プロテインキナーゼC(Cキナーゼ)は細胞内の情報伝達機構に密接に関与している事が知られている。本研究は、Cキナーゼの主要なリン酸化基質タンパク質であるMARCKS(myristoylated alanine-rich C kinase substrate)がホスファチジルセリン(PS)に結合する性質を持つことを明らかにし、更にMARCKSとPSとの相互作用の機作並びにその生体内での意義について解析を行ったものである。下記の結果を得ている。 1. ラット脳破砕標品中に存在するカルシウム非依存性にPSに結合するタンパク質をリポソームブロッテイング法を用いて同定し、精製した。部分アミノ酸配列を用いた遺伝子クローニングにより、このタンパク質はラットのMARCKSである事が明らかとなった。MARCKSは特異的にPSに結合し、ホスファチジルコリン等他のリン脂質への結合は認められなかった。 2. MARCKSは細胞内で大部分が形質膜に局在し、形質膜あるいは細胞骨格との相互作用が、その機能に関わっていると考えられている。MARCKSは、PKCによりリン酸化されると形質膜から細胞質へ移行することが報告されている。MARCKSをPKCでリン酸化し、MARCKSのリン脂質への結合を定量した結果、リン酸化されたMARCKSはPSへの結合が著明に減少する事が示された。この結果はMARCKSがPSとの相互作用を介して細胞膜に局在し、PKCによるリン酸化で調節を受けている可能性を示唆している。 3. グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)融合タンパク質として大腸菌で発現させたMARCKS(GST-MARCKS)も、ラット脳から精製したMARCKSと同様、特異的にPSに結合した。この結果はミリスチル化はPSへの結合に必須ではないことを示している。 4. GST-MARCKSの欠失ミュータントを発現させ、固相に結合させたPSへの結合量を調べた。ST-MARCKS6-180とGST-MARCKS127-160は全長のMARCKSとほぼ同様のPS結合性を有していたが、GST-MARCKS127-152のPS結合性は著明に減少していた。GST-MARCKS6-156の固相PS結合量ははGST-MARCKS6-180の62%、GST-MARCKS6-152は8%、GST-MARCKS6-135は結合0であった。これらの結果からアミノ酸残基127-160の領域がPS結合性を有し、アミノ酸残基153-156(FKKS)が特に結合に関わっている事が示唆された。 5. PKCによるリン酸化の影響について、リン酸化部位のセリンをアラニンに変えたミュータントを作成し検討した。PKCでリン酸化されたGST-MARCKS6-180[S156A,S163A]、GST-MARCKS6-180[S156A]及びGST-MARCKS6-180[S163A]のPS結合性は、PKCでリン酸化されたラット脳のMARCKSやGST-MARCKS6-180のそれとほぼ同レベルであった。一方、GST-MARCKS6-180[S152A]とGST-MARCKS6-180[S152A,S156A]はPKCでリン酸化を受けてもPS結合性を保持していた。これらの結果から、Ser-152のリン酸化がPS結合を調節している事が示された。 以上、本論文はCキナーゼの主要な基質タンパク質であるMARCKSがPSと結合する性質を明らかにし、結合に重要と考えられる領域を同定したものである。Cキナーゼを介した情報伝達機構の解明に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものである。 |