近年、世界的規模での森林減少が問題となっているが、特に、熱帯林の減少はその再生の困難さから特に重要な問題である。なかでも、フタバガキ科樹木を中心とした東南アジア熱帯雨林の再生は極めて困難とされている。その原因として、フタバガキ科樹種では、数年に一度という結実や、種子の生存期間が短く貯蔵が不可能であることなどに起因する、苗木生産の不安定性があげられている。また、挿木、接木などの無性繁殖も困難で、クローン増殖による優良個体の確保も不可能に近い。こうした問題の解決のためには、新しい組織培養法の確立が極めて有効と考えられる。 本論文は、樹木組織培養における形態形成上の特徴を明らかにし、その結果に基づいた新たな組織培養法を検討したもので、4章よりなっている。 第1章は、緒論にあてられ、樹木の大量増殖や遺伝子導入といったバイオテクノロジー分野の研究の発展を妨げている原因について考察し、本論文の目的について述べている。 第2章では、樹木組織培養におけるモデル植物として、これまで検討されてきたシラカンバをとりあげ、組織培養による不定芽形成過程における組織変化を観察し、樹木の組織培養の特徴について検討した。不定芽形成過程について組織学的に検討した結果、カルス様組織の内部には最終的に木部が形成されること、外側表面近くにはスベリン化した周皮が形成され、不定芽の形成される場所には周皮が形成されていないこと、などを明らかにした。 そこで、組織のスベリン化を促進するPAL(phenylalanine ammonia-lyase)の拮抗阻害作用を持つAOPP(-aminooxy--phenylpropionic acid)およびAOA(-aminooxyacetic acid)を培地に添加して、周皮の形成調節を試みた。この結果、これらの添加によりカルス表面の周皮形成は抑制され、さらに不定芽の形成率が向上することを確認した。 次に、これまで樹木組織培養ではほとんど外植体として用いられていない根の組織に着目して、その培養による植物体再生法を確立し、さらに大量の外植体を供給するための根自体の継代培養法を明らかにした。 新たに確立された植物体再生法を応用し、Agrobacterium rhizogenesを用いた樹木への遺伝子導入の可能性について検討を加えた。シラカンバの葉へバイナリーベクターpBI 121を持つA.rhizogenes R1000株を感染させ、不定根誘導培地において培養したところ、複数の不定根が発生した。この不定根についてGUS(-glucuronidase)遺伝子の発現をX-Gluc(5-bromo-4-chloro-3-indolyl-glucuronide)を用いた組織化学的方法により検討した結果、不定根にGUS活性が認められた。これらのことから、本法を用いてシラカンバへのAgrobacteriumを用いた遺伝子導入が可能であることが示唆された。 第3章では、フタバガキ科樹種の組織培養法について考察し、シラカンバで用いられた一連の樹木組織培養技術をフタバガキ科樹種の増殖に応用したところ、Shorea leprosulaでは他の樹種に比べ腋芽および成長点の展開率が高いこと、また、S.johorensisでは腋芽の展開率および発根率が高いこと、などが明らかにされた。 そこで、S.leprosulaについて葉柄のついた茎軸および成長点培養についてさらに詳細な検討を行った結果、初めて試験管内での植物体再生が可能となった。また、S.roxburgiiについても、葉柄のついた茎軸の組織培養による植物体再生法によって、発根して植物体が再生した。 以上の研究により、これまで極めて困難とされてきたフタバガキ科樹木の組織培養による増殖の可能性が明らかにされた。 第4章では、本研究の成果を要約し、今後の展望が述べられている。 以上要するに本論文は、再生困難な樹木の組織培養について看目し、シラカンバおよびフタバガキ科樹種の新組織培養法を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |