学位論文要旨



No 212658
著者(漢字) 村田,憲昭
著者(英字)
著者(カナ) ムラタ,ノリアキ
標題(和) 光学活性昆虫フェロモンの合成研究
標題(洋)
報告番号 212658
報告番号 乙12658
学位授与日 1996.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12658号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 鈴木,昭憲
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 助教授 渡辺,秀典
内容要旨

 本論文は、光学活性昆虫フェロモンの合成に関するもので三章よりなる。

 第一章では、南アメリカのカメムシ(Euschistus heros)の雄が生産する性フェロモンである2,6,10-トリメチルトリデカン酸メチル(1)の合成について述べる。この天然フェロモンは立体化学も含めた最終構造決定が未だなされていない。

 まず、第一節では、ラセミジアステレオマー混合物(1)の合成について述べる。シクロプロピルメチルケトン2を出発物質とし、グリニャール反応、Juliaのシクロプロパンの開裂反応を利用してブロモ体3とした後、更に、

 

 同様の反応を経由して増炭を行ないブロモ体4へと導いた。4はマロン酸エステル合成、次いで脱メトキシカルボニル化、水素添加反応を行なって、目的とするラセミジアステレオマー混合物(1)を得ることに成功した。全収率は2より7工程で30%であった。天然フェロモンと合成品のマススペクトルの比較や、ガスクロマトグラフィー分析の結果より、天然物はAldrichらが提出した構造であると確認できた。

 第二節では天然フェロモンの絶対立体配置を決定するために、入手容易な光学活性化合物を出発原料として8種の光学異性体すべての合成を行なった結果について述べる。

 

 すなわち、(R)-及び(S)-シトロネロール5を出発物質とし6工程を経て光学活性なビルディングブロック(S)-及び(R)-6をそれぞれ合成した。また、(S)-及び(R)-ヒドロキシ-2-メチルプロパン酸メチル7を出発物質とし、3工程を経て(S)-及び(R)-8へと変換した後、グリニャールカップリングを行なって増炭し、更に3工程を経て光学活性なビルディングブロック(R)-及び(S)-9をそれぞれ合成した。(S)-及び(R)-8からは3つめのビルディングブロックである(S)-及び(R)-10を2工程で合成した。6と9をスルホンアルキル化反応によるカップリングを行ない、更に数工程を経て4種の光学異性体11を合成した。11と10もまたスルホンアルキル化反応によるカップリングを行なった。次いで脱スルホン化、官能基変換を行なって目的とする8種の光学異性体すべての合成を達成した。全収率は6より33-42%(10工程)、10より64-84%(5工程)であった。ガスクロマトグラフィー分析では天然物の絶対立体配置を決定するまでには至らず、現在のところ生物活性試験を依頼している。この結果より、天然フェロモンの絶対立体配置が決定できるものと期待される。

 第二章では、シュロゾウムシ(Rhynchophorus cruentatus)の雄が生産する集合フェロモン、(4S,5S)-5-メチル-4-オクタノール(cruentol,12)の合成について述べる。この化合物の高光学純度の合成は未だ達成されておらず、比旋光度の報告もない。

 

 ブタすい臓リパーゼ(PPL)による不斉加水分解により得られる光学活性なビルディングブロックであるエポキシアルコール15を出発原料とし、エポキシドの開環反応、有機銅試薬による増炭反応を鍵段階として目的とするcruentol12を光学純度99.3%e.e.で合成した。全収率は15より8工程、26%であった。また、比旋光度も明らかにできた。

 第三章では、ファラオアリ(Monomorium pharaonis)の道しるべフェロモンである(3S,4R,6E,10Z)-3,4,7,11-テトラメチル-6,10-トリデカジエナール(faranal,18)の新規合成について述べる。既報の合成法は、全収率や光学純度が低い。

 ジエン部分合成の出発物質であるプロピン19より数工程で20とした後、トリメチルアルミニウム、水、及びジルコニウム試薬を用いて末端アルキンをビニルアルミニウムに変換、ヨウ素で処理して立体選択的にヨードジエン21を得た。キラル部分はメソ体酸無水物22を出発物質として調製した。22を数工程でtrans-エポキシド23とした後、キラルなリチウムアミドを用いる不斉開裂を行なって24とした。24は数工程で、ヨウ化物25に変換した。21と25をt-ブチルリチウムを用いてカップリングを行なった後、更に2工程で目的のfaranal18を得ることができた。全収率は19より8工程12.5%、22より13工程8.3%であった。本合成法は既報の合成法より全収率、光学純度の面で優れている。

 

