学位論文要旨



No 212625
著者(漢字) 宮脇,亮介
著者(英字) Miyawaki,Ryosuke
著者(カナ) ミヤワキ,リョウスケ
標題(和) 大質量星形成と分子雲コアW49Aの場合について
標題(洋) Massive Star Formation and Molecular Cloud Core : A Case Study of W49A
報告番号 212625
報告番号 乙12625
学位授与日 1996.01.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12625号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 長谷川,哲夫
 東京大学 教授 尾崎,洋二
 東京大学 教授 祖父江,義明
 国立天文台 助教授 林,正彦
 東京大学 助教授 山本,省
内容要旨

 近年、電波域及び赤外域の観測的研究により、星形成の過程は明らかになりつつある。特に低質量星の形成ついての理解の進展はめざましい。一方、大質量星の形成はその進化過程が低質量星に比べて早く、天体が遠いものが多いこともあり、十分に理解されているとは言いがたい。理論的な見解からは、Shuらが提唱している超臨界質量分子雲(Supercritical Cloud)の分裂・収縮により大質量星が形成されることが説明されているが、超臨界質量分子雲がどのような過程で形成されたのかは十分にわかっていなかった。このような超臨界質量分子雲の候補は、いくつかの星形成領域で見られる。そこには大質量の分子雲コアが付随し、大質量星のクラスターを形成している。ここでは最近数千年の間に1ダース以上のO型星がほぼ同時に形成されており、スターバースト銀河とその規模こそ異なるが、スターバースト銀河で起こっている微視的な現象と同じことが起こっていると考えられる。このような天体は局所的なスターバーストとみなすことができ、我々の銀河系にはW49A、W51A、Sgr B2などがある。申請者はW49Aの大質量星形成と分子雲コアの関係についてを調べるために国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡及び5素子干渉計、JCMTの15メートルサブミリ波望遠鏡を用いてその構造と運動を観測した。本論文ではそのデータにもとづきW49Aに付随する高密度コアの物理状態とその形成について議論する。

 W49Aの星形成を議論する際に問題となるのは、分子線のプロファイルの解釈により、星形成の過程に関する可能なのシナリオが異なることがある。一酸化炭素の輝線はV1.SR=4kms-1と12kms-1の2つのピークと、その中間の速度である8kms-1に深いくぼみを持つ。この速度には水素の再結合線がピークを持つことから、二つの分子雲の衝突により中間の速度で、星形成が起きているとMufsonとLisztは推測した。一方、Phillipsらは一酸化炭素のプロファイルが持つ8kms-1のくぼみは自己吸収であることを示した。この2つの説はお互いに反すると考えられ、どちらの説をとるかによりW49Aの星形成のシナリオが異なる。しかし、本研究による結果は、いろいろな分子線に見られる2つのピークをもつプロファイルはすべて吸収によって現れたものではなく、2つの速度成分を持ち、光学的に厚い分子線では深い吸収を伴うプロファイルを、光学的に薄い分子線では物理・化学状態の違う2つのピークの間のくぼみであることを示した。

 この2つの成分を全体としてとり囲む分子雲コアの外縁部が球対称であることを仮定すると、分子スペクトル線およびダスト放射から見積もられた水素分子ガスの密度分布は、動径の-2のべきに比例していることが示された。また、高励起の分子線がコンパクトに分布していることから、温度分布も中心部に向けて急激に変化しているように見える。

 ガスとダストから見積もられた分子雲コアの質量は約105太陽質量とほぼ同じになった。この分子雲コアはこのままでは不安定であり、磁場などにより、維持されている必要があるが、それでも維持することは難しく、現在収縮中であると考えられる。

 干渉計による観測結果は分子雲コアの周りの細かな構造を明らかにしている。図1に示すようにCS輝線による観測は4kms-1の速度成分がコンパクトに分子雲コアに分布しているのに対して、12kms-1の速度成分がそれを取り囲むように分布していることを示し、コンパクトな4kms-1の速度成分が広がった12kms-1の速度成分に衝突して、衝突の影響により、高密度になった12kms-1の速度成分がとらえられたように見えている。高励起状態を示すSiO分子の分布は分子雲コアの中心に分布している。また、位置速度図において、シェル状の速度構造が示され、ショックにより励起されたと考えられる。この構造は回転しながら、収縮しているために形成されたと考えると、衝突により重力的に不安定な大質量コアが形成され、回転しながら数kms-1で収縮していると考えられる。

図1:干渉計によるCS分布.細線はハッチは4kms-1成分.太線は12kms-1成分.ハッチは5GHz連続波の分布(Dickel and Goss 1990)

 分子雲どおしの衝突が超臨界質量の分子雲コアを形成するトリガーとなったと考えることは、数値計算の結果からも示唆され、それらの結果をもとに分子雲どおしの衝突による大質量星の詳しいシナリオをつくることができる。図2に示すようにコンパクトな4kms-1の速度成分と広がった12kms-1の速度成分の衝突は最初に衝突面に強いショックが起こり、衝突面での密度は上昇する。この際この密度の上昇により大質量星を形成するコアが形成されるかもしれない。一方、衝突が半分経過した時点で4kms-1の速度成分が自己重力による収縮を起こし超臨界質量の大質量分子雲コアを形成する。このコアの中では回転しながら、収縮していくためにいくつかのコアが形成され、これらもまた超臨界質量のコアである。このコアで質量降着率が低質量星に比べて非常に高く、これらのコアが収縮することで大量のガスが速やかに降着して大質量星の形成が起こっていると考えられる。

図2:W49A領域の分子雲衝突モデル模式図

 以上ではW49Aの分子雲を非常に小さいスケールで見てきたが、より大きなスケールで分子雲衝突、つまり、巨大分子雲スケールでの分子雲衝突を考える。W49Aの他の星形成領域を含めた巨大分子雲どおしの衝突は巨大分子雲の平均密度から見積もられる確率からはそれほど多くはないが、銀河の渦状腕上で巨大分子雲の形成を含めた、分子雲の合体を考える場合、その頻度は高くなり、W49Aで見られるような星形成が見られる可能性が高い。

 以上のW49Aにおける観測結果の考察及び他の領域の研究により局所的なスターバーストメカニズムとして2段階の状態が必要である。分子雲どおしの衝突により形成された質量降着率の高い、高密度・大質量の分子雲コアが形成され、続いてこの中で分子雲コアが分裂、収縮しながら大質量星が形成され、クラスターをつくる。

審査要旨

 本論文は、太陽の15倍を超える大質量の星が集団で爆発的に誕生している、天の川銀河で最も活発な星形成領域W49Aのケーススタディーによる、大質量星形成とその母胎となる分子雲コアの関係に関する観測的研究について述べている。

 全体は要旨に続く7つの章からなる。

 第1章では、研究の背景として星形成、特に爆発的星形成に関するこれまでの研究がレビューされる。

 第2章から第6章は、それぞれが異なる観測手段あるいは観測の観点に基づくW49A領域の観測的研究であり、個々の研究論文としてのまとまりを持っている。

 第2章では国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡を用いて取得した、W49Aの中心方向からの11本の輝線スペクトルデータを示し、それぞれの輝線がその励起条件や光学的厚みに応じてその二こぶの輪郭を変化させるようすから、W49A中心部には視線速度4kms-1と12kms-1の二つの分子雲コアが存在し、それらを取りまいて8kms-1の低密度分子雲が存在することが明らかにされる。また、中心から離れるにしたがって各輝線の強度が弱くなっていく空間分布を定量的に解析し、コアのサイズと密度構造を議論している。

 第3章ではコアの二次元的な構造が、45m電波望遠鏡を用いたCO,13CO,HCO+,H13CO+輝線による高分解能観測で明らかにされる。分子雲コアの質量が太陽の3.4×104倍と見積もられ、例外的に強い磁場による支えがない限り、重力収縮の途中であると言える。

 このコアの構造は、第4章に記述されるダストからのサブミリ波観測でも明らかにされる。観測はマウナケア天文台のJCMTを用いて、波長450mと1100mで行われた。サブミリ波観測から見積もられたコアの質量は、(5-17)×104太陽質量で、第3章で求めた質量と誤差の範囲内で一致する。空間的な強度変化も第2章の結果と一致した。

 第5章で、さらに高い空間分解能を達成した、野辺山宇宙電波観測所のミリ波干渉計によるCS(J=1-0),SiO(J=2-1),H13CO+(J=1-0)の観測を示している。その結果、視線速度4kms-1の分子雲と12kms-1の分子雲の空間分布に明確な違いがあることが明らかにされ、第2章の結論が正しいことが証明された。高温の衝撃波領域からでていると思われるSiO輝線はこれら二つの分子雲コアの間に位置し、視線速度も中間の8kms-1である。二つの分子雲コアは互いに衝突し、その結果として激しい大質量星形成を始めた可能性が極めて高い。

 第6章では一転して野辺山の45m望遠鏡を用いた13CO,HCO+,HCN輝線による広域観測の結果である。それまでの章に示した分子雲コアの衝突の影響をまわりの分子ガスの空間構造に探した結果、それといえるものを見いだした。すなわち、視線速度4kms-1と12kms-1の二つのフィラメント状分子雲が交差するように衝突し、その衝突の現場に分子雲コアが形成されているように見える。

 最後の第7章では、これらの議論を総合して、W49A領域の全体的描像を提出している。

 本研究は、系外銀河などで顕著に見られる爆発的かつ大域的な大質量星形成(いわゆるスターバースト)のメカニズムを、規模は小さいながら銀河系内にあるために詳細な観測が可能な、いわば局所的スターバースト領域ともいうべきW49A領域について徹底的に調べ尽くしたもので、世界的にも例のない学問的価値の高いものである。さらにそこでのスターバーストが、分子雲の衝突という事件をトリガーにして起きていることを明らかにしたことは、系外銀河のスターバーストが起きるメカニズムに対する示唆としてたいへん興味深い。重力的に大変不安定な分子雲コアがどのようにして形成されるかという問題は、依然として残っているが、そらは同種の別の天体の観測など、論文提出者を含む研究者による今後の観測研究により明らかにされるであろつ。

 以上の理由により、審査委員会は全員一致をもって、論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50674