学位論文要旨



No 212654
著者(漢字) 森田,慎一
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,シンイチ
標題(和) ヤクスギ材抽出成分の特徴とその生物活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212654
報告番号 乙12654
学位授与日 1996.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12654号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐分,義正
 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 教授 飯塚,堯介
 東京大学 助教授 松本,雄二
 東京大学 助教授 餃島,正浩
内容要旨

 ヤクスギ材に含まれている抽出成分の特徴を明らかにし、それらの生物活性について研究することによって、加工廃材から抽出成分を取り出して付加価値の高い用途への利用をはかることを目的として本研究を実施した。

(1)ヤクスギ材抽出成分の特徴について

 ヤクスギ材抽出成分の全体的特徴を明らかにする目的で、207〜265年生の3本の天然生木の抽出物量の樹幹内分布を、円盤試料を25〜30年輪ごとに分割して調べた。ヘキサン及びメタノールで逐次抽出して得られた抽出物の量は、心材部において樹幹内側から外側に向かって増加する傾向が認められ、特にヘキサン抽出物はその傾向が顕著であった。

 ヘキサン抽出物の成分分析を行ったところ、セスキテルペン類及びジテルペン類が多数検出された。いずれの個体にも心材外層部には4-epicubebolとcubebol(cubebols)が多く含まれていたが、これらは樹心に向かって減少していた。逆にcubenolとepicubenol(cubenols)は、樹心に向かって増加する傾向があった。このことはcubebolsの一部が、心材中でcubenolsに変換されることによるのでばないかと考えられた。このようなエージングシステムについて、日本産の樹木で具体的な例が見出されたのは初めてである。

 またcryptomerionは心材外層に向かって増加する傾向が認められたが、心材の最外層部分でヘキサン抽出物のガスクロマトグラム中のピーク面積比で20%以上を占めている例もあり、何らかの刺激で大量に合成されることがあるものと考えられた。さらにcedrolは個体によって、主成分のひとつとして含まれるものと全く検出されないものとがあり、遺伝的な違いがある2系統がヤクスギに存在する可能性が示唆された。

 次にヤクスギに特有の「土埋木」(藩政時代に伐採された樹齢の高いヤクスギの、切り株や林内放置材などを指す。必ずしも土中に埋まっているものではない。)に含まれる抽出成分の特徴を明らかにする目的で、ヘキサン、ジエチルエーテル、メタノール、熱水による逐次抽出と、ヘキサン抽出物の分析を行った。

 土埋木中には合計で時として30%に近い抽出成分が含まれており、その過半はへキサン可溶成分であった。エーテル並びにメタノール可溶の成分も一般的なスギ材の分析結果よりもやや多かったが、熱水可溶成分はむしろ少なかった。

 ヘキサン抽出物をガスクロマトグラフ(GLC)分析したところ、抽出物量の増加は主にセスキテルベン類の増加によるものであることがわかった。これらのセスキテルペン類のほとんどの成分は、より樹齢の低い天然生木にも微量成分として含まれていた。

 土埋木端材を100年輪ごとに分割して、セスキテルペン類の材内での分布を調べたところ、風化・腐朽等による劣化の影響を受けていると思われる外側の部分を除くと、大多数の成分は採取位置による含有率変化の少ない安定した分布を示した。しかしcryptomerionは場所による含有率の変動が大きく、土埋木の分析結果からも、この成分は特定の時期に大量に蓄積されることがあることがわかった。

 また天然生木の、組織的に何らかの異常があると思われる部分から得たヘキサン抽出成分について検討した。辺材の異常着色部分からは周囲の心材よりも多くの抽出物が得られ、そのヘキサン抽出物中にはelemol、cryptomerion、eudesmolsが多く含まれていることがわかった。一方でテルペン炭化水素類は少なかった。木理が交錯しヘキサン抽出物が異常に多く含まれている心材部分では、cubebolとcryptomerionの2成分が非常に高い含有率を示した。炭化水素類は辺材の異常着色部と同様少なかった。

 このような組織的異常を示す部分のテルペン成分の変動については、今後スギの生体防御機構を解明する上でも興味深い課題のひとつと考える。

(2)ヤクスギ材抽出成分の生物活性について

 ヤクスギの土埋木が長期間にわたって腐朽等から免れてきた理由を、抽出成分の果たした役割から説明するために、木材腐朽菌に対する抽出成分の抗菌活性を調べた。

 土埋木から得た抽出物をスギ辺材に注入して、オオウズラタケを用いた腐朽試験を行ったところ、ヘキサン抽出物には腐朽を阻害する作用が認められたが、ヘキサン抽出後にメタノール抽出して得た抽出物にはその効果は認められなかった。

 ヘキサン抽出物を分画したものを培地に添加して抗菌活性を調べたところ、褐色腐朽菌のオオウズラタケと、白色腐朽菌のカワラタケとでは、効果のあるフラクションに違いが認められた。オオウズラタケは比較的極性の低いものから中庸のセスキテルペン類を多く含むフラクションに生育を阻害された。カワラタケは逆に極性の比較的高いフラクションに阻害された。カワラタケの生育を強く阻害するフラクションには、cryptomeridiolの他2つの未同定物質が主成分として含まれていることがわかった。

 次にヤクスギの抽出成分を室内環境の改善の用途に利用する事を想定して、土埋木のへキサン抽出物について、抗ダニ活性及び抗カビ活性を調べた。

 ヘキサン抽出物を減圧蒸留して揮発性の高いものを除去した残査部分(R)には、抗ダニ、抗カビ両方の効果が認められた。Rをシリカゲルカラムで分画したフラクションを用いた試験結果から、活性を示す物質は複数あると考えられた。抗ダニ活性を示すフラクションと、抗カビ活性を示すフラクションとは、必ずしも一致しなかった。Rに含まれる成分の一部として既に報告されているsandaracopimaradien-18al、sandaracopimaradienol並びにcryptomeridiolが同定された。

 さらにヤクスギ土埋木のヘキサン抽出物について、抗ダニ活性成分の検索を行った。ヘキサン抽出物を揮発部と不揮発部とに分けて抗ダニ活性を調べたところ、不揮発部にはほとんど活性は認められなかった。そこで精油を分子蒸留し、抗ダニ活性が強く現れた蒸留残査についてシリカゲルカラム及びアルミナカラムで分画したフラクションを用いて抗ダニ活性試験を行った。その結果から、抗ダニ活性を示す物質は精油の中に複数存在すると考えられた。そのうち最も強い活性を示すものとして、cryptomerionが単離・同定された。またcryptomerionほど活性は強くはないものの、含有量が比較的多い-eudesmolについても、ヤクスギ土埋木抽出成分の抗ダニ活性の主体のひとつとなっていると考えられた。

(3)ヤクスギ材抽出成分の利用技術について

 さまざまな生物活性が期待される含酸素セスキテルペン類を、超臨界二酸化炭素を用いてヤクスギ材から効率良く抽出する条件について検討し、次のような結果を得た。

 抽出温度を40℃で一定とした場合、抽出圧力80〜120kgf/cm2、抽出時間2〜8時間の範囲では、圧力及び時間が増大するにつれて抽出物の収率は増加した。得られた抽出物をGLC分析したところ、圧力120kgf/cm2で抽出されたものは、ヘキサン抽出物とほぼ同様の成分組成を示した。80〜100kgf/cm2で抽出した場合には、抽出物全体の収率は低くなったが、抽出物中に占めるジテルペン等の揮発しにくい成分の割合が少なくなり、目的とする含酸素セスキテルペン部分の含有割合が高いものが得られた。

 水蒸気蒸留によって得られる精油では、低沸点のセスキテルペン炭化水素の占める割合が高く、一方ヘキサンのような溶剤で抽出した場合には、不要な成分が同時に溶け出してくるという難点がある。超臨界二酸化炭素による抽出は、これらの問題点を克服して、活性成分を含む含酸素セスキテルペン類を選択的に抽出するために適した抽出条件を設定できると考えられた。

 次に材の精油が持つ抗ダニ活性を利用することを目的として、ヤクスギ並びにヒノキの精油をスプレードライ法でマイクロカプセル化したものを調製し、それらの抗ダニ活性について調べた。

 スプレードライ処理で、精油成分のうちモノテルペン及び低沸点のセスキテルペン類と思われる、GLCでの保持時間20分未満の部分が消失もしくは減少した。また1年間の室内放置によって、マイクロカプセル中の精油の組成に変化がみられ、ヒノキ精油のカプセルとヤクスギ精油のカプセルとでは揮散成分に差異があることがわかった。すなわちヒノキ精油のカプセルの方がより高沸点の精油まで揮散していた。

 これらのマイクロカプセルについて抗ダニ活性を1年にわたって経時的に調べた。その結果ヒノキの精油を用いたものは半年間、ヤクスギ精油から調製したマイクロカプセルの場合には1年間室内放置した後も、ダニの動きを押さえる活性は残っていることが確かめられた。このような揮散の仕方や抗ダニ活性の持続性の違いは、原料精油の成分組成の違いのほかに、マイクロカプセルの形状とも関係があると考えられた。

審査要旨

 縄文杉として有名な「屋久杉」は、本来屋久島に生育し樹齢千年以上のスギを指すものである。屋久杉は千年以上の長い年月、風雪に耐えた貴重な材として珍重され、家具・工芸品をはじめ種々の建築材料として利用されてきた。しかし、現在では資源の絶対量の減少と、環境保護から千年以上の木は禁伐となっている。それ以下のものも保護の対象となり、240年サイクルの伐採がとられている。この為、切株を含めたいわゆる「土埋木」と呼ばれるものがここ30年来利用されている。ヤクスギの土埋木は、200〜300年にわたって風雨による劣化、微生物による腐朽およびシロアリの食害などを免れてきたものである。この例外的な耐久性の一因としては、ヤクスギの抽出成分が大きく寄与していることが推定される。

 本研究は、ヤクスギ材抽出成分の有効利用を目指したもので、五編から構成され、第1編は序論、第5編はまとめである。

 第2編では、ヤクスギ材抽出成分の特徴について検討している。樹齢200年以上の天然生木の抽出物量の樹幹内における変化を調べ、ヘキサンおよびメタノール抽出物量は、心材内部より外側に向かって増加する傾向、特に、ヘキサン抽出物量において顕著であることを見出した。ヘキサン抽出物をGC-MS分析により精査し、セスキテルペンとジテルペンが中心であること、心材外層部には4-epicubebolとcubebolが多く含まれていたが、樹心に向かって減少すること、逆に、cubenolとepicubenolは樹心にゆくにつれて増加することを見出し、心材化の進行に伴いエージングシステムにより変換したことを推定している。また、cryptomerionも心材外層に向かって増加する傾向を認めたが、部位によりヘキサン抽出物の20%以上を占める例もあることから、何らかの刺激により大量に合成されたことを想定している。さらに、cedrolは個体により主成分として含まれるものと、全く検出されないものがあることから、ヤクスギにも遺伝的に二系統存在することを指摘している。本編では、さらに、土埋木および変色辺材部などの異常材の抽出成分についても検討を加え、抽出物量の顕著な増加、なかでもヘキサン抽出物の異常な増加を見出し、成分の特徴についても考察している。

 第3編では、ヤクスギ材抽出成分の生物活性について述べている。土埋木利用過程で出てくる廃材、鋸屑の抽出成分の有効利用を目的とし、木材腐朽菌、カビ類、ダニに対する生理活性成分の検討を行っている。木材腐朽菌に対して、メタノール抽出物よりヘキサン抽出物に有効性を認め、その活性成分としてcryptomeridiolを同定している。カビ類とダニに対する活性成分に違いがあることを見出し、抗ダニ活性成分を中心に考察し、非常に活性の強い、cryptomerionを単離同定し、含有量の比較的多い-eudesmolと共に活性の主体をなしていることを明らかにしている。

 第4編では、ヤクスギ材抽出成分の利用技術について検討を加えている。腐朽菌、ダニに対する活性成分の中心である含酸素セスキテルペン類の効率的な抽出方法を検討し、ヘキサン抽出、水蒸気蒸溜による抽出法と比較しながら、超臨界二酸化炭素による抽出条件を種々調べ、低圧力で時間をかけることにより可能であることを指摘している。ついで、材の精油成分の抗ダニ剤としての利用技術の開発を目指し、マイクロカプセル化の方法を検討し、ヒノキの精油で半年間、ヤクスギの精油では一年以上経過しても抗ダニ活性が持続することを見出し、マイクロカプセル化の有用性を明らかにしている。

 以上要するに、本研究はヤクスギ材抽出成分について、テルペン類を中心に成分的特徴を明らかにする中、興味ある知見を得るとともに、抽出成分の有効利用を計るため、種々の生物活性成分について検討し、さらに、活性成分の効率的抽出方法ならびに利用技術について考察したもので、学術上、応用上貢献するところが少くない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク