大腸菌RecAタンパクの行なう相同組換えは様々な分野ならびに手法により研究がなされ、生物全般に存在するこの組換えを知る上で重要な知見を与えている。また、この蛋白質はATP加水分解活性やエンドペプチダーゼ活性など試験管内で多様な反応を行なうことも知られている。これまでにこの蛋白質の複雑な反応機構を解明する目的でモノクローナル抗体を使用した研究がなされてきた。そこでは、抗体とRecAタンパクとの複合体の活性を調べ、抗体により活性の一部のみ阻害できること、個々の抗体はそれぞれ特徴的な阻害様式を持つことが明らかにされていた。よって、それら抗体の結合部位を明確にし、組換え反応中でのこれら部位の変化の様子を明らかにすることは蛋白質の機能部位を知る上で重要な情報を与えるものと考えられた。本論文は、二つの方法により4種類のモノクローナル抗体の結合部位を明らかにするとともに、DNAなど様々な物質と結合しているRecAタンパクに対して抗体の結合の速さが変化することを見出し、抗体によりこの蛋白質の活性化状態の識別が可能であることを示したもので4章よりなっている。 第1章では、エンドペプチダーゼを用いたエピトープマッピングについて述べている。RecAタンパクを蛋白質分解酵素により断片化し、HPLCにより分離精製してイムノプロティングにより各々の抗体と結合する断片を決定している。これにより、モノクローナル抗体ARM321はRecAタンパクのN末より100番目を含む断片と、ARM414は240番目を含む断片と、またARM191とARM193はC末に近い約90アミノ酸を含む断片と結合することを明らかにしている。前者2種については対応する部分についてそれぞれ39と24個から成るペプチドを合成し抗体と結合することを確認している。 第2章では、PCRを用いた変異導入法によるエピトープマッピングについて述べている。第1章で区別することが不可能であったC末付近に結合するARM191とARM193の結合部位をさらに細かく特定する目的で変異蛋白を作り、それらとの結合を調べることでエピトープの決定がなされている。その際、抗体の結合部分に相当するDNAにPCRで変異を無作為に入れ、さらにdITPを添加して変異導入率を上げ、また二つの抗体が競合関係にないことを利用して片方の抗体に結合し、他方の抗体に結合しない変異導入蛋白を取得する方法で変異蛋白選択の信頼性を高める様な工夫がなされている。変異蛋白のDNAシークエンスを調べた結果より、ARM193は315から338番目の間に、またARM191は283から320番目の間に結合部位が存在することを明らかにしている。 第3章では、RecAタンパクの活性化状態識別について述べている。組換え反応中のRecAタンパクを対象としてDNAあるいはモノヌクレオチドと反応した状態で抗体が結合できるか否かを調べており、その際反応液中のRecAタンパクの状態を正確に把握できる測定系を工夫している。ARM321は、ATPと反応したRecAタンパクに結合できず、さらにDNAが存在しても結合しやすくなることはなく、ARM414はATPあるいはDNAが結合したRecAタンパクに対して結合が遅くなり、両者の結合したRecAタンパクに対しては結合できない。また、ARM191はDNAとATPの存在に関係無くすべての状態のRecAタンパクと速やかに結合した。この結果よりRecAタンパクは、組み換え反応中で抗体との結合能が変化していることが示された。また、この測定方法によりRecAタンパクの活性化状態の識別が可能となった。 第4章では、総括として結晶解析より得られたRecAタンパクの立体構造上での抗体の結合部位を示し、第3章で得た抗体の結合能変化の結果をもとに考察を行っている。また、本研究で行なったエピトープマッピングと抗体結合測定法の有用性および応用性について論じている。 以上要するに、本研究では抗体の結合部位を決定する方法や抗体の結合を調べる方法を開発して、大腸菌RecAタンパクのモノクローナル抗体の結合部位を決定し、それら抗体を利用して組換え反応中のRecAタンパクの活性化状態の違いを明らかにしたもので、組換え反応機構を知るうえで、またモノクローナル抗体を使用した研究を行うに際して学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の論文として価値あるものと認めた。 |