本論文は、世界一の高齢社会の到来を間近に控えている中国都市に於ける在宅高齢者の生活実態、居住状況を質問紙、デブス・インタビューによって明らかにし、それに基づいた実態把握の結果と日本の高齢者住宅に対する同様の調査結果とを比較住文化の視点から考察し、将来の在宅高齢者の住宅計画に対する基礎的指針を導いたものである。日本の建築計画の分野では高齢者を含めた「住まい方研究」の膨大な蓄積があるが、本調査は中国における初の試みであり、同国の住宅計画研究、住宅計画立案の何れに対しても示唆に富む成果が具体的にまとめられている。 本論文は、序章に続く5章、並びに附章からなる。 序章では、中国における本調査の意義について述べ、日本における建築計画・環境心理学の成果を整理した上で、研究の視点と分析の方法を明らかにしている。 第1章では、中国(北京、哈爾浜)、東京(光が丘、希望ケ丘)における質問紙による調査とそれに続くデブス・インタビュー、住宅平面採集、写真記録の概要を、目的、方法、時期、対象に関して詳細にわたって記述している。中国の高齢者を含む家族の特性として(1)就労率が高い(30%)、(2)共働き世帯が一般的であり、男女が家事を平等に分担している、(3)多世代同居が多く、家族による老人ケアーが一般的である等の結果を得ている。 第2章では、主に中国調査の結果の中から日常生活動作・行動能力、健康状態・運動機能、社会福祉及びサービスの利用動向、住まい方(住居の所有状況、家賃、居住年数、定住意識)などについて考察し、日本の状況との比較を具体的に記述している。 第3章では、食寝・家事・余暇・コミュニケーション・外出などの行動について、日中両都市における在宅高齢者の比較を行い、以下の結果を明らかにしている。 (1)食事の様式は、日本では「床座型」・「椅子座型」、中国では「椅子座型」・「橙子座型」であり、就寝の様式は、日本は「ユカ型」、中国では「ベット型」であり、中国のイス座、日本のイス座・ユカ座の混在の状況を示している。(2)家事について、「家事分担の型」は、北京では「夫婦分担型」、哈爾浜では「親子分担型」・「夫婦分担型」であるが、日本では、「妻担当型」・「嫁担当型」・「妻嫁分担型」の女性依存の傾向が強いという、両国の相違点を明らかにしている。(3)余暇行動については、その種類・時間・環境という三つの面から、日中比較を行い、各々のタイプ及び特徴を見出している。(4)コミュニケーションは日常コミュニケーション、近隣コミュニケーションの両面から分析し、中国における親戚、友人の相互訪問の傾向が極めて根強いことを指摘している。(5)外出行動についてはその頻度、場所、時間、類型について比較を行い、中国においては老人のための公共施設(図書館、区民センター等)の不足を問題点にあげている。 第4章は本論の中心をなす、住まい方調査に基づいた日中両国の高齢者の住まいにおける部屋の使い方、家具の置き方、具体的な行為の状況等の分析に当てられており、住まいの今日的状態をリアルに描き出した貴重な資料にまとめあげている。 調査は東京の2ケ所の高齢単身・夫婦用集合住宅に住む計27戸、北京・哈爾浜の高齢者住宅(中国では現在、高齢者専用住宅は建設されていないため、一般の集合住宅の居住者を調査対象としている)計22戸に対する住み方平面採取、ヒアリングからなっている。例数こそ多くはないが、高齢者の住まい方の実態を知る極めて貴重なデータを収集することに成功し、特に中国ではこの種の試みの魁となるものとして評価できる。 この基礎データから、家族各人の食事および就寝、日中の主な居場所(それぞれ食・寝・居と略称する)についての分析・考察を行っている。その結果、日本については、(1)単身高齢者については食・居あるいは食・居・寝が同一場所であるという高齢化に伴う居場所の縮小傾向があること、(2)夫婦世帯では、二人の3つの場所のとり方に種々の型があること、特に寝・居については別室就寝、主人の個室確保など夫婦の生活領域を分離したいという欲求があることを見出している。 中国については、(1)食の場所が固定していないこと、(2)接客の場所の重視、客間(客丁)がない場合、寝室(ソファーや寝台に客を座らせること)が使われることなどを、固有の特性としてあげている。更に両国の住まい方の相違点として(1)中国における各場所(室)の転用性の強いこと、(2)家族における男女の自立・平等が普遍化していること(家事の分担など)をあげ、住まい方が社会・文化的な規定を受けていることを実証している。 第5章では、各章の結論を要約し両国の類似点、相違点を述べ、それらの結論を基に、中国における将来の高齢者住宅の計画目標、指針の提案を行っている。 附章では、5章で示した計画指針を満たす標準設計についてのモデルプランをまとめ、同居型、隣居型、中間型の3つの多世代同居の住まいの型を示している。中国における初めての高齢者モデル住宅の平面計画として注目される。 以上、要するに本論文は、世界のトップレベルの高齢社会を迎えるという重要課題を共に抱えている中国と日本とがそれぞれ国情・文化を異にするなかで、高齢者住宅計画をどのように進めていけばよいか、それを具体化するための基礎的研究として位置付けられる。両国における高齢者の住まい方の実態調査結果と分析は、高齢者住宅計画の指針を定める貴重な情報を提供するものであり、特に中国ではこれまで極めて研究の遅れていた部分に光を当てたものとして評価できる。 この成果は日中両国の高齢者住宅計画の質の向上に寄与するところが大きく、更には一般の住宅計画あるいは建築計画研究にも貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |