学位論文要旨



No 212642
著者(漢字) 堀内,敏行
著者(英字)
著者(カナ) ホリウチ,トシユキ
標題(和) 光およびX線リソグラフィにおける高解像化の研究
標題(洋)
報告番号 212642
報告番号 乙12642
学位授与日 1996.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12642号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 多田,邦雄
内容要旨

 半導体素子や集積回路は微細化を図ることにより、動作速度の向上、高密度化、消費電力の低減等が図れる。またその結果として、応用機器の高性能化、小型軽量化、低価格化等が達成できる。そのため、より微細な素子や回路を製作するための技術開発が非常に重要になって来ている。

 半導体素子や集積回路は膜堆積、リソグラフィ、エッチング、イオン注入等多くのプロセスを繰り返し、半導体基板上に層状の構成で形成される。したがって、微細化を行うには各プロセスおよび素子や回路構成の各々を微細化に適したものとして行く必要がある。しかし、素子や回路各部の平面形状を最初に決定するリソグラフィプロセスが微細化に与える影響はとりわけ大きく、リソグラフィ技術の高解像化は微細化に直接対応すると言っても過言ではない。

 リソグラフィとは光(短波長可視光〜遠紫外光)、X線、電子ビーム等を、レジストと呼ばれる感光性樹脂上にパタンの形状に選択的に照射し、その後の現像によって露光部または未露光部のみを除去して所定の形状のレジストパタンを得る技術である。エッチングやイオン注入等は、このレジストパタンを元にして行われる。生産用には、パタン形状に透過部と遮光部とを有するレチクルやマスクと呼ぶ原図基板を使用し、レチクルやマスクの透過部に相当する部分だけを露光する転写技術が用いられている。

 本研究では現在の転写技術の中心である光リソグラフィ技術および将来性が期待されるX線リソグラフィ技術を取り上げ、高解像化に関して検討した。現用の光リソグラフィ技術は解像限界が間近に迫っており、何らかの対策が不可欠な段階に差し掛っている。

 光リソグラフィ技術に関しては、レンズ投影露光の高解像化に取り組んだ。レンズ投影露光はレチクル上の原図パタンを投影レンズを介して1/5〜1/10に縮小してレジスト上に転写する技術である。その解像度は露光波長に比例し、投影レンズの開口数に反比例する。このため、これ迄は短波長化と開口数の増大を中心に技術の改善がなされ、高解像化が達成されて来た。しかしながら、これらの対策は焦点深度の減少等の問題を生じ、次第に行き詰まって来た。本研究では像形成の仕組みを再考し、露光照明方法の工夫や投影レンズ開口瞳位置でのフィルタリングという新たな高解像化対策を検討した。

 解像度はレチクル上の微細パタンからの回折光が投影レンズの開口瞳を通ってウエハ上に結像し得るかどうかに係わる。レチクルパタンからの回折光はパタンの空間周波数に比例した角度で外側に広がり、微細パタン程大きい回折角となる。したがって、どの位の回折角の1次回折光迄を開口瞳の中に取り込めるかにより解像度が決まる。本研究では大きい回折角の1次回折光を取り込めるようにするため、従来の円形照明に代わる円環照明を考えた。

 円環照明はレチクルパタンを斜入射光で照明することに相当し、回折光も斜入射角の分だけ傾いた方向に出る。このため、外側に傾く回折光はレンズに入らなくなってしまう一方、内側に傾く回折光はレンズに入り易くなる。この結果、片側だけではあるが微細パタンから大きい回折角で出る回折光が結像に寄与できるようになり、高解像となる。また、パタン像が主として0次回折光と片側1次回折光の2光束で形成されることに起因して、0次回折光と±1次回折光の3光束で像形成される場合より焦点深度が深くなる。

 検討の結果、最高解像度は従来より5〜10%向上する程度であるが、1〜1.5mの焦点深度を確保できる実用的な解像度で比較すると10〜20%も改善されることが分かった。特徴としては、転写線幅が従来と若干異なり、微細パタンの遮光部が細くなり易い。また、端パタンが劣化し易い。これらの副作用は光源の円環幅と関連する。円環幅が大きければほとんど副作用無く、主として焦点深度の改善が可能である。一方、円環幅を狭くすると、高解像化が図れ、焦点深度の改善度合も高まるかわりに、照明均一性の改善やレチクルパタンの線幅補正、補助パタンの設置等を検討する必要が生ずる。

 次に、上記の円環照明に加え、投影レンズの開口瞳位置に光源形状と共役な振幅透過率調整フィルタを設置する高解像化手法を研究した。円環照明は0次回折光と主として片側の1次回折光のみで像を形成するため、0次回折光と1次回折光とのバランスが崩れ、像のコントラストが少ししか改善されない。そこで、投影レンズの開口瞳位置に光源の0次回折像部分の透過率のみを低くした瞳フィルタを入れ、0次回折光と1次回折光との比率を改善した。

 円環照明の平均径や瞳フィルタの透過率分布、レンズ開口数等を最適化すると計算上は周期パタンの実用的な解像限界空間周波数を最高で従来の約1.5倍迄高めることができる。しかし、厚さを有する瞳フィルタを単純に投影レンズ内に挿入すると、光路長が狂って投影レンズが解像性能を失うため、簡単には装置を実現できない。そこで、実験用として投影レンズの開口瞳位置に平行平板レンズ材を有する投影レンズを探し、そのレンズ材を同じ厚さの瞳フィルタ板に置き換えて効果を実証した。NA=0.52のi線投影露光装置における周期パタン解像度は、従来法の0.35mから0.28mへと約20%改善され、改善効果は計算値ともほぼ一致した。

 一方、本方法の瞳フィルタを用いると、中間空間周波数の回折光成分が投影レンズ開口瞳を最も透過し易いため強調されることが分かった。これに起因してパタン形成に幾つかの特徴を生ずる。長所としては、孤立パタンも高解像となる。光強度分布曲線は幅が広くなるもののピークも大きくなるためである。反面、各種周期パタンを同時に転写すると、中間空間周波数の周期パタンはオーバー露光となり易い。また、周期パタンの端部や大パタンの端部等で光強度分布曲線が歪み、パタンの変形や変位等を生じ易くなる。こうした副作用には、レチクルへの透過率分布の付与やパタン変調等が有効である。

 将来性が期待されるX線リソグラフィ技術に関しては、現状技術での解像性を把握して技術を実用に供する上での課題を明確にした。またその一方で、可能性としての最高解像度を検討し、極限転写性能を把握した。

 最初にX線リソグラフィの解像度とパタン形成特性を検討した。シンクロトロン放射光(SR光)X線を用いると、発散角がほとんど無視できるため、半影ぼけによる解像度劣化が起こらず、30m程度のマスク・ウエハ間隙の近接露光でも、ほぼ任意のパタンを0.2m以下迄十分解像する。近接間隙を狭めれば更なる高解像化も可能であり、任意パタンとなると0.25〜0.2mがぎりぎりの光リソグラフィと比較するとかなり余裕がある。パタン形成状況を見ると、レジスト中への吸収が光の場合より小さく、下地基板からの反射もほとんど無いため、レジストパタンの断面側壁が基板に垂直となり易い。このため、露光量変化に対するパタン寸法の変化が光リソグラフィと比較すると格段に小さい。

 次に、こうした高解像性や良好なプロセス余裕度等の検証を踏まえ、X線リソグラフィを半導体素子や集積回路の製作に実際に適用する場合の問題点について、素子や簡単な回路の試作を繰り返しながら検討した。その結果、試作した素子や回路は正常に動作し、X線マスクにもかなりのX線照射耐性があることが分かった。基本的にはリソグラフィ技術として半導体素子や集積回路の製作に応用し得るポテンシャルを持つと言える。現実の最大の課題は層間重ね合わせ精度の向上である。本研究で扱った試作では、X線マスクのパタン位置誤差や露光装置のマスク・ウエハ合わせ誤差等が重ね合わせ誤差の主要因であった。これらの誤差は次第に小さく抑えられるようになって来ているが、高解像性を十分に生かす見地に立つと数段の高精度化が必要である。ウエハの各種プロセスによる変形等、新たな誤差要因も検討し、残った重ね合わせ誤差を総合的に低減しなければならない。

