学位論文要旨



No 212635
著者(漢字) 細矢,博
著者(英字)
著者(カナ) ホソヤ,ヒロシ
標題(和) 鉄筋コンクリート柱部材の耐力と破壊性状に及ぼすひずみ速度の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 212635
報告番号 乙12635
学位授与日 1996.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12635号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡田,恒男
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 助教授 中埜,良昭
内容要旨

 我が国では、幾たびか地震により建築物に被害を受けてきた。このため、建築物の耐震性能の向上を目的として、部材や架構を対象とした載荷実験が行われ、耐力や変形性能、破壊性状の評価がなされてきた。この際、実験装置や計測装置の性能上の制約などから、載荷は静的に行われることが一般的であった。これに対し、実際の地震時に建築物に加わる荷重は動的であって、実験時の載荷条件とは荷重(ひずみ)速度の面で異なっている。建築物が、この動的荷重を受ける際、部材を構成する材料に生じるひずみ速度は、おおよそ103〜105/secであり、材料の力学的特性や部材の動的特性に及ぼすひずみ速度の影響は無視できないものと考えられてきた。しかしながら、既往の研究から、このひずみ速度の範囲では、材料強度は上昇する傾向にあることが知られており、このため、耐力的には安全側であろうと考えられ、建築物の動的特性に与えるひずみ速度の影響については詳細に検討されてこなかったというのが実状である。このような状況のなかで、耐震設計手法や地震応答解析の精度が向上し、より精緻になってきた。このため、今まではひずみ速度の影響は、部材や架構の安全率の中に内包されてきたものの、静的な耐力がほぼ正確に算出できる現在では、耐力の余裕度が少ない合理的な設計が行われ、その結果、地震時の動的特性に与えるひずみ速度の影響は相対的に無視できない重みを持つようになった。すなわち、地震時には、建築物はひずみ速度の影響を受けて耐力的には上昇するものの、破壊モードや変形性能は変化する可能性があり、設計時に意図した崩壊形を形成しない場合もあり得るものと考えられる。

 他方、鉄筋コンクリート(RC)造による高層建築物が近年数多く建築されている。これらの建築物においては、下層階の柱部材は高軸力を受けるため耐震性能がより重要であるものの、高軸力を受ける柱部材の動的特性に対するひずみ速度の影響については研究例が極めて少なく、耐力や破壊性状、変形性能に対してひずみ速度がどの程度影響を与えるのか判断するには十分な資料が得られているとは言い難い状況にある。

 このような背景をふまえ、本研究では、地震の際にRC柱部材の耐力、破壊性状及び変形性能に及ぼすひずみ速度の影響を明らかにすることを目的としている。

 本論文は7章より構成されている。

 第1章では、本研究の背景と目的を述べている。

 第2章では、ひずみ速度の影響に関する既往の研究結果についてとりまとめ、要点を述べている。また、既往の研究における問題点を指摘し、本研究の位置づけを示している。

 第3章では、30階建て高層建築物を対象とした非線形地震応答解析と、様々な固有周期の建築物を対象として地震応答スペクトルから最大層間変形速度を求め、これらから地震時にRC柱部材に発生すると予想されるひずみ速度を算出している。また、既往の研究で示されている地震時に構造物に発生する変形速度やひずみ速度と比較することにより、RC部材に生じるひずみ速度のレベルを示している。

 第4章では、コンクリートの力学特性に及ぼすひずみ速度の影響を検討するため、コンクリート供試体に対してひずみ速度をパラメータとした材料載荷実験を行っている。その結果から、地震時程度のひずみ速度の範囲では、圧縮強度と弾性係数はひずみ速度の対数値に対して直線的に増大することを確認し、圧縮強度とひずみ速度との関係式、及び弾性係数とひずみ速度との関係式を提案している。

 第5章の第1節では、曲げ破壊型及びせん断破壊型に計画された柱部材試験体に対して、30階建て程度の高層建築物の下層階の柱が受ける軸力レベルに相当する軸力比()約0.3の軸力の下で、静的水平繰り返し加力実験(平均層間変形速度:V=0.01cm/sec、ひずみ速度レベル:≒101/sec)、並びに動的水平繰り返し加力実験(V=10cm/sec、≒104/sec)を行い、曲げ破壊型、せん断破壊型それぞれに対して、耐力や破壊性状等に及ぼす地震時のひずみ速度の影響について検討している。

 第2節では、柱主筋比とフープ筋比を実験因子としたせん断破壊型試験体に対して、一定軸力(=0.03)の下で、静的並びに動的水平繰り返し加力実験を行い、耐力や破壊性状等に及ぼすひずみ速度の影響について検討している。

 これらの加力実験から、以下の知見が得られた。

 (1)初期剛性は、動的加力では静的加力に比較して約10%増大した。その増大率はコンクリートの弾性係数の増大率にほぼ対応する。(2)最大耐力は、動的加力では静的加力に比較して、曲げ破壊型で約10%増大し、せん断破壊型で約15%〜25%増大した。軸力比0〜0.3程度の軸力の範囲では、曲げ耐力の増大率は柱主筋の降伏強度の上昇率と概ね対応する。また、せん断耐力の上昇率はトラス機構が卓越する場合にはフープ筋の降伏強度の上昇率に、アーチ機構が卓越する場合にはコンクリートの圧縮強度の上昇率に概ね対応する。(3)曲げ破壊型では破壊性状に対するひずみ速度の影響は小さいものの、せん断破壊型では、動的加力の場合には破壊に至る過程で付着ひび割れが拡大するケースがあり、ひび割れ及び破壊性状に対するひずみ速度の影響が認められた。(4)曲げ破壊型の場合、動的加力では静的加力に比べ、柱主筋降伏時の層間変形角は増大し、最大耐力時の層間変形角は減少した。これらはそれぞれひずみ速度の影響による柱主筋の降伏ひずみの増大と、コンクリートの圧縮強度時ひずみの減少に起因する。一方、せん断破壊型の場合、最大耐力時の層間変形角については加力速度の違いによる有意な差は認められなかった。(5)最大耐力については、最大耐力時近傍のひずみ速度に応じて材料強度の上昇を考慮することにより、既往の曲げ終局耐力式、及びせん断耐力式を用いて、動的加力においても静的加力と同程度の精度で評価できた。(6)軸力比0〜0.3程度の範囲では、ひずみ速度の影響によるせん断耐力の上昇率は曲げ耐力の上昇率に比較して大きく、曲げ破壊型からせん断破壊型へ破壊モードが変化する可能性は少ないものの、付着耐力の上昇率は、曲げ及びせん断耐力の上昇率に比べ小さいと考えられ、地震時には付着割裂破壊型へ破壊モードが移行する可能性がある。

 第6章では、曲げ耐力及び変形性能に与えるひずみ速度の影響を解析的に検討するため、本論の加力実験試験体と既往の研究による加力実験試験体のうち、曲げ降伏先行型または曲げ破壊型試験体を対象として、ひずみ速度の影響を考慮したファイバーモデルによる断面解析法、並びに既往の曲げ終局耐力式を用いてひずみ速度の影響による材料強度の上昇を考慮した簡易な計算法を提案し、それらによる解析値と実験値の対応度を検証した後、曲率速度(ひずみ速度)と軸力を変動因子としたファイバーモデルによるパラメータ断面解析を行っている。

 これらの解析から、以下の知見が得られた。

 (1)ひずみ速度の影響を考慮したファイバーモデルによる断面解析により、静的並びに動的加力いずれの場合においても、曲げ降伏耐力及び最大耐力を評価できる。(2)曲げモーメントー曲率曲線における初期剛性は、曲率速度が大きいほど増大し、その増大率は、釣り合い軸力以下ではコンクリートの弾性係数の増大率にほぼ対応し、釣り合い軸力以上ではコンクリートの弾性係数の増大率をさらに約5%〜15%上回る。(3)柱主筋の降伏時曲率に対する最大耐力時曲率の比は、釣り合い軸力近傍では曲率速度によらずほぼ一定であるものの、軸力比0.3以下や釣り合い軸力以上の軸力レベルでは曲率速度(ひずみ速度)の増大に伴い減少し、地震時における柱部材の曲率靭性は低下する傾向を示す。(4)曲げ降伏耐力及び最大耐力は、曲率速度が大きいほどひずみ速度の影響を受け増大するが、その増大率は軸力レベルにより異なる。すなわち、地震時に柱部材に生じると想定される曲率速度(ひずみ速度)では、曲げ降伏耐力及び最大耐力の増大率は、釣り合い軸力以下では柱主筋の降伏強度の上昇率に近く(約1.1〜1.2倍)、釣り合い軸力から軸力比0.6程度の範囲ではコンクリートの圧縮強度の上昇率に近い(約1.2〜1.3倍)。また、軸力比がおおよそ0.6以上では、コンクリート強度及び鉄筋強度の上昇率をも上回る。したがって、釣り合い軸力以上の軸力レベルでは、ひずみ速度の影響による曲げ耐力の上昇率はせん断耐力、付着耐力の上昇率に比べて大きく、地震時には耐力の逆転現象が生じ、設計時に曲げ破壊型に計画された破壊モードが脆性的な破壊モードへ移行する可能性がある。

 第7章では、結論として本研究で得られた知見を示している。この中で、地震時には、ひずみ速度並びに軸力レベルの影響を受けて、柱部材の曲げ耐力、せん断耐力及び付着耐力は上昇するものの、それぞれの耐力の上昇率は異なるため、設計時に設定された各破壊モードの耐力関係は変動し、せん断耐力や付着耐力が曲げ耐力を下回る場合があり、この結果、破壊モードは設計時に想定した曲げ破壊型の破壊形式を採らない可能性があること、したがって、地震時にせん断破壊や付着割裂破壊を防ぎ、曲げ破壊型の破壊形式を達成するためには、曲げ耐力に対してせん断耐力及び付着耐力は少なくとも20%以上の余裕度を確保する必要があることを述べている。

審査要旨

 論文審査の結果の要旨

 本論文は「鉄筋コンクリート柱部材の耐力と破壊性状に及ぼすひずみ速度の影響に関する研究」と題し,地震時におけるRC造柱部材の耐力や変形性能,破壊性状に及ぼすひずみ速度の影響に関する研究であり,全7章よりなる.

