ナトリウム利尿ペプチドファミリーは、体液量および血圧の調節に関与するペプチドホルモン群で、3種の関連ペプチド、即ちatrial natriuretic peptide(ANP),brain natriuretic peptide(BNP),およびC-type natriuretic peptide(CNP)より構成される。また、これらナトリウム利尿ペプチドに対するレセプターにも3種類が知られている。 本論文は、微生物の代謝産物中にANPのレセプターに対する結合阻害作用を有する物質を検索し、その化学構造と生物活性について論じたもので、本文2章と序論および考察とよりなっている。 第1章では、活性物質の検索と、単離・構造解析について論じている。まず、レセプターが高密度に発現しているウサギ腎皮質膜画分をレセプター源とし、125Iで標識したラットANP(125I-rANP)の結合を測定するレセプターアッセイ系を確立した。この系を用いて、125I-rANPの結合阻害を指標に約8000株の微生物の培養液を検索し、最終的にAureobasidium sp.KAC-2383の培養液中に強い阻害活性物質が再現性良く生産されることを見いだした。続いて、阻害活性本体の精製を行い、同菌の培養液90Lから、顕著な阻害活性を有する2.3gの活性分画(HS-142-1)を得た。 活性分画、HS-142-1に対する、NMRおよびIR分析の結果、HS-142-1は、直鎖状に1,6結合したグルコースにカプロン酸が結合した新規な脂質多糖であることが示唆された。同分画をHPLC,2次元NMR、質量分析等を用いて詳細に検討した結果、HS-142-1は、図1に示すように、主に3位に0〜1個のカプロン酸がエステル結合したグルコースが、1,6結合により直鎖状となった、糖鎖長の異なる脂質多糖の混合物(分子量3000〜6000)であることが明かとなった。 図1 HS-142-1の推定構造 なお、混合物を個々の成分に分離する事には成功していないが、それらの阻害活性は相互にほとんど差異のないことが示唆された。 第2章では、HS-142-1の生理活性に関して論じている。HS-142-1は、ウサギ腎皮質のANPレセプターと125I-rANPとの結合を、0.3g/mlで50%阻害したが、125I-Angiotensin-II、および125I-Endothelinの、それぞれのレセプターへの結合に対しては100g/mlという高濃度においても影響を与えず、HS-142-1がANPとそのレセプターの結合を選択的に阻害することが明かとなった。 次に、HS-142-1のANPレセプターのサブタイプ間の選択性を、A型およびB型レセプターを選択的に発現しているウシ副腎皮質膜画分、およびC型レセプターを主に発現したウシ肺膜画分を用いて検討した。即ち、レセプター結合実験、およびアフィニテイクロスリンキング実験の結果から、HS-142-1は、C型レセプターにはほとんど結合せず、グアニル酸シクラーゼをもつA型およびB型のANPレセプターに対し高い選択性を有していることを明かにした。また、阻害様式の解析から、125I-rANPに対する阻害は拮抗的であることが示唆された。 さらに、HS-142-1の生理活性を、ウシ副腎皮質、肺およびPC12細胞におけるANPのcGMP産生を指標に検討した。HS-142-1は、ウシ副腎皮質および肺膜画分のcGMP産生に対し、単独では全く活性を、示さず、ANPによるcGMP産生を10g/mlで明らかに抑制した。また、PC12細胞のANP、BNPおよびCNPによるcGMPの産生も同様に阻害した。これらの結果から、本論文の著者は、HS-142-1は、アゴニストではなくアンタゴニストとしての活性を持つものと結論した。 以上、本論文はナトリウム利尿ペプチドホルモン(ANP)とレセプターとの結合阻害を指標に、微生物の生産する生理活性物質を検索し、拮抗阻害物質として新規の脂質多糖を得、それらの化学的ならびに生理的特性を明かにしたもので、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた次第である。 |