セメント硬化体の組織構造の発達と強度発現との関係を明確にすることは、実際の構造物で使われるコンクリートでも、組織構造と物性との関連が明確になり、コンクリートの強度に影響するペースト部分や骨材およびこれらの界面の強度を分離することが可能になり、さらにはコンクリートの耐久性に関しても定量化の道が開けることが期待される。 そこで、本研究はセメントの水和反応によるセメント硬化体の構造発達とセメント硬化体の強度との関係の明らかにするために行った。 本研究においては、セメントの水和反応、硬化体の細孔構造および硬化体の強度それぞれをモデル化し、水和反応と細孔構造との関係および細孔構造と強度との関係もまた定量化することにした。また、セメントの水和反応と強度とを定量的に関連させるには、セメントの水和に関しては、後期の水和反応速度を定量化することと、水和反応における量的な関係を明瞭にすることが重要であり、セメント構造に関しては、初期の構造を明瞭にすることが必要であり、これらを解決するための手段の一つとしてコンピュータシミュレーションを用いた。 本論文では、従来から考えられている硬化体の強度と空隙量との関係を考察することで、セメントの強度に関する基本的なモデルを考え、その基本モデルに対して材齢や水セメント比の違いを評価するためのモデルとして、水和反応速度と細孔構造のモデルを考えた。 セメント硬化体の強度と空隙量との関係では、まず空隙量について考察し、反応量から空隙率を求めることが可能であり、その際には水和反応式とクリンカ鉱物の密度と水和物の組成と密度が必要となる。セメントの主要鉱物であるエーライトを用いたペーストの場合に、水和物として生成するC-S-Hの組成を、Powers-Brownyardのモデルより、1.7CaO・SiO2・4H2Oとした。この水和反応式より求めた空隙率から求められるエーライト硬化体の最終強度、すなわち空隙率ゼロの強度は、1,000kgf/cm2から1,300kgf/cm2の範囲にある。またこの空隙率は、水銀圧入式のポロシメータで測定される空隙率では、最大圧入圧力1,000kgr/cm2以下とほぼ同じになることを示した。 また、セメント硬化体の強度発現に関する基本モデルとして、図1を提案した。このモデルでは、空隙率と強度との関係は一義的に定まり、モデルでの空隙率と強度との関係は、空隙率の小さい範囲では、従来からセメントの強度推定式として有名なRyshkewitchの式で近似できることを示した。逆に、セメントの強度発現がこのモデルのようになることから、セメントの主要な水和物であるC-S-Hの結晶が非常に小さいためにセメント粒子に比べ水和物は均一な組織と考えることができること、およびセメントの水和物が空隙の自由空間に生成するのではなく、セメント粒子を膨張させるように粒子に密着して生成することで、水和と粒子の接触との関係が定量的になるためであると考察した。 図1 強度発現の基本モデル セメントの水和反応速度モデルでは、セメントの水和反応機構と粒度分布を考慮するとともに水和生成物の生成する場所を因子として取り上げた。 セメントの水和反応速度を調べるにあたり、反応率に対する個々の粒子の影響を考慮し、粒子の反応厚さで反応速度を表現した。反応速度を反応厚さの関数とすることで、粒度の影響を少なくすることが可能であり、また、実験的にも粒度が反応速度(反応厚さ)に与える影響が少ないことを確かめた。この結果反応厚さの関数で反応速度を表現することで反応率に対して最も影響のある粒度の影響を少なくすることが可能になった。 エーライトの反応機構に対しては、従来から考えられてきた律速段階が物質の移動過程であることを考慮した。この反応機構を基に反応速度の数式化を試み、本実験で用いたエーライトに関しては、7種類のパラメータで水和反応速度を数式化した。それによると、エーライトの反応は、2種類の拡散律速の反応としてモデル化できる。最初の拡散律速段階は、エーライトの誘導期をもたらし、その拡散層が溶解し始めることで加速期に移行する。二番目の拡散律速段階が加速期から減速期となる。二つの拡散律速段階の差は、係数の差として表現され、それによると最初の段階の係数は約10-3程度異なり拡散が著しく遅い段階であることが判明した。また、このような数式化をすることで、エーライトの水和反応速度を粒度分布を考慮しないで反応率を表現できるモデルが可能となった。 さらに従来ほとんど定量的に考慮されていなかった、減速期以降の水和反応速度に関しては、コンピュータによる拡散のシミュレーションを用いることで、水和物の生成する場所を考慮したモデルとし、その結果水和生成物の生成場所が水和反応速度に大きな影響を与える可能性の高いことを示した。 細孔構造では、初期の細孔構造と、水和反応の結果としての後期の細孔構造をモデル化した。初期の細孔構造は、水セメント比のような粒子と空間の量的な関係を変化させる因子が最も影響するので、水セメント比の異なるセメント硬化体での実験値を基に考案したモデルを検証した。ここで、実験値には水銀圧入式のポロシメータで測定される細孔径分布のしきい細孔径を用いた。しきい細孔径は、連続空隙中に多数存在する最も狭い細孔径に相当するといわれており、このしきい細孔径は水セメント比によって一定の変化を示す。そこで、このしきい細孔径の水セメント比による変化に適合するモデルとして、セメント微粒子の凝集を考慮した凝集モデルを提案した。このモデルにより、水セメント比によるしきい細孔径の変化を定量的にすることが可能になり、セメントの微粒子の凝集を考慮する必要性が認められた。 さらに、この凝集モデルに水和反応速度を組み合わせることで後期の細孔構造をモデル化した。この場合、材齢によるしきい細孔径に違いは、水セメント比の場合と同様に一定の変化を示し、この変化量は、反応厚さで表した水和反応速度に対応した。また、細孔構造を本モデルであるとすると、硬化体の連続細孔はインクボトル型となるが、空隙をインクボトル型であるとすることで、水銀ポロシメータによる細孔径分布の測定結果をセメント水和反応速度との組み合わせにより定量的に取り扱えることがわかった。 硬化体の細孔構造と水和反応速度との関係では、従来あまり考えれていなかった後期の水和反応に関しては、細孔構造のモデルとセメント反応機構を考慮すると、水セメント比の小さい場合の水和反応の遅れは、単に水和物の生成する場所が少なくなるだけではなく、細孔構造に基づく水の移動の遅れによるとの仮説が得られた。 セメントの水和反応による強度発現のモデル化は、これまでに述べたモデルを基に、強度発現、細孔構造、水和反応速度をそれぞれ定量化することで行った。細孔構造については凝集モデルから得られた初期の粒子の配置を基にし、このモデルに定量化された水和反応速度と強度発現モデルを組み合わせることで水和反応による強度発現をシミュレートした。得られた結果は、実験結果を再現できセメントの強度発現速度のシミュレーションが可能であることを示した。 |