学位論文要旨



No 212674
著者(漢字) 多田,周右
著者(英字)
著者(カナ) タダ,シュウスケ
標題(和) DNA複製に関与するDNA helicaseの同定、解析とcDNAクローニング
標題(洋)
報告番号 212674
報告番号 乙12674
学位授与日 1996.02.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12674号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 鈴木,利治
内容要旨

 DNA helicaseは、二本鎖DNAの相補鎖間の水素結合を解離させDNAを一本鎖状にする一群の酵素の総称である。DNA複製、DNA修復、DNA組み換え、転写などDNAが関与する様々な代謝経路においてDNAの一本鎖状態への解離は必須の過程であり、この過程を触媒する酵素は非常に重要な役割を果たしている。DNA helicaseの活性は、これまでに原核生物、ウィルス、真核生物などから数多く同定されており、種々のDNA代謝経路の中で多くのDNA helicaseが使い分けられていることが予想できる。実際に、詳細な解析がなされている原核生物やウィルスのDNA helicaseにおいては、DNA代謝の様々な過程における分担が明確に示されている。また、ヒトのERCC-2、ERCC-3と呼ばれる遺伝子によってコードされる二つのDNA helicaseはDNAの修復と転写の両方に関わることが示されており、このことからDNA修復、転写の密接な関わり合いが指摘されるに至っている。しかしながら、細胞内で機能する過程が示された真核生物のDNA helicaseは現在においても多くは存在せず、DNA複製に関与するDNA helicaseも知られていなかった。

 我々が単離した真核細胞の突然変異株のひとつ、tsFT848細胞は非許容温度下で増殖を停止するFM3A細胞の温度感受性変異株である。このtsFT848胞は39℃ではS期において増殖を停止し、また、このときRNA合成やタンパク質合成に先んじてDNA合成を停止する。これらの結果より、この細胞では何らかのDNA複製因子に温度感受性変異が導入されたものと思われた。さらにこの変異株では、粗抽出液中において最も主要なDNA依存性ATPase活性の低下が見られた。DNA依存性ATPase活性はこれまでに解析されてきたすべてのDNA helicaseが有するものであり、この変異株ではDNA複製に関与するDNA helicaseに温度感受性点が存在すること考えられる。これまでに我々の研究室でいくつかのDNA依存性ATPaseの解析が進められてきたが、tsFT848細胞において活性の低下したDNA依存性ATPase活性はそのうちのDNA helicase Bによるものであることを予想させる結果が得られた。このため、私は部分精製したDNA helicase Bの温度感受性について検討をおこない、tsFT848細胞の温度感受性点がDNA helicase Bにあることを示すとともに、DNA複製に関与する因子とDNA helicase Bとの相互作用の確認、および、DNA helicase B遺伝子の単離をおこなった。

1.tsFT848細胞由来DNA helicase Bの温度感受性

 tsFT848細胞において非許容温度下に活性を失うDNA依存性ATPase活性のFPLC MonoQカラムにおける挙動は、精製されたDNA helicase Bの挙動とほぼ一致する。このことは温度感受性を持つDNA依存性ATPaseがDNA helicase Bによることを予想させる結果である。これを確認するためtsFT848細胞よりDNA helicase Bを精製し、同様に精製した野生株由来のDNA helicase Bと比較した。

 精製によって最終的に得られるtsFT848のDNA helicase Bの活性は同じ細胞数に由来する野生株のものより著しく低かった。これはtsFT848細胞のDNA helicase Bでは低温下での精製過程においても野生株由来のものに比べより不安定であることを示していると考えられる。得られた部分精製画分を非許容温度下で加温したのちに、残存するDNA依存性ATPase活性を測定したところ、tsFT848細胞由来のDNA helicase Bが持つDNA依存性ATPase活性は野生株由来のものより速やかに失活した。このような高温感受性は非許容温度下での加温中に一本鎖DNAを共存させることにより失われた。これは、一本鎖DNAに結合した状態ではtsFT848由来のDNA helicase Bも安定化されることを示していると考えられる。以前にtsFT848の解析から得られた結果ではDNA合成の伸長速度に温度感受性が見出されなかったため、DNA合成開始反応が高温感受性となっていることが予想された。一本鎖DNA共存下での安定化は、新生DNA伸長時のDNA helicase Bの高温に対する安定性を説明するものと思われる。

 粗抽出液の状態では確認できなかったDNA helicase活性の温度感受性も精製することにより調べることができるようになる。そこで、同様に非許容温度下での加温をおこなった後にDNA helicase活性を測定した。結果はDNA依存性ATPase活性と同様、tsFT848細胞由来のDNA helicase Bの非許容温度下での速やかな失活を示すものであった。これらの結果により、tsFT848において温度感受性を有するDNA依存性ATPase活性はDNA helicase Bによるものであることが強く示唆された。

2.DNA複製に働く因子群との相互作用

 DNA helicase BのDNA複製への関与をさらに詳細に解析するため、DNA複製に関わる因子との無細胞系での相互作用を検討した。まず、出芽酵母DNAの複製開始領域をもちいた試験管内DNA合成系に対するDNA helicase Bの作用を見た。この系ではSV40のDNA helicaseであるT抗原を用いて二本鎖の巻き戻しを行い、さらに続けてDNA polymerase -primase複合体によるDNA合成を行わせることができる。この系にSV40のT抗原にかえてDNA helicase Bを用い、DNA polymerase -primase複合体によるDNA合成を観察した。

 FM3A細胞より精製したDNA helicase BはSV40のT抗原と同様にこの系においてDNA合成を促進することができた。このような促進は培養細胞由来の他のDNA helicaseでは観察できなかった。このことはDNA helicase BがDNA polymerase -primase複合体と効率的に相互作用しうることを示している。この産物を非変性アガロースゲルを用いて電気泳動したところ、このとき見られるDNA合成は複製型のものであることが確認された。また、このようなDNA helicase Bによる試験管内DNA複製系の促進はtsFT848細胞より精製されたDNA helicase Bでは著しく減弱されていた。

 次に、DNA helicase BとDNA primaseとの相互作用について検討をおこなった。原核生物やウィルスのDNA複製に関わるDNA helicaseは、ほとんどの場合同一種由来のDNA primaseと相互作用することが知られる。そのうちの多くの場合では、DNA helicaseによるDNA primase活性の促進が示されている。したがってDNA helicase Bについてもマウス由来のDNA primase活性を促進することが期待される。そこで一本鎖のM13DNAを鋳型としてDNA primaseにより合成されるoligoribonucleotideに対するDNA helicase B共存の効果について検討した。用いたFM3A由来のDNA polymerase -primase複合体は一本鎖DNA存在下にoligoribonucleotideを合成することができる。このようなoligoribonucleotide合成のDNA helicase B共存による効果は60 ng以上の一本鎖DNAを鋳型として用いたときにはほとんど見られなかった。しかしながら、それ以下の濃度の一本鎖DNA存在下においてはDNA helicase Bの共存によりDNA primaseの活性促進が見られた。この促進活性はDNA helicase Bの濃度に依存して高まった。このような真核生物のDNA primaseの促進はSV40やpolyoma virusのT抗原で見られていたものと同様のものである。

 以上の結果よりDNA helicase Bは細胞内においてSV40のT抗原と同様の役割、つまりDNA複製フォークの進行を司る役割を果たしていると推察される。

3.DNA helicase BのcDNAクローニング

 DNA helicase BのcDNAをクローニングするため、まずDNA helicase Bの精製をおこなった。8本のカラムを用いて精製したのち、その最後のカラムであるFPLC Mono Qカラムからの溶出画分をSDS-PAGEにより解析した。その結果、DNA helicase活性およびDNA依存性ATPase活性の両者とよい相関を見せる形で130 kDaのタンパク質が溶出された。さらにこの130 kDaのタンパク質にはATP結合活性が存在することがphoto-affinity labellingの実験から確認されたため、このタンパク質をDNA helicase Bであると考えた。

 この130 kDaの位置に泳動されるバンドを切り出し、これより部分アミノ酸配列を決定した。決定された部分アミノ酸配列の情報をもとにマウス胎児脳のcDNA libraryのscreeningをおこないDNA helicase BのcDNAを単離した。得られたcDNAは4464塩基であり、このcDNAに存在する最長のopen reading frameは1074個のアミノ酸からなる分子量121.5 kDaのタンパク質をコードしていた。このタンパク質には決定された3つの部分アミノ酸配列に相当する配列が存在しており、また、DNA/RNA helicaseに共通してみられる7つのモチーフも確認できた。以上より、このcDNAがDNA helicase Bの精製画分中で、SDS-PAGE上130 kDaのバンドを形成しDNA helicase活性を担うタンパク質をコードするcDNAであると結論した。

 さらに、このタンパク質のDNA/RNA helicase motifは大腸菌のRecDに存在するDNA/RNA helicase motifと非常に高い相同性を有しており、94アミノ酸中51アミノ酸が一致していた。しかしながら、DNA/RNA helicase motif以外の部分では目立った相同性は見出されず、その相互作用するタンパク質や機能する代謝経路は異なっていることが予想される。

審査要旨

 細胞の増殖に必須なDNA複製では、二本鎖DNAが巻き戻されて一本鎖になる必要がある。この過程を触媒する酵素がDNA helicaseである。近年、SV40ウィルスDNAの無細胞複製系の開発により、哺乳動物細胞のDNA複製に関わる多くの因子が同定され、それらの機能が明らかにされつつあるが、この系ではSV40のT抗原がDNA複製開始蛋白質であり、またDNA helicaseとしても働くため、動物細胞のDNA複製開始蛋白質やDNA複製に関与するDNA helicaseを同定することはできなかった。「DNA複製に関与するDNA helicaseの同定、解析とcDNAクローニング」と題する本論文では、哺乳動物細胞のDNA複製に関与するDNA helicaseの実体を初めて同定して機能を解析すると共に、その酵素のcDNAを単離している。

温度感受性変異株を用いたDNA複製に関与するDNA helicaseの同定

 tsFT848細胞は非許容温度下でDNA合成能が低下するマウスFM3A細胞由来の温度感受性変異株である。この変異株でDNA helicase Bに付随するDNA依存性ATPase活性が非許容温度下で低下している可能性を示すデータが得られたため、tsFT848細胞よりDNA helicase Bを部分精製し野生株由来のものと比較した。その結果、tsFT848細胞由来DNA helicase BのDNA依存性ATPase活性とDNA helicase活性は、非許容温度下で野生株由来のものよりも速やかに失活した。すなわち、tsFT848細胞においては本酵素が温度感受性であるために非許容温度下のDNA合成が低下したと考えられ、本酵素がDNA複製に関与することが強く示唆された。

無細胞系におけるDNA helicase Bの機能解析

 DNA helicase BのDNA複製への関与を詳細に解析するため、二種の無細胞系が用いられた。原核生物やウィルスのDNA複製に関わるDNA helicaseは、多くの場合同一種由来のDNA primaseの活性を促進する能力を有していることが知られている。したがって、DNA helicase Bについてもマウス由来のDNA primase活性を促進することが推定されたが、実際にその効果が本酵素で確認された。さらに、SV40 T抗原によって二本鎖の巻き戻しを行い、DNA polymerase -primase複合体によりDNA合成を行うような無細胞DNA複製系において、SV40 T抗原の代替としてDNA helicase Bが有効に機能した。このような性質は調べた限りの培養細胞由来DNA helicaseのなかで本酵素のみに見られた。また、このようなDNA helicase BによるDNA複製系の促進は、tsFT848細胞より精製されたDNA helicase Bでは著しく減弱していた。これらの結果は本酵素がDNA polymerase -primase複合体と効率的に相互作用することを示しており、本酵素がDNA複製に関与することをさらに強く示唆するものである。

DNA helicase BのcDNAクローニング

 DNA helicase Bの精製の最終段階において、DNA helicase活性およびDNA依存性ATPase活性に対応する130 kDaの蛋白質が同定された。この130 kDa蛋白質の部分アミノ酸配列の情報をもとにマウス胎児脳cDNAライブラリーからDNA helicase BのcDNAを単離した。得られたcDNA(4464塩基対)に存在する最長のopen reading frameは1074個のアミノ酸からなる分子量121.5kの蛋白質をコードしていた。この蛋白質には決定された3つの部分アミノ酸配列とDNA/RNA helicaseに共通してみられる7つのモチーフが存在した。さらに、このモチーフは大腸菌のRecDに存在するDNA/RNA helicaseモチーフと非常に高い相同性があり、94アミノ酸中51アミノ酸が一致していた。このような蛋白質のcDNAクローニングは真核生物では初めての報告である。

 以上、本論文では哺乳類細胞のDNA複製に関与するDNA helicaseを同定して機能を解析すると共に、そのcDNAの単離に成功している。また、大腸菌のRecD蛋白質のDNA/RNA helicaseモチーフに似た一次構造を持つ蛋白質が真核生物に存在することが本研究によって初めて明らかにされている。これらの成果は、哺乳類細胞のDNA複製・開始制御機構や細胞周期の調節機構等の細胞生物学研究に大きく寄与するだけでなく、抗癌剤開発のための新たな標的を呈示するものであり、博士(薬学)の学位論文として十分な価値があると認められる。

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