学位論文要旨



No 212637
著者(漢字) 宇治川,正人
著者(英字)
著者(カナ) ウジガワ,マサト
標題(和) 集客施設の選択行動と計画案評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 212637
報告番号 乙12637
学位授与日 1996.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12637号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大西,隆
内容要旨

 本研究は、利用者の選択性の高い集客施設を対象に、施設を選択する利用者行動の心理的なメカニズムを把握し、その知見をもとに、望ましい施設の計画案を評価する方法を開発することを目的とするものである。

 第1章では、文明や文化の進展に件って、文化施設や余暇施設に対する建設需要が増加し、利用者が自由裁量的に選択できるそれらの施設の計画や設計においては、利用者の心理的な要求を把握し、建築設計に反映させる方法を構築することが重要であることを指摘した。

 第2章では、関連する学術分野と既往研究の概況を整理し、研究の課題と方法論を検討した。本研究の基本的な学術分野は、建築の環境工学や建築計画学において扱われてきた心理学的研究の分野である。この研究領域では、先天的感覚である知覚心理を主として、物理的環境と人間の評価構造に関する研究が展開されている。しかし、施設の選択行動に関連の深い後天的に形成される価値観や判断基準を扱うには、社会文化的要因や経済的要因を考慮することも必要である。

 価値観や判断基準に関しては、行動科学の領域で、動機やその背景、心理的満足の尺度である効用の概念などが扱われてきた。

 また、システム工学では、計画案の評価や意思決定の理論、分析のためのモデル構築の基礎概念が検討され、ある問題を研究するに際して、対象とする現象に関連する要素をモデルとして組み立て、その数量的な関連をもとに最適解を得るという方法がとられている。

 本研究では、基本的にこのシステム工学のアプローチを採用し、第1段階として、施設を選択する利用者行動の心理的なメカニズムをモデル化し、第2段階では、計画案の評価尺度として定義した利用意向率(利用したいと思う人の百分率)の予測式を作成することを研究の課題とした。調査分析に先立ち、扱う要因の範囲や概念を整理するために、施設選択行動の分析枠組みを作成した。

 第3章は、研究の第1段階で、利用行動に影響を与える評価要因を把握し、その構造化を行い、選択行動の構造モデル(現象に関連する要因とその関係を表わしたモデル)を作成することを目的としたものである。

 はじめに、一般的な集客施設を対象に福島県いわき市で実施した被験者調査によって、施設の認知、利用経験、利用意思など利用者の評価の概括的な傾向を調べ、個人の認知的な構造を調査する手法であるレパートリー・グリッド発展手法を用いた面接調査により利用行動の心理的要因を抽出し、それらの要因の階層的構造を把握した。その後で、主要な心理的要因に対し、構造化モデル法(ISM法)を適用して要因間の関係を整理し、選択行動の構造モデルを作成した。

 続いて、選択性が高く、広範な施設の構成要素を含むスキーリゾート施設を対象に、東京で被験者調査を実施し、レパートリー・グリッド発展手法とISM法を用いて、施設の選択行動の要因抽出と選択行動の構造モデル化を行った。

 また、社会文化的要因と選択行動との関連を調べるため、フランスと仙台の2地域を対象にスキーリゾート施設利用者のスキー場の選択行動と宿泊施設の選好行動を比較した。評価構造の共通点や相違点、その背景と評価構造および建築施設の選好行動との関連について考察した。

 ISM法で作成した構造モデルは、要因間の影響関係を示すモデルであるが、施設の計画や設計に検討する要因と他の要因とが区別されておらず、要因の重要度も表現されていない。そこで、設計や計画の際の操作可能性という観点から、要因を客観的特性、行動や状態の記述と評価、心理的主観的特性の3段階の階層に分け、面接調査における出現頻度を項目の重要度の指標として構造モデルの要因の大きさ(直径)で表現する方法を考案した。

 施設選択行動の分析枠組みを用いて、面接調査や構造モデルの結果から、施設・利用者・社会文化に属する利用者の施設選択行動に関わる共通な要因について考察した。

 第4章は、研究の第2段階に相当し、計画案の利用意向率の予測式を作成することを目的とした研究である。予測式の説明変数が定量的変数である場合は、段階的重回帰分析を用い、説明変数が定性的変数である場合は、コンジョイント分析で部分効用関数を測定する方法を実施した。

 はじめに、定量的な変数から利用意向率の予測式を作成する方法として、ホテルのインテリア計画について、段階的重回帰分析を適用した。

 まず、ホテルの利用目的として設定した4つの利用目的に対する利用意向率と、SD法による意味尺度の評価データを、ホテル空間のスライド写真に対する評価実験によって採取した。その評価データを用いて、段階的重回帰分析により2つの意味尺度から利用意向率を予測式を作成した結果、精度の高い予測式が得られ、意味尺度の値から利用意向率を予測することが可能であることが確かめられた。

 その予測式をグラフ化し、2つの説明変数の意味尺度、利用意向率の予測値、個々のスライド写真の評価値の関連を表わす「インテリア評価チャート」を考案し、ホテル客室のインテリアデザインの評価に適用した例を示した。

 部分効用関数を測定する方法として、スキーリゾート施設を対象に、東京、仙台、フランスの3地域で、コンジョイント分析によって仮想案の選好実験を行った。その部分効用関数から求めた仮想案の効用値と、利用意向率の実測値との相関は高く、部分効用関数から利用意向率を高い精度で予測することが確かめられた。

 また、この部分効用関数を用いて、北海道に開発するスキー場の計画案の優劣の判定や、仙台郊外のスキー場の改修計画の検討への適用例を示した。

 さらに、仮想案の選好順位から算出した被験者間の相関係数にクラスター分析を適用して、被験者を類似の傾向を持ついくつかのサブグループに類型化し、各サブグループの選好傾向の特徴や個人属性との関連を明らかにした。

 以上のように、利用者の選択行動をモデル化することにより心理的要因や物理的特性との関連を整理し、利用意向率を計画案評価の尺度として施設の部分構成要素や施設特性から利用意向率を予測するアプローチによって、計画案を評価することが可能であることが確かめられた。このアプローチは、施設の種類や性格に影響を受けないので、選択性の高い施設一般に対し適用できる可能性がある。

審査要旨

 本論文は、利用者の選択性の高い集客施設を対象として、利用者の選択行動をモデル化することにより心理的要因や物理的特性との関連を整理し、望ましい施設の計画案を評価する方法として施設の部分構成要素や施設特性から利用意向率を予測する手法を提案したものである。

 まず、利用者が自由に選択できる施設の計画においては、利用者の心理的な要求を把握し、建築設計に反映させる方法を構築することが重要であるとの認識のもとで、関連する学術分野と既往研究の概況を整理し、研究の課題と方法論を検討している。そして、本研究では、システム工学のアプローチを採用し、第1段階として、施設を選択する利用者行動の心理的なメカニズムをモデル化し、第2段階では、計画案の評価尺度として定義した利用意向率の予測式を作成することを研究の課題とし、調査分析に先立ち、扱う要因の範囲や概念を整理するために、施設選択行動の分析枠組みを作成している。

 研究の第1段階は、利用行動に影響を与える評価要因を把握し、その構造化を行い、選択行動の構造モデルを作成することを目的としたものであり、まず、一般的な集客施設を対象に福島県いわき市で実施した被験者調査によって、施設の認知、利用経験、利用意思など利用者の評価の概括的な傾向を調べ、個人の認知構造を構築するレパートリー・グリッド発展手法を用いた面接調査により利用行動の心理的要因を抽出し、それらの要因の階層的構造を把握している。その後で、主要な心理的要因に対し、構造化モデル法(ISM法)を適用して要因間の関係を整理し、選択行動の構造モデルを作成している。次に、選択性が高く広範な施設の構成要素を含むスキーリゾート施設を対象に東京で被験者調査を実施し、レパートリー・グリッド発展手法とISM法を用いて、施設の選択行動の要因抽出と選択行動の構造モデル化を行っている。また、社会文化的要因と選択行動との関連を調べるため、フランスと仙台の2地域を対象にスキーリゾート施設利用者のスキー場の選択行動と宿泊施設の選好行動を比較し、評価構造の共通点や相違点、その背景と評価構造および建築施設の選好行動との関連について考察している。そして、設計や計画の際の操作可能性という観点から、ISM法で作成した構造モデルを再構成し、要因を客観的特性、行動や状態の記述と評価、心理的主観的特性の3段階の階層に分け、出現頻度を項目の重要度の指標として構造モデルの要因の大きさで表現する方法を考案している。また、施設選択行動の分析枠組みを用いて、面接調査や構造モデルの結果から、施設・利用者・社会文化に関して利用者の施設選択行動に関わる共通な要因について考察している。

 計画案の利用意向率の予測式を作成することを目的とした研究の第2段階では、まず、ホテル空間のスライド写真に対する評価実験により得られた設定した4つのホテルの利用目的に対する利用意向率と、SD法による意味尺度の評価データから、段階的重回帰分析により利用意向率を予測式を作成している。その結果、2つの意味尺度の値から利用意向率を予測することが可能であることを確かめている。また、その予測式をグラフ化し、個々のスライド写真の評価値の関連を表わす「インテリア評価チャート」を考案し、ホテル客室のインテリアデザインの評価に適用した例を示している。

 次に、スキーリゾート施設を対象に、東京、仙台、フランスの3地域で、コンジョイント分析によって仮想案の選好実験を行い、その部分効用関数から求めた仮想案の効用値と利用意向率の実測値との高い相関関係より、利用意向率を高い精度で予測できることを確かめている。また、この部分効用関数を用いて、北海道に開発するスキー場の計画案の優劣の判定や、仙台郊外のスキー場の改修計画の検討への適用例を示している。さらに、仮想案の選好順位から算出した被験者間の相関係数にクラスター分析を適用して、被験者を類似の傾向を持ついくつかのサブグループに類型化し、各サブグループの選好傾向の特徴や個人属性との関連を明らかにしている。

 以上のように、利用者の選択行動をモデル化することにより心理的要因や物理的特性の関連が整理でき、利用意向率を計画案評価の尺度として施設の部分構成要素や施設特性から利用意向率を予測する手順によって、計画案を評価することが可能であることを導いている。この研究で提案された一連の手法は、ともすれば基礎的な部分に重きが置かれがちであった建築環境心理学における様々な手法を応用的な側面で体系化したものであり、学術的にはこの研究領域の新たな方向性を示したものとして評価される。技術的にも、選択性の高い施設一般に対しこの手法が適用できる可能性を示しており、さらに本研究で得られた様々な知見は実務的にも有用であると言える。すなわち、本論文は、学術的な信頼性、技術的な有用性という面から、建築学とくに建築環境心理学の学問領域に対して寄与するところは大きいと判断される。

 よって、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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