学位論文要旨



No 212684
著者(漢字) 近藤,由紀子
著者(英字) Kondo,Yukiko
著者(カナ) コンドウ,ユキコ
標題(和) 強誘電体イオン交換光導波路に関する研究
標題(洋) Study on Ion-Exchanged Optical Waveguides Formed on Ferroelectric Crystals
報告番号 212684
報告番号 乙12684
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12684号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 高野,忠
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 1.はじめに ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウム、KTPなどの誘電体結晶のイオン交換導波路は、光変調器、光スイッチ等の光通信用デバイス、光計測用の各種センサー、光信号処理用のICデバイス、第二高調波発生(SHG)素子のようなデバイスへの応用が期待される。電気光学デバイスへの応用の際には、電気光学定数の大きさが、SHG等の短波長への応用の際には光損傷特性が、特に重要となる。

 本研究では、電気光学デバイス、SHGデバイスのための適切な材料の選択に必要な光学的・物理的特性の把握を目的として、イオン交換光導波路を中心とする誘電体光導波路について、主に、(1)光導波層の電気光学定数の正確な測定・評価、(2)光損傷耐性の正確な定量的測定、および光損傷のデバイス応用に対する影響について実験的検討を行い、表面屈折率の変化との関係についても検討を行った。

 2.イオン交換光導波路の作製と格子定数測定 本研究では、二オブ酸リチウム、タンタル酸リチウム、KTPのイオン交換導波路平面導波路を作製し、屈折率分布、格子定数を測定した。チタン拡散、MgOドープを行ったニオブ酸リチウム基板について、ノンドープ基板と同様にプロトン交換層の表面屈折率がアニールにより単調に減少すること、ドープまたは拡散したイオンが存在する基板では、アニールによるプロトンの拡散がこのようなイオンに妨げられて、拡散しにくくなることを見いだした。

 ルピジウム交換KTP導波路については、アニールにより補誤差関数から、ガウス型の屈折率に近くなることを確認した。また、ルピジウム交換により増加した導波層の格子定数が、アニールにより著しく滅少することを見いだした。

 分極反転構造をもつタンタル酸リチウム基板上にプロトン交換導波路を作製し、格子定数を測定した結果、アニール無しのプロトン交換層の格子定数は、分極構造の有無に関わらずほぼ等しく、交換層をアニールして初めて違いが生ずること、分極反転構造をもつ基板はアニールによるプロトンの拡散が速いことなどを初めて見いだした。

 3.光導波路の電気光学定数の精密測定 電気光学定数の測定をマッハツェンダー干渉計を用いて測定した。本論文では、まず、ステップ型屈折率分布をもつプロトン交換層を基板とは別の物質とみなし、基板に漏れる光の影響を完全に取り除いて、導波層の正味のr33の値を求める方法について検討し、その結果、導波層のr33の値は、バルクの値の1/20以下に劣化していることが明らかになった。また、Ti拡散、MgOドープした基板の場合、ドープあるいは拡散されているイオンのために、アニールによるプロトンの拡散が妨げられ、ノンドープ基板に比べてr33のアニールによる回復が遅れることが明らかになった。(表3.1)。皆方他は、ニオブ酸リチウム結晶のダイヤモンド型構造が、プロトン交換により、対称性の良いペロフスカイト構造に変化するためr33が減少すると説明しているが、アニールによってr33が回復するのは、上記と逆の構造変化が原因と考えられる。さらにy-cutニオブ酸リチウム結晶作製したPETi導波路において、r22はプロトン交換によって減少することもなく、アニールによってもほとんど影響を受けないことが明らかになった。

Table 3.1 Values of electrooptic constant r33

 4.光導波路の光損傷感度の定量的測定 光を照射すると屈折率が変わるという現象、つまり光損傷(フォトリフラクティブ効果)の問題は、安定かつ高効率な短波長を得る際に最も大きな障害となる。そこで光導波路のフォトリフラクティブ効果の定量的評価を目的として、ニオブ酸リチウム、KTPのイオン交換導波路を中心に光損傷感度の測定を行い、その結果を比較検討した。測定したイオン交換導波路の中では、プロトン交換ニオブ酸リチウム導波路のアニル処理をしないものが、光損傷感度が最も低い(表4.1)。デバイス応用の際には、プロトン交換により減少した電気光学定数、非線形光学定数を回復させるため、、アニール処理をする必要がある。電気光学定数等の回復に十分な条件でアニール処理したプロトン交換導波路(Bl〜B3、Ml〜M2、およびTl)は感度が2〜3桁増加することが明らかになった。この結果と電気光学定数の測定結果より、プロトン交換ニオブ酸リチウム導波路においては、アニールによるr33の値の増加が、光損傷感度の増加に大きく寄与していることを見いだした。一方、KTPイオン交換導波路の光損傷感度を初めて定量的に測定し、アニールしたプロトン交換ニオブ酸リチウム導波路より1〜2桁小さいことがわかった。また、ニオブ酸リチウム結晶中にドープしたMgイオンが光損傷を抑制する効果について検討した結果、プロトン交換導波路では、ほとんどあらわれないことが明らかになった。さらに、Li2O-B2O3フラックスを用いて作製したニオブ酸リチウム薄膜は、比較的光損傷感度が小さく、アニールしたプロトン交換ニオブ酸リチウム導波路とほぼ同じであることを見いだした。

Table 4.1 Parameters and photorefractive sensitivity of the waveguides

 5.短波長用デバイス応用の際のイオン交換導波路の光損傷耐性 短波長デバイスへの応用を念頭において、(1)ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウムプロトン交換導波路の光損傷に対する特性の違い、(2)擬似位相整合型SHG素子に用いられる周期構造が光損傷感度に与える影響、(3)プロトン交換タンタル酸リチウムの温度特性について詳細な検討を行なった。

 図5.1、および図5.2より、ニオブ酸リチウムのプロトン交換層の光損傷感度がアニールにより著しく増加するのに対し、タンタル酸リチウムでは光損傷感度、誘起屈折率のいずれも減少し、光損傷耐性が著しく向上することがわかる。(NP1、TP1はそれぞれ、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウムのアニール無しの試料、NP2、TP2はアニールした試料である。)この現象はアニールによる屈折率増加の機構と密接な関係があると考えられ、アニールによって、安定な位置にはいるプロトンが増加し、光損傷耐性に大きく寄与すると考えられる。一方、イオン交換KTP導波路においては、アニールの光損傷に対する影響は小さかった。

図表Fig.5.1 Intensity dependence of the saturated inder.change ns for the lithium niobate and lithium tantalste waveguides. / Fig.5.2 Intensity dependence of the photorfctive sensitivity for the proton-exchanged lithium niobate and lithium tantalate waveuides.

 さらに擬似位相整合素子に用いられる、周期的分極反転構造の影響について検討し、分極反転構造を持つ試料の光損傷感度が小さくなることを確認した。

 また、プロトン交換タンタル酸リチウム導波路の光損傷の温度特性について初めて実験的に検討し、温度依存性が非常に大きいこと、80℃で急激に特性が向上することを明確にした。

審査要旨

 本論文は、"Study on Ion-Exchanged Optical Waveguides Formed on Ferroelectric Crystals"「和訳:強誘電体イオン交換光導波路に関する研究」と題し、6章および付録よりなる。

 第1章は「緒言」であり、本論文の位置づけと研究の意義について述べている。

 第2章は「イオン交換光導波路の作製と格子定数測定」と題し、イオン交換光導波路の導波層の屈折率分布のアニールによる変化について検討し、ニオブ酸リチウム(LN)のプロトン交換層、KTPイオン交換層の表面屈折率が、アニールによって減少することを示した。また、擬似位相整合型光高調波発生(SHG)素子に用いる周期的分極反転構造の格子定数の測定を行い、分極反転プロセスが導波路の結晶構造に及ぼす影響について検討した結果、アニール前のプロトン交換層の格子定数は、分極構造の有無に関わらずほぼ等しいこと、交換層をアニールして初めて違いが生じ、分極反転構造をもつプロトン交換層の方がアニールによりプロトンが深く拡散されることを見いだしたことが述べられている。

 第3章は、「光導波路の電気光学定数の精密測室」と題し、LN基板上に作製したプロトン交換導波路の電気光学定数の測定結果について述べている。まず、プロトン交換層の正味の電気光学定数の値を基板に漏れる光の影響を考慮することにより求め、バルクの値の20分の1程度になるという結果が得られたことについて述べている。次に、金属のドープ・拡散がある基板と無いものについてプロトン交換交換層をアニールする過程が電気光学定数に及ぼす影響について比較・検討し、プロトン交換によって減少した電気光学効果定数r33の値がアニールにより70%まで回復すること、金属をドープ、拡散した基板においては、r33の回復が遅れるという結果が得られたことが述べられている。さらにy-cut結晶をTi拡散後プロトン交換した導波路においては、電気光学定数r22の値はプロトン交換も劣化せず、アニールによってもほどんど影響を受けないことを明らかにしたことが述べられている。

 第4章は、「光導波路の光損傷感度の定量的測定」と題し、イオン交換導波路を中心に誘電体導波路の光損傷感度を測定、比較している。その結果、LNの光損傷感度はプロトン交換により著しく減少するが、その後のアニール処理により、増加することが明らかにされ、アニールによる電気光学効果定数r33の値の増加が、感度の増加に大きく寄与していることが述べられている。一方、アニールしたプロトン交換LN導波路の光損傷感度と比較すると、KTP結晶によるイオン交換導波路の場合は感度が1〜2桁小さく、液相エピタキシャル成長LN薄膜の場合はほぼ同じという結果が得られたことも述べられている。

 第5章は、「短波長デバイス用イオン交換導波路の光損傷耐性」と題し、短波長デバイスへの応用を念頭において、実用的な見地からイオン交換光導波路の光損傷特性について検討している。LNとタンタル酸リチウム(LT)のプロトン交換導波路の光損傷特性を測定・比較した結果、LNのプロトン交換層の光損傷感度がアニールにより著しく増加するのに対し、LTでは、光損傷耐性が著しく向上することを見いだしたこと、また、この現象がアニールの屈折率の増加・減少の機構と密接な関係があることについて述べている。また、擬似位相整合のための周期的分極反転構造が光損傷感度に及ぼす影響について検討し、周期構造をもつ導波路は、周期構造の無いものと比較して光損傷感度が小さくなることを確認している。さらに、LTのプロトン交換光導波路の光損傷の温度特性についても検討し、光損傷耐性は温度依存性が大きく、80度以上で著しく向上するという結果を得たことについて述べている。

 第6章は、「結言」で、本研究の成果を要約している。

 以上これを要するに、本論文は、誘電体イオン交換光導波路を研究対象とし、その光学的特性ならびに物理的特性に関して実験的立場から研究を行い、これら光導波路を光通信分野、光センシング分野における機能デバイス、あるいは、光メモリおよび光情報分野における非線形光学デバイスへ応用する際に不可欠の、各種の有用な基礎データを提供することによって、これら誘電体光導波路の実用性を実証したものであり、電子工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50676