5’-イノシン酸、5’-グアニル酸は化学調味料として工業的規模で製造されており、両者の国内生産量は5000トンにおよび、我国の発酵工業の一翼を担っている。製造法としては当初、酵母リボ核酸の酵素的分解による方法が主体であったが、現在では直接ヌクレオチドを発酵により製造する方法、またはヌクレオシドを発酵で得てこれをリン酸化させる方法が主流となってきた。枯草菌において、プリンヌクレオチドはde novo合成経路を経て合成され、これが脱リン酸化を受けて菌体外に排出される。野生株では、これらの合成系は厳密な代謝制御を受けているためにプリンヌクレオチドの蓄積は見られないが、代謝制御発酵の技術により、菌体外にプリンヌクレオシドを著量に蓄積する変異株が育種され実用化されている。本論文はこのようにして育種された枯草菌のイノシン・グアノシン生産菌を基に遺伝子組換え技術を用いて、任意のイノシン/グアノシン生産比率を示す菌株の育種をめざした成果をまとめたもので以下の4章より成る。 第1章は緒言にあてられている。第2章は枯草菌のIMFデヒドロゲナーゼ遺伝子のクローン化とその利用に関するものである。IMPデヒドロゲナーゼは5’-グアニル酸、或いはグアノシン生産に関わる鍵酵素である。グアノシン蓄積能を有する枯草菌NA7821株の染色体DNAからIMPデヒドロゲナーゼ遺伝子領域を大腸菌C600のキサンチン要求性相補を指標にpBR322にクローン化した。挿入DNAは6.4kbのPstI断片であった。次にこれをHindIIIで部分分解し、pC194に連結し枯草菌Marburg MI114株のキサンチン要求株にサブクローン化した。得られたプラスミドをイノシン・グアノシン併産株である枯草菌NA6128に導入したところIMPデヒドロゲナーゼ活性は導入前に比較して約10倍上昇し、著量のグアノシンの蓄積が認められた。 クローン化されたIMPデヒドロゲナーゼ遺伝子にクロラムフェニコール耐性遺伝子 catが挿入されたDNAを大腸菌内で構築し、これを用いて枯草菌NA6128を形質転換したところ得られたクロラムフェニコール耐性株はすべてキサンチン要求性を示し、IMPデヒドロゲナーゼ遺伝子が破壊されていることがサザンハイプリダイゼイションで確認された。それらの菌株はイノシン単独生産型となり、その生産量はNA6128株のイノシン量のほぼ2倍に達した。 IMPデヒドロゲナーゼ遺伝子(guaB)を含む6.4kbのPstI断片よりguaBの位置を特定し全塩基配列を決定した。同遺伝子には513アミノ酸をコードする1539bpよりなるオープンリーディングフレームが存在し、その開始コドンの上流にはSD配列と推定される配列が見出だされた。またプロモーターの-10、-35領域と想定される配列も見出だされた。塩基配列から推定されるIMPデヒドロゲナーゼのアミノ酸配列を大腸菌のものと比較すると52%の相同性が認められた。枯草菌NA6128株のguaBのプロモーターを枯草菌体内で高発現が期待出来るSP01プロモーター、及び低発現が期待できるP1プロモーターに置き換えた。前者の形質転換株ではIMPデヒドロゲナーゼ活性の上昇とグアノシンの蓄積量の増大が、また後者の形質転換株では同酵素活性の低下とイノシン蓄積量の増大が認められた。 第3章はプリンオペロンの改変によるイノシン・グアノシン生産に関するものである。枯草菌のプリンヌクレオチド生合成系酵素はプリンオペロン上にコードされていることが知られている。枯草菌No.115株(NA6128株の元株)のプリンオペロンを大腸菌のプリン要求性株の要求性相補を指標にクローン化した。このオペロンの構造ならびにプロモーター領域の塩基配列は、直前にZalkinらによって報告された枯草菌Marburg168株のそれとよく一致した。クローン化されたプリンオペロンDNAのプロモーター領域上流より種々の長さの欠失DNAを作製し、これを用いて168株を形質転換し、プリンオペロンの発現をアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ活性を指標に解析した結果、転写開始点上流-84〜-61にアデニンによる抑制部位が、また下流+1〜+200付近にグアニンによる抑制部位が存在していることが判明した。これらの制御領域を欠失させ、更にプロモーターをSP01のものに置換したDNAを用いて枯草菌のイノシン・グアノシン併産株NA6128株を形質転換した。両抑制部位を除去したDNAによる形質転換株の場合は生育不良とイノシン・グアノシン生産の低下が認められた。一方、グアニンによる抑制部位のみを除去したDNAによる形質転換株の場合は正常な生育と約2割のイノシン・グアノシン生産の増加が認められた。即ち、高生産株の育種にはグアニンによる抑制部位を欠失させることが有効であった。 第4章は結論にあてられている。 以上、本論文は枯草菌のイノシン・グアノシン生産菌に組換えDNA技術を導入し、IMPデヒドロゲナーゼ遺伝子を初めてクローン化し、それらを利用してイノシン/グアノシンの生産比率を制御することに成功したもので基礎、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。 |