学位論文要旨



No 212638
著者(漢字) 大西,和則
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,カズノリ
標題(和) 放送用テレビカメラの画質改善の研究
標題(洋)
報告番号 212638
報告番号 乙12638
学位授与日 1996.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12638号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 筆者は、NHK放送技術研究所とNHK技術局において約20年にわたりテレビカメラの研究・開発に携わってきた。研究を始めた1973年頃、放送用撮像管カメラは、スタジオや昼間の屋外など条件の良いときには視聴者を満足させられる美しい絵が撮れるようになっており、次の段階として撮像条件が悪い状態でも破綻の無いカメラが研究・開発の目標となっていた。また、同時期にカメラの小型・軽量化が求められ、「小型ながら高画質なカメラ」が求められた。

 撮像管カメラの改良が進められると同時に固体撮像素子の開発も進められた。固体撮像素子は、初期には多くの問題があったが徐々に改良が進み、現在では、撮像管の時代から固体撮像素子へと大きく転換し、カメラの画質が一段と飛躍した。

 本論文は、上記のこのような背景の中でテレビカメラの画質改善のために行った研究・開発についてまとめたもので3編に分けて構成した。第I編は、撮像管カメラが主流の時期に行ったコメットテイル現象の防止のための研究をまとめた。第II編は撮像管用ヘッドアンプの改善について行った研究をまとめている。第III編は放送用カメラがCCD化を目指す段階で行った研究・開発をまとめている。

 カメラの画質は、第I、II編で扱う映像回路などハードウェアの改善によりなされるが、カメラをとりまく周囲の要因も画質改善の要因として捉えることができる。例えば、III編で扱うCCDの特性を精度良く評価する手法を確立することや、III編のレンズを交換してもレンズの性能を100%発揮できるように「互換性の規格を定める」ことも画質の改善である。また、III編で述べるように、画質に優れ、長期にわたり高画質が維持できる「CCDカメラへ移行を推進する」ために固体カメラを他に先駆けて開発することも画質の改善と捉えることができる。

 本論文では、このように広い意味で筆者が行ってきた放送用テレビカメラの画質改善の研究・開発をまとめたものである。

第1編放送用撮像管カメラの画質改善の要約コメットテイルの対策

 放送用カメラの研究を始めた1977年当時の撮像管式カメラの最大の問題は、動いているハイライト被写体の後に像が尾を引いてしまうコメットテイルと呼ぶ偽信号であった。

 第1章ではこのコメットテイル現象を防止するために開発された特殊な撮像管「ACT管」の特性を十分に発揮させる駆動方式の開発や、ACTニーシェーシングと呼ぶ特異な問題点を解決する方法などを明確にした。

 第2章では、ビーム制御回路によってコメットテイル現象を防止する方式についての研究成果について述べる。「ABO」と呼ぶ新しい撮像管のビーム電流制御回路を開発し、その制御特性、過渡応答などの動作を詳しく解析した。ABO回路では、入射光量16倍以上の光が入っても、コメットテイルを発生しないように設定することができた。

 後半では、ビーム制御回路を実用化する段階で問題であった発振現象の解析についてその原因や対策を行った研究について述べている。

 また、小型カラーカメラへの実装を容易にするために、ABO回路用の3種のモノリシックICを開発し、NHKの多くのカメラへ採用されABO回路の実用化に大きな役割を果たした。

第II編放送用撮像管カメラのヘッドアンプの改善SN比の改善

 撮像管カメラにおいて、撮像管の出力を増幅するヘッドアンプのノイズを低減させることができれば、カメラの画質・感度を改善することができ、両質改善に大きなウェイトを持っている。

 第1章では、初段増幅用FETの選択手法の確立やヘッドアンプ前段部の不要なストレー容量の削減を行うためにコイルアセンブリにヘッドアンプ初段部を収容する研究について述べている。

 第2章では、高SNのヘッドアンプ回路をIC化する研究で、回路の工夫やCADプログラムの利用で、低消費電力・小型化を図った研究や回路ICとFETチップを同じパッケージに入れる研究について述べている。

 第3章は、ABO回路用やACT用の高SN比で高ダイナミックレンジのヘッドアンプの開発について述べている。大振輻の信号をアンプ内で適切に処理をしないと、ストリーキングなど画質の劣化の原因となる。

