酒造工場や、その他の食品工業排水の処理法として、酵母による排水処理システムが実用化されている。このシステムは、排水中の少糖類、有機酸、脂肪酸など有機物を、主にHansenula属の酵母により好気的に処理するもので、高BOD値の排水を短時間に低負荷にする優れた特徴をもつ。ところが、食品工業排水には生デンプンを主成分とする洗米排水や、セルロース、ヘミセルロースを主成分とする焼酎蒸留排水など、難分解性多糖類を多量に含むものが多い。従来の排水処理用酵母は難分解性多糖類を分解する能力が乏しく、これらの点の改善が望まれている。本研究は、これらの問題の解決を目的としてなされたものであり、2編からなっている。 第1編では、生デンプンやヘミセルロースなどの分解酵素を生産分泌する新規酵母の分離及びその分泌酵素について検討している。まず、生デンプンプレート上で大きなハローを形成する新規酵母を1株取得した。本酵母は生デンプンだけでなく、キシラン及びペクチン分解酵素など多様な難分解性多糖類分解酵素を生産するものであり、形態、化学的、生理的性質より担子菌系不完全酵母のCryptococcus属酵母であると同定された。次に、本酵母が生産する生デンプン分解酵素を精製し、分子量約66,000であり、アミロースの分解パターンから-アミラーゼであることを明らかにした。精製酵素を使用して調製した抗体を用いて、cDNAをクローニングし、続いて染色体DNAをクローニングした。本アミラーゼをコードする遺伝子の塩基配列の解析から、N末端に26アミノ酸からなるシグナル配列をもち、成熟蛋白は611アミノ酸よりなることが示された。成熟蛋白のN末端496残基まではAspergillus oryzaeの-アミラーゼと高い相同性(49.7%)が、それに続くC末端領域(約100アミノ酸)はAspergillus nigerのグルコアミラーゼIのC末端領域と相同性が認められた。本アミラーゼをコードしているcDNAを用いて作製したC末端領域欠失変異アミラーゼは、生デンプン吸着性及び分解力の消失が観察された。 さらに、本酵母が生産するキシラン分解酵素を精製し、分子量22,000、等電点7.4のエンド型キシラナーゼであることを明らかにした。本酵素をコードしているcDNA及び染色体遺伝子をクローニングし、その塩基配列を決定した。推定されるアミノ酸からファミリーGグループに分類されるキシラナーゼと高い相同性が認められた。 これら2つの酵素の生産誘導条件を調べ、また、これらの遺伝子のプロモーターの塩基配列の比較から転写レベルでの制御について考察している。 第2編では、セルロース系固形物に対し凝集促進性を有する酵母の分類とその芋焼酎蒸留排水処理への利用について検討している。まず、焼酎蒸留排水を効果的に固液分離させる微生物を自然界より幅広く検索した結果、排水中の固形分に強く吸着しそれらを凝集させる性質を有する微生物M111株を分離することに成功した。分類学的検討から、本菌はGeotrichum属酵母と同定された。M111株は、芋焼酎蒸留排水に107個/ml程度添加し、軽く撹拌するだけで直ちに排水固形物を凝集させる効果を持つ。その凝集物はガーゼ様の濾布で容易に濾別することができ、芋焼酎蒸留排水中の繊維質の固形物のほとんどを凝集塊として簡単に分離させることが可能であった。このことから、今まで有効な固液分離の処理法がなく、その多くを海洋へ投棄することで処分されてきた芋焼酎蒸留排水の処理に本菌が利用できる可能性が示された。 芋焼酎蒸留排水固形物に対する凝集促進性は、本菌が固形物に強く吸着し、菌体が架橋物として固形物同士を結合させることによることが顕微鏡による観察で推定された。本菌は芋焼酎蒸留排水固形物だけでなく、アビセル(微結晶セルロース)、セルロースパウダー、濾紙セルロース、パルプ排水、トマトジュース固形物などセルロース系固形物一般に対して、強い凝集促進性を示したことから、本菌の芋焼酎蒸留排水固形物への吸着凝集性はセルロース繊維に対する吸着によると推察している。本菌を用いた芋焼酎蒸留排水のプラントレベルでの処理試験においても顕著な効果が認められ、実用可能であることを示している。 以上、本研究は食品工業、特に酒類製造における排水処理用酵母の機能開発に関するもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |