学位論文要旨



No 212675
著者(漢字) 菅,和利
著者(英字)
著者(カナ) カン,カズトシ
標題(和) 密度界面における相互連行現象の解明とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212675
報告番号 乙12675
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12675号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 渡辺,晃
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 助教授 河原,能久
内容要旨

 密度界面での連行現象については多くの実験的研究がなされており,連行係数の実験式がRichardson数の関数として提案されている。しかし,界面混合を生じさせる起因力である風波の砕波あるいはせん断力など界面に作用する要因が異なると,界面で生じる混合現象のメカニズムが異なるために,それぞれ提案された式を拡大して他の多くの自然現象に適用することができない。本研究では,せん断力が界面混合に主要な働きをする塩水くさび界面での「せん断流型」連行現象を対象に,密度界面で生じる相互連行現象のメカニズムを解明すると共に,このメカニズムを反映した相互連行係数の関数形を理論的に導いた。さらに,連行実験のデータ整理から小スケールの乱れが界面に作用する「微細乱流型」相互連行係数の関数形を求め,界面での混合に複合的な起因力が作用する実際現象に適応できる総和相互連行係数の関数を導いた。また,この総和相互連行係数の関数を塩水くさびの数値計算に応用し,河川流量,河口水深など遡上距離に及ぼす境界条件の影響を分析した。

 河道に遡上する塩分は,水利用のみならず河口部での生物の生息環境にも影響しており,塩分遡上距離を予測すると共に上下層塩水濃度の縦断変化の予測が重要である。界面を挟んで両層が流動する塩水くさびの密度界面での混合は,上層へも下層へも流体が輸送される相互連行現象であり,この相互連行によって上下層の塩分濃度の縦断変化が生じると考えられる。

 上下層が独立に流動する循環水槽を用いて水平方向に一様なせん断密度流を発生させ,精度良い可視化と密度フラックスの測定より界面で生じている相互連行のプロセスを図-1のようにモデル化した。せん断層が重力内波によって変形すると,変形前のせん断層内に一様に分布していた渦度の相対位置の変化により新しい流れがせん断層内に生じ,渦度が図-1(a)のB,Dの部分に集中する。その結果重力不安定が図-1(b)の様に発生して集中渦への周囲水の混合が生じる。このように,せん断層の重力不安定の発達による集中渦の形成と,この集中渦による周囲水のせん断層への取り込み,混合流体のせん断層からの放出によって下層から上層へまたその逆のプロセスの輸送が生じることを明らかにした。

図-1 重力不安定による周囲水の取り込みの摸式図

 集中渦内での密度フラックスの瞬間値を密度変動と鉛直速度成分とで4象限表示を行い,輸送現象を密度フラックスによって表し,図-2のように象限別出現順序を時系列的に追跡して流体輸送の様子を明らかにした。この混合の様子は界面を挟んで設置した6個の超小型密度プローブでの測定結果と一致しており,集中渦を伴ったせん断層への周囲水の取り込みと放出のプロセスのアンサンブル平均として図-3のように相互連行速度を定義した。この集中渦を伴ったせん断層は安定的に保持され,せん断層の層平均Richardson数が約5となる力学的平衡条件を満たすことが実験より明らかになった。この集中渦を伴ったせん断層での力学的平衡条件と,せん断層での運動量の釣り合い式から出発し,相互連行速度が連行層の層平均流速にそれぞれ比例するとして記述した相互連行係数の関数形を理論的に求めた。その過程で出現した内部抵抗係数は流速分布にMonin-Obukhovの相似理論を適用して流速分布の積分から内部抵抗係数を表す式を導き,せん断層厚さと上層厚さの比などは実験結果の整理より実験式を求めた。これらの結果を用い,連行層の層平均水理量で記述した「せん断流型」相互連行係数の関数形を導いた。関数は集中渦を伴うせん断層を連行層とする場合と被連行層とする場合とに分けて求めた。式(1)は集中渦を伴うせん断層を被連行層とする場合の相互連行係数の理論式であり,実験結果との優れた適用性を図-4は示している。

 

図表図-2 密度フラックスの4象限表示 / 図-3 相互連行速度図-4 「せん断流型」相互連行係数の理論式の実験データによる検証集中渦を伴うせん断層を被連行層とする場合

 この新しく導いた「せん断流型」相互連行係数の関数形は,層平均Richardson数に対するべき乗が-1/2,-1,-3/2になる三つ領域を示しており,従来の単純なべき乗則に比べて現象を忠実に反映した関数形である。さらにこの式には,従来の式で陽に評価されていなかったReynolds数の効果を含んでいる。「微細乱流型」,「拡散型」の連行係数を相互連行の概念を用いて記述し,「せん断流型」相互連行係数を加えた総和連行係数の関数形を求め,この3層系の式を実用的な2層系へ変換した式を提案した。

 この総和相互連行係数の応用として,相互連行速度を用いて記述した漸変密度流基礎式により塩水くさびの精度良い数値計算を行った。地形,河口水深,淡水流量などの境界条件の変化に伴う遡上距離の変化について分析し,河川流量の増加率と塩分遡上距離の低減率,河床低下による河口水深の増加率と遡上距離の増加率等についての目安となる関係を求めた。また,相互連行を考慮することにより上下層の塩分密度の縦断変化を計算することができ,せん断層を含んだ3層系での計算により潮汐の振幅が小さく定常状態と近似できる場合には図-5のように弱,緩混合状態での塩分遡上の様子を計算することができた。

図-5 一様勾配水路の三層流での界面位置の計算結果

 この論文で新しく提案した相互連行係数の関数は,実際現象での混合現象に幅広く適用することができ,この結果を用いた塩分遡上現象の分析は,河川計画,水資源計画等への応用の可能性を示している。

審査要旨

 本論文は「密度界面における相互連行現象の解明とその応用に関する研究」と題し、塩水くさび界面に代表されるせん断流型の連行現象の機構を詳細に観測し、それに基づいて相互連行の概念を明確にした。さらに、その機構に基づいたモデル化を行い、相互連行係数の関数形を理論的に導き、塩水くさびの計算に応用し、河川計画上有用な情報を得たものである。

 論文は8章から構成され、第1章では密度流現象の特徴の整理、第2章では従来の研究の総括がなされ、本論文で研究する課題の位置付けと、研究の方針を取りまとめている。

 第3章では、せん断密度流での連行実験に用いる装置が満足すべき性能を論じ、上下層が独立に流動できる循環水槽が望ましいとの結論を得た。これにより水平方向に一様なせん断密度流を発生させ、精度の良い可視化と密度フラックスの測定を行うこととした。

 第4章では、連行、特に相互連行の機構が明らかにされた。せん断層が重力内波により変形すると、一様に分布していた渦度の相対位置の変化により流れが誘導され、渦度の集中が生ずる。その結果重力不安定が発生し、集中渦への周囲水の混合が生ずる。このように、せん断層の重力不安定の発達による集中渦の形成と、この集中渦による周囲水のせん断層への取り込み、混合流体のせん断層からの放出によって、下層から上層へ、またその逆の輸送が生じることが分かった。

 集中渦内での密度フラックスの瞬間値を密度変動と鉛直速度変動成分とで4象限表示を行い、象限別出現順序を時系列的に追跡して、流体輸送の内容を明らかにした。この混合の様子は、界面を挟んで設置した6個の超小型密度計測端子での測定結果と一致しており、集中渦を伴ったせん断層への周囲水の取り込みと放出が、相互連行の実体であることを明らかにした。この成果は、層の間での混合現象という概念的な事象が、せん断層内における渦の形成という具体的な流体の運動により決定されている詳細を明らかにしたもので、高く評価できる。

 第5章では、混合の実体を反映した相互連行係数を理論的に誘導している。最初に、界面における重力不安定により発達した集中渦を伴ったせん断層が安定的に保持されること、および層平均リチャードソン数が約5であることを、実験および現地観測の結果を用いて確認した。これにより、理論解析は3層密度流系について行うこととなる。集中渦を伴ったせん断層での力学的平衡条件から出発し、相互連行速度が連行層の層平均流速に比例するとして記述した相互連行係数の関数形を求めた。その過程で必要となる流速分布にはMonin-Obukhovの相似理論を適用し、内部抵抗係数、せん断層と上層の水深比などは、実験結果を整理して定めた。新しく導かれた「せん断流型」相互連行係数は、層平均リチャードソン数に対するべき数が-1/2,-1,-3/2になる三つの領域を示しており、従来のべき乗則に比べて幅広い適用性を有している。また、従来の式では陽な形で評価されていなかった、レイノルズ数の効果を含んでいる。

 第6章においては、せん断流れがなく外力により乱れが惹き起こされている「微細乱流型」の混合、拡散係数が大きな熱現象が関与する場合の「拡散型」の混合までを考慮した、総和相互連行係数の関数形を定めた。さらに、現実の河川への適用を考えて、3層系の相互連行の式を簡略化し、2層系へ変換した。

 第7章においては、漸変密度流基礎式により塩水くさびの侵入につき、1次元の数値解析を行った。河川流量の増加率と侵入距離の低減率、河床低下による河口水深の増加率と侵入長の増加率などにつき分析を行った。前章までに得られた相互連行係数を用いることにより、上下層での塩分密度の縦断変化を計算できるようになり、実験結果との一致度も上昇した。

 第8章では得られた結果を総括している。

 以上要するに、本論文は密度界面における集中渦を含むせん断層の形成により相互連行が惹き起こされることを明らかにし、力学則により相互連行係数を理論的に求めた。また、これを活用して塩水くさびの侵入長の推定精度を上昇させた。これらの成果は、水理学、河川工学に寄与するところが大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53935