学位論文要旨



No 212641
著者(漢字) 渋谷,眞人
著者(英字)
著者(カナ) シブヤ,マサト
標題(和) 投影光学系リソグラフィーの高解像力化の研究
標題(洋)
報告番号 212641
報告番号 乙12641
学位授与日 1996.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12641号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 渡部,俊太郎
 東京大学 助教授 三尾,典克
 東京大学 助教授 志村,努
内容要旨

 ICの高集積化は素子の微細化によっておこなわれるが,光リソグラフィー技術に負うところが大きく,特に,投影光学系リソグラフィーによる超微細化加工技術は非常に重要な役割をしている。本論文は超微細加工技術を発展させることを目的としている。高解像化のため,投影レンズには高開口数と無収差回折限界の結像性能が,高集積化のため広画面が要求され,従来の光学系とは比較できない程高性能なレンズということができる。本論文では,従来とは異なる高性能なレンズを設計,評価,製作するための方法を検討し,投影レンズの高解像化を実現可能なものとする。また,投影レンズの高開口数化と露光光の短波長化だけでは高解像化の限界があり,さらに焦点深度が減少するため実プロセス上問題となってくる。そこで超解像技術と呼ばれる新奇な高解像を得る方法を示し,光リソグラフィーの極限を追求する。さらに,投影光学系リソグラフィーでは,ウェファーの曲がり,レジスト厚,デバイス段差,フォーカス誤差などのために,実プロセス上深い焦点深度が要求される。そこで投影光学系において焦点深度を含んだ解像力を解析的に評価する方法を導出して,投影光学系リソグラフィーのシステム設計を見通しよく行えるようにし,また最適な光学系パラメーター(開口数,波長,照明条件など)を解析的に決定できるようにした。

 通常の結像光学系は面から面に結像するように考えられているにもかかわらず,従来の結像理論は点像を基本としていた。このため結像を本質的に理解できず,回折積分の積分変数である瞳座標の定義が曖昧となり,結像性能評価の計算方法(特に,開口数の大きな場合と軸外物点の場合)に問題があった。平面波間の干渉により像が形成されるという概念を基本とすることにより,面の結像を直接扱うことができ,従来に比べて物理的に正しい,本質的な結像の理解を得られるようになった。特に,投影光学系を含む殆どすべての光学系で満足されているアイソプラナチック(点像分布関数がその拡がり程度の範囲で移動しても不変)な結像の物理的意味も容易に理解でき,数学的な定式化がなされた。

 図1には物体を照明する0次光(実線)と回折光(点線),およびそれらが光学系を透過して像面に入射する様子を示してある。ここで,d,d’は物体および像のピッチ,n,n’は物空間と像空間の屈折率,,’は0次回折光の傾き,,’は回折光の傾きである。像がアイソプラナチックであるためには,隣の開口部における0次光と回折光の位相差が生じなければよい。よって

 

 となり,結像倍率をとおけば,

 

 とアイソプラナチック条件が表わされる。平面波による結像の基本概念およびこのアイソプラナチック条件の定式化に基づき,光学系のスカラー回折理論を再構築し,無収差高開口数高画角である光リソグラフィー光学系に十分適用できるものとした。

 再構築した回折理論に基づき,投影光学系の設計に有用なOTF計算および球面収差のある場合の正弦条件(軸上像点近傍でアイソプラナチックな条件)を正しいものとし,数値計算で正当性を確認した。球面収差のある場合の正弦条件は次式で表わせる。

 

 ここで,Sは球面縦収差,g’は射出瞳から像画までの距離,は結像倍率,uとu’は物空間と像空間での軸上物点からの光線の傾きである。ここで導いた条件をS1,従来の正弦条件をS2,S3,実際の球面収差をSとして光軸近傍でコマ収差のない光学系について比較したものを図2に示す。SとS1が一致しており本論文で導いた条件が正しいことがわかる。

図表図.1 アイソプラナチック条件の導出 / 図.2 正弦条件の比較

 光学系の設計では自動設計(修正)プログラムが用いられ,従来一般にDLS(Damped Leased Square)法が採用されていた。DLS法は多くの収差を万遍なく考慮してくれる点,そのため収差が発散しない点で有効であった。しかしながら,本来独立な収差はレンズの自由度(面,間隔,屈折率など)より少ない。コンピューターの能力が向上し,会話型で使用するようになると,DLS法の優位性はなくなり,むしろ自由度を無視しているための収束の悪さが顕在化した。そこで,投影光学系のような無収差レンズの設計に有効で会話型に適した,新規なアルゴリズムの自動設計プログラムを製作し,設計に用いた。

 さらに,レンズ製造において面精度は干渉計によって行なわれるが,従来の干渉計測ではデフォーカスによって発生する球面収差を開口数NAの自乗で近似していたため,計測時の被検物のデフォーカス調整誤差による測定ばらつきがあった。高次補正を行なうことにより,このばらつきを小さくし,より高精度な測定を実現し,高精度投影光学系の製作を可能とした。

 これらの,正しい光学系評価法,新設計プログラム,面精度測定法を用いることにより,i線(=365nm)で開口数も0.35という高いものを設計し開発した(露光領域10mm□)。これにより,一般ユーザーレベルにおいても0.8m線幅の解像力を得ることができるようになった。

 さらなる解像力向上のため,より波長の短い光源を用いることが考えられる。短波長な照明光源としてはエキシマレーザーが考えられるが,時間的コヒーレンスとともに空間的コヒーレンスが高い。光リソグラフィーでは空間的にインコヒーレントな面光源が要求される。それを発生するための光学系を提案した。そのなかで,走査光学系とフライアイレンズとを組み合わせた光学系は,エキシマステッパー照明光学系の基本構成として実用化されている。

 露光波長を短くし,開口数を大きくするだけでは,理論上も設計製造上も解像力の向上に限界がある。そこで高解像なパターンを形成するための,いわゆる超解像技術を検討した。

 従来の光学系の理論では,コヒーレント照明では遮断周波数がNA/であり,そこまでは伝達率1であるが,それ以上の周波数は光学系を透過しない。また,インコヒーレント照明では遮断周波数が2NA/となるが,遮断周波数に近くなると十分なコントラストは得られないとされてきた。ここで,コヒーレントな場合には振幅で考えているにもかかわらず,従来この結論を強度の議論にまで拡大して考えていた。そこで,光学系の結像の議論を,平面波間の干渉による結像の概念に基づき見直したところ,最も細かいパターンは瞳の両端からの光による干渉で作られる,解像限界2NA/の像においても高いコントラストを得ることができることがわかった。このような回折波を生じさせるための具体的方法として,図3に示すように,周期パターンにおいて開口部の一つおきに位相を反転させ,(部分的)コヒーレントに照明する方法を考えた。これが位相シフト法の基本であり,従来,光リソグラフィーで達成できるであろうとされた解像をはるかにこえた微細なパターンが作られるようになった。このように平面波間の干渉による結像概念に基づいて議論したことにより,結像を本質的に理解できるだけでなく,ある意味では直観的に理解できることとなり,超解像技術を発明することができた。

 位相シフト法はつぎのようにも考えられる。図4に示すように,従来の方法では,物体(マスク)上の隣り合う開口部からの光の干渉によってどうしても細かいパターンを高コントラストで結像することができなかったが,隣り合う開口部からの光の間に位相差を生じさせることにより,高解像とすることができる。

図表図.3 位相シフト法(その1) / 図.4 位相シフト法(その2)

 光源の形状を工夫し,輪帯状(輪帯照明法)とすることにより,実際に微細パターンにおいて高コントラストな像を得ることができた。

 さらに将来の超解像技術として,露光強度にたいして反応量が非線形な感度特性をもつレジストを用いて多重露光する方法を考案した。非線形な感度特性のレジストでは露光強度が強調されて反応するため,たとえば周期パターンを半周期だけずらして2回露光すると,2回露光後には1回の露光で作られるパターンの2倍細かいパターンが作られる。各露光において位相シフト法を用いれば,2回露光後のパターンは光学系の解像限界2NA/を越えて4NA/までのパターンを形成することができる。この方法はレジスト,現像プロセスなどの開発が要求されるが,将来の超微細化の技術として有望と考える。

 光リソグラフィーでは深い焦点深度が要求されるが,従来の光学性能評価では,解像力と焦点深度の議論とが独立に行なわれていた。しかし,解像力と深度は互いに密接に関連している。周期パターンの現像プロセス後の解像特性は,空間像のコントラストで評価できることが実験的に得られている。微細な周期パターンでは0次光と±1次光だけを考えれば十分であり,2光束干渉の干渉縞のコントラストを表わす公式を適用して,解像力,深度,コントラスト,波長,光源形状の解析的な関係を各種リソグラフィーの方式について導いた。これにより,投影光学系リソグラフィーのシステム設計が見通しよくおこなえるようになり,また最適な開口数や最適なコヒーレンスファクターを解析的に求めることも可能となった。図5には位相シフト法の場合につき開口数(NA)と解像線幅(R)の関係が示してある。解析的な関係が実線で,従来の厳密な回折積分による結果が○および●で示してある。解析的評価法で十分良く評価できることがわかる。

図.5 位相シフト法のNA-R特性

 以上のように,従来技術の改良により,また新技術の開発により,光リソグラフィーの微細化を可能とし,またそれらの技術の性能を見通しよく評価できるようにした。特に位相シフト法はパターンの方向やサイズの異なるものを1回の露光で高解像に焼き付けることが出来,たいへん有効である。ArFエキシマレーザー(193nm)を用いれば,0.1m線幅も十分に解像できる。本研究は光リソグラフィーの高解像力化に大いに貢献してきたし,今後の発展にも寄与すると考える。

審査要旨

 半導体電子産業は今や日本経済を支える基盤分野であり、半導体技術で世界をリードしていくことはわが国の将来にとって最重要課題の一つである。現在量産品はみな光リソグラフィー法を用いて生産されており、この方法で、どこまで高解像力化、大面積化が可能となるかは、半導体産業の動向を決める重要なファクターとなっている。さて、本論文は、この投影型光リソグラフィーの高解像力化に関するこれまでの研究成果をまとめたものである。

 光リソグラフィーの解像力を高めるためには、収差の補正された高性能なレンズを設計製作することがまず第1であるが、それだけでは不十分で、光源からフォトレジストの特性までトータルなシステムとして考えなくてはならない。本論文ではこの観点から、(1)高開口数レンズの結像特性の解析、とくにOTF計算法や正弦条件の再吟味、(2)光源の短波長に伴う諸問題の解決、とくにレーザーを光源としたときの照明法の開発、(3)従来法の限界を越える新しい高解像技術、具体的には、位相シフト法、輪帯照明法、非線形レジスト多重露光法の開発が行なわれた。さらにこれらの成果を踏まえ、(4)光リソグラフィー法の統一的な評価法を考案し、各種の超解像技術を簡単に比較する方法が述べられている。

 本論文は7章から成る。

 第1章は序であり、本研究のバックグラウンドである光リソグラフィー技術について簡潔に紹介したのち、本研究の目的と構成が述べられる。

 第2章「光学系の結像の概念」では、著者の結像光学系に対する独自の解釈が述べられる。現在一般に使われている結像理論は、点状物体に対する像、いわゆる点像の形成を基本として成り立っている。ところが結像の本質は、面を面に写像することにある。もちろん画も点の集まりであるから、点像の考え方に本質的に誤りがあるわけではない。ところが、各点ごとに都合の良い扱い方をしてしまい、結果として誤った結論に達している場合が少なからずある。この誤りは開口数が小さい光学系では問題にならないが、光リソグラフィー用レンズのように関口数の大きな光学系では無視できなくなる。本論文では点物体の代りに、回折格子状の物体があるとし、次数の異なる回折波が結像系を通過後、像空間で干渉して像が形成されると考える。こうすれば、面の結像という概念が自然に導入され、上記の誤りを免れることができる。実はこの考え方は一世紀以上も前にアッベによって提唱されたものであるが、その後広く使われることはなかった。またこれはフーリエ結像論の考え方そのものといってもよいのであるが、「OTFは点像のフーリエ変換」という定理が珍重されるあまり、現行のフーリエ結像論は点像理論にその基礎をおいてしまっている。

 この理論の一つの成功例が正弦条件の解釈である。物体面上のどの点も同じ特性で結像されることをアイソプラナティズムという。収差論では、コマ収差のないことに、またフーリエ結像論では、像が物体と点像のコンボリューションで書けることに相当する。これを保証するのが正弦条件であり、従来いろいろな証明法や解釈が述べられてきたが、本理論による解釈は自然で直感的に分かり易いことは、従来の理論を抽んでている。

