学位論文要旨



No 212664
著者(漢字) ワーリオ,禄敏
著者(英字)
著者(カナ) ワーリオ,ルミン
標題(和) シラカンバおよびフタバガキ科樹種の新組織培養法に関する研究
標題(洋) Establishment of advanced tissue culture techniques in Betula platyphylla var.japonica and in Dipterocarpaceae species.
報告番号 212664
報告番号 乙12664
学位授与日 1996.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12664号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 佐々木,恵彦
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 寳月,岱造
 東京大学 助教授 井出,雄二
内容要旨

 樹木では、これまで多くの樹種について培養技術が確立されてきているが、草本植物に比べると植物体再生が可能になっている樹種数はかなり少なく、組織培養による樹木の大量増殖や遺伝子導入といったバイオテクノロジー分野の研究の発展を妨げている。この原因として、何等かの樹木に特異的な原因が存在すると考えられるが、これまで樹木組織培養においてこうした問題に解決の糸口を与えるような研究は極めて少ない。

 近年、世界的規模での森林減少が問題になっているが、特に、熱帯林の減少はその再生の困難さから特に重要な問題である。なかでも、フタバガキ科樹木を中心とした天然林の再生は極めて困難とされている。その原因として、フタバガキ科樹種では、数年に一度という結実や種子の生存期間が短く貯蔵が不可能であることなどに起因する、苗木生産の不安定性があげられている。また、さし木、つぎ木などの無性繁殖も困難で、クローン増殖による優良個体の確保が不可能に近いことも一因となっている。こうした問題の解決のためには、新しい組織培養法によるクローン大量増殖法の確立が極めて有効と考えられる。

 そこで本論文では、まず樹木組織培養における形態形成上の特徴を解明し、その結果に基づいた新たな組織培養法について検討した。ついで、将来の樹木バイオテクノロジー研究の基礎的研究として、遺伝子導入法に関する技術開発を行った。そして、これらの成果を踏まえフタバガキ科樹種の組織培養法の確立を目指した。

1.シラカンバの新組織培養法の確立

 最初に、樹木組織培養におけるモデル植物として、これまでさまざまな組織培養法が確立されているシラカンバをとりあげ、培養による不定芽形成過程における組織変化を観察し、樹木の組織培養の特徴について検討した。

 シラカンバの茎軸を用いた節間培養では、通常培養の初期に茎軸の両端切り口にカルス様組織が形成された後、不定芽が形成される。この不定芽形成にいたるまでの過程を、時期別に切片を作成し、光学顕微鏡および蛍光顕微鏡下で観察した。その結果、カルス様組織の内部には、最終的に木部が形成されること、外側表面近くにはスベリン化した周皮が形成され、不定芽の形成される場所には、周皮が形成されていないことなどを明らかにした。

 そこで、樹木の組織培養においては周皮の形成が不定芽形成を阻害していることがあるものと考え、組織のスベリン化を促進するPAL(phenylalanine ammonia-lyase)の拮抗阻害作用を持つ、AOPP(-aminooxy--phenylpropionic acid)およびAOA(-aminooxyacetic acid)を培地に添加することにより、周皮の形成調節を試みた。その結果、これらの添加によりカルス表面の周皮形成は抑制され、さらに不定芽の形成率が向上することを確認した。

 次に、シラカンバについて、これまで樹木組織培養ではほとんど不定芽形成のための外植体として用いられていない根の組織に着目して、その培養による植物体再生法を確立し、さらに大量の外植体を供給するための根自体の継代培養法を明らかにした。BAP(6-benzylaminopurine)とNAA(naphthaleneacetic acid)を添加したIS培地で根の組織を培養するとシュートが分化し、このシュートは発根培地に移植することで発根し植物体が再生した。シュートの分化率は、BAP0.8mg/lとNAA0.03mg/lを含んだ培地で5割を示し最も高かった。

 また、培養植物の根を切り取って、ショ糖を1〜3%、PVPを100mg/l含んだB5液体培地中で振とう培養することで、根を連続的に成長させることに成功した。この培養根も、先の不定芽形成培地上で培養することにより不定芽を形成することを確認した。培養根とインタクトな根との間には不定芽の分化率に差は認められなかった。このことによって、より効率の良い新しいシラカンバの不定芽形成方法が明らかにされた。