第III編固体撮像カメラの画質改善の要約固体撮像素子の解像度特性の評価

 カメラの最近の最も大きな変革の一つは、撮像素子が撮像管から固体撮像素子に代わったことである。

 固体素子開発初期、固体撮像素子の特性評価の研究を行った。評価には、撮像管と異なる固体素子特有の(1)解像度特性(2)固定パターンノイズ(3)スミア特性などを評価しなければならない。筆者は、特に解像度特性の評価に着目して研究を行い、解像度特性の新しい評価法を開発した。

 第1章では、固体撮像素子の受光素子の感度分布形状を測定するために開発した新たな測定手法の開発について述べている。細いスリット状のパターンをCCD受光面に投影してCCD出力を信号処理することによって簡単にオシロスコープ上に表示し、そのデータを基に解像度特性を求め素子評価を行う手法について述べている。この手法によれば、固体撮像素子の水平、垂直の感度分布形状がオシロスコープ上に表示でき、さらに計算値として解像度特性も出すことができる。

全ディジタルCCD電子スチルカメラの画質改善

 1982年当時、CCDとディジタル信号処理を組み合せるときの優れた特性に着目して、全ディジタル方式のCCD電子スチルカメラの試作を行った。

 第2章では、ディジタル式電子スチルカメラの基礎実験について述べている。ディジタル信号用の不揮発のメモリとして、当初は「磁気バブルメモリー」を、後には、CMOSスタティックRAMを使用し、固体撮像・ディジタル式の電子スチルカメラを試作し、画質改善手法の研究を行った。

 電子スチルカメラの画質改善手法として、CCD素子を特殊駆動することやディジタル信号処理によって画質改善を図ることなどを検証し、固体撮像・ディジタル式電子スチルカメラの特長を明確にした。

ディジタル式3板CCDカメラの画質改善

 第3章では、1984年に発表した全ディジタル式3板CCDカメラの画質改善について述べている。このカメラは、25万画素のインターライン型CCDの3板式カメラで、回路をディジタル信号処理した世界初の3板式全ディジタルカメラである。回路のLSI化によってディジタル回路ながら小型・軽量で当時の撮像管カメラと同等以下の大きさで作られた。

 CCD・ディジタルカメラの回路構成の工夫や得られたカメラの特性、特性測定結果を示し、当時のカメラの問題点や特長を明らかにした。CCD化による画質改善について明確にし、テレビカメラにおけるディジタル信号処理のメリット、デメリット、画質改善手法を明確にした。

 実用的な形で構成されたこのカメラによって固体カメラの特性、画質についての認識が深まり、固体撮像素子カメラの特長やメリットが明確となり具体的なイメージとして認識されるようになった。その後のNHKにおける固体カメラ導入の大きなきっかけとなったカメラである。

光学系の規格化

 本格的なCCDカメラの導入の前に、CCDカメラの画質維持とレンズの互換性の確保についての問題の解決が迫られた。CCDカメラでは、3色分解プリズムにCCD素子を固着してしまうために、撮像管カメラには付属している撮像素子を前後および回転方向に移動させる機構が無くなり、撮像素子の取り付け面の位置などを規格化しておかないとレンズは充分な解像度特性を発揮できないし、互換性が保てなくなる。

 第4章では、「2/3インチ固体カメラ用光学系の規格化」について述べている。固体撮像素子を使用したカメラの本格的な実用時期を前にして固体カメラでもっとも数多く使用されるであろう2/3インチ光学系の規格化を、カメラメーカー、光学メーカーに働きかけた。1989年、各社と協議して規格を最終決定し、外国にも同意を求めるべくSMPTEに発表した。現在、この規格は、実質的に全世界の放送用カメラの規格として採用されており、放送用カメラのレンズの互換性確保、レンズ交換時における画質確保に大きな役割を果たしている。

CCDカメラ構成法の開発

 固体撮像素子の本格実用期に、ハイビジョンや超高感度などの特殊カメラを除き、すべてのカメラをCCD化するために全カメラの再設計・製作が行われた。このとき、筆者は、多くのカメラの設計にタッチすることができた。第5章には、このときの開発の成果を「CCDカメラの構成法」としてまとめた。

 NHKが最初の制作用CCDカメラとして開発した「固体マルチユースカメラ HM-87」について述べ、そのコンセプトを普遍させて開発した高感度カメラなどについて述べている。さらに、CCDカメラの特長を生かすべく再設計した水中カメラ、CCD化により初めて実現できた小型リモコンカメラの開発などについても述べている。

 カメラのシステム設計の重要性の増加、様々な新たなカメラ構成法の開発などの具体例を含め、カメラシステム設計について述べている。

審査要旨

 本論文は、「放送用テレビカメラの画質改善の研究」と題し、テレビカメラの画質改善のために行った研究・開発についてまとめたものであり、3編よりなる。本論文では、カメラの画質をハードウェアの改善のほか、撮像素子の特性を精度良く評価する手法を確立すること、レンズを交換してもレンズの性能を100%発揮できるように「互換性の規格を定める」こと、CCDカメラへ移行を推進することなども広い意味で画質改善と捉えている。

 第I編は、「放送用撮像管カメラのコメットテイルの改善」と題し、撮像管カメラで、ハイライトの後部に発生する「コメットテイル現象」の防止のための研究で、特殊な電子銃を有する「ACT管」撮像管の特性を十分に発揮させる駆動方式の開発や、ACTニーシェーシングと呼ぶ特異な問題点を解決する方法などを明確にした。さらに、ビーム制御回路によってコメットテイル現象を防止する「ABO」と呼ぶ新しい撮像管のビーム電流制御回路を研究・開発し、その制御特性、過渡応答などの動作を詳しく解析している。このほか、ビーム制御回路で問題であった発振現象の解析についてその原因や対策を行った研究について述べている。

 第II編は、「放送用撮像管カメラのヘアドアンプの改善」と題し、放送用撮像管カメラのヘッドアンプ回路の改善に関する研究をまとめている。撮像管の出力を増幅するヘッドアンプのノイズを低減させることができれば、カメラの画質・感度を改善することができる。初段増幅用FETの選択手法の確立やヘッドアンプ前段部の不要な浮遊容量の削減を行うためにコイルアセンブリにヘッドアンプ初段部を収容する研究について述べている。また、ヘッドアンプ回路をモノリシックIC化する研究や高SN比で高ダイナミックレンジのヘッドアンプの開発について述べている。

 第III編は、「CCD化の推進と画質改善」と題し、放送用カメラの撮像素子が撮像管から固体撮像素子に代わる移行期に行われた研究・開発について述べたものである。

 第1章では、固体撮像素子の受光素子の感度分布形状を測定するために開発した新たな測定手法の開発について述べている。細いスリット状のパターンをCCD受光面に投影してCCD出力を信号処理することによって簡単にオシロスコープ上に表示し、そのデータを基に解像度特性を求め素子評価を行う手法について述べている。

 第2、3章では、ディジタル式電子スチルカメラと全ディジタル式3板CCDカメラの基礎実験について述べている。CCDを使用し、回路部分をディジタル化したカメラを試作し、問題点や特長を明らかにした。CCD化、ディジタル信号処理のメリット、デメリット、画質改善手法について述べている。

 第4章では、2/3インチ固体カメラ用光学系の規格化について述べている。CCDカメラでは、3色分解プリズムにCCD素子を固着するため、撮像素子の取り付け面の位置などを規格化しないとレンズは充分な解像特性を発揮できず、また、互換性が保てなくなる。2/3インチ光学系の規格化を、カメラメーカー、光学メーカーに働きかけ、各社と協議して規格を最終決定した。この規格は、実質的に全世界の放送用カメラの規格として採用されており、放送用カメラのレンズの互換性確保、レンズ交換時における画質確保に大きな役割を果たしている。

 第5章には、CCDカメラの構成法について述べている。CCDの本格実用期に、多くの用途のカメラの再設計・製作が行われた。このときに開発した「固体マルチユースカメラ HM-87」や、そのコンセプトを普遍させて開発した高感度カメラなどについて述べている。さらに、CCDカメラの特長を生かすべく再設計した水中カメラ、CCD化により初めて実現できた小型リモコンカメラの開発などについても述べている。

 以上これを要するに、撮像管カメラで生じるコメットテイルと呼ばれる画質劣化を撮像管のビーム電流を制御することにより改善できることを明らかにし、撮像管カメラのヘッドアンプの雑音を低減するための初段増幅用FETの選択手法、不要な浮遊容量の削減法を明らかにし、また、CCDカメラの初期の研究・開発から、ディジタル式電子スチールカメラ、ディジタル式3板CCDカメラ、固体カメラ用光学系の規格化によるレンズの互換性確保、高感度カメラ、水中カメラ、リモコンカメラ等の研究・開発を行ったものであり、これらの多くの成果は、放送用カメラに実装され、画質の改善に寄与するとともに、電子情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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