 第3章「高NA光学系の開発」では、前章の理論の応用として、OTF計算法や、球面収差がある場合の正弦条件について、従来理論の不明瞭な点や誤りを指摘し、正しい計算法を導いている。特に球面収差がある場合の正弦条件については、従来、ステイブル・リホツキーの条件が知られていたが、これは像面が球面となる特別な場合にしか成り立たず、像面が平面の場合は本論文で求められた条件の方が正しいことが示された。実はこの条件は、1959年にマルクスにより導かれていたが、後にこれを批判する論文が現れ、学界から忘れ去られていた。著者はマルクスとは独立にこの条件に至ったものであるが、マルクスの業績を再発見したと言える。また、ホプキンスはこれとは異なる別の正弦条件を導いたが、これは誤りであることが本論文によって示された。

 本章では更に、自動設計法に対する一提案と、レンズ面の干渉計測法に関する補正法が述べられている。

 第4章は「短波長光学系の開発」と題し、水銀のi線(波長365nm)を用いた光リソグラフィー装置のレンズを始めて設計したことと、エキシマーレーザーを光源としたときの、照明法の開発が述べられている。解像力を高めるには開口数を大きくする必要があるが、焦点深度が開口数の2乗に反比例して浅くなるため、それにも限度がある。光源の波長を短くしても解像力は改善され、しかも焦点深度は波長の1乗に比例するので、開口数を上げる場合より焦点深度に対する条件は緩やかになる。このため光源の短波長化は解像力向上の有効な方法である。事実最近では紫外エキシマーレーザー(波長248nm)を光源とした光リソグラフィー装置が実用化され、さらに短波長の光源も検討されている。さて、光源は一様で、空間的にインコヒーレントであることが要求されるが、レーザー光はコヒーレンスが高いので、コヒーレンスを落とすための工夫が必要になる。本章では、その方法が論じられている。

 第5章は「新高解像度技術」と題して、位相シフト法、輪帯照明法、非線形レジスト多重露光法について論じている。位相シフト法は、遮光部と透過部が交互に並んだ格子物体の結像において、透過部の位相を180度ずつ交互に変えると、従来の結像限界の約2倍の細かさ持った物体が高コントラストで結像できる画期的な方法である。この方法は、著者とIBMのレベンソンが独立に発明したもので、超解像法として広く注目されている。本方法では、解像度だけではなく、焦点深度も改善される。この方法では、物体に手を加える必要がある。

 輪帯照明法は、照明光を斜めに当てることにより、位相シフト法と似た効果を実現する方法である。これは照明光を工夫する方法であり、物体に手を加える必要はない。解像力が改善される度合いは、位相シフト法より劣る。

 非線形レジスト多重露光法は、提案だけでまだ実験はないが、2光子吸収レジストを用い、位相シフト法と併用してさらに解像力を2倍改善する方法である。

 第6章「投影光学系リソグラフィー技術の評価」では、第2章の結像理論を基に、各種光リソグラフィー装置の解像性能を統一して評価する方法が論じられる。結果は、横軸に開口数、縦軸に解像線幅をとったグラフの上に、2本の等コントラスト線として表現される。ここで、1本はベストフォーカス面における解像度を、もう1本はあらかじめ与えられたデフォーカス面における解像度を、それぞれ異なる近似法で評価したものである。従来法や第5章に述べた超解像法について、厳密に数値計算した結果と本章の近似法がよく合うことが確かめられた。ただし、輪帯照明法については誤差が大きく、それを補正する第2近似法も論じられている。この結果から、解像線幅とデフォーカス、波長の間に、1つの係数のみが含まれる簡単な関係式の成り立つことが見いだされた。この係数を相互に比較することにより、各光リソグラフィー装置の性能を容易に比較することが可能となった。

 第7章は本論文全体のまとめである。

 以上を要するに、本論文は、投影型光リングラフィー装置の高解像力化について著者のこれまでの研究をまとめたものであり、格子状物体の結像に基礎を置いた独自の結像理論を武器に、高開口数レンズの評価、球面収差がある場合の正弦条件の再吟味、光源にレーザーを用いたときの照明法の開発、各種超解像技術の開発、そして、これら光リソグラフィーの統一的な評価法の開発を論じたものである。これらの研究成果は、実際の装置に応用されると同時に、従来の結像理論にあった誤りや誤解を正すきっかけとなり、光学理論に対する貢献も大きい。なかでも位相シフト法の発明は、従来の結像限界を越える新しい方法の出現を意味し、半導体電子産業に対し寄与するところ大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50973