シタラビンオクフォスファート(1--D-arabinofuranosylcytosine-5’-stearylphosphate)は、1992年10月に医薬品として製造承認され、1993年1月にスタラシドカプセルとして市販された新規の経口抗白血病薬であり、従来有効な治療薬のなかった骨髄異形性症候群(MDS)を主薬効として、成人急性非リンパ性白血病など、血液癌の治療薬として使用されている。 本論文はこの化合物を開発するに至った、前臨床試験より前のインビトロ並びにインビボ薬効評価の成績、薬物の特性を裏付ける血中動態、分布、代謝に関する成績、投与後肝臓内に特徴的に蓄積する中間代謝物の分離と同定、そして本化合物が経口投与で何故有効であるかを考察した結果をまとめたものである。 抗悪性腫瘍剤1--D-arabinofuranosylcytosine(ara-C)の使用上の制約を改善する目的で、ara-Cの5’-アルキルリン酸化合物、5’-アルケニルリン酸化合物及び5’-アリルリン酸化合物などara-Cの誘導体(プロドラッグ)を30種類以上合成してその活性を調べた。 その結果、ara-Cの5’位に炭素数が10から20のアルキルリン酸基が置換した化合物は、インビトロではマウス白血病細胞L5178Yに対して母化合物ara-Cより細胞増殖抑制活性は低い効果しか示さなかったが、インビボではL1210担癌マウスに腹腔内投与した場合、10mg/kg前後の低い投与量で強い抗腫瘍活性を示した。 特にアルキル基の炭素数が14〜23の側鎖を持つCnPCAは、経口投与によって母化合物ara-Cよりも強い抗腫瘍活性を発揮した。 経口投与の系において最も強い抗腫瘍活性を示した化合物は、1--D-arabinofuranosylcytosine-5’-stearylphosphate(C18PCA)であった。 C18PCAの抗腫瘍活性は、投与スケジュール及び投与ルートにあまり依存しなかったが、腹腔内投与よりも経口投与のほうが高い化学療法係数を示した。 C18PCAをマウスに経口投与したあとの血中のara-C濃度を高速液体クロマトグラフィーまたはラジオイムノアッセイで測定したところ、長時間にわたって、マウス白血病細胞の増殖抑制効果に有効な濃度とみなされる 0.4〜0.75mol/mlの濃度が持続した。 トリチウムで標識した[5-3H]C18PCAを合成し、マウス及びラットの静脈内または経口に投与した実験では、放射活性のほとんどが肝臓に分布し、どちらの投与法においても同一の主要代謝物を認めた。 そこで、C18PCAを500匹のラットに静脈内投与し、投与3時間後に麻酔下で採取した肝臓から、主要代謝物を抽出分離し精製して凍結乾燥標品34.6mgを得た。本標品を機器分析して解析した結果、肝臓におけるこの主要代謝物はara-Cの5’位にカルボキシルプロピルリン酸基のついた化合物(C-C3PCA)と推定した。別途合成した対照化合物C-C3PCAと機器分析の値が一致したので、本主要代謝物を1--D-arabinofuranosylcytosine-5’-(3-carboxypropylphosphate)と同定した。 C-C3PCAのインビトロにおけるマウス白血病L5178Yに対する細胞増殖抑制活性は、ara-Cより弱いものであった。またC-C3PCAをインビボでマウスに静脈内投与すると、血液中にara-Cを認めたので、C-C3PCAはara-Cのプロドラッグと推定した。 これらの結果から、経口投与されたC18PCAは、消化管から吸収され、主に肝臓に分布したのち、肝臓中でステアリル基の末端が酸化され、さらに酸化されて中間代謝物C-C3PCAに変換されて貯留したのち、徐々にara-Cに変化するものと推定された。 以上より、経口投与されたC18PCAぱ、腸管から徐々に吸収されて肝臓に分布したのち、何段階もの代謝ステップを経て最終的にara-Cになるため、血中のara-C濃度が長時間持続するものと考えられる。 ara-Cは代謝拮抗剤であり、標的細胞に高濃度短時間作用させるよりも、比較的低い必要濃度で長時間作用させるほうがより効果的であると報告されている。 そのために臨床治療においては持続静注が一般的に実施されているが、C18PCAは経口投与でこの条件を満たすことができるため、ara-Cの持続静脈注射に比べて患者の負担を軽減することができるだけでなく、投与のために入院する必要も無くなり、在宅治療の可能性をも開くなど、医療の新しい可能性をもたらす臨床的に有用な化合物ということができる。 |