 以上のように本論文は、光学活性昆虫フェロモンを扱ったものである。第一章では光学活性化合物を不斉源とし、全立体異性体の合成を達成した。第二章では生化学的方法で光学活性なエポキシアルコールを調製し、エポキシドの開環反応、有機銅試薬による増炭反応を鍵反応として目的物を光学純度よく得ることができた。第三章では、有機金属試薬による高立体選択的三置換オレフィンの構築とキラルなアミンを用いる化学的不斉合成を行ない目的物の合成を達成した。このように、目的物の立体化学に応じ、的確な不斉導入のアプローチによって3種類の光学活性フェロモンの合成を達成した。

審査要旨

 本論文は不斉炭素を有する昆虫フェロモンの化学合成に関するもので三章よりなる。昆虫の行動をコントロールする化学情報伝達物質である昆虫フェロモンはその生態学的研究の面だけでなく農薬としての応用面からも重要な物質である。著者はこの点に着目し、三種の不斉炭素を有する昆虫フェロモンについて絶対立体配置を含めた構造決定や新規で効率的な合成法の開発を目的として以下の合成研究を行った。

 序論で本研究の背景や意義を概説した後、第一章では、南アメリカのカメムシ(Euschistus heros)の雄が生産する性フェロモンである2,6,10-トリメチルトリデカン酸メチル(1)の合成について述べている。この天然フェロモンは立体化学も含めた最終構造決定が未だなされていない。

 まず第一節では、平面構造確認のために行った短工程のラセミジアステレオマー混合物(1)の合成について述べている。シクロプロピルメチルケトン2を出発物質とし、グリニャール反応、Juliaのシクロプロパンの開裂反応を利用し3とした後、同様の反応でブロモ体4を得た。4から数工程で目的のラセミジアステレオマー混合物(1)に導いた。天然物と合成品のマススペクトルや、ガスクロマトグラフィー分析より、天然物はAldrichらが提出した構造1であると確認できた。

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 第二節では天然物の絶対立体配置を決定するために行なった8種の光学異性体すべての合成について述べている。まず、シトロネロール5の両鏡像体から数工程で光学活性なビルディングブロック(S)-及び(R)-6をそれぞれ合成した。また、(S)-及び(R)-7をから出発し、(S)-及び(R)-8を経由後、光学活性なビルディングブロック(R)-及び(S)-9をそれぞれ合成した。3個のビルディングブロックである(S)-及び(R)-10も8の両鏡像体から合成した。

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 6と9のスルホンアルキル化反応によるカップリングを行なった後数工程で4種の光学異性体11を合成した。11と10もまたスルホンアルキル化反応を利用し、更に数工程で目的とする1の8種の光学異性体すべての合成を達成した。ガスクロマトグラフィー分析では天然物の絶対立体配置を決定するまでには至らず、現在これらの生物活性試験中である。その結果により、天然フェロモンの絶対立体配置が決定できるものと期待される。

 第二章では、シュロゾウムシ(Rhynchophorus cruentatus)の雄が生産する集合フェロモン、(4S,5S)-5-メチル-4-オクタノール(cruentol,12)の合成について述べている。この化合物の高光学純度の合成は未だ達成されておらず、比旋光度の報告もなかった。

 ブタすい臓リパーゼによる不斉加水分解で得られる光学活性なビルディングブロック15から出発し、エポキシドの開環と、有機銅試薬による増炭を鍵反応として目的のcruentol12を光学純度99.3% e.e.で合成した。この合成により不明であった天然型フェロモンの比旋光度も明らかになった。

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 第三章では、ファラオアリ(Monomorium pharaonis)の道しるベフェロモンである(3S,4R,6E,10Z)-3,4,7,11-テトラメチル-6,10-トリデカジエナール(faranal,18)の新規合成について述べている。18に関してこれまでに知られている合成法では、全収率や光学純度が低い点に問題があった。

 ジエン部分合成の出発物質であるプロピン19から20を得、末端アルキンにメチル基とヨウ素を導入して21とした。キラル部分はメソ体22から得られるtrans-エポキシド23のキラルなリチウムアミドを用いた不斉開裂反応で24とし、さらに数工程でヨウ化物25に変換した。21と25をカップリングし、目的のfaranal18に導いた。本合成法は既報の合成法より全収率、光学純度の面で優れている。

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 以上本論文は、絶対立体配置を含めた構造決定や効率的新規合成法の開発を目的として三種の不斉炭素を有する昆虫フェロモン合成を行ったもので、光学活性原料の利用ばかりではなく酵素反応や不斉反応を駆使しており、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、申請者に対し博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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