学位論文要旨



No 212648
著者(漢字) 望月,太
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,トオル
標題(和) ブドウの催芽促進に関する研究
標題(洋)
報告番号 212648
報告番号 乙12648
学位授与日 1996.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12648号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 崎山,亮三
 東京大学 教授 森,敏
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨

 ビニールハウス栽培におけるブドウの催芽促進(休眠打破)は,CaCN2(石灰窒素)やメリット剤(葉面散布剤)による効果が認められ,発芽の安定的確保や早期出荷などのため実用に供されてきた.しかし,CaCN2は安価ではあるが樹体への薬害や散布処理後の人体への影響など問題があり,メリット剤は割高なため芽部に少量づつ処理するので多大な労力と経費を必要とする.したがって,両薬剤を中心とする安全で効果的な催芽促進法やブドウ品種間における樹体への反応特性の解明および新しい催芽促進剤の開発などが緊要であった.そのため薬剤による催芽促進の機作の解明が求められたが,これに関する研究は少なく,とくに窒素(N)代謝を中心とする生理的側面からの解明が必要とされた.そこで,本研究は新しい催芽促進剤の発見とその利用および催芽促進効果を向上させるための生理的研究とを並行して遂行し,その成果を論文として6章に取りまとめた.

 第1章は序文であり,研究の背景について記している.第2章では催芽促進剤の種類,ブドウの栽培法,催芽調査法および実験手法などについて記してある.

 第3章は新しい催芽促進剤の発見とその利用法について,従来の方法と比較し新たな知見を得たものであり,これをまとめると以下のようである.

 ブドウの催芽促進でCaCN2およびメリット剤による処理効果は高いが,CaCN2+メリット剤の混用処理はなお高い効果を示した.また,この混用処理に一時的な高温刺激を付与するとさらに効果的で,樹勢の強い品種である巨峰やビオーネに対してとくに有効であった.混用剤はペースト状で飛散がないので人体への影響が少なく,その点からも優れていることが示された.一方,混用剤から微量のNH3が揮散することやNO3が混在することから,促進効果がNH3やNO3に起因しているのではないかと想定し,HNO3処理とNH4OH処理をしたところ,HNO3処理による効果が高かった.したがって,混用処理の効果はCaCN2+メリット剤中のNO3-NおよびCN2-Nに起因していると推定され,このことから硝酸塩を中心とする新しい催芽促進剤の検討を行なった.

 まず,CaCN2とHNO3とで処理時期について検討した.CaCN2は11月下旬処理で,HNO3は1月中旬処理で促進効果が高かった.また,露地栽培でもホース(結果枝の周辺を昇温するための筒状のボリエチレンフイルム)被覆を併用すると,薬剤処理による効果が助長され,催芽促進技術の導入が可能となった.次に,各種窒素化合物による催芽促進を検討したところ,CaCN2>HNO3≧NH4NO3≧NH4Cl>脱塩水処理の順で効果が高く,MH4NO3処理にもHNO3処理に近い促進効果が認められた.しかもNH4NO3処理は降雨などの流亡による効果の減退が少なく,発芽揃いも良好なので,新しい催芽促進剤として実用性が高い.そこで,各種窒素化合物間,とくにCaCN2とNH4NO3に関してN濃度による差異を検討したところ,N濃度が高いほど効果はあるが,効果や発芽率への影響が品種および薬剤によって異なった.このことを考慮した品種ごとの処理濃度は,巨峰およびビオーネでは,CaCN2処理がN=6%(60gL-1),NH4NO3処埋がN=6〜3%,混用処理(CaCN2+メリット剤)がN≒5.6%で,デラウエアはいずれの薬剤でもN=3%が適していた.また,これらの処理は成熟促進にもつながり果実品質をも良好にした.そして,ビニールハウス栽培の場合,薬剤による催芽促進効果(発芽期の短縮)で,加温開始から展葉始めまでの期間の重油や電力消費量を約45〜12%節減できることが明らかとなった.

 薬剤処理とブドウの低温遭遇時間との関係では,樹体が一定の低温に遭遇していれば,CaCN2処理はその後の低温への遭遇時間に関係なく促進効果を示したが,NH4NO3処理では低温への遭遇時間が長いほど促進効果が助長された.

 植物生育調節物質による催芽促進では,ABA(abscisic acid)処理に効果が認められ,濃度は100mg L-1で,効果の持続期間は処理後14日目までであった.GA(gibberellic acid)処理では逆に催芽が遅延した.そこで,さらにABAによる効果の発現時期を検討したところ,ABAは処理後4日目まで促進効果を示さず,11日目から促進し始めたことから,ブドウ芽はABA処理により’一時的な休眠の深まり’を受けるものと推察された.このことはこの時期のABA処理による芽内のアミノ酸代謝や呼吸活性が低下することにも示されている.

 次に,これらABAの反応特性を実際場面で応用する方法について検討した.ABAを処理し休眠の深まりを促した約4日後にABAを流去し,NH4NO3を処理して休眠覚醒後に昇温したところ,催芽促進効果は一段と高まることが示された.CaCN2処理ではABA処理を併用する必要がなく,CaCN2を処理後約10日目に流去して昇温すると効果があった.