 一方、解像性のみに着目するならば、X線マスクとウエハとの近接間隙を狭め、微細なX線マスクを用意すれば、0.1m以下あるいは数10nm以下の微細パタン迄転写できる可能性がある。そこで、解像性のみに着目する時の解像限界を検討し、実際にそれらの極微細パタン転写を試みた。

 まず、マスク・ウエハ間隙をソフトコンタクト状態迄狭めて露光できる機構を持つ真空中露光装置を開発した。また、基板上に堆積した膜の断面を切り出し、線状のパタンとして利用する断面研磨X線マスクや、X線位相を反転させるX線透過パタンの輪郭境界をパタンとして利用するシフタエッジ形X線位相シフトマスクを開発した。これらの特殊マスクを用い、狭マスク・ウエハ間隙での極微細パタン転写について検討した。

 転写の結果、12.5nm幅の孤立吸収体パタンを持つ断面研磨X線マスクと70nm厚さのレジストPMMAを用い、最小16nm幅のラインパタンを形成できた。また、X線位相シフトマスクを用いても、50nm幅のラインパタンを形成できた。

 これらの結果はX線リソグラフィの持つ高解像性に対するポテンシャルを端的に示しており、狭いマスク・ウエハ間隙の設定と微細なX線マスク次第で数10nmオーダー迄、パタン転写が可能なことを明らかにできた。

審査要旨

 本論文は「光およびX線リソグラフィにおける高解像化の研究」と題し、レンズ投影露光ならびにX線近接露光によるパタン転写の高解像化に関してまとめたものである。

 半導体集積回路は微細化により動作速度の向上、高密度化、消費電力の低減等多くの性能改善が図られる。そのため、より微細な素子や回路を製作するための技術、とくに素子や回路の平面形状を最初に決定するリソグラフィ技術が非常に重要である。ところで,現用のレンズ投影露光による光リソグラフィ技術は解像度が限界に達しつつある。レンズ投影露光の解像度は、露光波長に比例し、投影レンズの開口数に反比例するため、これ迄は短波長化と開口数の増大によって高解像化を図って来たが、焦点深度の減少やレンズ材料の透過率低下等の問題を生じ、次第に行き詰まって来た。したがって、新たな方策によりリソグラフィ技術の解像度を上げるための研究を押し進める必要がある。

 本論文では、高解像リングラフィ技術を探索することを目的として、レンズ投影露光の像形成の仕組みを再検討し、露光照明方法の工夫や投影レンズ開口瞳位置でのフィルタリングという新たな高解像化技術を提案している。また、次世代技術として期待されるX線近接露光技術について、特長や実用に供するための課題を明らかにし、特殊な極微細X線マスク等を開発して転写最高解像度に関しても検討を行っている。

 本論文は6章より構成されている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景と目的、および本論文の内容構成について述べている。

 第2章は「円環照明による投影露光の高解像化の研究」と題し、本論文で新たに提案した円環照明法による高解像化の効果と転写パタンの特徴が記述されている。ここでは、円環照明によってレチクルパタンを斜入射光で照明し、微細パタンから大きい回折角で出る回折光の片側のみを利用して高解像化を図るという新しい方法を提案している。また、斜入射照明すると、微細パタン像が主として0次回折光と片側1次回折光の2光束で形成されることに起因して、0次回折光と両側1次回折光の3光束で形成される場合より焦点深度が深くなることが示されている。最高解像度は従来より5〜10%向上する程度であるが、1〜1.5mの焦点深度を確保できる実用的な解像度で比較すると10〜20%も改善されることが分かる。一方、円環幅を狭くする程、高解像化が図れ、焦点深度の改善度合も高まるかわりに、微細パタンの遮光部転写線幅が細くなり易く、パタン端部が劣化し易いという副作用が現れることが述べられている。レチクルパタンの線幅補正や補助パタンの設置等により副作用が低減できることも検討されており、利用する上での特徴と対応策が明らかにされている。

 第3章は「瞳フィルタの利用による投影露光の高解像化の研究」と題し、投影レンズの開口瞳位置に光源形状と共役な振幅透過率調整フィルタを設置するという新しい高解像化手法について述べている。円環光源による斜入射照明は1次回折光が片側しか像形成に使われないため、0次回折光とのバランスが悪い。そこで、投影レンズの開口瞳位置に光源の0次回折像部分の透過率を低くした瞳フィルタを入れ、0次回折光と1次回折光とのバランスを改善している。実験により約20%解像度が向上することを確認しており、投影レンズを瞳フィルタ利用に適した設計とすれば、計算上従来の1.5倍の解像度になることが示されている。一方、中間空間周波数の1次回折光成分が瞳を多く透過して強調され、パタン形成に幾つかの特徴を生ずることが述べられている。孤立パタンが高解像になるという長所がある反面、レチクル線幅と転写線幅との対応が劣化し、周期パタン端部や大パタン端部でパタンの変形や変位等を生じ易い等の欠点がある。これに対応するため、レチクルへの透過率分布の付与やパタン変調等、上記の欠点を改善する方策も検討されている。

 第4章は「X線リソグラフィのLSI製造への適用性」と題し、X線近接露光の解像度とパタン形成特性の検討を踏まえて、半導体素子の試作によりLSI製造プロセスへの適用性について検討している。ここではまず、X線リソグラフィの特長として、レジストにおける吸収が少ないことが、露光量余裕度を増し、転写パタン側壁の垂直性を高めている点を指摘している。また、半影ぼけが小さいシンクロトロン放射光(SR)X線を用いることにより、マスク・ウエハ間隙が30m程度でも、0.2m以下の解像度が比較的容易に得られると述べている。試作では、半導体素子の正常動作やX線マスクのSR光X線照射耐性を確認している。実用に際しての最大の課題は重ね合わせ精度の確保であることが示されており、今後は膜付けによるウエハの変形等、従来着目されなかった要因も考慮しなければならないことを新たに提起している。

 第5章は「X線リソグラフィによる極微細パタン形成の研究」と題して、X線近接露光の転写限界の探求を行っている。実際に極微細パタンを転写しようとすると、転写するパタンと同じ微細寸法のマスクパタンが必要である。ここでは、容易にnmオーダ迄の線幅を持つ高コントラストマスクを得る方法として、付着膜の断面をパタンとして利用する断面研磨X線マスクを新規に考案している。また、通過X線の位相を反転するX線透過体を設け、その輪郭境界位置でX線強度が小さくなることを利用するX線位相シフトマスクも検討している。さらに、解像限界の支配要因であるマスク・ウエハ間隙をなるべく狭めるため、ソフトコンタクト機構を開発している。結論として、これらを用いたSR光X線によるパタン転写実験の結果から、X線マスクおよび間隙設定次第で、50nm以下のパタン迄転写可能であるという見通しが示されている。

 第6章は「結論」と題し、本論文の内容、結論を簡潔にまとめている。

 以上のように本論文は、光およびX線リソグラフィの解像度決定要因を詳しく分析した上で、光リングラフィの高解像化方法を新たに提案して、今後の解像度向上に向けての見通しと研究開発の指針を示している。また、将来技術であるX線リソグラフィの適用可能性や高解像化の限界に関しても、幅広い視野と独創的な方法で検討している。この成果はより微細な半導体素子やマイクロマシン等の製作を可能とし、新たな物理現象の解明や発見に有用である。また、光およびX線による像形成を改善する意味から、応用光学の技術分野を広げるインパクトも有り、総じて物理工学への貢献が大きい。よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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