学位論文要旨



No 212663
著者(漢字) 野畑,靖浩
著者(英字)
著者(カナ) ノハタ,ヤスヒロ
標題(和) Alcaligenes latusの産生するバイオポリマー(B-16ポリマー)に関する研究
標題(洋)
報告番号 212663
報告番号 乙12663
学位授与日 1996.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12663号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,徹
 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 助教授 五十嵐,泰夫
内容要旨

 合成高分子は、その機能性や使い易さ及び、経済性等の理由から広く社会に使用されているものの、今日地球環境問題が認識されてくるとともに、これらの合成高分子は生分解性を有さない等の人及び環境への影響が問題になってきている。従って従来の合成高分子と同等以上の性能を持ち、かつ使用後は自然界において生分解される微生物産生バイオポリマーの開発が望れている。本研究では、この環境調和型の微生物産生バイオポリマーの研究開発を行うことで「バイオプリベンション(バイオ環境事前防止技術)」の技術分野に貢献することを研究の目的とした。

 本研究では、微生物産生バイオポリマーの機能として、具体的には吸水性と凝集性を指標として研究を行った。本論文は6章より構成されており、1章は本研究の意義、目的、並びに既往研究について、6章では総合考察について記述した。

 2章は、バイオポリマー生産菌の検索と同定について述べた。バイオポリマー生産菌の検索は、菌体の付着を直接重量の変化として評価する水晶振動子を利用した装置を新たに開発し、それを用いた方法と、培養液の粘度を指標とする方法の2種類のスクリーニング方法を用いた。その結果、付着性が高く、かつ培養液の粘度が高くなるB-16菌株を分離した。このB-16菌株は、グラム陰性菌で運動性を有する好気性細菌であり、電子顕微鏡にて周鞭毛を持つことが確認された。また、DNAのG+C含量が72±1%であり、その他の生理的諸性質を検討したところ、タイプストレインと一致したので、Alcaligenes latusと同定した。

 3章は培養法と精製法について記述した。培養方法としては、炭素源としてグルコース等の糖1〜2%に、リン酸カリウム、イーストエキストラクト、無機塩、尿素を含む培地にて、30℃、6日間の好気培養を行うことにより、B-16ポリマーを効率よく産生することができた。この際、pHを7前後に保つことが重要であり、pHを保つ為に尿素、叉は硝酸カリウム等を添加した。

 次に工業レベルでのスケールアップを目標にし、イーストエキストラクト等の天然物を培地成分として使用しない完全合成生産培地の検討を行った。その結果、グルタミン酸、アルギニン、グリシン、シトルリン等のアミノ酸と、硫酸第1鉄等の微量金属を添加することによりB-16ポリマーを効率よく産生することができた。B-16ポリマーの産生量は11g/Lで基質転換率は約37%であった。

 次に、培養液からB-16ポリマーを分離精製する検討を行った。0.02%のNaOH溶液(pH11.8)にて、121℃、10分間加熱を行いポリマーを溶解させた後、40,000G、30分間の条件で遠心分離を行い菌体を分離した。次に、メンプレンフィルター(0.2m)で濾過を行い、濾液に含まれる低分子成分と瀘過ざんさに含まれる高分子成分の分離を行った。それぞれの成分について脱塩を行った後、エタノール沈澱、常温減圧乾燥を行い高分子成分と低分子成分の精製物を得た。高分子成分は電気泳動により均一物質であることを確認し、平均分子量を求めると約5×109であった。低分子成分はGPC分析により均一性を確認し、平均分子量は1〜5×104であった。

 4章は、B-16ポリマーの特性、すなわち1)吸水性、2)吸湿性、3)保湿性、4)凝集性、5)増粘性、6)水透過抑制性及び、7)分散性(セメント用増粘剤)について述べた。1)ポリマーの吸水性を試験する方法のひとつであるティーバッグ試験法にて評価したところ、B-16ポリマー(高分子成分)は自重の1,349倍の吸水量を示し、合成高分子吸水体の249倍と比べ5倍以上の吸水性を示した。またB-16ポリマー(高分子成分)の0.9%食塩水の吸水量は、自重の425倍であった。合成高分子吸水体の20倍と比較して、塩水時における吸水量の低下が小さいことが判明し、20数倍の吸水能を示した。2)吸湿性は、相対湿度91%,61.8%(37℃)の場合、尿素やグリセリンと比較して、初期2時間の吸湿量が多く、その後4〜10時間で吸湿は止まり最終的な吸湿量はグリセリンとほとんど同じであった。3)保湿性については、相対湿度が高い場合は、尿素やグリセリンと同程度の保湿量であったが、相対湿度33%時においては、グリセリン等は保湿力が低下したが、B-16ポリマー(高分子成分)は24時間後でも80%以上の保湿性を保ち、乾燥条件下での保湿性が極めて優れていることが判明した。4)B-16ポリマーの凝集性は、カオリンやコークス工場排水に含まれるスラグ等の懸濁物質だけでなく、椰子油エマルジョンや青色色素等も凝集除去できることが明かになった。B-16ポリマー(高分子成分)はアニオン性であることより、キトサンや塩化カルシューム等のカチオン物質と組み合わせることにより、その凝集効果は向上した。5)B-16ポリマーの高分子成分は、高い増粘性を有し、その水溶液はシュードプラスチック性であり、キサンタンガムの半分の濃度で同程度の回転粘度を示した。また、水溶液の回転粘度は非常に安定で、5℃〜80℃の温度範囲、pH4〜12の範囲おいて一定であり、5℃、32℃及び、50℃の貯蔵においても回転粘度の変動は小さかった。6)B-16ポリマーの高分子成分の水溶液は、砂において水の透過を抑制させる性質があり、213ppmの水溶液を静置した厚さ5cmの砂(50〜80メッシュ)の上に注いだ場合の8時間経過後における1cm2あたりの透過水量は、環境温度が20℃で0.6ml、45℃で1.5ml、そして70℃で2.1mlであった。また砂だけでなく抄紙に対しての水透過抑制効果もあった。7)B-16ポリマーは、一般的な多糖類と異なり強アルカリに対しても粘度低下がないため、セメント用増粘剤として用いると極めて少量で増粘効果を示す。モルタルの保形性の指標であるスランプ試験及び、モルタルの流動性の指標であるフロー試験において、B-16ポリマー(高分子成分)は、キサンタンガムやグァーガム、カードランの約1/10〜1/150の添加量で充分な効果を示した。また増粘効果だけでなく、セメント、骨剤及び、水の分散性に優れ、モルタルが硬化するまで、これらの材料の分離を防止しすることにより、モルタルの曲げ強度、密度及び、比強度が向上した。パルプを配合した繊維補強コンクリートについても評価を行ったところ、現在最も使用されている増粘剤であるヒドロキシプロピルメチルセルロースの約1/100の深加量で同等のスランプ及びフローが得られ、密度は10%、曲げ強度は20〜30%向上され、高密度、高強度の繊維補強コンクリートを得ることができた。

 5章は構成成分と結合様式について述べた。高分子成分は、アルカリによる加水分解を行うことにより、含水DMSOに可溶解化し、NMR測定が可能となった。

 構造解析については、NMR分析、メチル化分析及び、部分加水分解物の分析を併せて検討を行い、D、L分析及び、メチル化分析により構成単糖は2,3,4-tri-0-methyl L-Fucose 2,3-di-0-methyl L-Rhamnose, 2,4,6-tri-0-methyl D-Glucose, 2,6-di-0-methyl D-Glucose, 2,3-di-0-methyl D-Glucose(Glucuronic acidを還元)であることが判明した。

 また、13C-NMRスペクトルにおいてアノメリックカーボンのピークが三本の明瞭に分離したシグナルと二つのシグナルが一本に重なったと考えられるシグナルの計5本のスペクトルを与えたことから、高分子成分は、ある特定のユニットの繰り返しで構成されていることが判明した。フコースとラムノースは1H-NMRのシグナルが5.0ppmよりも低磁場に現れており、そのカップリング定数が両者共に<2.0Hzであるところから結合しており、グルコースとグルクロン酸は4.30-4.45ppmと高磁場に現れており、カップリング定数が7-8Hzであるので結合していることが明らかとなった。以上により、高分子成分は以下に示したユニットの繰り返しであることが判明した(Fig.1-A)。

 

 低分子成分のD、L分析及び、メチル化分析により、構成単糖は2,4-di-0-methyl L-Fucoseと3,4,6-tri-0-methyl D-Mannoseであることが判明した。アノマーカーボン(C-1)のプロトンとのカップリング定数がフコースで169.1Hz、マンノースで175.1Hzであったことから、両者は-グリコシド結合していることが示唆された。

 また、部分加水分解物のLC/MS分析の結果、分取した各オリゴ糖成分はフコースとマンノースからなる二量体の倍数のみで、還元末端分析を行ったところ、すべてのオリゴマーの還元末端糖としてはフコースのみであり、-マンノシダーゼ処理によりマンノースを遊離したことから、マンノースが非還元末端残基であることが確認された。以上により低分子成分は以下に示したユニットの繰り返し構造を有すると結論された(Fig.1-B)。(→2)--D-Mannopyranose-(1→3)--L-Fucopyranose-(1→}n

Fig.1 構成単糖の結合様式A : 高分子成分 B : 低分子成分

 以上の結果より、バイオプリベンションとしてのバイオポリマーに、学問的にも新たな知見を加えたとともに、本バイオポリマーの適用のひとつの分野においては既に製品化を完了し現在、厚生省の認可を待っているように実用化への道を拓いた。

審査要旨

 合成高分子は、その機能性や使い易さおよび経済性等の理由から広く社会に使用されているものの、地球環境問題が認識されてくるにつれて、それらが生分解性をもたないことなどから、人および環境への影響が問題視されるようになってきた。したがって従来の合成高分子と同等またはそれ以上の性能をもち、かつ使用後は自然界において生分解される微生物産生バイオポリマ-の開発が望まれている。本論文は、このような環境調和型の微生物産生バイオポリマーの研究開発を行うことで「バイオプリベンション(バイオ環境事前防止技術)」の分野に貢献することを目的として、まず新規バイオポリマー生産菌を分離、そのバイオポリマーの生産ならびに精製方法を確立し、さらに実用化に向けた物性の検討を行うとともに構造と物性との関係について考察した結果をまとめたもので6章よりなる。

 まず第1章で既往研究と対比して本研究の意義を述べたのち、第2章ではバイオポリマー生産菌の検索と同定を行っている。すなわち菌体の付着性能を直接重量の変化として評価する装置を開発し、その方法を用いたスクリーニングによって性能の高いB-16株を分離し、Alcaligenes latusと同定している。

 第3章では培養および精製方法について述べており、特定のアミノ酸と硫酸第1鉄を配合した完全合成生産培地を用いてAlcaligenes latus B-16株を培養することで、バイオポリマー(B-16ポリマー)を効率よく生産する方法を確立している。B-16ポリマーは、水溶解成分(低分子成分:MW=1〜5×104)と水不溶成分(高分子成分:MW=5×109)から成っていたが、それぞれを精製した後、低分子成分はGPC法、高分子成分は電気泳動によって均一物質であることを確認している。

 第4章ではB-16ポリマーのもつ諸特性、すなわち吸水性、吸湿性、保湿性、凝集性、増粘性、水透過抑制性および分散性について述べている。このポリマーの吸水性におよぼす塩類の影響は小さく、0.9%〜2.5%濃度の食塩水を使用した場合でも自重の約400倍量の溶液を吸水する。またこの水溶液は高い増粘性とシュードプラスチック性を示し、その粘度は非常に安定であり、水温5℃〜80℃、pH4〜12の条件下において、その影響をほとんど受けないことを明らかにしている。さらに70℃に加熱された砂に対して水の透過抑制性を与えるという新規な性質をも見いだし、その性質を利用した砂漠緑化法を提唱している。

 第5章ではこのポリマーの構成成分と結合様式について述べたのち、高分子成分の構造と物性について考察を行っている。高分子成分は、アルカリにより弱い加水分解を行い含水DMSOに可溶解化させることにより、NMR測定が可能となったことで構造解析に成功しているが、高分子成分、低分子成分それぞれについて、NMR分析、メチル化分析、部分加水分解物の分析およびD、L分析を併せて行い、構成単糖とその結合様式を決定している。

 その結果、高分子成分は、

 212663f02.gif

 の繰り返し構造であることを明らかにする一方、低分子成分は、

 212663f03.gif

 の繰り返し構造であることを見いだしている。また、B-16ポリマーの物性は主に高分子成分の性質によることを認めており、高分子成分の特異的物性は4構成単糖に1つの割合で親水基であるカルボキシル基を有するグルクロン酸が含まれる直鎖状の主鎖に、4構成単糖に1つの割合で疎水基であるメチル基を有するフコースの側鎖が立体障害として結合していることに起因すると考察している。

 以上要するに本論文は、斬新なスクリーニング法を用いて、特異な性能を有するバイオポリマー生産菌を見いだし、そのポリマーの実用化に向けた生産法を確立、さらにその構造を決定して新規バイオポリマーの物性と構造との関係についても明らかにしたものであり、微生物産生多糖について学問的に新たな知見を加えるとともに、バイオプリベンションの一手段としてその実用化への道を拓いたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク