学位論文要旨



No 212689
著者(漢字) 堀内,敏彦
著者(英字)
著者(カナ) ホリウチ,トシヒコ
標題(和) 高速増殖炉炉心の地震応答解析手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 212689
報告番号 乙12689
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12689号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 奥田,洋司
内容要旨

 次世代のエネルギーを担う発電設備の一つとして高速増殖炉(Fast Breeder Reactor,FBR)の開発が行われている。地震国であるわが国においては耐震信頼性の確保は重要であり,実証炉建設のための研究開発課題の一つとなっている。FBRを構成する重要機器の一つに炉心構造がある。その構造は六角形断面の炉心構成要素(燃料集合体,ブランケット集合体,中性子遮蔽体など)が炉心支持板に差し込まれて蜂の巣状に約1000本配列されているものであり,全体が数千トンの重量を持つ。隣接する要素間には小さなすき間があり,炉心構成要素にあるロードパッドと呼ばれる突起部で接触力や衝突力などの荷重を伝達する。また,全体が冷却材である液体ナトリウムに浸されている。この構造が地震によって加振されると,多数の棒群が流体力の影響の下に衝突しながら振動する。FBR炉心構造の耐震設計には地震時に発生する衝突力や構造の変形に対して十分な強度を持つことや,制御棒が規定時間内に挿入できることなどを確認する安全評価が必要である。しかし,前述のように炉心構造は全体が数千トンの重量を持つので,実機または実規模モデルを使用した耐震試験を実施することは困難であり,精度の高い地震応答予測手法を開発することは重要である。本研究は,このような設計手順に必要となる精度の高い耐震解析手法を確立するためになされたものである。その課題は,多数の要素からなる棒群について1.流体連成力,2.ロードパッドにおける衝突力,という2つの連成力を同時に取扱うことのできる解析手法を確立することである。

 FBR炉心の地震応答解析手法に関してはこれまでに種々の研究開発が行われている。これらの従来の研究では,流体力を付加質量としてモデル化しているが,付加質量が軸方向に一定であるという仮定の下に平面近似したモデルによって付加質量を算出しており,この仮定が成り立たない三次元的な形状の影響が無視できない場合には,計算結果の誤差の要因となる。また,衝突力という非線形力を,従来の研究では,初期値を決め収束するまで繰り返し計算を行って求める手法がとられている。しかし,大きな自由度をもつ振動系において,同時に衝突が発生する点が多く,また,これらの衝突現象が互いに干渉し合うことから収束計算には多くの計算時間が必要で,収束しない場合もある。本研究ではこれらの状況を踏まえ,従来の研究は簡易的な取り扱いしかなされていない付加質量について,精度が高く,かつ,合理的な評価方法を提案し,また,衝突を含み,また,自由度の大きい振動応答の数値解析を実施するにあたっての合理的な数値解析手法を提案するものである。

 本論文は7章から成る。

 第1章では,本研究の背景・目的と関連する従来の研究について述べた。

 第2章では,FBR炉心の地震応答解析手法を検討する端緒として,一列に配列された棒群の衝突振動に関する実験を行い,衝突振動などのハードニングスプリング系非線形振動の特徴である跳躍現象の発生する振動数(跳躍振動数)に注目した検討を行った。この跳躍振動数は,振動応答の急変する振動数であり,耐震上重要なパラメータと考えられる。また,六角棒群(127本,すなわち,中心,および,6周の六角配置)についても同様な実験を,液体(水)の有無をパラメータに加え実施し,棒群の地震応答を評価する上で,注目すべきパラメータの摘出を行った。それは,線形系における(すなわち,衝突を考慮しないときの)固有振動数,刺激係数,などである。

 第3章では,FBR炉心の地震応答に関わる連成力のうち流体速成力の検討を行った。特に,第2章の結果を踏まえ,液体中において基礎加振に対して主要な,棒群が同相に振動するモード(全体同相モード)についての流体力(付加質量)評価方法について検討した。まず,六角棒7本(中心,および,1周の六角配置)の流体連成振動実験を実施し,付加質量評価における三次元形状の考慮の重要性について示した。さらに,127本(中心,および,6周の六角配置)までの流体連成振動実験を実施し,全体同相モードに関する付加質量への,棒群の三次元的な形状の影響を明らかにした。さらに,この実験結果を基礎に三次元的な形状を考慮した付加質量算出方法を提案した。すなわち,付加質量の無次元表現である付加質量係数を,従来用いられている平面近似付加質量係数を付加質量補正係数mで補正することで求めるもので次式で表される。

 

 ただし,mは次式で表される。

 

 ここで,∫p(Z)は付加質量分布関数,(Z)は棒の振動モード,lは軸方向の長さである。本式で得られた付加質量補正係数の結果と、実験結果、および、有限要素解析の結果を様々なアスペクト比(棒群の等価半径に対する軸方向長さの比)を持つ棒群について比較したものが図1であるが、両者がよく一致しており本手法が妥当であることがわかる。

図表図1:付加質量補正係数 / 図2:一次元配列の棒群と衝突部のモデル

 第4章では,FBR炉心の地震応答に関わるもうひとつの連成力,衝突力の取り扱いについて検討した。特に,棒群という多数自由度の振動系において衝突振動応答を数値計算するための合理的な手法について提案した。まず,図2のように一列に配置された棒群について次の衝突力算出法を示した。はじめに,時刻liの衝突部のばねの交差量xi+1を次式で求める。ここで、x’i+1は衝突力が働かない場合のばねの交差量で時刻liで既知の値から算出できる。

 

 

 なお、N0は時刻liで0,時刻li+1で1である一次関数であり,N1は時刻liで1,時刻li+1で0である一次関数である。また、マトリックスP0,P1,Pは衝突に関する影響係数マトリックスで棒のモードパラメータによって算出されるマトリックスである。右辺は時刻liで既知の数値であるので,このようにして、時刻li+1のばねの交差量が繰り返し計算をすることなしに算出することができる。次に,こうして求めた交差量から衝突力qは

 

 として求めることができ,棒群の衝突振動解析が可能となる。ここに示した手法を六角棒群の衝突振動にも拡張している。さらに,これらの手法による計算結果を変位・衝突力などについて実験結果と比較し,よく一致していることかを示し手法の妥当性を確認した。

 第5章では,これまでの結果を踏まえて,二つの連成力,流体力と衝突力をあわせて数値解析を実施する手法について検討した。流体力を有限要素法で求めた三次元付加質量マトリックスとして取り扱う手法を述べた後,簡易解析手法として前述のように提案した全体同相モードについての付加質量算出式を利用しての数値解析の適用範囲についても検討した。

 第6章では,以上の研究結果を反映してFBR炉心地震応答解析プログラム開発したが,これを利用した解析例として,過去に実施された実炉心を対象とした実験のうち「もんじゅ」に関する実験に対する解析を実施した結果を示し,本解析手法の有用性を示した。

 第7章では,本研究で得られた結果をまとめて述べた。

 以上の研究により,流体力と衝突力の両方を考慮した六角棒群の地震応答解析手法が確立し,高精度かつ合理的なFBR炉心の地震応答解析が可能となった。特に,付加質量については,詳細・簡易の評価方法を目的に応じて選択することができる。これらの成果は,FBR開発において活用されつつある。今後は,ここで示した付加質量マトリックスの算出,および,衝突振動に関する解析手法を約1000本からなる実際規模の炉構造の解析に適用するため,計算可能自由度を大きくしていく必要がある。そのためには,今後の計算機環境の向上等をふまえ,計算機資源の有効な利用法などを確立していく必要があろう。また,炉心構造の実設計に向けて,設計許容値を明確にするとともにこれらの評価に必要な出力が可能な形の数値計算手法としていく必要がある。

審査要旨

 高速増殖炉(FBR)の炉心は六角柱状の燃料集合体などの構成要素を支持板にあけられた孔に差し込んだ棒群構造をしている。各要素にはロードパッドと呼ばれる突起があり、地震時にはここが衝突することで個々の要素の変形は制限される。また全体が液体ナトリウムに浸漬されている。したがってFBR炉心の耐震設計においては、ロードパッドの衝突という非線形現象と周囲流体の連成効果とを同時に考慮しつつ、多数の棒群の振動について合理的な時間で計算できる数値解析コードが必要である。本論文は精度を大きく犠牲にせずに現実的な計算時間でFBR炉心の地震時の応答を解析する合理的な手法を提案し、実験結果と比較してその有効性を示したものである。

 第1章は序論であり、ここでは研究の背景や目的とともに従来の研究についてまとめている。

 第2章では振動の基礎的性質を調べるために実施した1列及び六角配列の棒群の加振実験および解析結果について述べている。棒群は衝突するためハードニングスプリング系となり、ある振動数で振動応答が急変する。この跳躍振動数に注目し、その衝突位置、すきま量、加振振幅への依存性を明らかとし、1自由度モデルの解析解が実験結果をよく再現できることを示している。流体に浸漬されたことの影響も、衝突がない状態での棒群の固有振動数や刺激係数などの振動特性を把握すれば考慮できることを明らかにしている。

 第3章では衝突の影響を取り除き、流体連成力だけを独立に取り上げて検討を加えている。流体連成力は構造物の振動に伴って流体が動くことから発生するが、これは構造物-流体連成系について3次元解析しなければ正確な評価はできないことをまず示している。その上で平面近似の2次元解析結果に棒の3次元変形すなわち振動モードを考慮した補正係数を掛けるという方法を提案し、この手法が地震への応答モードに対しては有効なことを実験との比較により示している。

 第4章は非線形現象となる衝突力の取り扱い方の検討である。衝突力を疑似外力として扱い、時間刻みの間で線形補間し、影響係数マトリックスを用いて次ステップの衝突力を求めるという、収束計算を必要としない手法を提案している。さらに1次元配列棒群及び六角棒群衝突実験結果とこの手法による解析結果を比較し、時刻歴波形、最大衝突力、最大変位などについてよい一致がみられることを確認している。

 第5章では、第3章と第4章で提案された手法を合せ、周囲流体の連成効果とロードパッドの衝突という非線形現象とを同時に考慮する手法を検討している。有限要素法解析結果を利用して流体力を3次元付加質量マトリックスとして取り扱う手法をまず述べた後、これと比較することにより検討した簡易手法がFBR炉心の地震時の応答解析には有効であることを確認している。

 第6章は以上の成果を踏まえて開発したFBR炉心地震応答解析プログラムSAFAの概要である。これを利用した例として、過去に行われた「もんじゅ」に関する実験に対する解析例を示し、本プログラムの総合的有用性を確認するとともに、本手法の限界についての考察も行っている。

 第7章は結論で、本研究の成果と今後の課題をまとめている。

 以上のように、本論文は流体力と衝突力の両方を考慮した六角棒群の地震応答についての合理的な解析手法の開発について述べたもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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