学位論文要旨



No 212652
著者(漢字) 池田,正幸
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,マサユキ
標題(和) モノクローナル抗体を利用したRecAタンパクの研究
標題(洋)
報告番号 212652
報告番号 乙12652
学位授与日 1996.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12652号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,徹
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 五十嵐,泰夫
内容要旨

 大腸菌RecAタンパクは大腸菌RecA遺伝子にコードされる分子量約4万の蛋白質である。この蛋白は試験管内で多様な反応を行うことが知られている。相同DNA間の対合形成、ATP加水分解活性、またファージレブレッサーやLexAタンパクを切断するエンドペプチダーゼ活性などである。牧野らは、このようなRecAタンパクの行う複雑な反応を解明する為にモノクローナル抗体を利用し、とりわけ相同組み換えの反応機構解明を行った。即ちモノクローナル抗体の抗原に対する特異性によりRecAタンパクの行う反応の一部を阻害することで反応を明確にし反応機構を明らかにすることを試みた。彼等の確立した4種類のマウスモノクローナル抗体IgGの反応阻害様式は以下の様であった。ARM193は、環状二本鎖DNAに依存したATPase活性は阻害するが他の反応は阻害しない、ARM191は、環状二本鎖DNAに依存したATPase活性と、Dループ形成反応を阻害する。ARM321とARM414はRecAの行う総ての活性を阻害する特徴を持っていた。また、ARM193はDルーブ形成反応においてその解離反応を阻害することが示され、またこの抗体とRecAタンパクの複合体はゲルろ過を用いた解析ではポリマーのRecAタンパクが低分子化していることが示されていた。本論文では、これら抗体を使用して更に研究を進めたものである。

 抗体のRecAタンパク上の認識部位を明らかにすれば抗体による阻害様式から蛋白質の機能部位を知る手掛かりを得ることができる。はじめに、抗体の結合部位を明らかにする方法として、RecAタンパクを蛋白質分解酵素にて断片化し、逆相クロマトグラフィーにより断片を精製し、それらに対する結合をイムノブロッティングで調べた。その結果、ARM321は、N末より89-127番目に、ARM414は233-256番目を含む断片に結合した。また、ARM191とARM193はC末付近である260-347番目の比較的長鎖の断片と結合した。更に、ARM321とARM414については、その結合能が十分高いことを該当する部分のペプチドを合成し結合することを確かめた。ARM191とARM193の結合部位はこの方法では更に狭い領域に限定すること、また各々区別することができなかったことから、別の方法として変異蛋白に対する結合から抗体の認識しているアミノ酸を決定することを試みた。はじめにPCRの反応液にdITPを添加しポリメラーゼ反応時のヌクレオチド取り込みのエラー率を上げ、RecAタンパクのC末部分に変異を導入した。次に、この部分をgt11のlacZ遺伝子にフレームが合うようにつなげた。変異蛋白の選択はARM191とARM193がこの領域に共に結合部位を持つが競合関係にないことより、一方の抗体に結合し一方に結合しないクローンを選び、クローンの変異導入部分より抗体の認識部位を明らかにした。この方法よれば得たクローンは少なくとも両方の抗体が結合できないほどには蛋白質は構造変化を起こしていない事が期待できる。得られた変異蛋白は全長の蛋白として発現させELISAにて抗体に対する結合能を調べた。dITPの濃度を上げることで変異蛋白取得数は増加し、また塩基の変換は、Taqポリメラーゼに特徴的なものとなっていた。これら結果よりARM191の結合部位は283から320番目の間に在り、ARM193は315から338番目の間に存在すると考えられた。モノクローナル抗体を利用しての研究を進める場合に、前記の様に修飾基として使用し、本来持っている活性との差を調べる方法と、臨床検査に利用されているEUSAのように抗原との結合の有無を利用する方法がある。RecAタンパクは、多様な反応を行ないDNAあるいはヌクレオチドの存在で様々にその活性化状態を変えていると考えられている。そこで結合部位の明らかとなった抗体が相同組み換え反応の過程で結合できるか、その結合の速さは変化しているか調べた。方法は、RecAタンパクの反応液中の状態を調べられる様に工夫した。すなわち、反応液に抗体を添加し一定時間後PBS-Tweenで希釈することで抗体のRecAタンパクに対する抗体の結合反応を停止しす速く大量のRecAタンパクでコートしたプレートに入れEUSAによって結合できなかった抗体量を測定することで反応液中での抗体の結合の有無を知ることにした。この方法はARM193を除く3種の抗体で使用できた。ARM191は組み換え反応中総ての状態のRecAタンパクに対して速やかに結合しRecAタンパクの活性化状態による区別はできなかった。一方ARM321とARM414はARM191に比較して総ての場合で結合の速さは遅く特にARM321の場合はATPの存在で特に結合しづらくなっており後にDNAと反応させたRecAタンパクに対しても結合の速さは同じであった。また、ARM414はさらに単鎖DNAが結合した状態のRecAタンパクには殆ど結合できないことが明らかとなった。この結合の速さの変化は、単にDNAとRecAタンパクによる凝集反応により抗体が接近できないことによるのではないことは、ARM191が結合できること、RecA430がNaCl存在下で凝集体を作らない性質を利用しその場合でもARM414の結合が遅くなることより確かめることができた。以上より、抗体はRecAタンパクの状態ごとに結合の速さを変えていること。また、これらモノクローナル抗体を使うことでRecAタンパクの活性化状態の違いを識別できることが明らかになった。

 RecAタンパクの結晶構造解析より、RecAタンパクは大きく分けて大小の2つのドメインからなる一つは8個のシートを持つATPの結合するATPaseドメインと一つはC末部分である。ARM321とARM414はATPaseドメインを認識しそれぞれ反対側で、結合するアミノ酸配列よりこれをほぼ挟む様なかたちで結合すると考えられた。それは、これらの抗体がATPと反応したRecAタンパクにたいしてより結合が遅くなる結果と一致する。また、ARM321は特に結合が遅くなることからATPの結合部位を認識しいる可能性がある。また、ARM191とARM193はC末ドメインを認識した。これら抗体の活性阻害様式からこの部分が蛋白間の結合部分あるいは、二本鎖DNAの結合部分の可能性があり、さらなる解析が待たれる。

 本研究では、主に二つの方法を工夫しRecAタンパクの研究を行った。ひとつは、PCRによるエピトープマッピングである。これは、PCR時に変異を導入でき、変異導入範囲を限定でき、また両端に制限酵素の認識サイトを導入できる事から発現ベクターにつなげやすい等の利点を持つ。また、変異蛋白の選択方法で少なくとの2種類以上の抗体を組み合わせることで結果の信頼性を高める事が可能であった。これによりこれまでに結合部位を決定できなかった抗体に対して一つの解決策を与えるものと期待できる。二番目は抗体とRecAタンパクの結合の有無を実際に組み換え反応を行う状態に近い系で調べることができた事である。ここでは、総ての抗RecAモノクローナル抗体では可能でなかったが、希釈液の組成を工夫するなどにより更に多くの抗体で可能となると考えられる。また、変異蛋白を使用し、RecAタンパクの機能に関係しているアミノ酸の決定や組み換え反応機構を解明する際に変異蛋白の検証に使用することが可能である。

審査要旨

 大腸菌RecAタンパクの行なう相同組換えは様々な分野ならびに手法により研究がなされ、生物全般に存在するこの組換えを知る上で重要な知見を与えている。また、この蛋白質はATP加水分解活性やエンドペプチダーゼ活性など試験管内で多様な反応を行なうことも知られている。これまでにこの蛋白質の複雑な反応機構を解明する目的でモノクローナル抗体を使用した研究がなされてきた。そこでは、抗体とRecAタンパクとの複合体の活性を調べ、抗体により活性の一部のみ阻害できること、個々の抗体はそれぞれ特徴的な阻害様式を持つことが明らかにされていた。よって、それら抗体の結合部位を明確にし、組換え反応中でのこれら部位の変化の様子を明らかにすることは蛋白質の機能部位を知る上で重要な情報を与えるものと考えられた。本論文は、二つの方法により4種類のモノクローナル抗体の結合部位を明らかにするとともに、DNAなど様々な物質と結合しているRecAタンパクに対して抗体の結合の速さが変化することを見出し、抗体によりこの蛋白質の活性化状態の識別が可能であることを示したもので4章よりなっている。

 第1章では、エンドペプチダーゼを用いたエピトープマッピングについて述べている。RecAタンパクを蛋白質分解酵素により断片化し、HPLCにより分離精製してイムノプロティングにより各々の抗体と結合する断片を決定している。これにより、モノクローナル抗体ARM321はRecAタンパクのN末より100番目を含む断片と、ARM414は240番目を含む断片と、またARM191とARM193はC末に近い約90アミノ酸を含む断片と結合することを明らかにしている。前者2種については対応する部分についてそれぞれ39と24個から成るペプチドを合成し抗体と結合することを確認している。

 第2章では、PCRを用いた変異導入法によるエピトープマッピングについて述べている。第1章で区別することが不可能であったC末付近に結合するARM191とARM193の結合部位をさらに細かく特定する目的で変異蛋白を作り、それらとの結合を調べることでエピトープの決定がなされている。その際、抗体の結合部分に相当するDNAにPCRで変異を無作為に入れ、さらにdITPを添加して変異導入率を上げ、また二つの抗体が競合関係にないことを利用して片方の抗体に結合し、他方の抗体に結合しない変異導入蛋白を取得する方法で変異蛋白選択の信頼性を高める様な工夫がなされている。変異蛋白のDNAシークエンスを調べた結果より、ARM193は315から338番目の間に、またARM191は283から320番目の間に結合部位が存在することを明らかにしている。

 第3章では、RecAタンパクの活性化状態識別について述べている。組換え反応中のRecAタンパクを対象としてDNAあるいはモノヌクレオチドと反応した状態で抗体が結合できるか否かを調べており、その際反応液中のRecAタンパクの状態を正確に把握できる測定系を工夫している。ARM321は、ATPと反応したRecAタンパクに結合できず、さらにDNAが存在しても結合しやすくなることはなく、ARM414はATPあるいはDNAが結合したRecAタンパクに対して結合が遅くなり、両者の結合したRecAタンパクに対しては結合できない。また、ARM191はDNAとATPの存在に関係無くすべての状態のRecAタンパクと速やかに結合した。この結果よりRecAタンパクは、組み換え反応中で抗体との結合能が変化していることが示された。また、この測定方法によりRecAタンパクの活性化状態の識別が可能となった。

 第4章では、総括として結晶解析より得られたRecAタンパクの立体構造上での抗体の結合部位を示し、第3章で得た抗体の結合能変化の結果をもとに考察を行っている。また、本研究で行なったエピトープマッピングと抗体結合測定法の有用性および応用性について論じている。

 以上要するに、本研究では抗体の結合部位を決定する方法や抗体の結合を調べる方法を開発して、大腸菌RecAタンパクのモノクローナル抗体の結合部位を決定し、それら抗体を利用して組換え反応中のRecAタンパクの活性化状態の違いを明らかにしたもので、組換え反応機構を知るうえで、またモノクローナル抗体を使用した研究を行うに際して学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の論文として価値あるものと認めた。

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