 第1章「本研究の背景と目的」では,ひずみ速度がRC造構造物の地震時挙動に与える影響は,従来その部材や架構の安全率に暗に内包されていたと考えられるが,近年の耐震設計手法や解析手法の精度の精緻化にともない,地震時の動的特性におけるひずみ速度の影響は相対的に無視できない重みを持つようになってきた点を指摘するなど,本研究の背景を示し,研究目的を明らかにしている.

 第2章「既往の研究」では,国内外における既往の研究結果をまとめるとともに,その未解決の問題点を指摘し,本研究の位置づけを示している.

 第3章「地震時に建築物に生ずるひずみ速度」では,30階建て高層建築物を対象とした非線形地震応答解析結果,速度応答スペクトル値ならびに既往の研究結果を参考にして,地震時に一般のRC造建物の柱部材に生じるひずみ速度のレベルを推測している.

 第4章「コンクリート材料実験」では,ひずみ速度をパラメータとしたコンクリート供試体の圧縮載荷試験を行い,地震時に生じると考えられるひずみ速度の範囲では,その圧縮強度と弾性係数はひずみ速度の対数値にほぼ比例して増大することを明らかにするとともに,圧縮強度および弾性係数とひずみ速度との関係式を提案している.

 第5章「RC柱部材の静的及び動的水平加力実験」では,曲げ破壊型およびせん断破壊型に計画された柱部材に対して,(1)30階建て程度の高層建築物の下層階柱が受けると考えられる軸力レベルの下で曲げ破壊型部材に対し,(2)軸力の無い状態で柱主筋比とフープ筋比を実験因子としたせん断破壊型試験体に対し,それぞれ静的ならびに動的水平交番載荷実験を行い,耐力や破壊性状に及ぼすひずみ速度の影響について検討している.これらの実験結果から,(1)初期剛性は,動的加力では静的加力に比較して約10%上昇し,その上昇率はコンクリートの弾性係数の上昇率にほぼ対応すること,(2)最大耐力については,最大耐力時近傍のひずみ速度に応じた材料強度の上昇を考慮することにより,動的加力時においても既往の曲げ終局耐力式およびせん断耐力式を用いて静的加力時と同程度の精度で評価できること,(3)ひずみ速度の影響によるせん断耐力の上昇率は曲げ耐力の上昇率に比較して大きく,曲げ破壊型からせん断破壊型へ破壊モードが変化する可能性は少ないこと,(4)付着耐力の上昇率は曲げおよびせん断破壊耐力の上昇率に比べ小さいと考えられるため,地震時には付着割裂破壊型へ破壊モードが移行する可能性があること,などを述べている.

 第6章「ひずみ速度の影響を考慮したファイバーモデルによる断面解析」では,曲げ耐力および変形性能に与えるひずみ速度の影響を解析的に検討するため,曲率速度(ひずみ速度)と軸力レベルを変動因子としたファイバーモデルによる断面解析を行っている.これらの解析結果から,(1)静的ならびに動的水平加力いずれの場合においても,曲げ降伏耐力および最大耐力を評価できること,(2)モーメントー曲率曲線における初期剛性は曲率速度が大きいほど上昇し,その上昇率は釣り合い軸力以下ではコンクリートの弾性係数の上昇率にほぼ対応するが,それ以上ではコンクリートの弾性係数の上昇率をさらに約5%〜15%上回ること,(3)曲げ降伏耐力ならびに最大耐力は,曲率速度が大きいほど上昇するが,その上昇率は軸力レベルにより異なることを明らかにしている.すなわち,地震時に部材に生じると想定される曲率速度では,釣り合い軸力以下では柱主筋の降伏強度の上昇率に近く,釣り合い軸力から軸力比0.6程度の範囲ではコンクリートの圧縮強度の上昇率に近いが,それ以上の軸力レベルでは材料強度の上昇率をも上回るとしている.したがって,釣り合い軸力以上では曲げ耐力の上昇率はせん断耐力,付着耐力の上昇率を上回る可能性があり,そのため設計時に曲げ破壊型に計画した部材が耐力の逆転現象によりぜい性的な破壊モードへ移行する可能性があることを指摘している.さらに,柱主筋の降伏時曲率に対する最大耐力時曲率の比は釣り合い軸力近傍では曲率速度によらずほぼ一定であるものの,軸力比0.3以下や釣り合い軸力以上では曲率速度の上昇にともない減少し,地震時における柱部材の曲率じん性は低下する傾向を示すことを明らかにしている.

 第7章「結論」では,全章の結果をまとめ研究成果の総括を行っている.

 以上のように,本論文は鉄筋コンクリート柱の静的および動的載荷実験ならびに断面解析結果に基づき,地震時に想定されるひずみ速度の影響による部材耐力の上昇ならびに破壊モードの変動について明らかにしたものであり,その成果は耐震工学の発展に貢献するところが極めて大きいと考えられる.よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格であると認める.

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