学位論文要旨



No 212677
著者(漢字) 鈴木,崇伸
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タカノブ
標題(和) 地震動の局地的な増幅と構造物の崩壊に関する数値実験的研究
標題(洋)
報告番号 212677
報告番号 乙12677
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12677号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 古関,潤一
内容要旨

 地震の影響のみならず構造物の安全性を考えるとき、破壊あるいは崩壊のメカニズムを十分に把握する必要がある。「構造物が安全である」ということは壊れないことを意味するが、構造物がなぜ壊れるのか、またどのように壊れるのかを理解して構造物を設計することが大事である。特に地震の影響のように大規模で動的な現象については十分理解がされていない点も多く、なぜ壊れるのか、どのように壊れるかについて研究課題は多い。さて地震時に構造物の安全性を考える上で重要な要因として、地震動、地盤、構造条件の3つが考えられる。地震動は揺れの大きさや速さであり、地震の規模や距離そして当該地の地盤条件に影響される。また構造条件は構造物の揺れ易さや壊れにくさであり、構造物が設置される地盤条件によっても変化する条件である。地震時の安全性を考えるときよく問題にされるのが地盤の影響であり、揺れの増幅や構造物の支持条件さらには地盤自体の安全性などが挙げられる。主に地盤の条件に左右されて起こる地震の災害を地盤災害と呼ぶことにすれば、地盤災害に関して被災例は多いものの理解が不十分な点が多くあるといえる。

 本研究の目的は、揺れの増幅や地盤・構造物系の破壊といった地盤災害をコンピュータによる数値実験で理解することにあり、そのために必要な計算アルゴリズムを考案し、いくつかの応用を試みている。揺れの増幅の問題は地盤を弾性体で近似して有限要素法などの数値解析法で簡単に扱えるが、揺れの増幅に影響を及ぼさないような境界処理の工夫が必要とされる。本研究では比較的精度がよいとされる重ねあわせ境界を3次元弾性体に拡張した新しいアルゴリズムをつくり、不整形地盤の増幅効果の分析を行った。また地盤・構造物系の破壊の問題は弾塑性計算で扱われることが多いがが、本研究では拡張個別要素法を適用した新しいアルゴリズムを適用している。この例題解析では盛土の破壊や地盤・コンクリート構造物の破壊シミュレーションを実施した。

 地盤のような半無限の広がりをもつ系を対象にモデル化する場合に、人為的な仮想境界を設定しなければならず、この条件設定が振動性状に影響を及ぼすことが知られている。一般に地表面や地層の不規則性あるいは人工構造物の存在により、解析モデルの外部へ逸散する波動が引き起こされる。仮想境界でこの逸散波が反射されると、波動エネルギーがいつまでも解析モデル内に閉じ込められることになり、計算結果が無意味なものとなってしまう。着目する部分に比べて解析モデルが十分に大きく、仮想境界の影響が無視できればよいのだが、計算効率も悪く現実的ではない。そこで人為的に設けられた仮想境界で、逸散波を識別し処理する方法がいろいろと提案さている。本研究ではCundallの重ね合わせ境界に着目し、2次元弾性問題、3次元弾性問題にその考えを適用して地盤振動シミュレーションの新しい計算アルゴリズムを考案している。

 地盤による地震動の増幅現象は主に地表面の形状、地層境界の形状、地盤の剛性の影響、共振の影響で説明されると考えられるが、地形が複雑に変化する地点でどのように揺れるかは十分理解されていない問題である。地震被害の分析結果からもがけ地や丘陵地に近い平坦地に被害が集中する傾向のある点が指摘されているが、本研究では特に軟弱層の厚さが徐々に変化する地盤に被害が起こりやすいという「なぎさ現象」に着目して数値実験を行い、揺れの特徴を分析した。その結果傾斜した軟弱層上では水平方向に一様な軟弱層上に比べて平均パワーで2倍の揺れとなることが確認された。また揺れ方は位置によって複雑に変化するものの、大きな上下動を発生しやすい点や、軟弱層厚の薄い方から厚い方へ進行する波動成分があるのも確認された。こうした増幅の原因は、地表と傾斜した地層境界の間で繰り返される波動の反射により斜め方向に進行する波動が生成され、表面波的な挙動をしはじめる点が考えられる。地層境界に斜めに入射する場合に屈折波あるいは反射波が生じなくなる臨界角が存在し、臨界角を越えた入射があると境界面にそって進行する波動に変換され、表層内を攪乱する。またこの条件では位相速度の遅いせん断波成分は全反射するために、基盤層へ戻る波動成分はなくなり、軟弱な表層内に波動エネルギーが滞留し、大きな揺れが起こりやすいと考えられる。

 実際の地下構造を考えると深さ方向に複雑に変化しているのが一般的であり、地表の揺れ方も位置により複雑に変化すると考えられる。一定の入力地震動で設計された構造物も、地盤による揺れの増幅作用が大きければ安全とはいいきれないこととなり、標準的な耐震設計を補完する意味で数値実験的検討は重要であると考えられる。その際、境界条件や地盤モデルにおける余計な仮定条件は結果の理解を繁雑にするために本研究で行ったような適切な仮想境界処理を行った有限要素法による3次元解析が有効であると考える。

 本研究のもう一つの目的は地盤・構造物の破壊シミュレーションを行うことである。地盤・構造物の破壊あるいは崩壊といった動的問題を考える場合、連続体力学を基礎とする有限要素法のような数値解析法では連続の条件が大きな制約となり、剛性を変化させることで変形量を制御したり、変位の不連続を特殊な要素で近似する必要がある。こうした高機能モデルを有限要素法などに組み込むことにより、破壊状態に近づいていくプロセスを追跡できるとされているが、破壊による大変形を整合させられないような脆い材料では解析結果の判断が難しい場合があると考えられる。一方でCundallにより、構造を互いに力を及ぼしあう剛体片に分割し、時間積分を行う個別要素法(Distinct Element Method:DEM)が提案されて以来、構造物の破壊、崩壊といった現象を数値シミュレーション的に予測できる利点が注目され、いろいろな応用がなされている。

 個別要素法の研究の流れは大きく分けて2つあると考えられ、一つは砂のような粒子集合体の力学特性を明らかにする研究であり、もう一つは実構造物の破壊、崩壊問題への適用である。実構造物への適用に関して、伯野他の一連の研究により拡張個別要素法(Extended DEM)が提案されている。この方法は破壊時に運動の最少単位となる剛体片に構造物を分割し、摩擦力、粘着力でそれらを相互に固定した構造モデルをつくり、構造各部の運動を表現するために剛体片にバネ、ダッシュポットを与えて剛体片の運動を追跡するものである。本研究では弾性的挙動から破壊以後の運動まで統一的に計算できる利点をもつ拡張個別要素法に着目して、差分法との対比からバネ、ダッシュポット係数を設定する方法を定式化した。従来提案されている考え方をさらに推し進め、実構造物の挙動を弾性体の差分方程式で近似して計算アルゴリズムをつくることで、モデル作成は容易になり、従来困難であったいろいろな境界条件が導入できるようになった。

 拡張個別要素法は有限要素法などと同じく領域型の解析手法であり、境界条件によって構造物の挙動は大きく変わってくると考えられる。前述したように地盤のような連続した系に仮想境界を設定する場合には境界の影響が強く反映されることになり、シミュレーション結果の判断を困難にするのも同様である。そこで計算が簡単で汎用性のある粘性境界を仮想境界での処理方法に適用する新しい試みを行った。すなわち仮想境界付近では拡張個別要素は剛体運動に移行せず、弾性振動するという条件で差分的に境界処理を行い、連続地盤中の部分的な破壊現象を取り扱える新しいアルゴリズムを考案している。新たに定式化した拡張個別要素法によれば、運動方程式の作成や境界条件の設定は有限要素法と同様に系統的に行うことができ、粘着力や摩擦力など強度の要因を含めた動的解析を行うことが可能となる。

 破壊にいたるような動的解析では、粘着力あるいは摩擦力で定義される強度と剛性・幾何形状による振動増幅効果のバランスにより構造の運動は大変複雑なものになることが予想される。そこで盛土の崩壊を例題にとりあげて、強度や剛性を変化させたときに盛土の運動がどのように変化するかを数値実験的に検討した。結果は剛性と強度のバランスにより崩壊の進展や形状が変化することが確認され、有限要素法による解析では再現が困難な運動を計算できる可能性が示された。また地盤・構造物系の動的解析の例題として地盤とラーメン構造の連成系の解析を行い、連続地盤中で構造物周辺だけが部分的に破壊するシミュレーションが行えることを示した。拡張個別要素法解析に関しては課題も多く、破壊の条件、破壊以後の剛体片の運動のコントロールや個別要素の配置などに検討課題は残っている。しかしながら構造物の耐力を越える地震動が加わった場合にどのように壊れるかを数値実験的に検討しておくことは有意義であると考えられ、表層地盤による揺れの増幅の問題と同様に耐震設計を補完する必要があると考える。またいろいろな要因をうまく組み合わせて、実際の構造物の破壊・崩壊に近い運動を再現して観察することにより、補強や免震などの合理的な地震対策が導けると考える。

 地震による地盤災害の理解を深める上で今回考案した2つの計算アルゴリズムは有用であると考えられ、なぜ地盤が大きく揺れるのか、地盤・構造物系がどのように壊れるのかを分析する再現データを与えてくれる。今後のコンピュータ性能の向上を考えれば、数値実験的な検討は有効な問題解決法になると考えられ、計算方法や結果の分析手法などさらに研究していく必要がある。

審査要旨

 地震時の構造物の安全性を考えるためには、地震動の増幅および崩壊のメカニズムを十分に把握する必要がある。本研究は、地盤震動と地盤・構造物系の破壊という代表的な地盤災害を数値実験するための計算アルゴリズムを考案し、適用を試みたものである。

 地震動の増幅の数値解析では、境界条件の処理に工夫が必要である。本研究では、重ね合わせ境界法を3次元弾性体に拡張したアルゴリズムをつくり、不整形地盤の増幅効果の分析を行っている。これが第一の成果である。第二の成果は、地盤・構造物系の破壊の問題であって、個別要素法を適用したアルゴリズム開発し、盛土や地盤・コンクリート構造物の破壊過程の解析に応用している。

 第一のテーマについては、従来の地震被害の分析結果からも、がけ地や丘陵地に被害が集中することが指摘されているが、地形が複雑に変化する地盤の震動はなお十分理解されていない問題であり、その解析には大きな意義がある。地盤のような半無限の系をモデル化する場合には、仮想境界を設定しなければならないが、仮想境界で地震波が反射されると、正しい計算結果が得られない。そこで、仮想境界で逸散波を識別し処理する方法が必要となる。本研究では重ね合わせ境界法を基礎として、新しい計算アルゴリズムを開発している。さらにこれを用いて、軟弱層の厚さが徐々に変化する地盤では被害が起こりやすいという経験的によく知られた現象に着目して、数値実験を行い、傾斜した軟弱層の増幅の過程を明瞭に捉えることに成功している。また、大きな上下動を発生しやすい点の存在や、軟弱層の薄い方から厚い方へ進行する波動成分の存在など、重要な現象が検出されており、本研究の解析方法の有効性が示されている。

 本研究のもう一つの目的である地盤・構造物の破壊の数値解析においては、連続体力学を基礎とする有限要素法タイプの数値解析法では、連続の条件が大きな制約となり、破壊時の土のような脆性材料の解析に困難がある。一方で、近年提案された個別要素法は、構造物の破壊現象を、数値解析できる利点を有している。本研究では、弾性的挙動から破壊以後の運動まで統一的に計算できるよう拡張された個別要素法を基礎として、差分法との対比を利用して復元力と減衰力を設定する方法を定式化した。実構造物の挙動を弾性体の差分方程式で近似して計算アルゴリズムをつくることで、モデル作成は容易になり、従来は困難であった種々の型の境界条件が導入できるようになった。

 個別要素法は有限要素法などと同じく領域型の解析手法であるので、境界条件の処理方法が大きな影響を及ぼす。この問題を解決するために、本研究は、粘性境界法を仮想境界に適用する新しい試みを行っている。すなわち仮想境界付近では、拡張個別要素は剛体運動に移行せず、弾性振動するという条件で差分的に境界処理を行い、連続地盤中の部分的な破壊現象を取り扱える新しいアルゴリズムを構築している。この定式化によれば、運動方程式の作成や境界条件の設定を、系統的に行うことができ、粘着力や摩擦力などを含めた動的解析を行うことが可能となるため、実際の現象に非常に忠実なモデルを作ることができることになる。

 この方法を用いて、盛土の崩壊を数値実験的に検討し、剛性と強度のバランスにより崩壊の進展や形状が変化する過程を詳細に再現している。これにより、有限要素法等による解析では計算が困難な動的問題を計算できる可能性が示されたと言うことができる。さらに、地盤-構造物系の動的解析の例として、地盤とラーメン構造の連成系に新しい解析法を適用し、連続する地盤の中で構造物周辺だけが部分的に破壊する過程の再現に成功している。今後、パラメータ試験を重ねる中で、実際の構造物の破壊・崩壊を再現して知見を集積することにより、補強や免震などの地震対策のための重要な理論的基礎を築きうる可能性が認められる。

 以上のように、本研究は高い能力をもつ2つの計算アルゴリズムを開発し、有限要素法と個別要素法を用いて、地震工学の最重要課題である地盤の増幅および動的な破壊を解析することを可能にしたものであり、理論的および設計実務への高い意義をもつものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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