 以上,第3章ではブドウ栽培における既存の催芽促進剤であるCaCN2やメリット剤の使用方法を新たに明確化した.また,新しい催芽促進剤としてNH4NO3およびABAの効果を見い出し,その使用方法を提示した.

 第4章では催芽促進効果を向上させるための生理的研究を実施し,催芽促進の生理的尺度を得ようとした.その結果,以下のような解析がなされた.

 NH4NO3およびCaCN2処理による催芽促進効果は,処理後の日数で2日以内に発現し,処理した芽と節部内で窒素含有率が高まった.次に,芽部または葉柄跡(痕)に処理した15N標識硝酸アンモニウムは,処理後5日目以内には芽および節部内へ取り込まれ,とくにNO3-15NはNH4-15Nに比べるとより旺盛に取り込まれた.処理後NO3-15NおよびNH4-15Nとも芽部から節部に,葉柄跡から芽内へと移行が認められ,処理したN濃度が芽内に高いほど催芽促進した.しかも両Nは催芽後の新梢にも移行し,とくにNO3由来のNは活発に移行した.

 次に,NH415NO3とCaC15N2処理による催芽促進およびアミノ酸代謝について時間レベルで検討した.促進効果は薬剤処理後6時間以内に発現し,NO3-15NおよびCN2-15Nとも芽および節部のAA(アミノ酸+アンモニア)画分に活発に取り込まれ催芽促進ともよく合致した.とくにNO2-Nは処理後3時間以内にまずグルタミンに集中的に取り込まれ,次いでグルタミン酸,アスパラギンなどが増加しその後他のアミノ酸も増加した.即ち,NH4NO3処理による催芽誘導時のアミノ酸代謝は,まずグルタミンへの取り込みが活発に行なわれ,その後グルタミン酸を骨格として他のアミノ酸への組替えがおこるものと推察された.しかし,CN2-N処理はアスパラギン酸を除くほとんどのアミノ酸で当初から未検出が低値を示した.一方,水挿し法による実験でも,NO3-15Nは新梢中のAA画分によく取り込まれ催芽促進の発現と一致した.しかし,CN2-15Nの場合,促進効果は高いもののAA画分への取り込みが少なめで必ずしも効果と一致せず,むしろ,処理当初の取り込み量が促進効果を左右していた.また,催芽処理によって取り込まれたNO3-15NおよびCN2-15Nは,春季の展葉期の茎葉にも認められ新梢の生育に関与していた.

 次に,NH415NO3およびCaC15N2の処理後9日目における芽内でのNの取り込みは,NO3-15NおよびCN2-16NともABA処理との併用で促進され,とくに中庸の結果母枝でその傾向が顕著であった.展葉始めの茎葉中のN濃度は,NO3-15N>CN2-15Nで,また,温度処理間での影響は,9日目では0℃≦10℃であったが,展葉始めには0℃≧10℃となり,とくにNO3由来のNは低温条件で高まる傾向であった.このようにNの取り込みは諸条件で異なるが,処理後の芽内や展葉始めの茎葉中に処理窒素濃度が高いほど催芽促進効果が認められた.また,薬剤を処理9日後に流去しても促進効果は低下せず,とくにABAを途中で流去すると効果的になるものと判断された.一方,ABA処理後における芽内のアミノ酸含量の変化をHNO3処理と比較した.HNO3処理ではNH4NO3と同様に当初からグルタミンなどが増加したが,ABA処理では当初ほとんどのアミノ酸が低くなって活性が低下し,処理後6日目からアスパラギンなどが増加し催芽が活性化し始めた.

 ブドウの休眠芽の呼吸系をチトクロム系呼吸とシアン耐性呼吸および残存呼吸とに分けて測定したところ,この3種の呼吸系がほぼ同程度の割合で働いていた.そこにHNO3およびCaCN2を処理すると,処理直後はチトクロム系呼吸も認められたが,24時間後には大きく減退し,シアン耐性呼吸と残存呼吸の割合が大きくなった.したがって,休眠覚醒後の呼吸系はシアン耐性呼吸の割合が大きいものと考察した.一方,休眠芽の呼吸活性を経時的に測定したところ,11月上旬〜下旬にはまだ低く,覚醒段階に入る12月上旬から漸増した.この状態に針刺処理をすると常に活性が高まった.HNO3およびCaCN2を処理すると11月中〜下旬の間は活性が高まったが,12月上旬以降ではわずかながら呼吸が抑制される傾向であった.ABA処理では両薬剤とは逆の推移を示した.とくに11月下旬にはABA処理による極度の呼吸活性の低下とHNO3処理による異常な呼吸変動がみられた.また,ABA処理では呼吸活性全般が抑制され,併せてアミノ酸代謝の低下があり,これが’一時的休眠の深まり’と関係していると考えられた.

 以上,4章では重窒素(15N)を用いて薬剤処理によるブドウの催芽促進の機作を窒素代謝および呼吸活性という生理的側面から催芽促進効果を解析した.

 第5章では薬剤処理によるブドウの催芽促進効果の機作について総合考察を行ない,第6章は全体をまとめてある.

 これらの成果は国内でのハウス利用によるブドウ栽培の二期作を可能にすることに大きな貢献をした.

審査要旨

 施設栽培などでのブドウの早期栽培では、休眠を早期に打破し発芽させる必要がある。この催芽促進には、石灰窒素やある種の葉面散布剤(メリット剤)が有効で、実用化されている。しかし、石灰窒素は薬害や人体影響の問題が、また、メリット剤は経済的な問題がある。

 本研究は安全、安価で使いやすい催芽促進薬剤の探索、薬剤の使用量を少なくする効果的な催芽促進法の確立および催芽促進に関する生理学的機作の解明を目的として行われた。論文は6章からなっている。

 第1章は研究の背景、また第2章は催芽促進剤の種類と処理法、ブドウの栽培法、催芽調査法などの実験手法が述べられている。

 第3章では各種の催芽促進剤の比較検討を行っている。その結果、石灰窒素やメリット剤は単用よりも両者混用の効果が高いことが示された。この混用促進効果はメリット剤に混在する硝酸やアンモニウムイオンに起因するのではないかと予測し、これらのイオンの効果について検討したところ硝酸イオンの効果の著しいことが明かとなった。石灰窒素および硝酸の効果的な処理時期を検討したところ、前者は11月下旬処理で、後者は1月中旬処理で効果を示した。各種窒素化合物間での催芽促進効果は、石灰窒素>硝酸≧硝酸アンモニウム(硝安)≧アンモニア>脱塩水処理の順であり、硝安処理に効果が認められた。硝安は安全で流亡による効果の減退が少なく、発芽揃いも良好なことから新催芽促進剤として実用性が高いと判断された。硝安や石灰窒素処理はNとして3-6%の範囲で効果があるが、至適濃度は品種によって異なった。各品種とも最適処理による催芽促進でエネルギー消費量を12〜45%節約させた。薬剤処理と低温処理(2〜3℃、2週間)の関係について検討したところ、硝安処理は低温処理によって効果が助長され、石灰窒素処理は低温処理とは無関係であった。

 アプシジン酸(ABA)は硝安の催芽促進効果を助長し、ジベレリン(GA3)は遅延した。

 第4章では催芽促進機作に関する生理学的研究について述べている。15N標識の15NH4NO3とNH415NO3を芽部と葉柄跡に処理し、窒素の取り込みについて調べた。窒素は処理後速やかに芽内に取り込まれたが、NO3-15NはNH4-15Nより多く取り込まれた。いずれの15Nも芽部から節部に、葉柄跡から芽内に移行が認められ、芽内の窒素濃度が高いほど催芽が促進された。NH415NO3およびCaC15N3処理のいずれでもアミノ酸+アンモニア画分への15Nの取り込みは認められた。さらに、NO3-15Nでは処理後3時間以内にグルタミンに取り込まれ、次いでグルタミン酸、アスパラギンなどが増加したことから、硝安処理による休眠覚醒時には、窒素はグルタミンに取り込まれた後、それを骨格に他のアミノ酸への組替えが起こることが示された。しかし、CN2-15Nによる処理当初における個々のアミノ酸への取り込みは明確に出来なかった。

 薬剤処理9日後における芽内への窒素の取り込みはNO3-15NおよびCN2-16NいずれもABAとの併用処理で促進され、中庸の結果母枝で特に顕著であった。処理9日後薬剤を流去しても促進効果は低下しないこと、ABAを途中で流去すると効果的であることを見い出した。また、この催芽処理で取り込まれた両剤の窒素は、春季の展開期の茎葉中にも認められ新梢の生育に関与することが示唆された。

 ブドウの休眠芽の呼吸系は、チトクロム系、シアン耐性、および残存呼吸が同程度に働いているが、薬剤処理による休眠覚醒24時間後の呼吸系はシアン耐性呼吸の割合が高まっていた。休眠芽の呼吸活性を測定すると、11月は低く、覚醒段階に入る12月上旬から増加した。これに薬剤処理をすると、11月中〜下旬では活性が高まるが、12月上旬以降では呼吸が抑制される傾向がみられた。ABA処理ではブドウ芽内のアミノ酸濃度や呼吸活性の低下が認められ、’一時的な休眠の深まり’が誘導されるものと推察し、これが硝安処理の催芽促進を助長すると判定された。

 以上から、効果的な催芽促進は、1)ABA処理4日間で休眠促進後、ABAを流去し、次いで硝安処理により休眠覚醒後、昇温するか、2)石灰窒素処理では単独処理後10日目に流去し昇温することによって得られると結論された。また、硝安処理ではアミノ酸濃度や呼吸活性が催芽促進処理の判定基準になりうることが示された。

 第5章は総合考察、第6章はまとめである。

 以上、本論文は施設栽培などでのブドウの早期栽培において、安全で効果的な催芽促進技術の開発を目指し、併せて、ブドウの催芽促進の機作を窒素代謝を中心とした生理学的な研究をもとに解明し、催芽促進の判定基準を提言をしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、博士(農学)を授与するに価するものと認めた。

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