本論文は、赤外分光分析における難測定試料の分析法及び解析について検討したもので6章よりなる。 第1章は序論で赤外分光分析法を粉体試料に適用する場合様々な問題点について背景と現状をまとめ、課題を述べている。従来、ピッチや石炭など、強散乱性試料の透過スペクトルを測定すると、極めて大きなバックグラウンドが現れ、吸収バンドがバックグラウンドに埋もれてしまい、その分析精度は著しく低かった。これを解決するため試料を微粉化したり屈折率の近いマトリックスに混入成形する方法などで散乱を減少させる方式が試みられてきたが、技術的に極めて困離で実用性に乏しかった。従って、むしろ散乱を利用した測定法として、その測定の簡便さから、拡散反射法が普及している。ただし、拡散反射法では、定性的には正反射の混入や平均光路長効果によるスペクトルの歪み、また、定量的には、再現性が充分でない点に課題があることをあきらかにしている。 第2章は以下の研究を進めるにあたって理論的解析に必要となる光の散乱およびバックグラウンドについて詳しく述べている。粒子サイズと散乱回折現象の関係、粒子散乱の近似理論、バックグラウンド生成の理論的解析などを可能な限り基礎的な原理から出発して整理している。 第3章は赤外分光計測の分析精度改善についてよく行われる方式を検討している。散乱の除去法、集光法などオーソドックスな方法について、また散乱を積極的に利用する拡散反射法およびオパールグラス法について検討し可能性を考察している。拡散反射法は再現性に難点があり適用に限界がある。オパールグラス法は赤外領域では試みられていないが可能性をもっと考えられた。 第4章は散乱稀釈法の提案である。オパールグラス法は赤外領域でも効果ははみとめられたが、充分ではないことを実験的にあきらかにし、その本質が散乱を大きくすることを考察して屈折率の異なる2種のアルカリハライドを試料の稀釈剤とする散乱稀釈法を提案している。"散乱希釈法"では、従来のKBrペレット法や、拡散反射法と比較して、極めてシャープな吸収バンドが得られ、ベースラインの歪みも小さく、また、再現性や検量線の直線性も優れていることを明らかにした。この方法の提案により、透過スペクトルのパックグラウンド、拡散反射法の再現性といった古くからの課題を解決する糸口を見出している。さらにこの方法の理論的検討を行い、散乱のある場合の定量的取扱いを一般化し、その特定のケースとして拡散反射法と散乱稀釈法を位置づけている。 第5章は散乱稀釈法の課題とその解決法について述べている。散乱稀釈法は散乱が大きく損失の少ない稀釈剤を必要とするが、実験的にCsIとKBrの混合物が最適であることを示し、その混合物の粒径、混合比などを検討し、実用への指針を明らかにしている。この方法では正反射の混入があるが、その影響を低減する方法も考察している。このような実用上の課題を解決し、石炭、ピッチなど工業的には重要でありながら今まで定量的測定が困難であった試料の分光測定を顕著に改善することに成功し、多数の応用例を示している。 第6章はカルボニル化反応のIn-Situ触媒挙動の解析を扱っている。反応中の各種化学種の測定は時問変化と中間体を純粋に取り出すことができないため、困難が多い。鉄鋼業の副生ガスはCO2H2などが発生するがこれらの有効利用としてCOをCl化学の原料とするポリウレタン原料の合成を検討することとなった。 しかし、従来の合成では、有毒ガスのホスゲンを用いるプロセスが一般的であり、また、腐食性の酸化水素が大量に発生するといった問題点があった。そこで、有毒ガスを用いない、しかも安価なプロセスとして、Ruを用いる方法が注目されることになった。この反応では、芳香族第一アミンと芳香族ニトロ化合物と一酸化炭素の反応に、Ru触媒を作用させるとカルボニル化反応が進行し、メチレンジフェニールジイソシアネートが生成する。さらに、メチレンジフェニールジイソシアネートと水酸基を反応させて、芳香族ウレタンを製造する。 この合成では触媒制御、重合反応、分離精製が大きな問題であり、中でも最大の難関は、触媒制御である。従来の分析方法、即ち試料をサンプリングして分析する方法では、触媒の形態変化の充分な解析が出来ず、ブラックボックスの状態であった。そこで、高温高圧用反応器で、触媒挙動のIn-Situ赤外分光計測を行い、ダイナミックな反応をそのまま追跡した。さらに、得られた時系列の赤外スペクトルの解析から、主成分分析と、先験的にわかっている条件を用いて、各独立成分のスペクトルの形状を一意的に推定する方法を提案し実施した。これにより各成分を分離することなくまた純品がなくても時間変化を追跡することができた。この結果、反応開始後、どの時点にどの形状のスペクトルがどれだけ存在するかがクリアーになり、触媒挙動の解析法を確立する事ができた。 以上の成果をまとめ結言として今後の課題をまとめている。これらの成果は工業分析化学の基礎及び応用に関し有効有用なものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |