学位論文要旨



No 212683
著者(漢字) 久保田,寛和
著者(英字) Kubota,Hirokazu
著者(カナ) クボタ,ヒロカズ
標題(和) ソリトンの伝搬とその伝搬制御に関する研究
標題(洋) Study on Soliton Transmission and its Control
報告番号 212683
報告番号 乙12683
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12683号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊地,和朗
 東京大学 教授 荒川,泰彦
内容要旨

 光ファイバは今日大容量の通信線路として広く使われ、さらには各家庭にまで入り込もうとしている。来るべきマルチメディア社会を支える大容量基幹通信回線実現の一つの手段として光ソリトン通信が盛んに研究されるようになっている。光ファイバを用いる光通信において通信距離、通信容量を制限する主な要因は光ファイバの群速度分散(Group Velocity Dispersion:GVD)と光ファイバの損失であり、GVDによるパルス広がりの影響はパルス幅が狭くなるほど顕著となるため、大容量の通信を行うために狭いパルスを用いると、その影響が大きくなる。光ソリトンではこのGVDの影響を非線形光学効果によってキャンセルするため、大容量光通信を実現する手段として期待されてきた。特に、1990年代に入ってエルビウム添加光ファイバ増幅器(EDFA)によって比較的簡単にソリトンの伝送実験が出来るようになったことにより、理論が実験によって検証され、また実験によって見いだされた新しい現象を理論がモデル化するといった相互の協力により研究の急速な進展がみられている。現実に光ファイバ中を伝搬する光ソリトンは、光損失、雑音等が加わり、数学的に理想的な状況とは異なったものとなるため、その伝搬特性を調べることは数学的解析からは得られない新しい光技術を切り開く可能性を持っている。本論文の主題であるEDFAを用いたソリトンの伝搬に関する研究、ソリトンの伝送制御に関する研究は、大きな摂動を持つ系におけるソリトンの伝搬特性についての研究であり、それまでの摂動論を中心とした研究にくらべてより広い概念でソリトンをとらえることが出来るようになった。

 光損失がある伝送路において安定なソリトン伝送を行う伝送法は、これまで押さえようとしていたソリトンのパルス幅の変化を積極的に利用することにある。光ファイバには光損失ならびに三次分散およびラマン効果などの高次の非線形光学効果があるため、一般には光ファイバ中の光ソリトンはこれらの効果が摂動項として加わった非線形シュレディンガ方程式で記述される。

 

 ここで、右辺第1項は光損失、第2項は三次の分散の効果、第3項は自己急峻化、第4項は自己ラマン効果を表す。はそれぞれ規格化された時間、距離である。光損失がない場合(=0)には、Nsech(t/0)の形の周期解を持つが、その中で一番次数の低いN=1の解は定常解となる。光損失がある場合(≠0)には、式(1)はもはや定常解を持たない。特に減衰距離が短い場合(急激に減衰する場合)には、パルス幅の変化が振幅の減少に追随できず、非線形性と分散とのつり合いが急激に崩れ、ソリトンの性質を失っていく。ここで、入力ソリトンパルスとして振幅A=1.0の基本ソリトンに代えて少し振幅の大きいソリトンを用いると、量初は分散に比べ非線形性が強いためにパルス幅が狭くなるが、伝搬するにしたがってファイバの損失によりソリトンパルスの強度が低下し非線形効果が弱くなる。このため群速度分散が支配的となってパルス幅が拡がり始め、ある距離でパルス幅が入力と等しくなる。そこでは、振幅は小さいが波形はほぼ入力と等しいため、ここに光増幅器を入れて増幅することによりファイバの出力端において入力とほぼ等しいパルスを得ることができ、これを繰り返すことで長距離の安定なソリトン伝送が可能となる。(図1)このような集中利得型増幅器を用いた系での安定なパルスの伝搬は全く知られていなかったが、この方法の提案と同時に行った様々な伝送実験によってその有効性が示され、その後のソリトン伝送の研究の主流となっている。最近、解析的にもこのような光ソリトンの存在が示されており、Guiding Center SolitonあるいはAverage Solitonとよばれ、従来のソリトンの概念の拡張として考えることができる。

図1 損失がある伝送路中のソリトンパルスの振幅と幅の変化。右はEDFAを使用した場合

 この伝送法は簡単であり、ソリトンの長距離伝送法として優れた方法であるが、光増幅器を用いるため光雑音の蓄積によるS/Nの劣化と光雑音とソリトンの相互作用によるジッタ(Gordon-Hausジッタ)が伝送限界を決めてしまう。伝搬中の光ソリトンに外部から波形整形および安定化等を行うソリトン制御はこれらを解決する方法であり、時間領域で波形に対して行うものと、周波数領域でスペクトルに対して行うものとに分類できる。時間領域での制御は、伝送クロックに同期してソリトンパルスに強度変調・位相変調を加え波形整形を行うものであり、ジッタおよび相互作用による位置のずれを修正し、且つ光雑音の除去効果を持つ。周波数領域での制御はバンドパスフィルタを伝送路に挿入して、スペクトルの補正を行なうものであり、パルスの安定化に寄与する。この両者を同時に用いることで大容量・超長距離ソリトン伝送が実現できる。シミュレーション及び周回路による伝送実験により10Gbit/sのソリトン信号の1億km以上の伝搬が実証され、事実上距離の制限なくソリトンを伝送することができることが示した。またソリトン制御の雑音除去効果を利用することで増幅器間隔の延長や伝送容量の増大を図ることが出来ることを示した。最近ではこの方面へのソリトン制御の応用が内外で研究されている。

 これらのソリトン制御は非線形パルスであるソリトンと線形である雑音との光ファイバ中での振る舞いの差を利用してソリトンを安定化するものであるため、同様の手法を用いたとしても線形信号の伝送の安定化を行うことは出来ない。

 これまでのソリトン伝送実験では光ファイバの群速度分散を出来る限りそろえていた。これは大きな分散変動のある伝送路では安定なソリトンは存在しないと考えられていたためである。この問題がソリトン通信実現のボトルネックの一つとなっているため、分散値を意識的に変動させた場合の、ソリトンの伝搬特性について解析した。まず、部分的にソリトン効果を利用した伝送法をあらたに考案した。その基本的なアイディアは、パルスの伝送を前記の集中利得方増幅器を用いた伝送とそれに続く線形伝送部分に分け、線形伝送部分に関しては分散補償を行うものである。同じ中継間隔を持つ通常のソリトン伝送に比較して低強度のパルスを用いるため非線形歪みが小さいこと、また線形伝送と比べては全伝送路にわたってGVDがあるため4光波混合による波形劣化が少ないことなどが特徴である。分散補償を行うため、伝送路構成の自由度があがり、さらに中継間隔・伝送距離の延長が可能となる。図2は20Gbit/sのソリトン信号を100kmの中継間隔で2000km伝搬させた後の受光波形のシミュレーションである。

図2 20Gbit/s-2000km伝搬後の受光波形。中継間隔は100km。

 より一般的にここではソリトン伝送と線形伝送を組み合わせたソリトン伝送方法の解析を行った。

 距離に依存して変化する分散項をもつ非線形シュレディンガ方程式を考える。即ち

 

 ここでソリトンの存在を仮定しuをとおくと、fとUは

 

 を満たし、これらより

 

 を得る。ゆえに距離Z伝搬した場合の位相回転量は

 

 で与えられる。ソリトンであるためには位相fが時間に依存しない必要があり、

 

 の条件が得られる。これは分散の平均値を

 

 で定義することで安定なソリトンが存在する事を示しており、先にソリトンの存在を仮定したことと矛盾しない。このDaveを用いて、通常のソリトンと全く同様にソリトン周期、基底ソリトンの強度等を定義することが出来る。

 光ソリトンの研究はその発端から数えて二十年あまりが過ぎた。ソリトンは数学的な美しさや摂動に対する安定性を持つことから、初期の研究では理想に近い光ソリトンを求めることが行われてきた。しかし、ソリトンの実用化を目指した研究を考えると、数学的な厳密性を持つソリトンから近似をうまく使った新しい形のソリトンを作り出すことが重要な課題となる。本論文の中心となった

 ・ダイナミックソリトン伝送

 ・ソリトン制御

 ・分散アロケーションソリトン

 はこのような観点から新しく作り上げた伝送技術であり、現在、世界中でこれらの技術を使ったソリトン伝送実験が行われている。また、これらの数値解析や実験に刺激され、これらに対する解析的な研究も盛んに行われている。

 今後これらのソリトン伝送技術に関してさらに細部まで検討が加えられ、やがて近い将来ソリトン通信システムが実用化されるものと確信する。

審査要旨

 本論文は、「Study on Soliton Transmission and its Control(ソリトンの伝搬とその伝搬制御に関する研究)」と題し、6章よりなる。

 第1章は「Introduction(緒言)」であり、ソリトン研究の歴史の概要について述べ、その中における本論文の位置づけと研究の意義について述べている。

 第2章は「Soliton Interaction Analyses(ソリトンの相互作用の解析)」と題し、光ファイバ中における光ソリトンの伝搬に関して外乱のない理想的な状態におけるソリトンの振る舞い、および光損失、光雑音、高次非線形効果などの摂動が加わった現実に近い場合のソリトンの振る舞いを説明し、これらよりソリトン伝送を行う上での様々な問題点を抽出している。

 第3章は「Soliton Communication with Lumped Amplifiers(集中利得型増幅器を用いたソリトン通信法)」と題し、集中利得型の光増幅器を用いた長距離光ソリトン伝送方法に関して、まずその物理的なイメージによって原理をわかりやすく解説し、また解析解を示してソリトンの存在を明らかにしている。ここで示された方法はそれまでの常識を打ち破る新しいソリトンの存在の提案であり、光ソリトン研究の新しい流れを作り出した。つづいて様々な条件における数値解析の結果を示し、集中利得型の光増幅器を用いた長距離光ソリトン伝送の有望性について示し、さらにそれを用いた伝送実験を数多く参考文献として示して、その方法がラマン散乱による光増幅等を用いたソリトン伝送方法に比べて容易であり、実現性・実用性が高いことを示している。

 第4章は「Soliton Transmission Control in Time and Frequency Domains(時間および周波数領域におけるソリトン伝送制御)」と題し、ソリトンの伝送限界を決めている雑音、ジッタ、波形ひずみ等を克服する方法について、それを同期変調による時間領域(波形)における制御と帯域通過光フィルタによる周波数領域(スペクトル)における制御とに分けて考察している。時間領域における制御は雑音の除去、ジッタの抑制等の効果があり、周波数領域における制御はソリトンの安定化に寄与していることを明らかにしている。そして、その方法を用いた1億km以上のソリトン伝搬の数値解析結果やサブテラビット通信の応用に対する解析を行い、また実際の伝送実験の成果を引用することで、その方法の有効性を示している。

 第5章は「Dispersion Management for Soliton Transmission(ソリトン伝送における分散の制御)」と題し、光ソリトンの伝送路である光ファイバの群速度分散が変動した場合のソリトンの振る舞いに関する解析を行っている。

 前半では光ソリトンに対して分散補償を施すアイディアを提案し、これまで以上に増幅器の間隔の延長が可能であることを示している。後半ではソリトン通信実用化の大きな障害となっている光ファイバの群速度分散が変動した場合の伝搬に関して解析し、分散変動の許容値に対する指針を与えている。分散変動に対するソリトンの耐性を明らかにし、現在光通信に使用されている水戸一前橋間の光ファイバを使用したソリトン伝送の実験結果を引用してソリトン通信の実現可能性を高めている。

 第6章は「Conclusion(結言)」であり、本研究の成果を要約している。

 以上これを要するに、本論文は光ファイバ中の光ソリトンの伝搬を研究対象とし、そこにソリトン制御という新しい概念を導入することによって、理論的な興味に留まっていた光ソリトンを実際の光ファイバによる光長距離伝送において安定に伝搬させる方法を確立し、従来の光ソリトンの概念を拡張する幾多の提案をおこなうことによって、光ソリトン伝送の可能性を拡大する方法を指し示したことで、光ソリトン通信の実用性を実証したものであり、電子工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50675