学位論文要旨



No 212680
著者(漢字) 水口,俊典
著者(英字)
著者(カナ) ミズグチ,トシノリ
標題(和) 都市の土地利用の計画制度と計画技術の展開過程 : 規制誘導と計画協議
標題(洋)
報告番号 212680
報告番号 乙12680
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12680号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森村,道美
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 助教授 西村,幸夫
 東京大学 助教授 原田,昇
 東京大学 助教授 高見沢,実
内容要旨 序章都市の土地利用の計画課題の変遷と本研究の目的

 1960年代高度経済成長期以降の都市計画の課題の変遷と代表的な計画制度については、次の四期に分けることができる。

 第1期:需要対応と都市開発の体系化-1960年代から70年代初期(68年都市計画法改正)

 第2期:問題解決と都市生活環境の視点の導入-50年代中頃から80年代初期(80年地区計画制度創設)

 第3期:構造再編の始まりと民間開発誘導-80年代初期から90年代初期(88年再開発地区計画創設)

 第4期:課題見直しとビジョン共有化-90年代初期以後(92年都市計画法改正)

 このような四期の時期区分による都市計画の現代史への視点が、本論文を筆者が書き進める時の基調として、各章に通底する仮設的な問題意識となっている。これらの、課題が鮮明になった各々の時期以来現在に至るまで筆者が係わってきた調査・計画の研究を素材として、都市の土地利用に関する計画制度と計画技術の現在の蓄積の評価と、今後に向けた新しい展開に対して、以下の三章のテーマを設定した。

第1章田園地域における都市開発の規制誘導-土地利用の総合化と計画制度

 このテーマは、第1期の市街地の急速な拡張の時代に発し、土地利用に関する様々な法定計画を生み、今日に至っている。田園地域(本論文では都市計画による市街化区域及び用途地域以外の地域をいう)における都市開発の規制誘導は、都市の土地利用計画にとって古くて新しいテーマである。

 本章では、都市の土地利用とその他の各種土地利用の競合と共存に対して、1960年代後半以後の計画制度と計画技術の展開過程から次の論点を摘出した。

 1-1節では、「土地に聴く土地利用計画」の理念の基に、土地分級技術の概要とその土地利用計画策定プロセスでの位置づけ方について考察した。この土地分級の計画論上の特性を明らかにするために、筆者が開発した都市スケールの「土地利用保全分級」のほかに、農村計画の分野における地区スケールの「筆地分級」などをとり上げて、方法論の比較を行った。

 1-2節では、各種土地利用間の調整・共存を課題とする国土利用計画法を中心に、その立法化前後の土地利用計画の先進事例をとり上げて、今あらためて迎えている田園土地利用の不安定化の時代に参考とすべき計画技術のストックとして再点検した。また、国土法に基づく土地利用基本計画及び市町村国土利用計画について、各々の成果、今後の課題、可能性について考察した。

 1-3節では、都市計画による田園土地利用の規制誘導制度をとり上げて、土地利用の実態と計画制度の間に生じている乖離についていくつかの側面から観察した。この課題設定のもとに、現行制度下での市街化調整区域土地利用の秩序化の試みの評価、及び前節・前々節から得られた土地利用調整のための計画制度と計画技術の蓄積をも活用して、未線引き地域を含めた田園地域の土地利用計画制度の再編の方向について考察した。

第2章周辺市街地の整備-市街化区域内農地の計画制度と計画手法

 このテーマは、第2期の都市問題の解決、とくに周辺市街地の居住環境の整備改善のための底辺の一領域をなしてきた。

 市街化区域内の農地の問題は、都市計画の区域区分(線引き)制度の創設以来の懸案であり、土地利用の実態からも計画制度の面でも多くの変遷を経てきた。1991年新生産緑地法と農地の宅地並課税の強化以後は、宅地化する農地の「新たなスプロール」が生じつつある。ここでは、土地利用計画技術の内容とその実効性が、制度上の枠組みに大きく制約されながら変質せざるをえないことの考察も重要となる。

第3章既成市街地再開発の規制誘導と計画協議の仕組み-再開発地区計画の特性と課題

 このテーマは、第3期の都市構造の再編時代の民間開発に対する規制誘導手法の典型的なものである。

 再開発地区計画は、事前確定的な公共による規制計画のもとでの民間の自由な開発というわが国近代都市計画の枠組みを転換して、公共と民間の協議を計画策定に不可欠なプロセスとする仕組みを切り開く性格をもっている。また、都道府県の都市計画と、その傘下にある市町村の都市計画という、これまでの計画権限と責任の関係を組替える可能性がある。

結章都市の土地利用計画の新しい展開に向けて

 結章では、1〜3章の三つのテーマ・三つの地域を横断して、土地利用計画の今後の新しい展開のための計画制度のあり方を考える次のような論点について考察した。

1計画技術に対する計画制度の補完性と制約性

 土地利用計画の策定のプロセスは、「計画者による計画技術」、及び地域住民・権利者・市民・企業・各種行政機関、時に議会などの関係者による計画協議から計画決定に至る手続きという2つが組み合わされている。計画技術と計画制度は互いに補い合う関係にあり、現段階では計画技術の必要性と有効性、内容の詳細性を制約する計画制度の影響が大きい。また、計画技術は計画制度の手続きの中に組み込まれ、手順の一部として分節化されることによって、生かされる。

2土地利用の規制誘導の課題の変化と計画協議の充実

 土地利用に関する計画制度が現在直面している課題の第1は、市街化の成熟などを背景とした規制誘導の課題の変化に伴う計画協議の手続きの充実である。土地利用の規制誘導とは、地域社会に内在する土地利用の秩序を、地域住民から付託を受けた公共団体が顕在化したものであり、地域の共同の便益を保護する地域住民の権利であるとみなすことができる。規制誘導の効果は、計画協議と合意形成に基づく地域社会の契約と自主管理によって完結する。

3地区的整備計画制度の統合強化

 計画制度が直面している第2の課題は、田園地域、周辺市街地、既成市街地に共通して、地区的整備計画制度の統合強化である。

 田園地域においては、集落地区計画・調整区域地区計画の再編によって線引きと開発許可制度の限界を克服すること、及び都市計画区域外を含む未線引き地域における土地利用の秩序化を図るべきことを述べた。

 周辺市街地においては、宅地化農地のスブロールの防止、農家による良好な賃貸住宅の経営、及び多様で楽しいオーブンスペースの整備のために、「基盤整備型地区計画」の策定が必要であり、そのためには地区計画制度全体の再編を要することを述べた。

 既成市街地においては、「協議による計画許可制度」を構築して、現行の規制緩和型の開発・建築制度を統合して、地区計画制度として吸収・再編するという基本方向を示した。また、地区計画制度の計画決定とその実現を支える仕組みとして、計画協議の結果をまとめて公表する「企画評価書」や地権者間協定、公共と民間の協定の有効性について指摘した。

4市町村の土地利用マスタープランの役割の強化とマスタープラン間の連携

 土地利用の規制誘導の課題の変化に対応する計画協議の充実のために、また地区と全体のバランス及び部門間の整合と連携を備えた土地利用の一体性・総合性を確保するために、市町村の土地利用マスタープランの役割を強める必要がある。市町村のマスタープランの3本柱は、地方自治法に基づく基本構想・基本計画、国土利用計画、及び都市マスタープランである。

 都市マスタープランは土地利用規制との結びつきが強く、土地利用計画の詳細化、即地化の指針としての役割を担う。しかし田園地域においては、非都市的土地利用の積極的な保全・増進に対して非力である。基本構想・基本計画は首長の自主的な政策表明として、他の行政機関との調整に制約されることが少なく、「ビジョンの計画」としての性格が強い。また田園地域への公共投資の方針を予算措置に直結させうる。しかし他の行政機関の権限に係る土地利用規制の変更や公共投資については非力である。国土利用計画は、都市マスタープランの力の及ばない非都市的土地利用に対しても、一定の行政間調整の力がある。

 このような各マスタープランの機能的な違いに応じた活用を図ることによって、多くの課題を解決することが可能である。

5都市の土地利用計画制度の再編の方向

 地区的整備計画制度の再編強化は、多くの関係する制度に影響を及ぼす。すなわち、農地の規制と事業に関する制度と地区計画制度の連携、都市計画と建築制度の形態規制・用途地域との関係、市町村の権限と責任の強化、及び市町村都市マスタープランの充実などについて一体的に改革する必要がある。

 3種の土地利用マスタープランを各々の特性に応じて役割分担させながら、土地分級を組みこんだ計画技術を基礎にした土地利用ゾーン区分の改革を行い、統合強化された地区的整備計画制度を中心にして、土地利用に関する規制誘導制度、及び事業を含む実現に関する計画制度を再編成すること、また「まちづくり条例」により計画協議と合意形成の手続きを強化することによって、新しい土地利用計画体系への道が開かれる。

