エンドトキシンは発見当時から毒素としての有害作用と、医療に応用できる可能性を秘めた有用な作用の両面をあわせ持つ興味深い物質として多方面にわたる研究がなされてきた。その結果、エンドトキシンの本体はグラム陰性細菌の細胞壁外膜に局在するリポポリサッカライド(LPS)であることが明らかにされるとともに、多彩な生物学的活性および免疫修飾活性を有することが報告された。さらに、LPSの活性は構成成分であるリピッドAに強く依存していることが明らかにされ、1980年代にShibaらによって大腸菌リピッドAの構造が決定されることによって、その化学合成法も完成された。これと相前後して合成された種々の構造類縁体のin vitroおよびin vivoでの活性を比較することによって、エンドトキシンの多彩な活性が化学構造によって分離される可能性が示され、構造と生物活性の相関についての研究が推進されてきた。しかしながら、明確な抗腫瘍作用あるいは免疫修飾活性を示すリピッドA誘導体の多くは、投与された各種実験動物あるいはヒトに対して、発熱原性、シュワルツマン反応、ひいては播種性血管内凝固(DIC)あるいはエンドトキシンショックといった重篤かつ致死的な毒性症状を示し、有用な薬理活性と毒性の乖離が明瞭なリピッドA誘導体の合成は極めて困難なように考えられていた。 我々は、大腸菌型合成リピッドAを抗腫瘍活性の基準化合物としてマウス腫瘍を用いた抗腫瘍評価系を構築し、約150検体の合成リピッドA誘導体をスクリーニングした。大腸菌型合成リピッドAと同等以上の強い抗腫瘍活性を示した化合物については、エンドトキシンに対する感受性がヒトと同様に高いとされるウサギを用いた毒性評価を実施してエンドトキシン作用のない、あるいは非常に弱い化合物を数検体選抜した。さらに、複数の腫瘍モデルを用いた薬効評価、および多数回投与法を用いた毒性評価検討によって最終的にDT-5461が選抜された(Fig.1)。本剤は大腸菌型合成リピッドAと同様にグルコサミン二糖体であるものの、4本のアシル基がすべてシングル鎖であることや、3位および3’位のアシル基にアミド結合を含むこと、一つのリン酸基がジカルボキシル基であるという点を大きな特徴として有する。また、Onoらはウサギを用いた毒性評価を実施し、致死作用、血小板減少作用および肝臓、腎臓、心臓の病理学的変化を指標に、DT-5461の毒性はLPSに比較して1/100000以下、大腸菌型合成リピッドAに比較して1/10000以下に軽減されていると結論した。 Fig.1 Chemical structure of DT-5461. 本論文では、低毒性合成リピッドA誘導体DT-5461のマウス腫瘍およびヌードマウス移植ヒト腫瘍に対する薬効評価、および用法用量等について検討し、本剤の抗癌剤としての資質等について論じる。また、DT-5461の主薬効作用機作に関して内因性TNF誘導作用についての研究を行い、本剤の薬効が内因性TNFを端緒とする腫瘍局所の循環障害に起因することを示す。さらに、DT-5461の抗腫瘍効果の修飾因子に関する研究から、内因性IFNや免疫抑制因子のかかわりを論じる。 ―第一章DT-5461の抗腫瘍効果― DT-5461の静脈内投与法は各種全身投与法の中で最も高い抗腫瘍効果を示し、その効果は用量依存的であった。至適投与法である間欠静脈内投与によって、各種マウス腫瘍(Meth A線維肉腫、MH134肝癌、MM46乳癌、3LL肺癌、Colon 38大腸癌)およびヌードマウス移植ヒト腫瘍(PC-6,QG56肺癌、SC-6胃癌、MX-1乳癌、Co-4大腸癌)の固形腫瘍に対して広い抗腫瘍効果を示し、既存抗癌剤(癌化学療法剤および免疫療法剤)に比較して低毒性でありかつ優れた薬効を示すことから、新規抗癌化合物としての高い資質を有すると推察された。また、腹水腫瘍に対して延命効果を示さず、本剤は固形腫瘍に対して選択的に抗腫瘍効果を示すという特徴を有することが示された。一方、直接細胞障害活性が非常に弱いことから、DT-5461の抗腫瘍機作は宿主介在性であると示唆され、宿主免疫賦活作用による可能性は高いと考えられた。 ―第二章DT-5461の内因性TNF誘導作用― DT-5461による腫瘍の変化を肉眼的あるいは病理組織学的に観察した結果から、DT-5461の作用機作としてTNFの関与が考えられ、本剤が担癌マウスの血清や腫瘍にTNF活性を誘導することを確認した。特に腫瘍内TNF活性は抗腫瘍効果との間に高い相関性を示し、抗TNF抗体の投与によってDT-5461の薬効が減弱したことから、腫瘍内TNFが本剤の抗腫瘍作用に関連していることが示された。さらに、腫瘍にTNF- mRNAの発現がDT-5461投与30分後から明確に認められ、腫瘍内TNFは腫瘍局所にて産生されることが示唆された。マクロファージおよびMeth A細胞をin vitroでDT-5461刺激したところ、前者の培養上清にのみTNF活性が検出されたことから、TNF産生細胞は腫瘍内マクロファージであると推察された。一方、Meth A担癌マウスの腫瘍ではDT-5461投与後2時間から24時間にかけて持続的な血流低下が認められたが、脾臓、肝臓、肺の血流量に影響は認められず、抗TNF抗体によって腫瘍における血流低下が有意に抑制されたことから、DT-5461によって腫瘍内に誘導されたTNFは局所循環障害を引き起こして壊死形成をもたらすことが示唆された。従って、DT-5461の抗腫瘍効果は、本剤の刺激を受けた腫瘍浸潤性マクロファージにより腫瘍内に持続的にTNF-が産生され、これを端緒として惹起される腫瘍局所の循環障害に基づくものと考えられる。 ―第三章DT-5461の抗腫瘍作用を修飾する因子― DT-5461の静脈内投与による内因性IFNの誘導が、抗ウイルス活性およびmRNAを指標にしてMeth A担癌マウスの腫瘍、脾臓、血清中に認められ、抗IFN血清の投与によってDT-5461による抗腫瘍効果、内因性TNF誘導、腫瘍血流量低下がそれぞれ抑制された。このため、内因性TNF誘導には、DT-5461によって誘導される内因性IFNがマクロファージのプライミング剤として作用する可能性を含め深く関与していることが示唆された。また、腫瘍細胞とともに培養することによってDT-5461刺激によるマクロファージのTNF産生が増強され、ヒト腫瘍細胞を用いた検討では、TNF産生増強作用と腫瘍内に誘導されるTNF活性との間に関連性が認められたことから、内因性TNF誘導にはマクロファージのTNF産生増強作用をもたらす標的腫瘍細胞の特性も部分的に関与しでいることが示唆された。一方、DT-5461によって増強されたNK細胞や、担癌状態において誘導されるプロスタグランジンE2や免疫抑制酸性蛋白質(IAP)などの免疫抑制因子が本剤の薬効発現を修飾しうること、免疫抑制因子は本剤の薬効予測の指標となりうることの可能性が示唆された。 ―結論(研究成果)― 本研究によって得られた新知見から導かれるDT-5461の作用機作の概略をFig.2に示した。低毒性の合成リピッドA誘導体であるDT-5461が、顕著な毒性や致死毒性を示すことなく単剤で癌化学療法剤と同等の明瞭かつ優れた抗腫瘍効果を示したことは、単にこれまで困難と考えられていたリピッドAの薬理活性と毒性の乖離ができたことにとどまらず、構造修飾によって治療薬に迫る高い資質を有するところまでの乖離が可能であることを明らかにできたと考える。一方、DT-5461の抗腫瘍作用機作の主役は、臨床においてわずかな有効性および強い副作用発現が報告されているTNFであるものの、腫瘍局所に持続的な誘導をもたらすことによって優れた薬効を発揮したことは、内因性TNFの重要性を強く示唆するとともに、免疫療法の視点に立脚した新たな癌治療の可能性が考えられた。また、DT-5461の腫瘍における持続的な内因性TNF誘導はTNFの局所療法と見ることができ、DT-5461による明確な抗腫瘍効果発現は、現在、積極的に進められているサイトカインを用いた遺伝子治療の概念の妥当性を部分的に示唆するものと考えられる。 Fig.2.本研究成績から推測されるDT-5461の作用機作のまとめ |