 新たに確立されたシラカンバの植物体再生法を応用し、Agrobacterium rhizogenesを用いた樹木への遺伝子導入の可能性について検討を加えた。シラカンバの葉へバイナリーベクターpBI121を持つAgrobacterium rhizogenes R1000株を感染させ、不定根誘導培地において培養したところ、複数の不定根が発生した。この不定根についてGUS(-glucuronidase)遺伝子の発現をX-Gluc(5-bromo-4-chloro-3-indolyl-glucuronide)を用いた組織化学的方法により検討した。その結果、約3.3%の不定根にGUS活性が認められた。また、GUS活性が認められた不定根をBAP0.8mg/l、NAA0.03mg/l添加したIS培地上で培養し植物体を再生した。また、BAP0.5mg/lおよび2,4-D(2,4-dichlorophenoxyacetic acid)1.0mg/lを含むIS培地上でカルスを誘導した。この再生した植物体および誘導されたカルスについてGAS活性を定量したところ、再生植物体では低い活性しか認められなかったが、カルスの一部には対照組織の200倍以上の活性が検出されたものが現れた。このことは、本方法を用いてシラカンバへのアグロパクテリウムを用いた遺伝子導入が可能であることを示している。

2.フタバガキ科樹種の組織培養法の確立

 シラカンバで用いられた一連の樹木組織培養技術をフタバガキ科樹種の増殖に応用するための研究を行った。

 まず、熱帯地域において組織培養を行う際に最も問題となる外植体の滅菌方法について、Shorea属8種(S.leprosula、S.johorensis、S.pauciflora、S.parvifolia、S.ovalis、S.laevis、S.lamellata、S.stenoptera)とDryobalanops属1種(D.lanceolata)の計9種のフタバガキ科樹種を用いて検討した。その結果、0.2%昇こう水による滅菌および全滅菌過程において滅菌水のみを使用することが有効であることが明らかにされた。

 また、Shorea leprosula他8種類について、腋芽のついた茎軸をIBA(-indolebutylic acid)0.002mg/lおよび0.5mg/lの4PU(N-(2-chloro-4-pyridyl)-N’-phenylurea)あるいはBAPを含んだWP培地上で培養し、腋芽の展開状況を観察した。また、Shorea leprosula他4種類について、腋芽のついた茎軸をIBA0.5mg/lとNAA0.5mg/lを含む1/2B5液体培地上で培養し、茎軸からの直接発根について検討した。さらに、同じくShorea leprosula他3種類について、成長点を4PU0.5mg/lとBAP0.5mg/l、IBA0.1mg/lを含むWP培地およびB5培地上で培養し、シュートの伸長を観察した。これらの結果、Shorea leprosulaでは他の樹種の比べ、腋芽および成長点の展開率が高いこと、また、Shorea johorensisでは腋芽の展開率および発根率が高いことが明らかになった。すなわち、これらの樹種は組織培養による植物体再生の可能性が高い樹種であるものと判断した。

 そこで、Shorea leprosulaについて葉柄のついた茎軸および成長点培養についてさらに詳細な検討を行った。まず、培養に適する基本培地の選択を行い、4PU0.5mg/lおよびIBA0.002mg/lを含むWP培地が腋芽の展開に適していることを明らかにした。また、窒素源のNH4NO3を除きCa(NO3)2の添加量を減らした改変WP培地に4PU0.1mg/lおよび活性炭0.3%を添加した培地を用いることで外植体の褐変を軽減し、腋芽からのシュートの伸長を促進できることを明らかにした。さらに、葉身を1/3程付けた茎軸を滅菌し、切り口を1ppmのIBA溶液に付けた後、蒸留水のみを含むバーミキュライトに無菌的にさしつける、マイクロカッティング法を試みた。腋芽の展開後、0.5mg/lのIBA溶液を追加した結果、25%の外植体で発根が確認できた。これにより、初めて試験管内でのS.leprosulaの植物体再生が可能となった。

 最後に、これまで検討してこなかったShorea roxburgiiについても、葉柄のついた茎軸の組織培養による植物体再生法を検討した。その結果、BAP1.0mg/lおよびIBA0.02mg/lを含む1/2B5培地上で、腋芽の萌芽およびシュートの伸長が認められた。さらに伸長したシュートをIBA0.3mg/lとNAA0.3mg/lを含む1/2B5培地に移して培養したところ、発根して植物体が再生した。

 以上の研究により、これまで極めて困難とされてきたフタバガキ科樹木の、組織培養による増殖の可能性が明らかにされた。

審査要旨

 近年、世界的規模での森林減少が問題となっているが、特に、熱帯林の減少はその再生の困難さから特に重要な問題である。なかでも、フタバガキ科樹木を中心とした東南アジア熱帯雨林の再生は極めて困難とされている。その原因として、フタバガキ科樹種では、数年に一度という結実や、種子の生存期間が短く貯蔵が不可能であることなどに起因する、苗木生産の不安定性があげられている。また、挿木、接木などの無性繁殖も困難で、クローン増殖による優良個体の確保も不可能に近い。こうした問題の解決のためには、新しい組織培養法の確立が極めて有効と考えられる。

 本論文は、樹木組織培養における形態形成上の特徴を明らかにし、その結果に基づいた新たな組織培養法を検討したもので、4章よりなっている。

 第1章は、緒論にあてられ、樹木の大量増殖や遺伝子導入といったバイオテクノロジー分野の研究の発展を妨げている原因について考察し、本論文の目的について述べている。

 第2章では、樹木組織培養におけるモデル植物として、これまで検討されてきたシラカンバをとりあげ、組織培養による不定芽形成過程における組織変化を観察し、樹木の組織培養の特徴について検討した。不定芽形成過程について組織学的に検討した結果、カルス様組織の内部には最終的に木部が形成されること、外側表面近くにはスベリン化した周皮が形成され、不定芽の形成される場所には周皮が形成されていないこと、などを明らかにした。

 そこで、組織のスベリン化を促進するPAL(phenylalanine ammonia-lyase)の拮抗阻害作用を持つAOPP(-aminooxy--phenylpropionic acid)およびAOA(-aminooxyacetic acid)を培地に添加して、周皮の形成調節を試みた。この結果、これらの添加によりカルス表面の周皮形成は抑制され、さらに不定芽の形成率が向上することを確認した。

 次に、これまで樹木組織培養ではほとんど外植体として用いられていない根の組織に着目して、その培養による植物体再生法を確立し、さらに大量の外植体を供給するための根自体の継代培養法を明らかにした。

 新たに確立された植物体再生法を応用し、Agrobacterium rhizogenesを用いた樹木への遺伝子導入の可能性について検討を加えた。シラカンバの葉へバイナリーベクターpBI 121を持つA.rhizogenes R1000株を感染させ、不定根誘導培地において培養したところ、複数の不定根が発生した。この不定根についてGUS(-glucuronidase)遺伝子の発現をX-Gluc(5-bromo-4-chloro-3-indolyl-glucuronide)を用いた組織化学的方法により検討した結果、不定根にGUS活性が認められた。これらのことから、本法を用いてシラカンバへのAgrobacteriumを用いた遺伝子導入が可能であることが示唆された。

 第3章では、フタバガキ科樹種の組織培養法について考察し、シラカンバで用いられた一連の樹木組織培養技術をフタバガキ科樹種の増殖に応用したところ、Shorea leprosulaでは他の樹種に比べ腋芽および成長点の展開率が高いこと、また、S.johorensisでは腋芽の展開率および発根率が高いこと、などが明らかにされた。

 そこで、S.leprosulaについて葉柄のついた茎軸および成長点培養についてさらに詳細な検討を行った結果、初めて試験管内での植物体再生が可能となった。また、S.roxburgiiについても、葉柄のついた茎軸の組織培養による植物体再生法によって、発根して植物体が再生した。

 以上の研究により、これまで極めて困難とされてきたフタバガキ科樹木の組織培養による増殖の可能性が明らかにされた。

 第4章では、本研究の成果を要約し、今後の展望が述べられている。

 以上要するに本論文は、再生困難な樹木の組織培養について看目し、シラカンバおよびフタバガキ科樹種の新組織培養法を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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