学位論文要旨



No 212655
著者(漢字) 西村,拓
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,タク
標題(和) 降雨による表層クラストの形成が土層の物理性・受食性に及ぼす影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 212655
報告番号 乙12655
学位授与日 1996.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12655号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 助教授 山路,永司
 東京大学 助教授 宮崎,毅
内容要旨

 降雨中には、雨滴の作用や地表面流去水の作用で表層クラストの形成という土壌構造の変化が生じる。雨水の利用や侵食の対策という立場から、クラスト形成による透水性の変化の把握は重要な課題となってきた。しかし、地表面の薄い土層であるという小さなサイズや降雨中に形成して降雨中に大きな影響を及ぼす割には降雨後の持続性がないという特徴から、クラストの性質や形成のメカニズムには不明な点が依然として多い。

 本研究では、室内人工降雨装置を用いた実験を行い、湿潤地域の非塩類土壌における表層クラスト形成のメカニズムとその影響について知見を得た。

 供試土は、火山灰土(山梨粘土ローム)と酸性土(国頭マージ)の二つを用いた。母材は異なるが、いずれもLiC、CLという類似した土性を持つ試料で、透水係数が非常に大きく実験に用いた降雨強度の10倍以上の値を持っていた。実験には、供試土の3mm篩い通過分を必要に応じて水分調整して使用した。

 室内人工降雨装置は自作のもので、実験では強度、32±2.2mmh-1の降雨を与えた。このときの降雨エネルギーは450Jm2h-1である

 長さ50cm幅30cm深さ10cmのアクリル製の箱に供試土を詰めて行ったライシメータ実験と内径8.5cm長さ60cmの円筒土層を用いたカラム実験を行い、表層クラスト形成に伴う、降雨の浸透、地表面流出並びに土壌流亡量の変化を調べた。さらに、形成のメカニズムに関して、団粒の破壊、クラストの構造、および石膏の施用がクラストの形成に及ぼす影響を調べた。各降雨実験後には、ライシメータ、円筒土層の表面から土壌試料を採取して、土壌の物理性、化学性の変化を調べた。

 Fig.1は、山梨粘土ロームに降雨を与えたときの地表面流出の様子である。供試土の非常に大きな透水性から地表面流出が発生しないことが予想されたが、実際には、降雨開始後20分で地表面流出が発生した。国頭マージについても、発生の時間は異なるが同じ傾向を示した。

 Fig.2は、山梨粘土ロームのカラム土層内の定常時のマトリックポテンシャル分布である。表層クラストのない場合のポテンシャル分布との比較から 前述の、予想外の地表面流出の発生は地表部の土壌の物理性の変化を反映していることがわかる。特に表面から深さ0.5cmまでの層における大きな動水勾配は、この部分の土層の透水性がきわめて小さいことを示している。山梨粘土ローム、国頭マージとも地表部のクラストの透水係数は、10-5cms-1で降雨前の透水係数の1000分の1から10000分の1まで低下したことが明らかになった。

図表Fig.1(■)Runoff from 11* slope during 1st to 4th rainfall(Yamanashi moist soil) / Fig.2 Matric potential profile for steady infiltration during rainfall(Y wat3)

 クラスト土層は、ポテンシャル分布から3層に分類された。すなわち、地表から0.5cmの所までのクラスト層とその下、0.5から5〜7.5cmの深さまでの遷移層、さらに下方のクラスト形成の影響をほとんど受けていない3番目の土層である。国頭マージの場合も、各層の厚さは異なるが同様の3層構造を示した。

 Fig.3は、クラスト形成に伴う各深さの土壌の乾燥密度の変化量を示したものである。図中の横棒は各データの標準偏差で、3層構造のうち最表層である地表面から0.5cmのクラスト層で20〜30%という大きな増加が見られた。

Fig.3 Changes in bulk density profile due to 〓

 2番目の遷移層について、この層における土壌物理性の変化を知るために不飽和透水係数の決定を行った。

 Fig.4は国頭マージについての結果で、降雨前の供試土とクラストの下方、深さ0.5〜1.5cmの層と1.5〜3cmの層の不飽和透水係数を示した。マトリックポテンシャル-1〜-2kPaの領域では、クラスト直下の層の不飽和透水係数は降雨前の供試土よりも小さな値を示したが、-3〜-4kPa付近では漸近していく傾向を示した。この結果から、降雨中に分散土粒子の土中への流入によるクラストの下方の土層における間隙の目詰まりがわかる。

Fig. Unsaturated hydraulic conductivity of Maji soil(crust topped. drinage process)axis shows saturated hydraulic conductivity of Maji soil)

 地表面流出水中の土砂濃度の変化から、今回用いた粘性土では、クラストが形成すると地表面流出が増す一方でクラスト部の耐食性は強くなることがわかった。実際の園場では、植生や石の陰などクラストの出来にくい弱い部分があるため、クラストが形成すると、たとえクラスト部の耐食性が高くとも、園場内の弱い部分に地表面流出を集中させてリルやガリ等の深刻な浸食のきっかけを作るものと考えられる。

 クラスト形成のメカニズムを解明するために一つ一つの団粒に水滴を一滴ずつ落下、衝突させる団粒破壊実験を行った。この実験では、水滴径、団粒径ならびに団粒の初期水分の組み合わせ12通りの条件について行った。Fig.5に団粒破壊実験の結果の一部を示した。団粒径が水滴径よりも小さな場合には、団粒の崩壊は、初期水分に大きく依存した。すなわち、風乾土では、降雨開始後速やかに全ての団粒が崩壊するが、初期水分が増すにつれて崩壊が少なくなり、破壊実験前に充分湿らせた団粒は、4000Jm-2(200〜300mmの降雨に相当)でも半分位しか崩壊しなかった。団粒径が水滴径よりも大きな場合は、団粒の崩壊は初期水分に依存せず、▼と同じ変化を示した。引き続いて行った同じ試料、水滴条件を用いたクラスト形成実験では、クラストの構造から同じ結果が導かれた。すなわち、表層クラストの形成は土壌の性質のみならず水分、降雨の性質といった「条件」に左右される。

Fig. Collapes of aggregates due to raindrop impact(Maji,air dry)

 国頭マージの様な酸性土壌では、土壌中のAlの植物根への生理障害を防ぐために石膏やCaCO3などのCa塩を散布する。このとき生じる土壌中の交換性Alと石膏のCaの交換は、塩類土壌での改良でよく用いられるNaとCaの交換とは逆に粘土粒子の拡散二重層を広げて、土壌の分散性を高める可能性がある。そこで、石膏を施用したライシメータ実験を行い、石膏を施用した際の地表面流出とライシメータ底部からの排水について、電気伝導度(EC)、pH、Ca2+濃度の測定を行った。

 Fig.6に示したように、石膏の施用によりクラストの形成並びに地表面流出の発生が促進された。このとき、ライシメータ底部からの排水中のECは、降雨中常に小さな値を示した。特に、供試土の初期含水比が25%の場合には、底部からの排水のECは、降雨開始後150分間は降雨とほぼ同じ値を示した。地表面では石膏の施用により高濃度の石膏水溶液が土中に浸透しているため、土層中に流れ込んだ石膏(CaSO42H2O)がライシメータ内の土壌に保持されたことがわかる。

Fig. Effects of initial water contents and gypsum application on runoff event (C〓 and open 〓te show results of 〓ry mo〓 〓 respectively)

 降雨後、ライシメータ内から土壌を採取して交換性陽イオンを測定した結果、土壌の交換性Ca2+は、石膏を与えた降雨の後に大きく増加し、同時に交換性Al3+がCa2+の増加とほぼ同量減少した。このことから、地表面に施用した石膏は、降雨に溶けて土中に浸入し、土壌中の交換性Alと交換して土壌に吸着したと考えられる。さらに、Ca2+と交換して土壌溶液中へ出てしまったAl3+は、直ちに水と反応して、難溶性の水酸化Alを形成するためにライシメータ底部からの排水のECが小さな値を示したものと考えられる。

 水酸化Alには、コロイドの凝集効果もあることが報告されているが、土壌懸濁液凝集沈降実験から降雨実験で用いたような短い時間スパンでは、石膏の施用はマージの分散を促進し、長時間になると凝集を進めるということが明らかになった。すなわち、短時間では、一般に反応が速いAl-Caイオン交換による粘土粒子周辺の拡散二重層の拡大が分散を進め、時間が長くなると、水酸化Alの析出による凝集作用が効いてきたものと考えられる。

審査要旨

 畑地の表面では、降雨中、雨滴の衝撃や雨水の地表流下などの作用によって土壌構造の変化が生じ、表層クラストという薄い土層が形成される。この表層クラストは、水の浸透や地表流出あるいは土粒子の流亡に大きな影響をおよぼし、雨水やかんがい水の有効利用あるいは土壌侵食の防止を図る上で重要な因子である。

