学位論文要旨



No 212681
著者(漢字) 谷口,邁
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,ススム
標題(和) 乱流熱流体潤滑理論の発電タービン用大径すべり軸受設計への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212681
報告番号 乙12681
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12681号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 葉山,眞治
 東京大学 教授 酒井,宏
 東京大学 助教授 加藤,孝久
内容要旨

 近年の大幅な経済成長に伴ない事業発電用蒸気タービンの大容量化が進む一方,地球環境問題に対する取組みからガスタービンとのコンバインドサイクル化が指向され,火力用蒸気タービンで単機容量1000MW,ガスタービンで同150MWの大容量機が出現している。このような大容量化は,単にトルク伝達の必要性からだけではなく,落雷時の高速3相再閉路操作などの安定した電力系統運用を確保する点より,ロータを大径化する傾向にある。この為,その荷重を支えるすべり軸受は高周速下での運転を余儀なくされており,ジャーナル軸受で90m/s,スラスト軸受で125m/sのものが出現している。かかる高周速下では軸受油膜内の流れは乱流となり,軸受損失の増大・軸受メタル温度の上昇・不安定振動に対する裕度減などの問題が顕在化し,軸受を如何に安全且つ効率良く作動させるかは,発電プラントにとって重要な課題の一つである。その為にはかかる高速乱流下で作動する軸受の性能予測技術の精度向上を計ると共に,それを駆使して信頼性が高く機械損失の少ない軸受を供給する必要がある。

 こうした中にあって,筆者の属する企業において,(1)1000MW火力機用クロスコンバウンド形蒸気タービンの中圧段用19inティルティングパッドジャーナル軸受(従来は16inが最大),(2)600MW火力機用タンデムコンパウンド形蒸気タービンの低圧段用18inティルティングパッドジャーナル軸受(従来は17inスリーブ軸受が最大),及び(3)1190MWコンバインドサイクル用135MWガスタービンの26.5inティルティングパッドスラスト軸受(従来は25inが最大)など.従来より一廻り大きな軸受の開発が急務となった。とくに,(2)については,寸法的なことのみならず従来のスリーブ軸受に替って動特性に優れたティルティングパッド軸受に変更した上で,軸受メタル温度を低減すべくパッド背面を潤滑油の一部により冷却し,更に軸受損失低減を狙い無負荷側パッドを無くした2パッド軸受とするなど,大胆な新機構の採用が計画された。

 従来,すべり軸受の性能解析には,油膜流れは2次元層流又は乱流,温度場は等温又は断熱条件が用いられて来たが,これら軸受の設計に当っては役不足であり,油膜内では3次元乱流熱伝導条件とし油膜からパッドとロータへの熱伝達を考慮した解析(以下,THD解析*と略す)が不可欠である。さらに,パッド摺動面に供給される潤滑油の温度は冷たい新油の温度ではなく,軸受内をキャリーオーバする熱い循環油とのミキシングにより決まるものであり,これについても論理的な見積りが必要である。そこで,まず(1)のティルティングパッドジャーナル軸受に対し,乱流モデルとしてNGとPANの渦粘性理論を用いた3次元熱伝導条件下での解析を行なうと共に,パッド間での完全混合を想定したミキシング温度算出による軸受性能予測手法を構築した。そして,これを(2)の背面冷却式ティルティングパッド軸受に適用するに当っては,パッド背面冷却用の油の流れを含んだ軸受内の油循環システムの流れ解析をTHD解析と連成させた。また,(3)のティルティングパッドスラスト軸受への展開に際しては,流体慣性力効果や油膜圧力及び熱によるパッド変形なども考慮された。

 註(*)THD解析:Thermo-Hydrodynamic-Lubrication Analysis

 次いで,このようにして得られたTHD解析手法を用いることにより,対象とした3軸受に対し次のようなタイプのすべり軸受の軸受諸元を決定した。

 (1)に対しては,従来実績の外挿を基にLoad between padsの4パッド軸受。

 (2)に対しては,下半分は10数本の冷却溝と銅系合金の軸受裏金によりパッド背面が積極的に冷却される2パッド,上半分はこの冷却溝に潤滑油を送り込む粘性ポンプを有すると共に中央部を広く抉るなどの損失低減策が盛り込まれたスリーブ形とし,これらを組み合せた新機構の2パッド軸受。(図1参照)

 (3)に対しては,負荷能力向上の点からオフセットピボットとすると共に,軸受メタル温度低減の点から(2)に採用したのと同じ銅系合金の軸受裏金から成るティルティングパッド軸受。

 そして,これら軸受の実物大((2)については将来を見越し21in)による検証試験が実施され,いずれの軸受においても油膜厚さと軸受メタル温度の点から評価して,充分安全に作動することが確認された(例えば,(1)の3000rpm×17.3tonfなる定格運転条件では最小油膜厚さ150m,最高軸受メタル温度76.3℃)。なお,(2)については,全くの新機構が採用される為,ミスアライメント試験・動特性試験・ジャッキアップ試験をも行ない,その信頼性が確認された。また,THD解析による理論値と実物大軸受試験結果とは,図2に示すように概ね良好な一致を見,且つ乱流遷移現象もうまく説明出来ており,ジャーナル軸受及びスラスト軸受共に,ここで構築された軸受性能予測手法が充分実用に供し得ることが検証された。

図表図1 背面冷却式2パッド軸受 / 図2 実物大試験とTHD解析との対比

 これら実物大軸受試験の結果を受け,実機に適用された各々の軸受はこれまでに4〜10万時間の長きに亘り順調に作動しており,特に問題が生じたことは無い。なお,2パッド軸受については,最近ガスタービンにも採用され始め,用途が拡がりつつある。

審査要旨

 本論文は「乱流熱流体潤滑理論の発電タービン用大径すべり軸受設計への応用に関する研究」と題し、6章よりなる。

 発電用蒸気タービンは電力需要の大幅な伸張に対応して大容量化が進み、火力機で100万kW、原子力機で117万5千kWのものが出現している。また発電用ガスタービンも発電効率の高いコンパインドサイクル発電プラント用に大容量化が進められ、15万kWのものが現われている。

 このような大型タービンの軸は、大きなトルクを常時伝達するためだけでなく、落雷時の高速3相再閉路操作に伴う急激なトルク変動に堪えるためにも大径化する必要がある。したがって、軸をささえるすべり軸受は、タービンの定格回転速度においてジャーナル軸受で90m/s、スラスト軸受で125m/s程度の高周速で運転することになり、油膜流れは層流ではなく乱流状態になる。このため、軸受損失の増大、軸受メタル温度の上昇、自励振動に対する安定性の裕度の低下など好ましくない事象がもたらされるので、損失が少なく、軸受運転温度が低く、安定性の高いすべり軸受を設計するための新しい手法が求められるようになった。

 そこで本論文では、乱流熱流体潤滑理論を駆使して大型のすべり軸受を設計する新しい手法を開発し、それにもとづいていくつかのすべり軸受を開発、設計するとともに、実物大のモデル軸受の性能試験を行なってこの新しい設計手法の妥当性を確認している。

 第1章では、最近の大出力発電用タービンの技術的動向をふまえて、軸系をささえるすべり軸受の課題、問題点を明らかにし、これに対処するために本論文で行なう研究の目的と内容および研究の進め方を述べている。

 第2章では、大径すべり軸受の軸受性能を解析する熱流体潤滑理論を展開している。この理論は大径すべり軸受の油膜に一般的に見られる乱流現象、および再循環する熱い潤滑油と冷たい新油との混合に対して適切なモデルを用い、さらに油膜と軸および軸受との熱の授受を考慮して、予測精度を格段に高めている。

 第3章では、高中圧蒸気タービンのジャーナル軸受に用いられる4パッドティルティングパッドジャーナル軸受(直径480mm)を対象として、前章で述べた理論を用いて各種設計パラメータの軸受性能に与える様々な影響を理論的に考察し、軸受諸元を決定する過程を述べている。この設計に基づいて、実用機に使用するのと同一寸法のモデル軸受を製作し、軸受試験機による性能試験を行なったところ、理論予測通りの性能が得られ、この設計手法の妥当性を確認している。

 第4章では、低圧蒸気タービンのジャーナル軸受に従来用いられていた真円ジャーナル軸受に替わるものとして新たに開発した背面冷却式の2パッドティルティングパッドジャーナル軸受(直径535mm)を対象にして、各種設計パラメータが軸受性能に与える影響を理論的に考察している。これに基づいて製作した実物大モデル軸受の性能試験を行なったところ、理論予測値と実験結果は良好な一致を示した。なお、この軸受に対しては背面冷却用の潤滑油の軸受内流れ解析を行ない、このモデルを第2章で述べた3次元熱流体潤滑理論に組み込み、実際に製作する複雑な構造のすべり軸受性能を精度よく予測する手法を開発している。

 第5章では、大型のティルティングパッドスラスト軸受を対象として、各種設計パラメータが軸受性能に与える影響を理論的に考察している。その際、油膜の慣性力効果とパッド変形を考慮している。次に、この設計に基づいて開発したガスタービン用のスラスト軸受(パッド外径673mm)の実物大試験を行ない、理論予測と概ね一致する結果が得られた。

 第6章では以上の成果を総括して結論を述べている。なお、本研究の手法を用いて設計された軸受は実機のタービンに使用されて現在までに4万時間ないし10万時間の運転実績があるが、すべて順調に稼働していると記されている。

 以上を要するに本研究は、3次元乱流熱流体潤滑理論を基礎として、従来の手法では設計対象とするのが困難であった高速、大径すべり軸受を設計する手法を確立し、その信頼性、妥当性を実物大モデル試験により確認するとともに、このような高速、大径すべり軸受の性能挙動の実際を明らかにしたものであって、すべり軸受のトライボロジーに関する機械工学ならびに工業技術に寄与するところ極めて大である。

 よって本論分は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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