学位論文要旨



No 212682
著者(漢字) 那賀川,一郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,イチロウ
標題(和) アンチョーク型固体燃料ラムジェットの燃焼に関する研究
標題(洋)
報告番号 212682
報告番号 乙12682
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12682号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 棚次,亘弘
 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 平野,敏右
内容要旨

 本研究ではガスジェネレータと2次燃焼器の間の流れがチョークしていない、いわゆるアンチョーク型の固体燃料ラムジェットを取りあげた。この形式の固体燃料ラムジェットは、ガスジェネレータ出口にバルブ機構を持たない非常に単純な構造をしているが、燃料ガス流量を流入空気量に対しA/Fが変化しない方向に調節する機能があり、高度変化を伴う飛行をした場合も安定した性能を得ることができると考えられるものである。

 性能を確認するために、飛行条件に応じた空気をエンジンに配管を直結する事によって供給する直結燃焼試験を実施した。この固体燃料ラムジェットの燃料として、本研究では固体ロケットの燃料として実績のあるAPコンポッジット推進薬を基に、熱発生量の大きいボロンを添加したものを用いた。その結果、図1に示すように、空気流量の変化に応じて固体燃料の燃焼速度が変化することにより、A/Fの変化が低減され、燃焼速度が変化しない場合の約2/3に低減されることが確認された。また、図2に示すように、ボロンの燃焼効率を示すはボロンが燃焼反応しないとした場合の理論燃焼計算温度T[th]に依存することより、ボロン以外の炭化水素系の燃料成分が先に燃焼して温度が上昇し、ある値に達するとボロンが着火すると考えられる。したがって、A/Fを理論混合比に近いところに保つことにより高い燃焼効率か得られることになる為、A/Fの変化を抑える機能が高い燃焼効率得る上で重要であることが確認された。そして、Ispは固体ロケットの3倍から5倍の値を示し、AP/CTPB/ボロン系の燃料を用いたアンチョーク型の固体燃料ラムジェットは、衛星軌道への輸送システムとして用いられると、燃料重量の軽減やペイロードの増加が図ることができると考えられる。

図表図1.空気流量に対する燃料ガス流量及びA/Fの関係 / 図2.ボロンが燃焼しないときの理論熱火炎温度との関係

 このシステムは固体燃料の組成によって性能の差が大きく左右される。燃料組成の影響をを得るために、燃焼計算プログラムを使って性能計算を行った。その結果、AP/CTPB/ボロン系の燃料において固体燃料ラムジェットの性能を上げるためには、APの割合は少ないほうが良く、ボロンの添加量を大きくしたほうが良いことが得られた。また、流入空気量と固体燃料の燃焼速度の関係を検討すると、A/Fを常に一定にするにはn指数が1であることが燃料の燃焼速度特性の条件である。そして、n指数が1の燃料はロケットでは安定燃焼しないが、アンチョークの固体燃料ラムジェットでは安定して燃焼することが得られた。

 流入空気量に対する燃料供給量の変化特性は、固体燃料の燃焼速度特性に依存する。固体燃料の燃焼速度特性を詳細にみるために、AP/CTPB/ボロン系の燃料を試製し、ストランドバーナーを用いた実験を行った。その結果、ボロンを添加することにより、アンチョーク型固体燃料ラムジェットのガスジェネレータの圧力である1MPa以下の低圧でも自立燃焼することが可能になり、ボロンの添加量を増加していくと、燃焼速度が大きく増加することが得られた。n指数は大きく変化せず約0.4であった。燃焼表面近傍の温度分布を微細熱電対で測定することにより、燃焼速度を増加させる原因はボロン粒子の表面が固相反応層で反応し熱を発生するためであることが得られた。燃焼中断したストランド片の燃焼表面近傍の観察から、固相反応層とはAPの分解が始まる点からバインダーの分解が終了する点までの領域であり、ボロン粒子はこの領域で反応し残されたバインダーの分解を促進していると考えられる。

審査要旨

 工学修士那賀川一郎提出の論文は、「アンチョーク型固体燃料ラムジェットの燃焼に関する研究」と題し、5章から成っている。

 空気吸い込み式のラムジェットエンジンは将来の航空宇宙用の推進機関として大いに期待されているものであるが、高度や速度の変化に対応して安定な燃焼を得ることが困難である。また、燃料として固体推進剤を用いることは取り扱いが容易であること、また経済性の観点からも有利であるが、従来より流入空気量に対応して燃料供給量を変えることに難点があるとされてきた。

 本研究では燃料供給用のガスジェネレータと2次燃焼器の間の流れがチョークしていない、いわゆるアンチョーク型の固体燃料ラムジェットを取りあげている。この形式の固体燃料ラムジェットは、ガスジェネレータ出口にバルブ機構を持たない非常に単純な構造をしているが、燃料ガス流量を流入空気量に対しA/Fが変化しない方向に調節する機能があり、高度変化を伴う飛行をした場合も安定した性能を得ることができると考えられるものである。

 第1章は序論であり、本研究の背景を述べ、関連する研究の成果とその問題点を検討し、研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章においては、アンチョーク型固体燃料ラムジェットの性能を検討している。まず、燃料として過塩素酸アンモニウム(AP)と末端カルボキシル基ブタジエン(CTPB)を対象として、比推力(Isp)に及ぼすAPの添加量の影響、流入空気量が変化した場合の燃料流量に対する流入空気量の比(A/F)の変化を調べている。その結果、APの添加量には最適値があること、A/Fを一定に保つためには圧力指数(n)が1であることなどを導いている。また、性能向上があるとされるボロンを添加した場合には推力特性がさらに向上することを示し、CTPBを一部あるいは全部をボロンで置き換えた推進剤を研究の対象とすべきである根拠を示している。

 第3章においては、第2章で検討した結果に基づいてアンチョーク型固体燃料ラムジェットの推進剤としてAP/CTPB/ボロン系のものの燃焼速度特性をチムニー型ストランドバーナを用いて実験的に求めている。その結果、従来より燃焼が困難とされてきたボロン燃料もAP、CTPBとの割合やAPおよびボロンの粒径を選ぶことによって、1MPa以下の低圧でも自立燃焼が可能であること、燃焼表面の温度分布測定から固相反応層でのボロンの発熱がCTPBの分解を促進していることなどを見出している。また、固相反応層における発熱を考慮した燃焼モデルによって得られた燃焼特性は実験結果を説明できるとしている。

 第4章においては、第2章および第3章において検討した固体燃料をエンジンに適用した場合の性能について調べている。性能を確認するために、飛行条件に応じた空気をエンジンに配管を直結する事によって供給する直結燃焼試験を実施している。その結果、空気流量の変化に応じて固体燃料の燃焼速度が変化することにより、A/Fの変化が低減され、燃焼速度が変化しない場合の約2/3に低減されることを確認している。また、ボロンの燃焼効率はボロンが燃焼反応しないとした場合の理論燃焼計算温度に依存することより、ボロン以外のCTPBが先に燃焼して温度が上昇し、ある値に達するとボロンが反応を開始することを確認している。したがって、A/Fを理論混合比に近いところに保つことにより高燃焼効率が得られることを考えれば、そのような機能を有するシステムとの組み合わせが重要であることを確認している。また、Ispは最大で固体ロケット5倍の値を示し、AP/CTPB/ボロン系の燃料を用いたアンチョーク型の固体燃料ラムジェットは、衛星軌道への輸送システムとして用いられると、燃料重量の軽減やペイロードの増加を図ることができるとしている。

 第5章は結論であり、本研究において得られた結果を要約している。

 以上要するに、本論文は空気吸い込み式エンジンの一種である、固体燃料ラムジェットの性能を向上させるために、アンチョーク型がA/Fを一定に保つため優れていること、固体燃料としてボロンを添加することが有効であることなどを理論的、実験的に検証したものであり、航空宇宙推進学および燃焼学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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