学位論文要旨



No 212666
著者(漢字) 小玉,健次郎
著者(英字)
著者(カナ) コダマ,ケンジロウ
標題(和) 新規経口抗腫瘍剤シタラビンオクフォスファートに関する研究
標題(洋)
報告番号 212666
報告番号 乙12666
学位授与日 1996.02.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12666号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,眞狩
 東京大学 教授 荒井,綜一
 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 助教授 北本,勝ひこ
内容要旨

 シタラビンオクフォスファート(1--D-arabinofuranosylcytosine-5’-stearylphosphate)は、1992年10月に医薬品として製造承認され、1993年1月にスタラシドカプセルとして市販された新規の経口抗白血病薬であり、従来有効な治療薬のなかった骨髄異形性症候群(MDS)を主薬効として、成人急性非リンパ性白血病など、血液癌の治療薬として使用されている。

 本論文はこの化合物を開発するに至った、前臨床試験より前のインビトロ並びにインビボ薬効評価の成績、薬物の特性を裏付ける血中動態、分布、代謝に関する成績、投与後肝臓内に特徴的に蓄積する中間代謝物の分離と同定、そして本化合物が経口投与で何故有効であるかを考察した結果をまとめたものである。

 抗悪性腫瘍剤1--D-arabinofuranosylcytosine(ara-C)の使用上の制約を改善する目的で、ara-Cの5’-アルキルリン酸化合物、5’-アルケニルリン酸化合物及び5’-アリルリン酸化合物などara-Cの誘導体(プロドラッグ)を30種類以上合成してその活性を調べた。 その結果、ara-Cの5’位に炭素数が10から20のアルキルリン酸基が置換した化合物は、インビトロではマウス白血病細胞L5178Yに対して母化合物ara-Cより細胞増殖抑制活性は低い効果しか示さなかったが、インビボではL1210担癌マウスに腹腔内投与した場合、10mg/kg前後の低い投与量で強い抗腫瘍活性を示した。 特にアルキル基の炭素数が14〜23の側鎖を持つCnPCAは、経口投与によって母化合物ara-Cよりも強い抗腫瘍活性を発揮した。 経口投与の系において最も強い抗腫瘍活性を示した化合物は、1--D-arabinofuranosylcytosine-5’-stearylphosphate(C18PCA)であった。

 

 C18PCAの抗腫瘍活性は、投与スケジュール及び投与ルートにあまり依存しなかったが、腹腔内投与よりも経口投与のほうが高い化学療法係数を示した。

 C18PCAをマウスに経口投与したあとの血中のara-C濃度を高速液体クロマトグラフィーまたはラジオイムノアッセイで測定したところ、長時間にわたって、マウス白血病細胞の増殖抑制効果に有効な濃度とみなされる 0.4〜0.75mol/mlの濃度が持続した。

 トリチウムで標識した[5-3H]C18PCAを合成し、マウス及びラットの静脈内または経口に投与した実験では、放射活性のほとんどが肝臓に分布し、どちらの投与法においても同一の主要代謝物を認めた。

 そこで、C18PCAを500匹のラットに静脈内投与し、投与3時間後に麻酔下で採取した肝臓から、主要代謝物を抽出分離し精製して凍結乾燥標品34.6mgを得た。本標品を機器分析して解析した結果、肝臓におけるこの主要代謝物はara-Cの5’位にカルボキシルプロピルリン酸基のついた化合物(C-C3PCA)と推定した。別途合成した対照化合物C-C3PCAと機器分析の値が一致したので、本主要代謝物を1--D-arabinofuranosylcytosine-5’-(3-carboxypropylphosphate)と同定した。

 

 C-C3PCAのインビトロにおけるマウス白血病L5178Yに対する細胞増殖抑制活性は、ara-Cより弱いものであった。またC-C3PCAをインビボでマウスに静脈内投与すると、血液中にara-Cを認めたので、C-C3PCAはara-Cのプロドラッグと推定した。

 これらの結果から、経口投与されたC18PCAは、消化管から吸収され、主に肝臓に分布したのち、肝臓中でステアリル基の末端が酸化され、さらに酸化されて中間代謝物C-C3PCAに変換されて貯留したのち、徐々にara-Cに変化するものと推定された。

 以上より、経口投与されたC18PCAぱ、腸管から徐々に吸収されて肝臓に分布したのち、何段階もの代謝ステップを経て最終的にara-Cになるため、血中のara-C濃度が長時間持続するものと考えられる。

 ara-Cは代謝拮抗剤であり、標的細胞に高濃度短時間作用させるよりも、比較的低い必要濃度で長時間作用させるほうがより効果的であると報告されている。 そのために臨床治療においては持続静注が一般的に実施されているが、C18PCAは経口投与でこの条件を満たすことができるため、ara-Cの持続静脈注射に比べて患者の負担を軽減することができるだけでなく、投与のために入院する必要も無くなり、在宅治療の可能性をも開くなど、医療の新しい可能性をもたらす臨床的に有用な化合物ということができる。

審査要旨

 シタラビン(1--arabinofuranosylcytosine、ara-C)は急性骨髄性或いはリンパ性白血病の治療薬として広く臨床で使用されている核酸関連代謝拮抗剤である。多くの場合他の抗腫瘍剤と併用されるが、化学療法においては古典的ともいわれるほど重要な抗悪性腫瘍治療薬である。しかしaraCは腎臓をはじめとする種々の臓器に存在するシチジンデアミナーゼによって速やかに脱アミノ化され、不活性の1--arabinofuranosyluracil(ara-U)に代謝される。また血中からのクリアランスが早いなどの理由から、血中有効濃度を維持するのが難しいといわれてきた。また腸管からの吸収効率が悪いために経口投与は出来ず、治療に際しては点滴持続静脈注射をするなど使用上の制約を受けることが多かった。本論文はara-Cの優れた特性を更に有効に発揮出来るようにその使用上の制約を回避することを主な目的として研究を進め、従来難しいと考えられてきた経口投与可能なara-C誘導体として1--arabinofuranosylcytosine-5’-stearylphosphate(一般名、シタラビンオクフォスファート)を発見し、その有効性の機序を明らかにしたもので3章よりなる。

 第1章は経口投与で有効なara-C誘導体の探索研究に関するものである。ara-Cの5’-アルキルリン酸化合物、5’-アルケニルリン酸化合物および5’-アリルリン酸化合物などara-Cの誘導体を30種以上合成してその抗腫瘍活性を調べた。その結果ara-Cの5’位に炭素数が10から20のアルキルリン酸が置換した化合物は、in vitroではマウス白血病細胞L5178Yの細胞増殖抑制活性においてara-Cより低い効果しか示さなかったのに対し、in vivoではL1210担癌マウスに腹腔投与した場合、10mg/kg前後の低い投与量で強い抗腫瘍活性を示した。特にアルキル基の炭素数が14〜23の側鎖を持つ誘導体は経口投与によってara-Cよりも強い抗腫瘍活性を発揮した。経口投与の系において最も強い抗腫瘍活性を示したのはara-Cの5’位がステアリルリン酸化された化合物(C18PCA、図1)であった。

図1 1--D-arabinofuranosylcytosine-5’-stearylphosphate

 第2章はC18PCAの薬物動態に関するものである。C18PCAの抗腫瘍活性は投与スケジュールおよび投与方法にあまり依存しなかったが、腹腔内投与よりも経口投与の方が高い化学療法係数を示した。C18PCAをマウスに経口投与した後の血中のara-C濃度を高速液体クロマトグラフィーまたはラジオイムノアッセイで測定したところ長時間にわたって、マウス白血病細胞の増殖抑制効果に有効な濃度とみなされる0.4〜0.75mol/mlの濃度が持続した。[5-3H]C18PCAを合成しマウスおよびラットの静脈内または経口に投与した場合、放射活性のほとんどが肝臓に分布しどちらの投与法においても同一の主要代謝物を認めた。

 第3章は中間代謝物の分離と同定に関するものである。C18PCAを500匹のラットに静脈内投与し、投与3時間後に麻酔下で採取した肝臓から主要代謝物を抽出分離し精製して凍結乾燥標品34.6mgを得た。本標品を機器分析により解析した結果、肝臓におけるこの主要代謝物はara-Cの5’位にカルボキシルプロビルリン酸基のついた化合物(C-C3OCA、図2)

図2 1--D-arabinofuranosylcytosine-5’-(3-carboxypropylphosphate)

 と同定した。合成によって得たC-C3PCAも機器分析の値が一致した。C-C3PCAのin vitroにおけるマウス白血病細胞L5178Yに対する細胞増殖抑制活性はara-Cより弱いものであった。またC-C3PCAをin vivoでマウスに静脈内投与すると血液中にara-Cを認めたので、C-C3PCAはara-Cのプロドラッグと推定した。これらの結果から経口投与されたC18PCAは腸管から吸収され主に肝臓に分布し、そこでステアリル基の末端が酸化され、更に酸化されて中間代謝物C-C3PCAに変換されて貯留した後、徐々にara-Cに変化するため血中のara-C濃度が長時間持続するものと考えられた。C18PCA即ちシタラビンオクフォスファートは現在医薬品として承認され、従来効果的な治療薬の無かった骨髄異型性症候群の治療薬として、また成人急性非リンパ性白血病の治療薬として使用されている。

 以上、本論文は抗腫瘍薬剤ara-Cの優れた特性を更に有効に発揮出来る誘導体を探索し経口投与で著効を示す、ara-Cの5’位がステアリルリン酸化された化合物を見出だし、その有効性の機序を明らかにしたもので基礎、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

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