審査要旨

 本論文は、都市の土地利用の計画課題の変遷と課題への制度的対応を研究の目的としている。まず、1960年代高度経済成長期以降の都市計画の課題の変遷と代表的な計画制度については、下記の四期に分けて考えることができるとしている。

 第1期:需要対応と都市開発の体系化-1960年代から70年代初期(68年都市計画法改正)、第2期:問題解決と都市生活環境の視点の導入-60年代中頃から80年代初期(80年地区計画制度創設)、第3期:構造再編の始まりと民間開発誘導-80年代初期から90年代初期(88年再開発地区計画創設)、第4期:課題見直しとビジョン共有化-90年代初期以後(92年都市計画法改正)、

 このような四期の時期区分による都市計画の現代史への視点が、本論文を筆者が書き進めるときの基調として、各章に通底する仮設的な問題意識となっている。

 「第1章 田園地域における都市開発の規制誘導-土地利用の総合化と計画制度」では、第1期の市街地の急速な拡張の時代に発し、土地利用に関する様々な法定計画(都市計画法、農振法、国土利用計画法)を生み、今日に至っている状況を明らかにしたうえで、田園地域(本論文では都市計画による市街化区域および用途地域以外の地域をいう)における都市開発の規制誘導は、都市の土地利用計画にとって古くて新しいテーマであることを論じている。

 ここでは、都市の土地利用とその他の各種土地利用の競合と共存に対して、1960年代後半以後の計画制度と計画技術の展開過程から次の論点を摘出している。

 (1)「土地に聴く土地利用計画」の理念の基に、土地分級技術の概要とその土地利用計画策定プロセスでの位置づけ方について考察した。

 (2)各種土地利用間の調整・共存を課題とする国土利用計画法を中心に、その立法化前後の土地利用計画の先進事例を取り上げて、今あらためて迎えている田園土地利用の不安定化の時代に参考とすべき計画技術のストックとして再点検した。

 (3)土地利用の実態と計画制度の間に生じている剥離について、いくつかの側面から観察したうえで、未線引き地域を含めた田園地域の土地利用計画制度の再編の方向について考察した。

 「第2章 周辺市街地の整備-市街化区域内農地の計画制度と計画手法」では、第2期の都市問題の主要なテーマである市街化区域内の農地の問題を取り上げ、これは都市計画の区域区分(線引き)制度の創設以来の懸案であり、土地利用の実態からも計画制度の画でも多くの変遷を経てきたことを明らかにし、1991年新生産緑地法と農地の宅地並課税の強化以後は、宅地化する農地の「新たなスプロール」が生じつつあることを把握したうえで、対応策を論じている。

 「第3章 既成市街地再開発の規制誘導と計画協議の仕組み―再開発地区計画の特性と課題」では、第3期のテーマである都市構造の再編時代の民間開発に対する規制誘導手法の典型的なものとして、再開発地区計画を取り上げている。

 再開発地区計画は、事前確定的な公共による規制計画のもとでの民間の自由な開発というわが国近代都市計画の枠組みを転換して、公共と民間の協議を計画策定に不可欠なプロセスとする仕組みを切り開く性格を持っている。また、都道府県の都市計画と、その傘下にある市町村の都市計画という、これまでの計画権限と責任の関係を組み替える可能性があることを指摘している。

 「結章 都市の土地利用計画の新しい展開に向けて」では、1〜3章の三つのテーマ・三つの地域を横断して、土地利用計画の今後の新しい展開のための計画制度のあり方を考える次のような有用な論点について観察している。(1)計画技術に対する計画制度の補完性と制約性、(2)土地利用の規制誘導の課題の変化と計画協議の充実、(3)地区的整備計画制度の統合強化、(4)市町村の土地利用マスタープランの役割の強化とマスタープラン間の連携、(5)都市の土地利用計画制度の再編の方向、等であるがいずれも深みのある論点の指摘である。

 要するに本論は、30年以上の長きにわたって土地利用計画を主体に都市計画にかかわってきた筆者が、田園・郊外・既成市街地の3つの地域にわたる計画制度と計画技術の展開過程を振り返り、論理化することで、後に続く研究者に示唆を与え、また今後の都市計画制度の議論に寄与することを期待してまとめたもので、その目論見は十分に果たされるものと思われる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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