Actinobacteriaの菌種のうち、従来コリネフォルム細菌といわれていた細菌は、種の区別に有効な生理・生化学的性状が乏しいため、主な化学分類学的性状を属の主要な鑑別点としている。しかし、この様な化学分類学的手法によって属の概念が明確に規定された結果、化学分類学的性状の分類学的意義について十分検討されることもないままに、僅かな化学分類学的性状の違いに基づいて、新属が提案されてきた。 近年、リボソームRNA塩基配列に基づく同定・分類は簡便で迅速であることから、現在ではこの方法が微生物全体の分類・同定の主流となってきている。Actinobacteriaの細菌についても多くの菌株の16SrRNA塩基配列に基づく系統解析が進み、属より上の細菌全体の高次分類体系が明らかにされてきているが、同時に、今まで分類に用いられてきた性状、例えば形態(球菌あるいは桿菌)や特定の機能、あるいは化学分類学的性状、といった性状による分類と16SrRNA塩基配列に基づく系統分類とが必ずしも一致しないことも明らかになってきている。この様なことから、Actinobacteriaの分類で有効とされてきた化学分類学的性状の1つである細胞壁組成を、細菌分類の重要な鑑別点として使用することの意味について見直す必要性が出てきた。 グラム陽性細菌の細胞壁は主にペプチドグリカンと、これに共有結合した形の多糖より構成される。従って、この様な存在形態の多糖はペプチドグリカンの構成成分の1つと見なすことが出来るが、その糖組成については、アラビノガラクタンを含む菌種以外ではこれが分類学的に重要であるとは認められていない。 そこで、第2章において、これまで広範囲に調べられたことのないコリネフォルム細菌あるいは"放線菌とその関連細菌"とされていた桿菌と、Micrococcus、Deinococcus両属等の球菌、及び形態的には原始的な放線菌であり化学分類学的性状がコリネフォルム細菌と似ているPseudonocardiaceae科の菌種の細胞壁糖組成の分類学的意義について検討を行った。その結果、これらは細胞壁の多糖体として存在し、多糖体の種類(中性多糖体か酸性多糖体)は属によって一定であったが、糖組成は属を特徴付けるものではなかった。Pseudonocardiaceae科は16SrRNA塩基配列の解析に基づいてまとめられた科であり、この科に属する全ての菌種で全菌体糖組成としてarabinoseが認められたが、多糖体としては、アラビノガラクタン、arabinoseが認められるものの僅かでありアラビノガラクタンとは考えられない多糖体、あるいは、arabinoseを全く持たない多糖体の3種類が混在していた。一方、同一種では、菌株の糖組成やモル比は一定で種によってまとまり、種を鑑別する性状の1つになりうることが明らかになった。これらの結果は、グラム陽性高G+C球菌であるMicrococcus属菌種や、Deinococcus属菌種でも同様であることが確認された。分類と細胞壁多糖体との関係をより明らかにするためには細胞壁多糖体の構造を明らかにすることは必要なことと考えるが、mycobacteriaのアラビノガラクタン以外、細胞壁多糖体の構造については殆ど調べられたことはない。そこで、細胞壁多糖体の構造と分類との関係を明らかにするため、Microbacterium属の代表的な4菌種の基準株について細胞壁多糖の構造を検討した。多糖体の構造については完全に解明までには至らなかったが、その糖鎖の結合様式は、同一属では基本的に類似した構造であり、種によってやや異なることが明らかになった。しかし、1属4種だけの結果であるので全ての属種に当てはまるかどうかは今後の問題である。 第3章においては、これらの菌種の細胞壁糖組成及びペプチドグリカンのムレインタイプの系統分類学的意義について考察した。現在、Actinobacteriaといわれる高G+C含量のグラム陽性菌は、Goodfellowらによる16SrRNA塩基配列に基づく系統分類により、近縁な属をまとめて19の科に整理されている。そこで、それぞれの科に属する系統的に近縁な菌種の細胞壁組成を比較し、その多様性を検討することによって、これらの性状の系統分類学的意義について検討を行った。 その結果、ペプチドグリカンのジアミノ酸としてmeso-、ないしはLL-ジアミノピメリン酸(DAP)を持つ菌種においては、細胞壁アミノ酸、あるいは糖組成の何れにおいても、それぞれの科レベルで共通性が認められ、細胞壁組成は系統分類を反映していることが判明した。従って、これらの性状は分類学的鑑別点として十分意義があるものと考えられる。一方、ペプチドグリカンのジアミノ酸としてLysあるいはOrnを持つ菌種においては、細かく規定されたムレインタイプは必ずしも系統分類を反映しているわけではなかった。しかし、ムレインタイプはその菌種のペプチドグリカンの構造を表し、その違いは種を特徴付ける重要な性状の1つである。従って、他の化学分類学的性状との組み合わせによって、属を区別することができ、分類学的性状として十分有効であることが明らかになった。 第4章において、第3章までで述べた研究の過程で、これまで分類学的位置が不明確なまま残されていた菌株と、新たに分離された菌株について分類学的研究を行い、Microbacterium属の2新種と1種の本属への移籍、Aureobacterium属の6新種と1種の本属への移籍、及びBrachybacterium属の3新種の提案をし、更に、新属Leucobacterを提案したが、該属は、ペプチドグリカンのジアミノ酸として2.4-ジアミノ酪酸(DAB)を持つが、他のDAB含有細菌とは系統的に離れており、これまでペプチドグリカン組成として見つかったことのない-アミノ酪酸(GABA)を持つ特異な菌種である。Microbacmterium属の新種のうち、Microbacterium dextranolyticumは、産業的に広く利用されてきたものの、Flavobacterium属菌種として正しい分類学的位置が判明していなかった菌種である。Aureobacterium属の新種のうちAureobacterium keratanolyticumは、Aureobacterium属菌種では今まで知られていなかったペプチドグリカン構造を持ち分類学的にも重要な位置を占める菌種であると考えられる。又、分類学的位置が不明であった"Micrococcus conglomeratus"や"Micrococcus roseus"は球菌とされてきたが、培養の初期には桿菌となることが確認され、Brachybacterium属の新種であることが判明した。 この様に、これらの菌種は何れも分類学的には重要な意味を持ち、Actinobacteriaグループの種多様性の認識、分類の進展に十分寄与するものである。 |