学位論文要旨



No 212679
著者(漢字) 隈澤,文俊
著者(英字)
著者(カナ) クマザワ,フミトシ
標題(和) 超小型立体模型による鉄筋コンクリート造建物の振動破壊性状に関する研究
標題(洋)
報告番号 212679
報告番号 乙12679
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12679号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡田,恒男
 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 中埜,良昭
内容要旨

 本論文は,鉄筋コンクリート造建物の動的振動性状を把握するために振動台を用いた破壊実験を行なった結果を述べたもので,縮尺1/15の鉄筋コンクリート造立体模型試験体の振動破壊実験により,建物の振動性状を把握することが可能であることを論じたものである。

 本論文は全6章から構成されており,各章ごとにその内容を簡単にまとめる。

第1章序章

 本章では,建物の耐震性を確認するためには実験による評価が重要で,特に建物全体系による実験的検証の必要性を述べ,建物全体系の振動性状を把握する実験手法としては,振動実験が最も有効な手段の一つであるとしている。

 近年における建物の高層化,大型化に伴い,構造物の耐震実験は大型化の一途をたどり,建物全体を対象とした実大試験体による耐震実験も行なわれている現状について,実大スケールの耐震実験がより実物の性状に近いデータの収集を可能にしたものの,パラメトリックな実験的研究を困難にしたとしている。そこで,構造物全体の振動性状を把握するための新しい観点に立った耐震実験法,すなわち超小型模型による振動実験手法の確立の必要性を述べている。

 更に,鉄筋コンクリート造超小型試験体に使用した極細異形鉄筋,マイクロ・コンクリート,超小型模型による耐震実験,縮小模型実験のための相似則について,既往の研究を整理するとともに,本研究の位置付けを行なっている。

第2章振動破壊実験概要

 試験体の製作に用いた公称直径1mm,2mm,3mmの極細異形鉄筋,及びマイクロ・コンクリートの材料特性についてまとめている。材料特性にはこれらの材料間に作用する付着特性も含まれており,鉄筋の引き抜き試験による必要定着長さ,及び梁主筋の定着形式の決定についても述べている。

 振動破壊実験の対象とした建物は各階に2住戸を有する11階建ての集合住宅で,平面形式の違いにより2体の試験体を製作している。すなわち,各階に2住戸を並行に設けた標準型試験体と雁行する位置に設けた雁行型試験体である。試験体の製作方法・工程などについても触れ,同等の実験を実施する上で必要となる項目について,詳細に説明している。

 また,振動実験の実施にあたり,導入した相似則について解説している。今回の実験では,試験体の内部空間の制限などにより,試験体の付加重量を目標とした重量の半分としたことから,目標重量が満たされた場合の相似率と実際に実験実施時に満たすべき相似率に区別し,それぞれについて説明している。

 最後に,実験方法について述べている。本研究においては,模型試験体を振動台により加振しているため,まず実験装置の概要を説明し,加振に用いた地震波の特徴を整理している。いずれの試験体も6つの加振ステップを踏み,最終的に破壊に至らしめる段階加振を行なっており,その実験プログラムについてまとめている。また,加振中に試験体の応答性状を測定するための測定センサー,測定点位置,収録装置などの観点から測定計画を説明している。

第3章振動破壊実験結果

 標準型試験体,雁行型試験体のそれぞれの振動破壊実験結果をまとめている。

 まず,試験体ごとに各加振ステップの入力波を検討し,共通する加振プログラムの再現性を検討し,試験体の応答に大きな影響を及ぼすと思われる周期範囲においては,概して想定した応答スペクトル特性が再現されており,加振実験をうまく実施することができたとしている。

 ついで,各試験体の実験結果として,各加振ステップごとに実験経過を示し,ひび割れ状況,鉄筋の降伏状況,各層の復元力特性をまとめている。また,加速度,変位に基づく最大応答値分布を各加振について示している。

 実験結果としては,1)梁崩壊型に設計し試験体はいずれも梁崩壊型の様相を呈し破壊した,2)標準型試験体では,1階柱脚部,中層部における梁端部で主筋の破断が確認されたが,直交壁が自重を支え,倒壊は免れた,3)両試験体とも梁端部のひび割れが床スラブの全幅にわたって貫通しており,床スラブの協力幅は最終的には全幅に及んだ,4)直交壁には小梁の影響によるものと思われるひび割れが生じた,ことなどを示している。

 最後に,各試験体に共通する加振プログラムの再現性を試験体への入力加速度波形によるスペクトル強度から検討し,各試験体への累積入力エネルギーに大きな差異のないことを示している。そして,最大水平力分布,固有周期の変動履歴などを比較検討し,同程度の入力履歴を経たこれらの試験体間に大きな差異のないことを示している。また,雁行型試験体について,最上階の応答変位から加振直交方向の応答成分を求め,ひび割れ性状との関係を述べている。

第4章弾塑性骨組解析

 本章では,各試験体の部材の弾塑性性状に立脚した弾塑性骨組解析を行なっている。柱・梁を線材置換し,曲げ・せん断バネを直列結合した,いわゆる材端バネ・モデルにより部材をモデル化している。曲げバネ特性はファイバー・モデルによる断面解析により諸元を決定し,せん断バネ特性は既往の算定式により定めている。

 解析断面として,床スラブ,及び直交壁の協力幅を「中高層壁式ラーメン鉄筋コンクリート造設計施工指針」に定められた,いわゆる指針幅と全幅の2ケース設定し,それぞれの場合について漸増載荷による静的弾塑性解析,及び弾塑性地震応答解析を行ない,試験体の応答性状の解釈を試みている。

 標準型試験体では,直交部材の協力幅として全幅を仮定した解析ケースにおいても最大耐力を過小評価しており,降伏状況と併せて部材耐力,特に梁の耐力が過小に評価されていると推察している。また,履歴ループ形状についても,いずれの解析ケースも実験結果を十分表現しているとはいえず,実験をより良くシミュレートするためには履歴モデルの再検討が必要であるとしている。

 雁行型試験体についても,協力幅を指針幅とすると耐力を過小に評価し,全幅とすると応答変形を極度に過小評価する。履歴形状はいずれの解析ケースも実験結果と合致しておらず,履歴モデルの再検討が必要であるとしている。

第5章考察

 各層に作用する慣性力の累計値として定義した疑似層せん断力分布についての検討を行い,降伏発生以前の応答においては外力を逆三角形分布とした場合の分布によりその包絡を評価することが可能であるが,降伏発生以降の応答については逆三角形分布では上層部において過小評価となり,その分布はむしろAi分布に近いものとなる。しかしながら,中間層部分においてはAi分布では過小評価になり,Ai分布を用いる際には留意する必要があるとしている。

 試験体に地震動が入力し,部材の塑性化が生じると建物の周期が伸びるが,この固有周期の伸びと建物の疑似ベース・シアー係数と地動震度から定まる加速度応答倍率が1質点系弾性加速度応答スペクトルにより関係づけられることを示している。すなわち,試験体の応答は固有周期の変化に大きく依存しており,固有周期の伸びを考慮すると,試験体の最大応答変形量は入力波形の弾性加速度応答スペクトルにより推定することが可能であるとしている。

 今回実施した振動台実験が水平一方向入力であること,対象とした構造物が基礎固定であることなど,特殊な境界条件下での加振実験であることに触れ,より実際の建物に近い条件で検討するために,自然地震を利用した模型建物モデルの地震応答観測記録に対して同様の検討を行なっている。そして,この応答観測においても,振動実験により得られた関係が成立することを示している。

 振動実験においては,入力加速度波形の応答スペクトル特性は予め定まっており,また試験体の降伏耐力,及び1次固有周期も事前に知り得るため,最大応答変形時における固有周期,及び入力加速度レベルの関係が不定条件となる。地震波入力により生じる被害レベルは試験体の最大応答変形時の周期の伸び,すなわち塑性化の程度に依存することから,被害レベルを想定すれば入力加速度レベルが定まり,被害レベルを想定した加振実験が可能であるとしている。

 一方,建物の設計を行なう場合においては,入力加速度レベル,及び加速度応答スペクトルが与えられ,弾性固有周期が定まっており,最大応答変形時における固有周期,及び降伏耐力の関係が不定条件となる。ここで,許容可能な被害レベル,すなわち周期の伸びを決定することにより,その建物が保有すべき耐力が定められるとしている。

 なお,この関係は建物全体を1質点系として,1次の卓越周期,及び疑似ベース・シアー係数を基に評価していることから,建物の振動性状が脆性的部材により支配される場合,卓越振動モードが均等分布形とみなせない場合にはこの関係は成り立たないものと推察している。

第6章結章

 振動破壊実験により得られた知見をまとめるとともに,鉄筋コンクリート造超小型立体模型による振動破壊実験の実施,実験結果の解析的検討,実験結果の解釈,に項目分けし,それぞれの視点から今後の研究課題を整理している。

審査要旨 論文審査の結果の要旨

 本論文は「超小型立体模型による鉄筋コンクリート造建物の振動破壊性状に関する研究」と題し,構造物の動的振動性状を把握するために行った縮尺1/15の鉄筋コンクリート造立体模型試験体の振動破壊実験の結果を述べたものであり,全6章からなる.

 第1章「序章」では,建物の耐震性を確認するにあたり建物全体系による実験的検証の重要性を述べ,そのための手法として振動実験が最も有効な手段の一つであることを述べている.さらに,鉄筋コンクリート造超小型試験体に使用した極細異形鉄筋,マイクロ・コンクリート,超小型模型による耐震実験,縮小模型実験のための相似則について,既往の研究を整理するとともに,本研究の位置付けを行なっている.

 第2章「振動破壊実験概要」では,まず試験体の製作に用いた公称直径1mm,2mm,3mmの極細異形鉄筋,およびマイクロ・コンクリートの材料特性,ならびに鉄筋の引き抜き試験による必要定着長さ,および梁主筋の定着形式の決定について述べている.次いで実験装置の概要,加振に用いた地震波の特徴および実験プログラム,測定計画,および振動実験の実施にあたり導入した相似則について解説している。

 第3章「振動破壊実験結果」では,実験対象とした2体の試験体,すなわち標準型試験体,雁行型試験体のそれぞれの振動破壊実験結果をまとめている.まず,試験体ごとに各加振ステップの入力波を検討し,試験体の応答に大きな影響を及ぼすと思われる周期範囲においては,概して想定した応答スペクトル特性が再現されていることを確認している.

 ついで,各加振ステップごとに実験経過を示し,ひび割れ状況,鉄筋の降伏状況,各層の復元力特性,加速度および変位に基づく最大応答値分布をまとめている.以上の考察を通じ,(1)梁崩壊型に設計した試験体はいずれも梁崩壊型の様相を呈し破壊したこと,(2)標準型試験体では,1階柱脚部,中層部における梁端部で主筋の破断が確認されたが,直交壁が自重を支え倒壊は免れたこと,(3)両試験体とも梁端部のひび割れが床スラブの全幅にわたって貫通しており,床スラブの協力幅は最終的には全幅に及んだこと,(4)直交壁には小梁の影響によるものと思われるひび割れが生じたこと,などを示している.

 第4章「弾塑性骨組解析」では,梁および柱部材耐力に対する床スラブならびに直交壁の協力幅を「中高層壁式ラーメン鉄筋コンクリート造設計施工指針」に定められたいわゆる指針幅,ならびに全幅の2ケース設定し,それぞれの場合について漸増載荷による静的弾塑性解析,および弾塑性地震応答解析を行ない,試験体の応答性状の解釈を試みている.その結果,(1)標準型試験体では,直交部材の協力幅として全幅を仮定した解析ケースにおいても最大耐力を過小評価しており,これは降伏状況と併せて部材耐力,特に梁の耐力が過小に評価されたためと推察されること,(2)雁行型試験体では,協力幅を指針幅とすると耐力を過小に評価し,全幅とすると応答変形を過小評価すること,(3)履歴ループ形状についても,いずれの解析ケースも実験結果を十分表現しているとはいえないこと,などから実験結果をより精度良くシミュレートするためには履歴モデルの再検討が必要であることを述べている.

 第5章「考察」では,まず各層に作用する慣性力の累計値として定義した疑似応答層せん断力分布についての検討を行い,降伏ヒンジ発生以前では逆三角形分布でその外力分布の包絡を評価することが可能であるが,降伏発生以降では逆三角形分布では上層部において過小評価となり,その分布はむしろAi分布に近いものとなることを示している.

 次に,加振時における試験体の固有周期の伸び,1階における疑似応答層せん断力係数すなわち疑似応答ベースシア係数,入力加速度レベル,弾性加速度応答スペクトル値の関係を検討し,加振実験中における試験体の固有周期の伸びが,その疑似応答ベースシアー係数,加速度レベルおよび応答スペクトル形状から推定できることを示している.したがってこの関係を利用すれば,入力加速度の応答スペクトル特性,試験体の降伏耐力,および1次固有周期を既知として,各加振ステップで許容する損傷すなわち最大応答変形時における卓越振動周期を設定することにより,それを実現するための入力加速度レベルを決定することが可能となり,設定した損傷レベルに対応した加振実験が可能であることを述べている.また自然地震を利用した模型建物モデルの地震応答観測記録に対しても同様の検討を行い,1次振動モードが卓越する振動性状を有する構造物においては上記の関係が成立することを示している.

 さらに上記の関係は耐震設計において建物に要求される耐力を決定する場合においても適用可能である.すなわち,設計時における入力加速度レベル,加速度応答スペクトル,弾性固有周期を既知とすれば,許容する損傷レベルを設定しこれに応じた固有周期の伸びからその建物が保有すべき耐力が定められることを示している.

 第6章「結章」では,振動破壊実験により得られた知見をまとめるとともに,鉄筋コンクリート造超小型立体模型による振動破壊実験の実施,実験結果の解析的検討,実験結果の解釈,それぞれの視点から今後の研究課題を整理している.

 以上のように,本論文は超小型鉄筋コンクリート造模型を用いた振動破壊実験手法および1質点系応答スペクトルに基づく最大応答量の推定手法の提案およびその耐震設計法への適用可能性について論じたものであり,その成果は耐震工学の発展に貢献するところが極めて大きいと考えられる.よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格であると認める.

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