本論1.大腸腫瘍の進行度と遺伝子異常の蓄積 大腸腫瘍274検体(FAP160検体、一般集団114検体)を病理組織化学的進行度に従い低異型性腺腫、高異型性腺腫、粘膜内癌、浸潤癌に分類した。腫瘍とそれに対応する正常大腸粘膜からDNAを抽出し染色体5q、17p、18q、22qにおける欠失を調べた。FAPと一般集団のいずれの場合も、低異型性腺腫では欠失は認められなかった。高異型性腺腫では5qにおける欠失が高率に検出されたが、その他の染色体上では起きていなかった。粘膜内癌では5qの他17pの欠失も高頻度に認められた。浸潤癌では5q、17p、18q、22qにおける欠失が高率に起きていた。従って低異型性腺腫から高異型性腺腫への移行には5qの欠失が、腺腫から粘膜内癌への悪性転換には17pの欠失が、粘膜内癌から浸潤癌への進展には18qと22qの欠失が関与することが明らかになった。また複数の欠失を有する浸潤癌が多数見い出され、これらの遺伝子異常が大腸腫瘍の進行に伴って蓄積していくことが示唆された。
5q欠失を有する癌ではFAPの疾患遺伝子のAPC(adenomatous polyposis coli)遺伝子が存在する染色体5q21-22での欠失の頻度が高く、APC遺伝子が5q欠失の標的と考えられた。17pにはp53遺伝子が存在するが17p欠失を有する癌はp53遺伝子(hp53B)においても高率に欠失を示し、標的がp53遺伝子であることが強く示唆された。また、18qにはDCC(deletion in colon cancer)遺伝子が存在し、18q欠失を有する癌はDCC遺伝子の欠失も示し、DCCが欠失の標的と考えられた。
2.大腸腺腫から癌への悪性転換におけるp53遺伝子異常 腺腫から癌への悪性転換にp53遺伝子の欠失が関与することが明らかになったが、FAP患者、一般集団のいずれもp53遺伝子の生殖細胞変異は持っておらず、p53遺伝子の突然変異が大腸の癌化に関与するか否かに興味が持たれる。そこでp53遺伝子の中で動物種を越えた高度保存領域を含むエクソン5、6、7、8における変異をPCR-SSCP(single-strand conformation polymorphism)法とdirect sequencing法により調べた。56例に変異が認められ、その頻度を病理組織化学的進行度と比較したところ、FAPと一般集団のどちらの場合も変異は低異型性腺腫、高異型性腺腫では殆ど起きていなかったが、粘膜内癌で認められ、浸潤癌ではその頻度がさらに高くなっていた。そして変異を有する粘膜内癌、浸潤癌は殆どすべて17p欠失を示していた。従って腺腫から粘膜内癌への悪性転換には欠失と変異によるp53両対立遺伝子の異常が関与することが明らかになった。
56例の変異のうち54例はアミノ酸置換を伴うミスセンス変異であった。変異の多くは保存領域に含まれており、特にコドン175、238、245、248、273、282における変異が高頻度に生じていた。また全変異の72%はGCからATへのトランジションであったが、この方向性は肝臓癌とは異なっており、組織による発癌物質の差異が示唆された。
また異常のあるp53遺伝子のmRNAと蛋白質への発現を検討した。17p欠失、変異の有無に拘わらず、p53mRNAは癌において正常粘膜より高いレベルの発現が見られた。一方、p53蛋白質の高い発現が変異を持つ癌の培養細胞の核に認められたが、正常粘膜と変異のない癌ではほとんど認められなかった。大腸癌組織の免疫染色においても変異を有する癌の80%以上が染色されたのに対し、変異のない癌は80%が染色されなかった。
3.大腸癌の進展におけるDCC遺伝子の異常 粘膜内癌から浸潤癌への進展にDCC遺伝子を含む18qの欠失が関与することが明らかになったが、癌の進展におけるDCC遺伝子の寄与を知るためその遺伝子発現を大腸腺腫と癌について調べた。DCC遺伝子のmRNAへの発現が浸潤癌では消失していることが認められた。18q欠失との間に相関は見られなかったが、癌の進展にDCC遺伝子の不活性化が関与することが明らかになった。
4.変異p53遺伝子の発癌作用 p53遺伝子の変異はほとんどがミスセンス変異でその位置や方向が多岐にわたっており、多種類の変異蛋白質が産生されると推測できる。変異p53は単に正常機能を失うだけでなく活性癌遺伝子に似た挙動を示すことも報告され、癌化に関連した多様な作用が示唆されている。変異p53遺伝子の作用を明らかにするため、今回見出された6つのホットスポット(11種のミスセンス変異)と1種のナンセンス変異を持つ12種の変異p53cDNAを部位特異的変異導入法に従って作製した。各変異体を発現ベクターに組み込み、活性H-ras遺伝子(コドン61Leu)と共に初代培養ラット胎児細胞(REF)に導入した。ミスセンス変異体と活性ras遺伝子を同時に作用させると形質転換が起きた。その頻度は変異の違いにより異なり273Cys、248Trp、175Hisを有する変異型が強い活性を示した。ナンセンス変異体や正常cDNAにはこのようなras遺伝子との協同作用は認められなかった。ミスセンス変異体のみではREFは形質転換されなかった。各ミスセンス変異体が内在性の正常p53蛋白質とオリゴマーを形成してその活性を阻害する’dominant negative effect’を有しているが、その程度には変異の違いによる差があると思われる。
また、ミスセンス変異体と活性ras遺伝子を共に導入したREFから、外来性p53遺伝子が存在する形質転換細胞クローンを数種樹立した。これらはヌードマウス皮下での造腫瘍性を有するのみならず、尾静脈あるいは腹部の皮下に移植されると肺へ転移することが認められた。これらのクローンではREFでは見られなかったゼラチナーゼ活性の放出が認められ、転移能との関連が考えられた。