 本論文は、人工降雨装置を用いて、侵食性の大きい国頭マージおよび山梨粘土ローム土壌における表層クラストの性質と形成メカニズムおよび雨水や土粒子の挙動におよぼす影響を解明したものであり、9章より構成されている。

 第1章は、序論であり、従来の研究を論評し、本研究の必要性と課題を述べている。

 第2章は、表層クラストの発生装置および形成された表層クラストの物理性測定方法の開発について述べたものであり、(1)強度が約32mmh-1、エネルギーが約450Jm-2h-1の降雨を発生するように試作した、貯水槽、モーター、ポンプ、バルプ、電磁弁、タイマー、128本の0.5mm径の針からなる降雨発生装置、(2)1滴ずつ水滴を発生するように試作した、ベリスタポンプと針からなる単滴発生装置、(3)土層への降雨の浸透、地表水の流出、土粒子の飛散および流出が個別に計測しうるように試作した、底部に排水口、地表下流端に三角フリュームを持ち、5cm厚さの標準砂の上に供試土壌を5cm厚さに充填して、周辺がステンレス製パンで囲まれた30×50cmの傾斜ライシメータ、(4)表層クラストの硬度を計測するように試作した、径1.5-4.0mmのブローブ、圧力変換器からなるペネトロメータの構造を明らかにしている。

 第3章は、表層クラストの形成のメカニズムについて述べたものであり、団粒破壊の様相からみて表層クラストの形成には、大雨滴によるスレーキング破壊微粒子からなる無構造層の形成というスレーキング型、小雨滴による衝撃破壊粒子の間隙閉塞層の形成という非スレーキンブ型の2機構が存在し、その発現は初期水分、団粒径、雨滴径の影響を受けることを発見した。

 第4章は、形成された表層クラストの物理性について述べたものであり、表層クラストは約3mm厚さで、乾燥密度が最大0.55g/cm3ほど増大し、透水係数が10-5〜10-6cm/sであり、水分特性は大きい空気侵入値、多量の微細間隙を示す形態であり、粒径組成は変わらないものの団粒組成は小粒化の傾向を持ち、硬度は2日乾燥を経ると3,000kPaにもなることを明らかにした。

 第5章は、表層クラストが水の浸透に及ぼす影響について述べたものであり、表層クラストの形成により土層の平均浸透速度の低下が発生し、定常マトリックポテンシャル分布がクラスト部分の直線域、その直下2mm厚部分の遷移域、深部の一定域という特徴的な3領域に分かれて形成されることを発見し、表層クラスト形成の影響は地表0.5-7.0cm厚さにまでおよぶことを明らかにした。

 第6章は、表層クラストの形成が斜面における雨水の地表面流出におよぼす影響について述べたものであり、表層クラストの形成により雨水の流出速度はそれほど変化しないが、地表面流出の発生時刻が極めて早くなる。また、傾斜の影響も同様の傾向にあることを明らかにした。

 第7章は、表層クラストの形成と耐食性の変化について述べたものであり、地表面流出水による土砂流出は傾斜が大きくなるにつれて増大するが、表層クラストの形成により半分以下に減少する。また、それは乾燥土壌の方が湿潤土よりも少ない。飛散土砂量は、傾斜が大きくなると減少し、表層クラストの形成により減少することを示し、流亡土砂総量でみるとクラストの形成が土壌の耐食性を増していることを明らかにしている。

 第8章は、酸性土壌における土壌改良剤としての石膏の施用と表層クラストの形成および耐食性の関係について述べたものであり、石膏の施用はクラストを形成し地表面流出を促進し、飛散土砂量の減少による耐食性の増加があるが初期水分に影響される。この石膏の作用は、短い時間スパンではCa2+の吸着による拡散二重層の拡大が土粒子を分散し、長い時間を経てはCa1+と交換して土壌溶液中に出てきたAl3+が水酸化Alを形成し、土粒子の凝集を促進すると解析している。第9章は結論を述べている。

 以上を要するに、本論文は、表層クラストの物理を克明に解明し、作物生産における水および土壌の管理、土壌侵食防止や自然環境管理における工学的技術の開発に寄与する多くの知見を明らかにし、土壌物理学、農地工学、かんがい工学に貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位に値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50975