工学修士那賀川一郎提出の論文は、「アンチョーク型固体燃料ラムジェットの燃焼に関する研究」と題し、5章から成っている。 空気吸い込み式のラムジェットエンジンは将来の航空宇宙用の推進機関として大いに期待されているものであるが、高度や速度の変化に対応して安定な燃焼を得ることが困難である。また、燃料として固体推進剤を用いることは取り扱いが容易であること、また経済性の観点からも有利であるが、従来より流入空気量に対応して燃料供給量を変えることに難点があるとされてきた。 本研究では燃料供給用のガスジェネレータと2次燃焼器の間の流れがチョークしていない、いわゆるアンチョーク型の固体燃料ラムジェットを取りあげている。この形式の固体燃料ラムジェットは、ガスジェネレータ出口にバルブ機構を持たない非常に単純な構造をしているが、燃料ガス流量を流入空気量に対しA/Fが変化しない方向に調節する機能があり、高度変化を伴う飛行をした場合も安定した性能を得ることができると考えられるものである。 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究の成果とその問題点を検討し、研究の目的と意義を明確にしている。 第2章においては、アンチョーク型固体燃料ラムジェットの性能を検討している。まず、燃料として過塩素酸アンモニウム(AP)と末端カルボキシル基ブタジエン(CTPB)を対象として、比推力(Isp)に及ぼすAPの添加量の影響、流入空気量が変化した場合の燃料流量に対する流入空気量の比(A/F)の変化を調べている。その結果、APの添加量には最適値があること、A/Fを一定に保つためには圧力指数(n)が1であることなどを導いている。また、性能向上があるとされるボロンを添加した場合には推力特性がさらに向上することを示し、CTPBを一部あるいは全部をボロンで置き換えた推進剤を研究の対象とすべきである根拠を示している。 第3章においては、第2章で検討した結果に基づいてアンチョーク型固体燃料ラムジェットの推進剤としてAP/CTPB/ボロン系のものの燃焼速度特性をチムニー型ストランドバーナを用いて実験的に求めている。その結果、従来より燃焼が困難とされてきたボロン燃料もAP、CTPBとの割合やAPおよびボロンの粒径を選ぶことによって、1MPa以下の低圧でも自立燃焼が可能であること、燃焼表面の温度分布測定から固相反応層でのボロンの発熱がCTPBの分解を促進していることなどを見出している。また、固相反応層における発熱を考慮した燃焼モデルによって得られた燃焼特性は実験結果を説明できるとしている。 第4章においては、第2章および第3章において検討した固体燃料をエンジンに適用した場合の性能について調べている。性能を確認するために、飛行条件に応じた空気をエンジンに配管を直結する事によって供給する直結燃焼試験を実施している。その結果、空気流量の変化に応じて固体燃料の燃焼速度が変化することにより、A/Fの変化が低減され、燃焼速度が変化しない場合の約2/3に低減されることを確認している。また、ボロンの燃焼効率はボロンが燃焼反応しないとした場合の理論燃焼計算温度に依存することより、ボロン以外のCTPBが先に燃焼して温度が上昇し、ある値に達するとボロンが反応を開始することを確認している。したがって、A/Fを理論混合比に近いところに保つことにより高燃焼効率が得られることを考えれば、そのような機能を有するシステムとの組み合わせが重要であることを確認している。また、Ispは最大で固体ロケット5倍の値を示し、AP/CTPB/ボロン系の燃料を用いたアンチョーク型の固体燃料ラムジェットは、衛星軌道への輸送システムとして用いられると、燃料重量の軽減やペイロードの増加を図ることができるとしている。 第5章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。 以上要するに、本論文は空気吸い込み式エンジンの一種である、固体燃料ラムジェットの性能を向上させるために、アンチョーク型がA/Fを一定に保つため優れていること、固体燃料としてボロンを添加することが有効であることなどを理論的、実験的に検証したものであり、航空宇宙推進学および燃焼学上貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |