ヤクスギ材に含まれている抽出成分の特徴を明らかにし、それらの生物活性について研究することによって、加工廃材から抽出成分を取り出して付加価値の高い用途への利用をはかることを目的として本研究を実施した。 (1)ヤクスギ材抽出成分の特徴について ヤクスギ材抽出成分の全体的特徴を明らかにする目的で、207〜265年生の3本の天然生木の抽出物量の樹幹内分布を、円盤試料を25〜30年輪ごとに分割して調べた。ヘキサン及びメタノールで逐次抽出して得られた抽出物の量は、心材部において樹幹内側から外側に向かって増加する傾向が認められ、特にヘキサン抽出物はその傾向が顕著であった。 ヘキサン抽出物の成分分析を行ったところ、セスキテルペン類及びジテルペン類が多数検出された。いずれの個体にも心材外層部には4-epicubebolとcubebol(cubebols)が多く含まれていたが、これらは樹心に向かって減少していた。逆にcubenolとepicubenol(cubenols)は、樹心に向かって増加する傾向があった。このことはcubebolsの一部が、心材中でcubenolsに変換されることによるのでばないかと考えられた。このようなエージングシステムについて、日本産の樹木で具体的な例が見出されたのは初めてである。 またcryptomerionは心材外層に向かって増加する傾向が認められたが、心材の最外層部分でヘキサン抽出物のガスクロマトグラム中のピーク面積比で20%以上を占めている例もあり、何らかの刺激で大量に合成されることがあるものと考えられた。さらにcedrolは個体によって、主成分のひとつとして含まれるものと全く検出されないものとがあり、遺伝的な違いがある2系統がヤクスギに存在する可能性が示唆された。 次にヤクスギに特有の「土埋木」(藩政時代に伐採された樹齢の高いヤクスギの、切り株や林内放置材などを指す。必ずしも土中に埋まっているものではない。)に含まれる抽出成分の特徴を明らかにする目的で、ヘキサン、ジエチルエーテル、メタノール、熱水による逐次抽出と、ヘキサン抽出物の分析を行った。 土埋木中には合計で時として30%に近い抽出成分が含まれており、その過半はへキサン可溶成分であった。エーテル並びにメタノール可溶の成分も一般的なスギ材の分析結果よりもやや多かったが、熱水可溶成分はむしろ少なかった。 ヘキサン抽出物をガスクロマトグラフ(GLC)分析したところ、抽出物量の増加は主にセスキテルベン類の増加によるものであることがわかった。これらのセスキテルペン類のほとんどの成分は、より樹齢の低い天然生木にも微量成分として含まれていた。 土埋木端材を100年輪ごとに分割して、セスキテルペン類の材内での分布を調べたところ、風化・腐朽等による劣化の影響を受けていると思われる外側の部分を除くと、大多数の成分は採取位置による含有率変化の少ない安定した分布を示した。しかしcryptomerionは場所による含有率の変動が大きく、土埋木の分析結果からも、この成分は特定の時期に大量に蓄積されることがあることがわかった。 また天然生木の、組織的に何らかの異常があると思われる部分から得たヘキサン抽出成分について検討した。辺材の異常着色部分からは周囲の心材よりも多くの抽出物が得られ、そのヘキサン抽出物中にはelemol、cryptomerion、eudesmolsが多く含まれていることがわかった。一方でテルペン炭化水素類は少なかった。木理が交錯しヘキサン抽出物が異常に多く含まれている心材部分では、cubebolとcryptomerionの2成分が非常に高い含有率を示した。炭化水素類は辺材の異常着色部と同様少なかった。 このような組織的異常を示す部分のテルペン成分の変動については、今後スギの生体防御機構を解明する上でも興味深い課題のひとつと考える。 (2)ヤクスギ材抽出成分の生物活性について ヤクスギの土埋木が長期間にわたって腐朽等から免れてきた理由を、抽出成分の果たした役割から説明するために、木材腐朽菌に対する抽出成分の抗菌活性を調べた。 土埋木から得た抽出物をスギ辺材に注入して、オオウズラタケを用いた腐朽試験を行ったところ、ヘキサン抽出物には腐朽を阻害する作用が認められたが、ヘキサン抽出後にメタノール抽出して得た抽出物にはその効果は認められなかった。 ヘキサン抽出物を分画したものを培地に添加して抗菌活性を調べたところ、褐色腐朽菌のオオウズラタケと、白色腐朽菌のカワラタケとでは、効果のあるフラクションに違いが認められた。オオウズラタケは比較的極性の低いものから中庸のセスキテルペン類を多く含むフラクションに生育を阻害された。カワラタケは逆に極性の比較的高いフラクションに阻害された。カワラタケの生育を強く阻害するフラクションには、cryptomeridiolの他2つの未同定物質が主成分として含まれていることがわかった。 次にヤクスギの抽出成分を室内環境の改善の用途に利用する事を想定して、土埋木のへキサン抽出物について、抗ダニ活性及び抗カビ活性を調べた。 ヘキサン抽出物を減圧蒸留して揮発性の高いものを除去した残査部分(R)には、抗ダニ、抗カビ両方の効果が認められた。Rをシリカゲルカラムで分画したフラクションを用いた試験結果から、活性を示す物質は複数あると考えられた。抗ダニ活性を示すフラクションと、抗カビ活性を示すフラクションとは、必ずしも一致しなかった。Rに含まれる成分の一部として既に報告されているsandaracopimaradien-18al、sandaracopimaradienol並びにcryptomeridiolが同定された。 さらにヤクスギ土埋木のヘキサン抽出物について、抗ダニ活性成分の検索を行った。ヘキサン抽出物を揮発部と不揮発部とに分けて抗ダニ活性を調べたところ、不揮発部にはほとんど活性は認められなかった。そこで精油を分子蒸留し、抗ダニ活性が強く現れた蒸留残査についてシリカゲルカラム及びアルミナカラムで分画したフラクションを用いて抗ダニ活性試験を行った。その結果から、抗ダニ活性を示す物質は精油の中に複数存在すると考えられた。そのうち最も強い活性を示すものとして、cryptomerionが単離・同定された。またcryptomerionほど活性は強くはないものの、含有量が比較的多い-eudesmolについても、ヤクスギ土埋木抽出成分の抗ダニ活性の主体のひとつとなっていると考えられた。 (3)ヤクスギ材抽出成分の利用技術について さまざまな生物活性が期待される含酸素セスキテルペン類を、超臨界二酸化炭素を用いてヤクスギ材から効率良く抽出する条件について検討し、次のような結果を得た。 抽出温度を40℃で一定とした場合、抽出圧力80〜120kgf/cm2、抽出時間2〜8時間の範囲では、圧力及び時間が増大するにつれて抽出物の収率は増加した。得られた抽出物をGLC分析したところ、圧力120kgf/cm2で抽出されたものは、ヘキサン抽出物とほぼ同様の成分組成を示した。80〜100kgf/cm2で抽出した場合には、抽出物全体の収率は低くなったが、抽出物中に占めるジテルペン等の揮発しにくい成分の割合が少なくなり、目的とする含酸素セスキテルペン部分の含有割合が高いものが得られた。 水蒸気蒸留によって得られる精油では、低沸点のセスキテルペン炭化水素の占める割合が高く、一方ヘキサンのような溶剤で抽出した場合には、不要な成分が同時に溶け出してくるという難点がある。超臨界二酸化炭素による抽出は、これらの問題点を克服して、活性成分を含む含酸素セスキテルペン類を選択的に抽出するために適した抽出条件を設定できると考えられた。 次に材の精油が持つ抗ダニ活性を利用することを目的として、ヤクスギ並びにヒノキの精油をスプレードライ法でマイクロカプセル化したものを調製し、それらの抗ダニ活性について調べた。 スプレードライ処理で、精油成分のうちモノテルペン及び低沸点のセスキテルペン類と思われる、GLCでの保持時間20分未満の部分が消失もしくは減少した。また1年間の室内放置によって、マイクロカプセル中の精油の組成に変化がみられ、ヒノキ精油のカプセルとヤクスギ精油のカプセルとでは揮散成分に差異があることがわかった。すなわちヒノキ精油のカプセルの方がより高沸点の精油まで揮散していた。 これらのマイクロカプセルについて抗ダニ活性を1年にわたって経時的に調べた。その結果ヒノキの精油を用いたものは半年間、ヤクスギ精油から調製したマイクロカプセルの場合には1年間室内放置した後も、ダニの動きを押さえる活性は残っていることが確かめられた。このような揮散の仕方や抗ダニ活性の持続性の違いは、原料精油の成分組成の違いのほかに、マイクロカプセルの形状とも関係があると考えられた。 |