つは、血管内皮細胞である可能性が高いとした。血管平滑筋細胞にはアデニル酸シクラーゼと共役した特異的受容体が存在するとされていることから、内皮細胞で産生されるアドレノメデュリンは、局所性の調節因子として、特に内皮由来弛緩因子の一つとして血管の収縮弛緩に関与する可能性もあると考えた。

 次に、血管平滑筋細胞の培養液中にもアドレノメデュリン様免疫活性物質を見出し、そのペプチドをクロマトグラフィー分析などにより、nativeなアドレノメデュリンであると同定した。培養平滑筋細胞におけるアドレノメデュリン産生量は、内皮細胞の1/6であるが、そのmRNA量は副腎に比べ約4倍であり、平滑筋細胞もアドレノメデュリンをactiveに産生分泌することを示した。申請者は、これらの事実およびintactな大動脈においてアドレノメデュリン遺伝子が発現されているという先に見出した事実から、血管平滑筋細胞も血中アドレノメデュリンの起源になる細胞の一候補であると結論づけた。また、血管平滑筋細胞にはアドレノメデュリン受容体が存在することを考え合わせ、血管平滑筋細胞の産生するアドレノメデュリンは、オートクラインあるいはパラクライン的に作用する調節因子として血管の収縮弛緩に関与する可能性を示した。

 さらに、血管系細胞の産生分泌するアドレノメデュリンの生理的役割を明確にすることを第二の目的として、その産生調節機構を検討している。そこで、種々のサイトカイン、増殖分化因子、血管作動性ペプチドなどが、血管系細胞におけるアドレノメデュリン産生にどの様に影響を与えるか調べた。検討したなかで、interleukin-1(IL-1),tumor necrosis factor(TNF),lipopoly-saccharide(LPS)がその産生を著しく促進することを明らかにした。この事実とアドレノメデュリンが降圧作用物質であること、およびIL-1,TNF,LPSは炎症をメディエートしエンドトキシンショックへと導く物質であるされていることをもとに、エンドトキシンショック時にみられる血圧低下は、血管系細胞におけるアドレノメデュリン産生の亢進が一因となり得ると想定した。一方、forskolin,8-bromo-cAMPがアドレノメデュリン産生を抑制することを見出した。この事実から細胞内のcAMP上昇に伴いアドレノメデュリン産生が抑制されると予想できること、およびその受容体がアデニル酸シクラーゼと共役していることを考え合わせ、アドレノメデュリン産生にはcAMPを介したnegative feed-back系が存在する可能性も示した。その他、アドレノメデュリン産生が、上述した物質以外の多種類の生理活性物質によって変動することを明らかにし、生体内においてその産生は、複雑な機構で調節されていることを示唆した。

 以上、本研究は、培養血管系細胞からのアドレノメデュリン産生分泌とその調節機構を緻密に検討し、血中アドレノメデュリンは血管系細胞に由来する可能性が高いこと、さらに心血管系にはアドレノメデュリンを介した新しい自己調節系が存在する可能性があることを示したものである。ごく最近、生体内の血管平滑筋において、アドレノメデュリンを介したオートクライン的な調節機構の存在する可能性が高いことが他の研究者により示されたが、これは本研究を基礎とするものである。本研究は、心血管系の調節機構を解明する新しい手がかりを提供し、また、新薬開発の一方向を提示したことにおいて、循環生理学や薬理学へ貢献していると評価し、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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