内容 1992年のFAO漁獲統計によると,メキシコは,124万8千トンの漁獲を達成して,世界第19位の漁業国となっている.クルマエビは,アメリカ市場向けの経済的価値から,メキシコを代表する主要水産物であり,1992年には6万6千トンの漁獲があった.しかし,メキシコのエビ漁業は,すでに高水準に開発されており,近年その漁獲量が減少してきた.現在,漁獲量の減少問題の解決が急務となっている.この問題を解決して,7万トン水準の過去の漁獲量を再度達成できるならば,メキシコのエビ漁業は,国際市場での競争,雇用の確保とともに,均衡のとれた地域産業の振興に貢献することが期待できる.
過去20年間,水産研究の中で,国際的にもクルマエビ類に関する研究が発展してきた.それにもかかわらず,漁獲技術や経済的評価についてはあまり研究がなく,依然ほとんどのことが明らかにされておらず、エビ漁業の理解とその資源管理技術を増進するためには,一層の研究努力が必要とされる.
重要な既往研究をいくつか列記してみると:Chapa(1974)は,太平洋産のエビ類の分布と資源,漁獲努力分析に関する研究を行った.Lluch(1974)は,エビ漁業の生物学的解析を行い,漁業開発に対するシミュレーションモデルを初めて提案した.
WillmanとGarcia(1980)は,生物的,経済的パラメータをリンクさせた漁業生物経済モデルを初めて提示した.MachiiとRodriguez(1990)は,ペルーのエビ資源評価に,シェーファ一・モデルを適用し,資源変動を河川流量や「エルニーニョ」とも関連させた.Del Valle(1992)は,漁獲量の解析を行い,気候と生物要素の相関関係から,漁業の年間漁獲予測モデルを提案した.
メキシコにおいても,研究機関が,貴重な生物学的情報を提供してきたが,適切な漁業管理を行うには未だ不十分である.産卵ストックの増加を目的とした資源管理が緊急に必要である.一方で,漁業規制の厳密な判断を行うための包括的研究が必要となっている.
本研究の目的は,メキシコ太平洋岸のクルマエビ類の;1)資源生物学,2)漁獲技術,3)経済評価の3点について,総合的に研究することである.基本的データは,太平洋岸でもっとも重要なエビ漁港であるSonora州のGuaymas,およびSinaloa州のMazatlanの2箇所から得た.資源生物学の章では、本種の分布と産卵期,および資源評価について考察した.漁獲技術の章では,漁船の主要要目,復原性能とエビ網の曳網抵抗について吟味した.経済評価の章では,アメリカのエビ市場解析とメキシコのエビ漁業の経済的吟味を行った.
第1番目の資源生物学の結果では,(1)まず,商業漁獲による種類別漁獲割合と生息水深は;ブラウン(Penaeus californiensis)が50%と卓越し,本種は11から50尋の深さに生息すること,次いでホワイト(P.vannamei)が25%,ブルー(P.stylirostris)が20%の順で,いずれも浅海から10尋の深さに生息することが分かった.同一生態系内で,種によって生息域を異にしている.ブルーとホワイトは,沿岸近くに生息し,ブラウンは,生息域が沖合に向かって広いことが分かった.生殖腺の成熟は,春,夏,秋という一般的な再生産サイクルに対応している.ブラウンの産卵期は,10月から4月にかけて長期間みられ,ホワイトは,夏と秋口,ブルーは,春と夏であることが分かった.性成熟と産卵期に関する情報は,資源保護のための規制手段を検討する科学的根拠となる.
(2)次に,エビ資源評価の例を示すために,太平洋岸エビ漁業の主たる漁港であるGuaymasとMazatlanから,それぞれ「lsla de Pajaros」と「lgnacio Comonfort」の2つの漁業協同組合を選んだ.1973年から1992年のデータに,シェーファ一・モデルを適用して両組合の資源評価を行った.Mazatlanの「lgnacio Comonfort」の場合,最大持続漁獲量Cjmax=0.305×106kg,これを達成する漁獲努力fj=35.7×106ps・day,その時の単位努力当り漁獲量CPUEUj=8.54×10-3kg/ps.day,の結果が得られた.これらはほぼ1983年(Cjmaxを達成した年)の水準に相当する.漁獲努力を比較したところ,1989年のfjは1983年の1.23倍であった.すなわち,「lgnacio Comonfort」の場合,最大持続漁獲量(1983年)を得るためには,1989年の漁獲努力は23%下げる必要がある.CPUEの明らかな減少は,資源の減少を示すものといえるので,過去10年間の過剰な漁獲努力がこの結果を導いたと考えられる.メキシコ太平洋岸で,現在操業している漁船数を削減することで,漁獲努力の減少をはかることを真剣に考慮すべきである.具体的には,エビ漁船数は現在の1050隻を将来900隻まで削減するのが妥当であると考える.この結果は,漁獲努力を23%削減する仮定を,太平洋沿岸に一般化して得られた.この削減は,メキシコが既に達成したことのある,最大持続漁獲量の水準に達するまで,注意深くかつ徐々に実施すべきである.
第2番目の漁獲技術に関しては,(1)まず,太平洋岸のエビトロール漁船の主要要目(全長;Loa,幅;B,深さ;D,総トン数;GT,馬力;HP)を調べて,各要目の基準を明らかにした.すなわち,太平洋岸の鋼船では:B/Loa=0.278,D/Loa=0.144GT/Loa×B×D=0.248,HP/GT=3.82,木造船では:B/Loa=0.299,D/Loa=0.142,GT/Loa×B×D=0.248,HP/GT=4.16,という結果を得た.1960年代以来,漁船の各要目の基準の特別な規制を受けないエビ漁船が建造されてきたので,将来の新造船の設計は,得られた各要目の基準を考慮して合理化すべきである.
(2)次に,エビトロール漁船の復原性能と国際的復原性能基準を適用する際の有効性を検討した.大平洋岸の典型的小型エビトロール漁船「Fipesco号」総トン数148.2トンに適用して吟味した.国際的に代表的なRahola,Dutch,IMOの3つの復原性能基準を,異なった5つの漁船使用条件下で適用した.その結果,良好な復原性能が確認された.さらに,適用した3つの国際的復原性能基準は,太平洋岸の小型漁船の復原性能を検定する際に,容易に適用できることが分かった.メキシコの新漁船は,今後本研究で適用した3つの国際的復原性能基準で検定ができるといえる.
(3)さらに,メキシコの商業漁業で使用されている3つのエビトロール網(Volador,Mixto,Fantasma型)を用いて,漁具抵抗(Fx)の理論計算値と海上実験による直接計測値の比較から,理論計算の有効性を確かめた.操業時の標準的曵網速度(1.13m/s)において,計測値は計算値より約10%大きい値を示した.一方,浮子綱長さ(Lrs)とエンジン馬力(HP)の間に相関関係があることが分かった.既に資源評価で用いた漁獲努力(fj)の表現の一要素に,エンジン馬力が採用できることが確認できたことになる.
第3番目の経済評価の結果では,(1)まず,エビのアメリカ市場の傾向を,シミュレーション手法を用いて分析した.その結果,1995年から2000年のアメリカのエビ生産量は,151×103から175×103トンの間にあることが分かった.アメリカは国内需要を満たすには,アメリカの国内消費の年間の伸びが7%と推定されているので,113×103から125×103トン輸入せねばならないことになる.市場価格は,「U-10サイズ」(1ポンド当り10尾)では,1ポンド当り9.6から14.6ドル,「26-23サイズ」(1ポンド当り26から30尾)では、1ポンド当り5.6から6.3ドルであった.アメリカのエビ市場は,過去5年間に拡大してきた.アメリカのエビ取引の長期予測では,今後とも依然成長を続けることが分かった.
(2)次に,メキシコのエビ漁業の経済・融資に関連して,シミュレーションモデル等の経済分析手法を用いて評価した.その結果,1995年から2000年の間の,年間漁獲収入は,26万4千300万ドルから28万4千600万ドルと計算された.エビ漁船の年間操業経費は,3万5千700ドルから5万3千900ドルとなった.1995-2000年の新漁船建造費を推定したところ,利子30%,10年間で償却するとして,1隻30万ドルとなった.全内部収益率は75%と計算された.メキシコ太平洋岸のエビ漁業は,900隻の漁船で,一隻当り年間13.9トンの生産量があれば,今後10年間,漁業の収益性を確立し,また投資の継続性を保証して,アメリカの需要を満たせることを示した.
漁業管理計画には,漁獲量と漁獲努力データだけでなく,モニタリング・システムの構成要素として本質的に重要な,資源生物,漁獲技術,経済評価の各要素も含めることが必要である.今までの研究では,これらの要素は決して関連づけられることがなかった.本研究は,科学的データを提供するだけでなく,モニタリングに必要な種々の最適条件を示した.得られた結果は,現在乱獲に近いメキシコ太平洋岸のエビ漁業に対して,均衡のとれた資源管理をするために有用であると考えられる.
今後は,さらに;1)メキシコ全沿岸のエビ資源評価,2)トロール網の選択性,3)漁獲対象以外の混獲物,などの研究を発展させ,モニタリング・システムを確立することが重要である.